第84話 黒の公爵・9(※ダグラス視点)
ローゾフィア家の3人を所定の位置に飛ばした後、ペイシュヴァルツに乗って魔力隠しと透明化をかけた上で転移陣の中に入り、王都の上空に飛ぶ。
薄暗い雲が空の半分を覆う中、少し視線を落とせば遠くの山々と広大な荒れ地が広がっている。
更に視線を落とすと、皇国ではまず目にする事がないだろう大きな機械都市が荒れ地の中央で異彩を放っていた。
ゆっくりと高度を下げて機械都市のほぼ中央にそびえ立つ王城を確認する。
戦争の折に何度かこの王城を視界に入れた事があるが、やはり何度も見ても城というよりは『とても大きな時計台』といった印象を受ける。そして見る度それは歪に改築されていく。
4方向にはめ込まれた大きな時計、時計台に絡みつくように大小様々な金属の管が張り巡らされており、また時計か建物の中にある何かを動かす為の歯車らしき物が所々で忙しなく動いている。
王城だけじゃない。下にある建物の壁にもパイプやら歯車から――所々から蒸気が吹き上がるその様は、無機質ながらも何処か躍動感を感じる。
皇国にあるどの領地の建物とも違うその機械仕掛けの都に芸術性を感じるのはやはり、それを作り上げたのが人だからなのだろう。
何に遠慮する事無く人の手で作り上げた自然無き街並みはまず皇国では受け入れられない。
微かに耳障りな音が響き、下に目を向けると移動する白の蒸気――
王都の結界の中でポツポツと宙に浮いてる人間も見える。見た感じ
その技術を使えば、適性が無い者でも空を飛べる――それは夢であり、禁断の扉だ。
故障やそれの使い方を誤って事故が起きる事で、果たして何人の人間が命を落とすのだろう? 発明者は己の発明によって生じる『死』に対して責任を取りはしない。
使った本人が死ぬのなら自業自得で済むが、巻き込まれた人間はたまったものではない。
それが皇国が文明の発展を躊躇する理由の一つ――新しい文明の広がりは常に事故のリスクを払う。
もう一つ大きな理由は自然だ。人であれ何であれ、文明という物を築き上げられるだけの知性がある者がその力を振るい、利便性や更なる高度な技術を求めれば求める程、星を育む自然は衰退していく。
自然が文明に気を使う事はなく、また文明は常に悪用されるリスクや未曾有の事故を引き起こすリスクを孕む――だから文明は自然に気を使った上で、人の傾向を把握した上で、慎重に発展させていかなければならない。それが皇国の考え方だ。
それ故、皇国内の文明は一部を覗いて一定を超えないように留められている。
それに引き替えこの王国は自然が潰え荒れ果てた大地でも生きていける方法を研究し、文明のみで成り立つ世界を作ろう、という考え方なのだろう。
物の使い方を誤って死ぬのは自業自得。未曾有の事故は成功の元。巻き込まれて死んだ者は見て見ぬ振り。
私はそういう考え方も嫌いではない。倫理に囚われず、規律にも邪魔されず何でも研究できる――その事自体は羨ましいと思う。夢もある。
ただ、その研究の成果が敵も味方も星をも窮地に追いやる
『生ける災厄』とも呼ばれる公爵達を有する皇国に対する牽制として作られたマナクリアウェポンは、『知識の無駄遣い』と蔑むにはあまりに人類や自然に対するダメージが大きすぎる。
『この機械仕掛けの都を見て、いい加減文明の発展の危険性をその目で知らしめてやった方がこの王国の為になると判断した』――皇家や公爵への言い訳はそんな感じで良いだろうか?
