第98話 主人公とサブキャラ


「マジで……!? 何で今まで黙ってたの!? 私ずっとネーヴェは神官長の孫だって思ってたんだけど!?」

「アスカが勝手に思い込んでいただけです。聞かれてもいませんし」


 驚きの声を上げても、ネーヴェは特に表情を変える事無く答える。

 言われてみれば確かに、私が<祖父>と<ラブラドライト>という単語から勝手に思い込んだだけだ。返す言葉も無い。


(でもネーヴェが皇族なら食堂で話した時とかもう少し周りがどよめいてもいいはずじゃ……それにネーヴェに護衛がついてる様子もないし……)


「あの、飛鳥さん……ネーヴェ君が読みたいって言うので、日記、返してもらっていいですか?」


 納得しきれない思考を優里の言葉が遮る。


(まあ、ネーヴェが皇孫だろうと神官長の孫だろうと協力してくれるならどっちでもいいか……)


 きっと何かやんごとない家特有の事情があるんだろう――そう結論付けて優里の言葉に促されるように机の引き出しから日記を引っ張り出し、気になった文言を伝える。その文言にネーヴェは少し驚いていた。


 『何一つ不自由しない環境で、たくさんの子どもから愛される事こそお前の幸せなのだ』という文言に聞き覚えがあったのはネーヴェが祖父に教えられたという理論と全く同じだったからだという事を今更思い出す。


 まあそういう考え方もあるよね――程度に思っていたけれど、それを皇帝が言ったと思うと単なるクズの言い訳にしか思えない。


(由美さんもそう思ってたのかもしれない……)


 最終的に理解は示せど、後悔はしていなかったのだから。


「日記と言えば……ネーヴェ、貴方何で私が日記を持っていった事に気づいたの?」

「アスカがいなくなった後にあの段ボールに触れた時、たまたまアスカが触れた記憶が入ってきたからです」


 見破られてしまった事が気になって問いかけるととんでもない返答が返ってきてその場の空気が凍る。


「……え、物の記憶を読み取るとか、そんなヤバい魔法あるの?」


 私の問いにネーヴェが首を小さく横に振る。


「魔法とは違います。人体や物質から思念や記憶を読み取る力はル・リヴィネの人間が持つ特殊な能力です。僕の母はル・リヴィネ出身なので、僕も僅かながらその能力を引き継いでいます」


 物から情報を読み取る超能力は何かの漫画でも見かけたような気がする。

 だからその能力自体には驚かないけれど<魔法に加えて超能力まである世界>という事に理解が追い付かない。


「……セレンディバイト公の母親もル・リヴィネ出身です。彼も僕と同じでたまたま残ってる僅かな記憶や思念をたまたま読む位しか出来ないはずですが、運が悪いとこうやってアスカが何をしているか、何を考えているか気づかれる可能性があります。迂闊な行動は避け、セレンディバイト公には触られないようにしてください」


 ネーヴェが言った言葉は私の頭に更なる衝撃を与える。あの人に触られたら、思念や記憶を、読まれる??


「待って、いくら何でも1ヶ月一切触られるのを防ぐのは無理だわ……何か対策は無いの……!?」


 ただでさえ厄介な事この上ない人間に、考えてる事や過去の記憶がバレるかもしれないとか、そんなチートな能力まで使われたら本当に逃げきれる気がしない。


「相手と自分との間に布一枚でもあれば、本人自身の記憶や思念が読み取られる事はないはずです。後、読み取る力があるのは手の内側の部分だけ……後は偶然読み取られる可能性の低さに賭けるしかありません。皇家が最低限の協力しかしない理由はその辺りのリスクを懸念している、というのもあります」


 なるほど。もし私が記憶を読まれてバレた時に『ダンビュライト侯に脅されたから』と言い逃れできる範囲でしか協力したくない、という事か。


 あの人の手の内側――つまり手の平や指先――何度か触れられた事はあるけど、あの人はいつも濃灰の手袋をしていたからこれまでに何かを読み取られた事は無いはず。

 手袋にさえ気を付ければ、そこまで警戒する必要はないかも知れない。


(でも、これからは迂闊に物を触ったりしない方が良いわね……)


「……ネーヴェ君。一度、皇帝と伯父さん、神官長とお話できる機会を作ってくれないかな?」

「……皆でですか? アスカは明日の午後には城を出ないと……」


 私が考えこんでる間に呟かれた優里の言葉にネーヴェが戸惑う。私と優里に対して明らかに態度が違うのは好感度の差だろうか?


