第72話 物凄く危ない科学者の自問自答・1(※カーティス視点)
僕が赤を嫌うのには本能的な理由の他に、もう一つ理由がある。
血のように鮮やかな赤を見ると思い出すからだ。
僕を産んだツヴェルフが僕を攻撃した記憶を――鮮烈な痛みと共に。
その一瞬だけの記憶――怒りの形相の女性が脳裏に浮かび上がる。
写真のように動かないその静止画が、僕が持つ唯一の<僕を産んだツヴェルフ>の記憶だ。
その記憶の前後には優しかった父親と母親の記憶がある。僕と同じ黄緑の髪と目のやや冷たい印象を抱かせる父親と、緩やかなブロンドと銅色の目を持つ優しい表情の母親。
ただ母親の優しい笑顔はいつからか陰りが見え始め、弟が産まれた時にハッキリと嫌悪感を示された。
――その時、何か言われた気がする。でもそれは思い出さないようにしている内に忘れた。なのに痛烈な言葉を言われたのだという記憶は忘れられない。
痛烈な言葉を忘れても、家を継げる弟が生まれて僕がいらなくなった事実は変わらない。常に器に感じるジクジクとした痛みを心にも感じるようになった。
肉体的な虐待や体罰があった訳じゃない。十数年に3~4人しか召喚されないツヴェルフの子を表立って冷遇すれば皇家やリビアングラス家から叱られるのが目に見えている。
ペリドット家は忠義とプライド――つまり気高さを何より重視する家だったから他の家の人間がいる前で目に見えて酷い扱いを受けた訳でもない。
ただそこに漂う排他的な空気――『何故ここにお前がいるのか』という空気や言葉は僕の心をじわじわと毒が侵食していくように病ませ、歪ませていくには十分だった。
――辛かったかと聞かれたら返答に困る。よく覚えていないんだ。忘れる程度には辛かったのだろうと言われればそうだったのかも知れない。
あの頃はまだ僕は家族を愛していた。だから覚えていないのはそんな愛を守りたいが故の防衛本能だったのかも知れない。
僕を見て見ぬ振りをするような、時折あざ笑うような、憐れむような――そんな視線を浴びる地獄の中の記憶はぼんやりとしている。
かけられる言葉は忘れられるのに何故あの雰囲気だけは忘れられないんだろう?
だけど、とあるパーティーからの思考はハッキリしている。
先代のリビアングラス公が僕に憐れみの目を向けた後、父親に何か一言二言言った後から流れが変わった。その夜、父から魔導学院に通うように言われた。
――ああ、そうだ! 思い出せない理由が分かった!! 父親が上司の苦言一つで何とでも出来た地獄の環境の中に僕は何年も放置されていた事を思い知らされるからだ!
他人が苦言を呈するような環境にずっと捨て置かれていた自分が惨めになるからだ!!
――だから僕は地獄の記憶をハッキリさせたくないんだ! 全く、哀れで惨めな少年だったよ。あの頃の僕は……!!
でも魔導学院は館にいるよりは楽しかった。その頃には器のジクジクとした痛みが大分収まっていたのもあるけれど、平民と同等の器の小ささと家を継げる子が生まれたが故に見捨てられた侯爵令息という惨めな立場は高尚な貴族達にとって好奇や嫉妬よりも哀れみの対象となったようで、腫れ物のように扱われ――それが酷く煩わしく振り払えば誰も僕に構わなくなった。
誰にも干渉されず、蔑まれる事もない環境はとても快適だった。
そんな中で額の傷を隠すように、誰とも目を合わせずにすむように前髪を伸ばし、魔導学院の工具の整備のバイトで稼いだ金で早朝や放課後、誰も居ない時間を狙って一人淡々と工学室や薬学室で色んな実験をする。
その姿からお化けだなんて陰口を叩かれた事もあるけれど、魔導工学と魔科学の才能を開花させ知識と発想において他を圧倒していた僕に面と向かって物申す人間はいなかった――高等部の最終学年に上がるまでは。
――そうだ、多少は楽しかった魔導学院生活は異父弟と黒の公爵令息が現れて地獄に変わった……!!
