第160話 9個目の魂・2
(自分の写真ばかりこんなに貼られるとキッツいわね……)
着ているのが寵愛ドレスだから、記念撮影の時に撮られた写真なんだろう。
割と離れた位置からの物もあれば(えっ、こんな近くで撮ってたの!?)と思うくらいに至近距離の写真もある。
ダグラスさんと私の両方が写っている物もあるけど――その殆どが私に焦点があてられていた。
よく漫画やドラマで部屋全体にストーカーが部屋の壁全体に相手の写真を貼りまくってるシーンがあるけど、壁の一面だけ、という点ではまだ救いようがあるんだろうか?
「これは……引く位に愛されてるなぁ。俺いくらドンピシャの女の子が現れてもここまではできないわ……」
一切カメラ目線じゃない被写体の様子からすぐに盗撮なのが分かるからか、ヒューイが呆れたように呟く。
そういえば新聞に載ったあの写真――神官長からペンダント貰えた事で犯人探しの事が頭から吹っ飛んでいたけど、これでもう犯人が誰かハッキリしてしまった。
容疑者だった男の、目に見えて引いている顔を見据えていると半目でこちらを見返される。
「……何だい?」
「別に……あらぬ疑いをかけて悪かったなと思っただけよ」
「ああ……新聞の写真の犯人、俺だと思ってたのか? そりゃ誤解が解けて何よりだ」
風を操るからだろうか? 察するのが早い。そう言ってヒューイは壁から視線をそらし、私から離れた。
友人の異常行動を深堀りしない優しさがあるんなら、そろそろ後ろで浮かぶランドルフさんを解放してほしいんだけど――
ちなみにランドルフさんはまだ一向に目を覚ます気配はなくグッタリ浮かんでいる。
(この世界の人に土下座は通じるのかしら……?)
何にせよ起きた時に謝らなければと思いつつ、改めて自分の写真が貼られた壁に向き直る。
私が写真が嫌だと言ったからこういう手段に出たのか、普通に記念写真を撮っていてもこういう手段に出ていたのか――どちらにせよ、魂の事にせよ『私に気づかれなければいい』と思ってるのはかなり気分が悪い。
壁に貼られた写真を1枚1枚外して、乱雑に破っていく。
「おいおい……あいつ、絶対怒るぜ?」
ヒューイの忠告も構わずに破っていく。地球に帰った後で自分の写真が悲惨な目に合うことを心配した事もあるけれど、悲惨な目に合わせるのが自分になるとは思わなかった。
あらかた破り終えて俯いて1つため息をつくと下に何枚か破れてない写真が落ちている事に気づく。私の顔が見えない、ダグラスさんに焦点が当たった写真だ。
この扱いからすると自分メインの写真は興味無かったようだ。何となく写真が不憫になって、一枚拾い上げる。
こんな状況で思う事ではないんだろうけど、やはり正装のダグラスさんは格好良い。そしてその写真に映る表情はとても穏やかで、優しい。
(この写真に映るダグラスさんは、こんな良い表情をしてるのに……)
どうしてあの夜の時に見たような、悪魔の笑みと両立できるのだろう?
どちらかが偽りの姿――という感じはしない。私に優しく愛を語るあの人も私と愛し合う為なら倫理すら踏み躙れるあの人も、どちらも本物な気がする。
「何だ、これ……?」
ヒューイの呟きに振り返ると、彼の手には数日前に見たロボット掃除機があった。
「ああ、それダグラスさんが作った全自動掃除機」
「へぇ……」
ヒューイが興味ありげな相槌を打った後、カチッという小気味良い音と共に動き出す。性能を確かめたいのかヒューイはそれを躊躇する事無く床に置いた。
床に置かれた全自動掃除機は前と同じ様にウィー……と独特の音を立ててこちらに向かってくる。
嫌な予感がして後ずさるも、やはりぶつかってきた。それも、何度も。
「痛い、痛い! ちょっと……!」
そう言えばコイツ、最初もぶつかってきた。今朝ラインヴァイスに突っつかれた場所を狙うかのようにぶつかって来る。
しゃがみ込んでスイッチらしき所を押すと、『プシュン……』と音を立てて止まった。
「魔力込めてないのに激しい動作ができるのか……」
何か思う所があるのか、ヒューイは私に優しい言葉1つかける事無く止まった掃除機の横に座り込み、ゴロンと裏返す。
防御壁、灯り、捕縛――今彼は同時進行で3つの魔法を使ってるはずなのに、全く疲れてる様子がない。
「……今、3つの魔法同時に使ってるのによく平気でいられるわね?」
「器が大きければその分回復も早いからな……お、ここ、さっきみたいに解除してくれないか?」
ヒューイが目を輝かせて指差した所――掃除機の裏側に、黒い魔法陣が刻まれた銀の板が嵌め込まれている。
「ええ……? 解除するの、痛いんだけど……」
先程筒の魔法陣を解除した時に傷んだ左手はまだジンジンと痛む。この状態でまた同じ目に合うとどうなるのか怖い。
「そう言うなって。もしかしたらここに9個目の魂が封印されているかも知れないぜ? 魔力の供給源としてな」
その言葉に強く興味を引かれて私も全自動掃除機の傍に座り込むと、ヒューイは魔法陣を指し示したまま説明しだした。
