第159話 9個目の魂・1
「やるねぇ、お姫様」
パチパチ、と手を叩くその仕草にどうしようもなく苛立ちを煽ってくるのは、確か緑の公爵令息――ヒューイだ。
『何しに来たのよ? ダグラスさんならいないわよ?』
突然人を打ち上がらせる、信用ならない伊達男――あわよくばこの人も気絶させておきたいと思ってテレパシーで問いかけると「おっと」と少し驚いた表情をされた後に翠緑の防御壁を張られた。
「知ってる。ウェスト地方の獣人討伐に行ったんだろ? だから来たんだ」
『獣人討伐……? 青の公爵の息子さんを救出に行ったんじゃないの?』
人助けに行ったのに何でそんな物騒な話になるんだろう? その質問を聞いたヒューイは呆れたようにため息をつく。
「能天気だな……公爵と言えど自分の息子を誘拐した種族に温情をかけるようじゃ周りに示しがつかないだろ。あの人の場合、それだけが目的って訳じゃないだろうが……まあ、これはお姫様に話す事でもないか」
ヒューイがドアノブを捻るような仕草をすると気絶したランドルフさんがフワりと浮かび上がり、ヒューイの前に立たされる。
『ランドルフさんに何するつもり!? 酷い事しないで!』
「酷い事をしたのはお姫様だろ? 俺はこいつの魔力を借りるだけだ……
ぐうの音も出せない内にランドルフさんの体から赤黒い光が現れ、ヒューイの指先に集まる。
「お姫様こそ、こんな所で何しようとしてたんだ?」
その赤黒い光が集まる指先を額縁の黒い石に当てながら、問いかけられる。
『……ちょっと調べたい事があっただけよ』
「奇遇だな。俺もそうだ……なんだ、こいつの魔力じゃ反応しないのか……」
ヒューイは大きく舌打ちをした後、こちらをじっと見つめてくる。
「お姫様、ちょっとここの石に黒の魔力を込めてくれ。ちょっとでいいから」
その言い方が何だかちょっといやらしく聞こえるのは気のせいだろうか?
『いいけど……ランドルフさんを解放するのが先よ』
元々開ける場所ではあったのだから、開ける分には全然構わない。だけどこのままランドルフさんが捕らわれたままなのは心が痛む。
だけど私の提案をヒューイは一笑に付した。
「悪いがこいつは俺の用事が済むまで人質になってもらう。こいつを殺されたくなければ大人しく俺の言葉に従ってくれ」
口元こそ笑っているが冷たい言葉も、その眼差しも、冷酷そのもの。それはまるでダグラスさんが魔物に向けていたそれと同じ物。
『貴方の用事って、何……?』
相手が放っている威圧感に足が震えなくなった辺り、私も成長したなと思う。
「あのなぁ……テレパシーで俺も気絶させようと思ってるみたいだが、いくらやっても無駄だぜ? アンタがやみくもに魔力を消費するだけだ」
確かに、防御壁を張ってからは全く効いてないみたいだ。でもそれならそれで黒の魔力を消費したい私からしたらとてもありがたい存在なんだけど――
「時間が無い……早く開けてくれ。もしここに別の人間が来たら俺はそいつらを攻撃してここから脱出しないといけない。あのじいさん相手に手加減できないし、今の俺の好みはショートヘアの天然お嬢様だからあのメイドも容赦なく攻撃できる」
この人――この間ここに来てからまだ1周間も経ってないはずなのに、もう好みが変わってる――どうりでセリアが相手にしなかった訳だ。
「女の敵を見る目で俺を睨む余裕があるならさっさと石に魔力を込めろ」
口調が少し強い物に変わると同時に、静かに風が巻き起こる。
睨まれるような事を言ったのは貴方じゃない――と思いながら額縁に近づいて黒の魔力を込めると、壁にドアが現れた。
ヒューイはピュウ、と綺麗に口を鳴らした後手でドアを示す。
「お姫様から先にどうぞ」
「さっきからお姫様お姫様って……私、アスカって名前があるんだけど?」
これ以上テレパシー使って相手の神経を逆なでするのも得策じゃないと考えてテレパシーをやめると、ヒューイはご機嫌そうに表情を緩め、肩を竦めた。