これまでも同じツヴェルフから産まれた異父兄には何人も会った事がある。器の差は感じた。それでも――まだ許容範囲だった。
だけど同じツヴェルフから生まれた癖に僕の何倍も大きい器を持ち、僕が奪われた『跡継ぎ』の資格も持って現れた異父弟に溜め込んでいた感情が爆発した。
――どうして僕を殺そうとした女から産まれた人間が、他の誰より大きな器を持ってる? 何でお前だけが、どうして僕だけが……!!
そんな思考に囚われた後の学院生活は地獄だった。威圧してみても罵倒してみても異父弟は一向に怯まない。
周囲には幾度となく諌められたが異父弟自身は僕に対して一切何も言わなかった。
最初は嫌味を返してきた黒の公爵令息も異父弟から何か言われたのか早々に僕を無視するようになった。
騒げば騒ぐほど憐れみの目で嘲笑われる。それが僕の心をイライラさせた。
そして異父弟を見れば見るほど、僕の中でそうであってほしくない憶測が可能性を帯びてくる。この時ばかりは気になった事は徹底的に調べないと気がすまない性分を呪った。
ル・ジェルトやル・リヴィネの民と違って何の特性もないとされている地球の民――間違いなく何かある。表立って明らかにされない何かが絶対にある。
そしてコッパー侯がツヴェルフに子育てさせたという話を聞いてほぼ確信に至った。
その頃には僕の魔導工学の才は異父弟に比べて大した事がないという陰口が聞こえた。
――僕の居場所は常に『弟』に取られる……僕は『弟』によって僕のいた空間から追い出されていく……! 『弟』が来ない場所に行きたい……!!
そんな感情で頭が一杯になっていた時(事故を起こせば家から勘当されて自由にならないだろうか?)という発想が過り、魔道具の実験の失敗という名目で爆発事故を起こしてみた。
その際、運悪く死人が出たが不思議な事に僕の心は全く傷まなかった。
むしろこれで確実にペリドット家から勘当される――そんな解放感すらあった。
だが僕が作っていた魔道具が爆発の原因だと分かると、事故はその死人の自業自得として何事もなかったかのように綺麗に処理された。
死人は男爵家の跡継ぎだったがペリドット家によって家ごと潰された。
闇に処される光景を目の当たりにした僕に父親から手紙が届いた。
<お前はもう何もするな>そう記されていた。
――さっさと自害しろと書かないのはプライドか、優し――いや、プライドだろう。ありもしない優しさに縋りつける程、僕はもう子どもじゃなかった。
父親、母親――そう呼ぶようになったのもこの頃からか。だって生物学上の親でしかない存在を敬う理由は一切ないじゃないか。
――僕は何の為に産まれた? 何の為に生かされている? そんな風に自問自答して追い詰められる度に、器がザワつく度に鼻歌を口ずさむんだ。
母親がまだ僕を可愛がってくれていた頃に歌ってくれただろう歌が耳に残っていて……それを口ずさめば心や器のザワザワが収まっていくような気がするんだ。
――愛に縋ってるように見えるかい? 違うよ、ツヴェルフさえいなければ僕はきっと母親の子として産まれていた。ツヴェルフさえ居なければ僕は母親にちゃんと愛されていたんだ……!!
ツヴェルフ――ツヴェルフなんて大嫌いだ。何処まで僕を追い詰めれば気が済むんだ?