「魔道具はその殆どが使用者の魔力を込めて作動させる物だ。だけどこれはスイッチひとつで動くし魔力を込める為の石も付いてない……恐らく、中に大量の魔力があるからだ。多分な」
『恐らく』『多分』といった言葉が若干不安ではあったもののその説明は私の目も輝かせるのに十分だった。
(もしヒューイが言うようにこの中に9個目の魂があるのなら……)
私のせいで消滅した魂はないという事になる。そして解放すればもう魂に苦しめられる事もなくなる――
全てが私のせい、だなんて思ってない。だけど、この地獄のきっかけ作ってしまったのは私なのは間違いない。
左手の痛みも忘れて魔法陣が刻まれた銀の板に手を添える。
「
また左手に鋭い痛みが走ると同時に、カタン、と板が外れる。その瞬間、眼の前に青緑色の魔法陣を浮かびあがり、何箇所もの肌が切れるような痛みに襲われた。
突然の事で防御壁を張る事も間に合わず、視界に赤が飛び散る。
「痛い……!! 痛い、いたい、痛い……!!」
耐えきれない痛みに声を上げながら身を縮こまらせ、本能的に白の魔力を込めた手で手辺り次第に痛い部分に触れていく。
が、まだ背中が切りつけられるような痛みが襲う。
キリがない上に鋭い痛みが上手く手に魔力を込めさせてくれない。痛い部分が多すぎて追いつかない。
自分の視界に急速に広がっていく赤い血溜まりに死を予感させられる。
「もうその位でやめてくれ。今こいつに死なれたら厄介な事になる」
ヒューイの言葉に攻撃が止まる。チラ、と彼の方に視線を向けると私の方に目もくれず、青緑の魂と向き合っている。
「こんな状態からでも魔法を繰り出せるなんてさすが死んでも侯爵というか、アンタらしいと言うか……消滅の危機から助けてやったんだから来世では変な事考えて寿命縮めたりするなよ?」
その優しい物言いに、彼の言葉が思い返される。
――家族や付き合いの深かった奴でもなければ気にもかけない――
(ああ、付き合いが深かった人なのね、だから……)
だからダグラスさんが居ない時に危険を犯してまで、こんな所に来たんだ。
タラり、と血が額から鼻を伝う感触に、見てる場合じゃない、と慌てて白の魔力で治療を再開する。何はともあれ、もう攻撃される事はないのだ。
(今は傷跡まで気にしてられない。まずは、痛みと血を何とか、しないと……)
だけど治療していく中で、白の魔力がどんどん減っていくのを感じる。
(……魔力、足りる、かな……?)
まだ体の至る所から血が流れている感覚に恐怖を煽られる。寒気もする。体が重く、視界も少し暗くなってきた。
俯く視界に濃緑の靴が映り、顔を上げると、ヒューイが笑っている。
「良かったな? 9個の魂全部、消滅せずに済んで」
「助け、て……」
無意識に紡ぎ出したSOSに対して、冷たい視線が向けられる。
「悪いな、俺、あいつの呪術付きの契約書に『君に手を出さない』ってサインしちゃったから君に一切手を出せないんだわ。こいつはさっきの場所に戻しておくから、こいつが目を覚まし次第ここの入り口が開いてる事に気づいて助けてくれるだろうよ……多分な」
そう言えばこの人、ここまで私に一切手を出していない。
(だけど……それだけが私を助けない理由だろうか?)
私のせいでお世話になった人が無残に殺されている――さぞはらわた煮えくり返る思いだっただろう。
そのうえ魂まで掃除機の供給源にされるという、侮辱を受けていた事を知れば――私が、切り刻まれる姿は、さぞ気分が良かっただろう。
「……ごめんなさい……」
うっすら視界が霞む中、自然とこぼれ落ちた謝罪に対して冷ややかな声が落ちてくる。
「命乞いされても俺には助けられないって言ったろ?」
「……命乞いじゃないわ……ただ、謝りたかっただけ。さっさと、行きなさいよ……」
ため息を付いて去っていくヒューイの後ろ姿が、不自然に歪む。
流れ出る血が多すぎたせいか、吐き気を催し、気が遠くなっていく。
これまで何度か死にそうな目にあってきたけれど、今度こそ死ぬのだろうか?
宝箱を開けたら、出てきた魔物に殺された――みたいな、間抜けな死に方にちょっと笑えてくる。
これは、報いなのだろうか? 他人を使って人の命を奪った事への。
って――私が、何したって言うの? 襲われて酷い目に合って、襲ってきた奴らに対して大嫌いって叫ぶ事の何が――駄目だったっていうの?
ああ、寒い、気持ち悪い、辛い――もう、帰りたい――
頭が重力に逆らえずに床に付けると、チャリ、とペンダントが音を立てて姿を表す。疑問に思い鎖骨あたりに触れると、ブラウスが大きく裂けてしまっている。
(ヤバい、このまま、意識を失ったら絶対にマズい……!)
その思いが天に届いたのだろうか? 目を閉じて手探りでペンダントを外し、隠さないよりはチャンスがあるかと一か八かの場所にそれを隠せた所で――意識が、途絶えた。
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