(さて……)
指を鳴らし、亜空間に収納していた古書と転移陣を作る際に余った魔晶石を取り出す。
魔晶石は王都の周囲に円を描くように均等に飛ばし、続けて3つの黒い小さな光を超人侯達を飛ばした場所へと飛ばす。
超人侯達にはベヒーモスの爪に魔力を込めてあの玉を追うように走ってもらう。飛ばした魔晶石の分も含めてこれで2つの外円の軸が完成する。
外円を走ってもらっている間に古書を確認する。魔物狩りの際に屠った
あの狂科学者も天才と呼ばれる類の人間だったが、これを書いた男もまた『天才』と呼ばれるような人間だったのだろう。
死霊王と呼ばれる存在は例えば過去の領主だったり、騎士団長だったり――何かしら身分が高く魔力の強い歪んだ人間がなり得る物で、それら全てが全て知性に優れて己の研究の成果を書き記した本を持っている訳ではないだろう。
しかし、高い知性と禁忌に触れたいと願う好奇心から魔に堕ちた場合は自分の研究を形に残そうとしている可能性が高い――そんな存在を狩って回って彼らの言う英知が詰まった本を収集していくのも面白そうだな、と思う位にはこの本には興味深い事が色々書いてある。
『倫理を踏み外した者達の知識や恩恵だけを享受する』と言えば聞こえは悪いが、犠牲者達の命が憐れな犠牲のままで終わるよりは、多くの人間を助ける礎に変えてやった方がいいだろう。
その多くの人間の中に生まれ変わった犠牲者がいる可能性は誰も否定できないのだから。
古書の必要な部分を読み終えて再び亜空間に収納し、代わりに黒の槍を取り出す。それとほぼ同時に金属の弾らしき物が飛んできた。
反射的に防御壁で防いだそれは変人侯が持っていた銃と同じような仕組みの物から発射されたのだろう。防御壁に弾が食い込んでいる。
下を見れば王城の時計台に近い場所の窓からこちらに向かって狙撃している人間達がチラホラ見える。皆、やや厚めの
恐らく変人侯のゴーグルと同じように
変人侯が作る物は大体こちらでも作られていると思った方が良さそうだ。
(さて、どうする? 私を狙った以上、私はあいつらを殺しても良い訳だが……)
飛鳥の泣きそうな顔が頭をよぎる。きっと彼女はその死を良くは思わない。
私を責めはしないだろうが、ただ顔を曇らせて『本当に殺す必要があったのか?』と言わんばかりの目で見つめてくるのだ。
その顔を――見たくは、ない。
(ああ、本当に……困った人だ、貴方は)
諦めの感情と、今彼らを殺して事を大きくするのは得策ではない、という理性に従う。
「ペイシュヴァルツ、外壁にある結界石を探せ」
王都全体に耳障りな警報音が鳴り響く中、王都の外壁へと移動して魔力隠しと透明化を解く。
これだけ広い都市を守護する結界石ならセン・チュール以上の数が散らばっているだろうし、1つでも破ればそこに穴ができる――陣を起動する前に何箇所か結界石を破壊して複数の穴を開けておく必要がある。
敵の攻撃をかわしながら飛んでいると予想通り、外壁には大人が座る椅子位の大きさの結界石が点在しており、それを黒の槍で突き刺していく。
外壁にある物を壊す分には衝撃など気にしなくていい。
そうやって3つ程外壁に収まる結界石を破壊した所で王城の時計台に異様な魔力の動きを感じ、一旦外壁から浮上すると、皇国の方を向いている時計が開き、微かに砲台の先が見えた。
(あれは……レールガンか?)
そう思った瞬間、その銃口が光った。何かが放たれ煙が吹きあがり、もし青が失敗した場合はどう言い繕おうか――と思った所で視界に入っていたロットワイラー側の山に閃光が走り、続いて轟音が響いた。
わざわざここからでも見える山に空間を繋いで、何が起きたのか分からせる――青のやり方は容赦ないが、問題無さそうだ。
マナクリアが放たれる気配はまだ無い。向こうも一応は躊躇しているのだろう。このまま躊躇し続けてくれればいいが。
マナクリアの装填には時間がかかる上に大気や地中に存在する
外円が繋がったのを感じ、再び王都の上空へと飛び上がる。
朱の少年が言ったとおり、彼らはしっかり与えられた役目を果たしてくれたようだ。王都を中心に綺麗な円陣が出来上がっている。
1つ息を吸った後、細かな陣を刻み、印を切り、詠唱を開始する。
死霊王が所持していた本に書かれていた、冥界の生物を召喚する魔法陣――その外陣だけでは何も召喚できはしない。だがけして何の効果も成さない訳ではない。
詠唱し、細部の陣を刻むと同時に一気に魔力が吸い取られていく。だが
白の魔力の核も少し活発化していて、けして気分は良いとは言えないが、それでも陣、印、詠唱全てが成功した感覚が私を喜びへと昂ぶらせる。
「さあ……機械文明の栄華の為に無理矢理命を捧げさせられた憐れな者共よ、今一度冥界からこの都を見据え、何も知らぬ者共にその恨みを叫び散らせ……!!」
その言葉を合図に黒く輝く陣から黒い靄が勢いよく吹き出してくる。黒い霧は王都を包み込み――結界の穴から内部に侵入していく。
物理的に繋がっている訳ではない。この王都と冥界を互いに幻影として繋いだだけだ。お互いにお互いの姿が見えて、聞こえるだけ。
ただそれだけの術だが結界の穴に入り込もうとする無数の怨念や冥界の異質な存在。そして外壁の外にいても聞こえてくる生者の悲鳴と死者の慟哭。
さあ、この国を作り上げる為に犠牲となった者達の叫びを聞いて怯える人間達の面を見に行こうか。
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※後1話で黒の公爵編は終わりますが10話はちょっと残酷描写が入るので苦手な人はスルーして頂けたら幸いです。
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