ただでさえこの額の傷も、赤を見れば思い出す痛みも、怒りの形相も。全てが僕を苦しめる上にこの器のザワつきが器の成長を止める。
何故僕を殺そうとした? せめて僕を殺そうとさえしなければ僕はまだ嫌いにはならなかったのに。
愛し合う夫婦の中に入り込まされた哀れな産み腹として哀れんでやっても良かったのに。
愛で器の大きさが左右される――僕が何をしたっていうんだ!? 何で『兄』を愛して、『弟』を愛して、僕だけ愛さないんだ。何で、どうして――
――ああ、もう、本当にツヴェルフなんて嫌いだ! 大嫌いだ……!! 早くこの研究を完成させてツヴェルフなんて召喚されなくなってしまえばいい。今いるツヴェルフ達も――
長年思ってきた怨恨が爆発して卒業直後にツヴェルフをさらってこの国に来たのは半ば自暴自棄になっていた自覚はある。
だけど結果的にそれが功を成して僕は天国への切符を手にする事が出来た。
地獄のような皇国から逃げ出して、この国で思う存分好きな事を研究できた。色んな構想に真剣に聞き入ってくれる人がいた。実現できるように援助してくれる人もいた。
連れてきた地球のツヴェルフは既に40過ぎという年齢もあってか思いの外脆かった。
本当は僕を産んだツヴェルフで実験したかったが流石に親子という関係上、子作り目的で呼び出すのは難しかった。
だがそのツヴェルフのお陰で地球の民の情と産まれた子の器の関連性を研究する事が出来た。
――推測が事実になる事に暗い感情が吹き出さなかった訳じゃないが、皇国を出て好きな事を好きなだけ研究する事の楽しさは僕にその暗い感情からくる苦痛を大いに和らげてくれた。
この国に来てから色んな物を研究した。
「カーティス殿のお陰で我が国は皇国と対等になれた」
ロットワイラーの王にそう褒められたのは嬉しかった。堂々と王城を歩けば誰もが僕に頭を下げる。皇国で満たされなかった心が満たされていく。
ここでは誰も僕の邪魔をしない、馬鹿にしない、馬鹿にするやつは殺していい。僕の言葉に熱心に耳を傾け、頷く人達ばかりた。
楽しかった――本当に、楽しかった。でも僕が研究したい物はあくまで人工ツヴェルフだ。それ以外の研究はある程度の目処がついた所でこの国の奴らに引き継いだ。
僕がこの国に来る前に王都を回る
僕の中に溜まっていた文明を発展させるアイデアの大半を表に出し、王国の信頼を得た所で2つの研究に専念する事にした。人工ツヴェルフの作成と核の移植だ。
その際に国境付近に研究所を作らせたのは気まぐれだった。たまたま立地候補の中にそこがあった。ペリドット領に近い場所にも候補地はあったけれどそちらを選ぶ気にはなれなかった。
人工ツヴェルフは人から人への核の移植にさえ成功すればほぼ完成に近い。
だがその核の移植が鬼門だった。器から核を抜き取る際にどうしても器が割れてしまうのだ。それなら小さい核をと思ったが小さい核にはそれにふさわしい器が作られる。
人工ツヴェルフの他に他人同士の器を融合させて器の巨大化や核の無い器を作り出せないか、という実験で失敗した器の欠片も大量にあったから材料には事欠かなかった。
欠けた器の綺麗な部分を抽出して新たな器を――という研究もしてみたが
核を抜いて割れた部分にすぐにそれを使えば――と試みた事もあったが細かな傷やヒビを直せても欠損レベルの傷には反応しない。
結局、数百を超える動物や魔物や人体実験を経ても器を無事に抜き取る事も、核のない器を作り出す事も出来なかった。
ただ、強い魔物の核は移植に耐えられる程度にはその機能を維持できる事が判明したのでそこから核の移植のみに研究を切り替えて数年前、自らに別の核を移植する事に成功した。
僕の中に入った核は青に近い緑の核は僕の黄緑の魔力を変えてくれる。ただでさえ使いづらい魔法がより使いづらくなったけれどその核は髪の色も変えるばかりか僕に落ち着きまで与えてくれて、まるで生まれ変わったような気分だった。
その功績を王城で褒め称えられて気分良く帰ってきたら研究所が破壊されているのだから本当にあの死神――黒の公爵となったあの陰険なクソガキが忌々しい。
また僕の研究所に手出しされたくない――人に託したマナクリアウェポンの開発が滞っているようだったので再度その研究に力を貸してさっさと仕上げさせた後、破壊された研究所を新たに建て直した。
マナクリアウェポンがあれば皇国も迂闊にこちらを襲撃できなくなる。冷戦状態になった中で僕が再び人工ツヴェルフに集中できるようになった頃、核の移植が成功した話は国中に広がり、その噂を聞きつけたアランが僕の所にやってきた。
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