「これは失礼。それでは、アスカ嬢から先にどうぞ。アンタが先に入ってくれないと俺、閉じ込められてしまうかも知れないし?」
お姫様からいきなりアンタ呼ばわりもどうかと思うけど、細かい事を言って時間を浪費してる場合じゃない。
それにしても――先に入った側は常に閉じ込められるリスクがあるんだと思うとレディーファーストも考え物だなと思う。
「心配しなくても貴方を閉じ込めるつもりなんて無いわ。用が済んだらさっさと帰って」
ツカツカと歩いてドアを開けると、真っ暗闇の中、ボンヤリと光る物を見つける。
それが目的の物である事はすぐに分かり、それに向かって一直線に歩いて手に取る。
中で浮かぶ魂は、2つ。薄茶色と、ややくすんだ水色。
(魂は全部で9つ……残りの1つは、消滅しちゃったのかしら……)
私のせいで1つ魂が消えた――胸に圧迫感が押し寄せる中、筒の灯りを頼りにヒューイが近づいてくる。
「……それをどうするつもりだ?」
「中の魂を解放するのよ」
「どうして?」
薄ぼんやりとした灯りしか無いせいでヒューイの表情がよく見えない。ただ、意外そうな声から大体どんな顔をしているのか推測できる。
「この筒の中にいたら、私がダグラスさんを不機嫌にさせる度にこの人達が攻撃されるから」
「なるほど、脅されてる状況が嫌で解放しにきたって訳か」
端的に説明した言葉に、乾いた笑いが返される。
「それもあるけど……自分のせいで魂が消滅するなんて、絶対嫌じゃない?」
「へえ……優しいねぇ」
「別に、普通でしょう?」
ニヤつく言い方に苛立ってつい言い返すとヒューイは少し視線を私から逸し、笑みを消した後また改めて私を見据えた。
「普通……じゃあないな。リスクを犯す奴はそれ相応のリスクが返ってくる事を覚悟して動く。人を殺そうとした奴らが殺されて尚痛めつけられたとしても自業自得だとしか思わない。家族や付き合いの深かった奴でもなければ気にもかけない」
ああ、本当にこの世界の有力貴族とは子づくりや人の命に関しては価値観も考え方も違う。
話し続ける気も失せて筒の蓋に手をかける。ダグラスさんが解放した時の様子を思い返すと、確かこの部分を回して開く仕様だったはず。
「きゃっ……!!」
力を入れた瞬間、右手に静電気のような痛みが走り、手を離す。
「魔法陣が仕込まれてる。それを解除せずに無理に開けようとすると中にも被害が及ぶ」
(魔法陣の解除……唱術の解除方法は知ってるけど……)
あの夜、ダグラスさんは最後の魂をそれで解除していた。それなら――ダグラスさんの魔力と同じ私にも解除できるかもしれない。
ここまで来れたのに試さない手はない。筒を右手に持ちかえて、左手で蓋に触れる。
「
唱えると同時に、左手に強い痛みが走る。痛みを堪えつつ、ゆっくりと蓋を回して外すとフワリと2つの魂が浮かびあがって――消えた。
魂の淡い光が消えて部屋が真っ暗になる中、ヒューイの声が響く。
「アンタには本当に驚かされるな……魂を解放したのはこれが初めてか?」
「いいえ、色々あって……これで8個目」
「……その中に青緑色の魂はあったか?」
唐突な質問に、これまでの解放した魂の色を思い返す。
黄緑、深い青、深緑――ダグラスさんが解放した魂の色の中にも、青緑と言えるような色は無かったと思う。
「青緑は無かったと思うけど……それより灯り付けてくれない? 私あんまり白の魔力使いたくないし、黒の魔力は使い方がよく分からないのよ」
真っ直ぐに歩いてきたけれど、足元に何が転がってるかわからない状態は単純に怖い。
「どうりで、あんな頭にガンガン響くテレパシーを使ってきた訳だ……<
その言葉に反応するかのように、部屋が一瞬で照らされる。
眩しさに目が眩みつつ、光に慣れた私の目が映したのはヒューイの後ろの壁一面に貼られた何枚もの自分の写真だった。
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