第230話 交錯する願い
クラウスが寝ているベッドの傍に置かれた椅子に座ってクラウスの顔を眺めてみたり、時計を見たり、立ち上がって窓越しに街を見てみたり、隠し通路の先を見たり、この世界の事を色々思い返してみたり――そんな感じで時間を潰して14時を過ぎた頃、通路の奥から物音が響いてきた。
降りてくる、というよりは上がってくる物音に(もしかして)と思い通路の先に少し足を踏み入れた所、物音の正体と遭遇する。
「飛鳥さん……!」
「優里!」
みかん箱を抱えた優里と、ネーヴェだ。
無事で良かった――そう言葉を続けるより先にネーヴェから黒い紙袋が差し出された。
「これ……! セリアさんからのお届け物です!」
優里が発した予想外の名前に驚く。どうして? 私、セリアを裏切ってるのに。
「私、ユンさんに捕まってリビアングラス家に連れて行かれそうになった所をセリアさんに助けてもらったんです……!」
優里が言葉を重ねる度に疑問符がどんどん頭の中で膨れ上がり、とにかく詳しい話が聞きたくてユーリとネーヴェを一旦部屋に招きいれる。
そしてセリアの驚きの行動を聞かされた。
セリアが行方不明になった私を探しに皇城を訪れて、そこで優里が行方不明だと知って単身でユンの家に囚われた優里を助けに行ったなんて――
(私の知ってるセリアは、そんな事しない)
私の為に動いてくれる事はあっても私以外のツヴェルフの為に、自分の危険を顧みずに動くなんてまず考えられない。
そんなセリアに託されたという紙袋の中を恐る恐る開くと、中にはノートと眼鏡、羽根ペンに交換日記。
そして私が召喚された時に来ていた服とラインヴァイスのブローチが付いた灰色のスカーフが詰め込まれていた。
「セリアさんからの伝言です。『私は貴方が残っても帰ってもどちらでも構いません。どうか私の事は気にせずに貴方の望む道を歩いてください』って……」
セリア――何で、こんなロクでもない主に最後まで優しくしてくれるの?
私が地球に帰ろうとしているのが分かっていて、どうして――
嫌味を言われても、突き放されても、恨まれても仕方ない事をしているのに。
どうしてそんな優しい言葉をかけてくれるの?
このこみ上げてくる気持ちを伝えずに地球に帰る罪悪感を抱えながら、次に視界に移るのは灰色のスカーフ。
「ネーヴェ、このスカーフとブローチ持って帰ってもいい? 大切な……お揃いだから」
「イヤリングやチョーカー、その他魔力が込められた物は転送陣に入る直前に外して頂く事になりますが……そのスカーフとブローチは特に加護が込められた物でもないようですし……僕は何も気付かなかった事にします」
何だか少しネーヴェの性格が丸くなったような気がする。
「優里は制服ちゃんと持ってきたの?」
自分の服を懐かしみながら優里も制服を着ていた事を思い出す。
「はい、スカーフも一緒にこのみかん箱の中に……おばあちゃんの日記と一緒に」
そうか、優里の願った転送物は由美さんの物だから確かに持って帰らないといけない。
「……アスカ。1つだけ聞いてもいいですか?」
「何?」
ネーヴェの質問にちょっと嫌な予感がしつつ促すと、ネーヴェは堰を切ったように話し出す。
「アスカはどうして帰るのですか? アスカは自分に愛を向けてくれない男の子どもを産むなんて絶対に嫌、私を一番に想ってくれて、誰より大切にしてくれて、他の女に一切目を向けない男じゃないと嫌と言っていましたが、セレンディバイト公はそうではないのですか? 彼は恋愛面でも子作り面でもアスカを求めている。アスカにとって彼は理想の男ではないのですか?」
そう言えば皇城を出る前――ネーヴェとそんな押し問答をした事もあったっけ。
「……気に入らない事があった時に恐怖で抑えつけてくるような男はそれ以前の問題よ」
どれだけ理想の男でも、性格や価値観が合わなければ、無理。愛が関わらなければスルーできるのかも知れないけれど。
私はやっぱり――愛し合って、信じ合える人と一生を共にしたい。
何でもかんでも言うこと聞けとまでは思わないけど、ちゃんと私の言葉を受けとめて考えてくれる人がいい。
私じゃ彼を変えられない。その上少しでも機嫌を損ねれば追い詰められ縋る事を求めてくるような男は、理想とは程遠い――
(理想の男と言えばダグラスさん……理想の男になろうとしてくれてた時もあったっけ)
あの全自動掃除機だって元はと言えば私が家事ができる男が良いって交換日記に書いたからで。
そこに侯爵の魂かっ詰めたりするから酷い目に合わされた訳だけど。
(交換日記……セリア、何でこれを紙袋に入れたんだろう?)