「ううん、私だけでいい。皆と、じゃなくてバラバラでもいいから。私、伝えたい事があるの」

「……分かりました」


 その言葉も少し優しさを帯びている。無表情よりは素直なネーヴェの方がずっと良いけれど、ちょっと寂しい。


「ユーリ、伝えたい事って何?」


 いつも控えめな優里から強い意志を感じたのはソフィアも同じようで、何を言うつもりか確認する。


「……私がこの世界に来たのはきっと運命だと思うんです。だから、この世界でおばあちゃんと関わった人達に、おばあちゃんの事を伝えるのが私の使命なんだって」


 由美さんの孫の優里がこの世界に召喚されたのが運命だと言うのは分からないでもない。この世界でアシュレーと運命の出会いをしたアンナも。

 ただ、私はこの状況をこの世界に召喚された事を<運命>として片づけられては困る。それに――


「祖母は地球に戻って幸せに暮らしてます……なんて伝えて、皇帝の逆鱗に触れなければ良いけれど」


 私が心の片隅で不安に思った事をソフィアが率直に口にした。そう、もう帰る算段がついたのだから、なるべくリスクがある行動は避けて欲しいのが本音だ。


「例え私が話す事が逆鱗に触れたとしても、私は、伝えなきゃいけません……飛鳥さんとソフィアさんのお陰で、私、自分が何をすべきか分かったんです。大丈夫です、お2人には絶対迷惑かけませんから」


 優里の真っ直ぐな目は(何を言っても曇る事はないだろうな)と思わせるくらい強い意志を感じる。


 ああ、もし私達の事が物語になるのなら主人公はきっと優里で私やソフィアはモブ――ではないにしても、サブキャラなんだろう。


 この世界に来ておばあちゃんの事を伝え、地球に帰った後でこの世界に来た事をおばあちゃんに伝える――優里にはそんな素敵なハッピーエンドが用意されている。


 だけど私は? ソフィアは? 無理矢理この世界に召喚されて、嫌だからと地球に帰る。地球に帰って何か感動的な事がある訳でも無く、ただ日常生活に戻るだけ――この世界に召喚された事に関して運命を感じるような展開は何処にも無い。


(それどころか帰ったら仕事探さなきゃならない分、無駄にハードモードだわ……)


 流石に1ヶ月も無断欠勤が続いてるとクビになってる可能性が高い。その点、優里は高校生。1ヶ月行方不明で退学処分は考えづらい。

 私もどうせ召喚されるなら学生やってる間に召喚されたかった。


「あの……今日、すごく楽しかったです。アンナさんともちゃんと仲直りできましたし、お揃いとか、皆で見て回るのとか……ちょっと憧れてたんです」


 私が地球に帰った後の事を考えて鬱々としている事も知らずに、優里がポツリと呟く。


 そう言えば優里とアンナは叫び合いしたっきりだったっけ。私が原因で険悪になったような物だから仲直りできたなら本当に良かった。街で色んな物を見て回る優里は本当に楽しそうだったし。


「そう言えば優里って、何でそんなにこの世界の事に興味津々なの? 授業も凄く熱心に聞いてるし」


 気になっていた事を尋ねると、優里はチラ、とネーヴェの方に視線を泳がせて、困ったような笑みを浮かべる。

 ネーヴェがいたら言えない理由なのだと察するには十分だった。


「あ……それより優里に聞いておかなきゃいけない事があったんだわ」


 ネーヴェに不審がられないように強引に話題を変える。が、この言い方だと何か聞かなきゃいけない事を声に出した後に気づく。


「何でしょう?」

「……も、妄想大好きって本当なの?」


 もし嘘だったら気を使わせちゃってごめん――まで続けようとしたけど、声に出した部分のあまりの言葉の悪さにもう少し言い方があるだろうと羞恥心で言葉が詰まってしまった。

 だけど私の心とは裏腹に優里は目を輝かせた。


「はい……! 私、少女漫画が大好きで、憧れてるシチュエーションいっぱいあるんです! 飛鳥さんが言ってた壁ドンとか大好きです……! 後、こう……髪をサラッとかき上げて見つめられる仕草とか、耳元でそっと囁かれたりするのとか……分かります!?」


 優里は身振り手振りを加えながらマシンガンのようにスラスラと喋りはじめる。


 ああ、良かった――優里が妄想女子なのは事実みたいだ。


 その後、ネーヴェが聞いていても問題なさそうな範囲でお互いが好きな漫画やドラマ、憧れてる素敵なシチュエーション等を語りソフィアに『現実と向き合いなさい』と呆れたように突っ込まれたりしてる間に22時を告げる鐘が鳴った。


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