ここ最近はずっと鬱入ってて見てなかった交換日記の黒色が、何故か目に馴染む。
「……アスカはやっぱり、重くて我儘で欲張りです」
色んな想いが過る中、ネーヴェの呟きにちょっとイラッとすると思わぬ所からフォローされる。
「ネーヴェ君、飛鳥さんに失礼な事言っちゃ駄目。ネーヴェ君は女性に夢を見すぎてる。ハッキリ言うけど軽くて従順で謙虚な女の子なんてそんなにいないよ? 皆それを演じてるだけで、心の中はドロドロした物を抱えてる。それが普通なんだよ。飛鳥さんは重いかも知れないけど我儘でも欲張りでもない。自分の夢を相手に押し付けちゃ駄目だよ?」
優里らしからぬ厳しい発言に、ちょっとビックリする。
「ユーリ……僕は、夢を見てる訳じゃ……」
優しいお姉さんに怒られたのがショックなのか、怒ってる優里に対してシュンとしているネーヴェがちょっと痛ましい。
我儘や欲張りという言葉は『いっぺん私と同じ目にあってみろ』の一言で片付けられるけど優里にまで自分の重さを否定されなかったとなると、やっぱり私って重いのかな? と思い始めてきた。
「いいのよ優里……別に私、恋愛の為だけに生きてる訳じゃないし。私の重さに耐えられない男なんてこっちから願い下げだわ」
他人の為に今の自分を変えるつもりなんて無い。好きな人がどうしても、って言うなら……考えなくもないけど。
でも、何となく――私に変わる事を願うような男は私の事を好きにならない気がする。
そういう男はきっと<変えられる女>を好きになる。私も今度は<変わってくれる男>を好きになりたい。
「さ、皆上にいるから2人も上がると良いわ。私はクラウスが起きたら上がるから」
通路の奥へと消える2人を見送り、改めて紙袋の中の交換日記を取り出す。
(……クラウスが起きるまで、少し読み返そうかな?)
それは時間をつぶす為のちょっとした気まぐれだった。久々に見た淀みのない漆黒の色は不思議と嫌な感じはしない。
「アスカ」
黒の魔力で中を開こうとした時、背後からクラウスの声がして慌てて紙袋の中に日記を戻す。
「あ、ああ……起こしちゃった? 騒がしくしてごめんなさい」
「いや、いいよ……ところで、今、何しようとしてたの?」
クラウスは微笑んでいるように見えるけどその目は微笑っていない。
「え、あ、いや……セリアに手紙を書こうかなって」
私がダグラスさんと交換日記してた事なんて知ったらまた不穏な展開になりそうな気がして、咄嗟にノートと羽根ペンを取り出して笑みを返した。
「あの、さっきセリアからの伝言を聞いて……このまま何も言えずに別れるのは寂しいから……!」
「そう……いいんじゃない? 帰る前にネーヴェ君に渡せば届けてくれるだろうし」
素直な気持ちを打ち明けると、クラウスの表情が緩まる。
早速ベッドの傍に置かれた椅子を小さなテーブルの方に移して、ノートを一枚契り、羽根ペンを取る。
セリアへの感謝の気持ちとお礼を紙に書き記した後、眠気が頭を襲う。
(……あれ? バタバタし過ぎて、疲れが出ちゃったかな……?)
何度かまばたきをしているうちに欠伸が出て、より一層眠気が強まる。
「アスカ、眠いの?」
「うん、少しだけ……上に行ったら私もちょっと休ませてもらおうかな……」
「塔の隠し通路の事は僕も神官長から手紙で聞かされてる。ここで休めばいいよ。僕が傍にいるから……ね?」
クラウスに促されるようにベットに寝かされた時には目を開き続けている事が辛くなっていた。
「僕はずっと君の傍にいるから……安心してね、アスカ……」
再びベッドの近くに椅子を持ってきて座ったクラウスに優しく手を握られる。ハグよりずっと緩やかな、時折落ちてくる魔力が心地よくて。
「アス……僕……重くて……欲張り……君が……から……」
眠気に抗いたい気持ちも、突然の眠気の強まりを疑問に思う気持ちも――温かく綺麗で優しい白の魔力に包まれて溶けていった。
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