第42話 魔物狩り・7


 少し広い通路を抜けた先には、先程の部屋よりずっと広い空間が広がっていた。


 通路を歩いてる時は時折魔物が襲ってくる程度だったのに、部屋の中央には蔓延はびこるという言葉がふさわしい位に魔物が群がり、鼻を攻撃するという言い方では生易しい位の腐臭が立ち込めている。


 もう明らかに先程の魔物達と違う――先程のゴブリンや死霊達が冒険者の肩慣らしなら、今そこにいるのは骸骨、人型のゾンビに獣型のゾンビ――熟練の冒険者が戦いそうな異質な存在達と、その中でもひと際目を引く、魔物達の中央に位置する金属製の黒い巨人。


「ゴーレム……?」


 ゲームの中ボスとかやや後半に出てきそうなその巨体は、見るだけで威圧されて思わずペイシュヴァルツにしがみ付く。

 だけどダグラスさんが平然と魔物の群れに向かっていくからペイシュヴァルツも私を背負う形で後をついていく。


「あの、さっき悪魔召喚しないって言ってましたけど、ピンチになったら悪魔とか全然出していいので。私、一切見ないようにしますから」

「私はさっきから貴方のそういう……私の力を見くびってる所が気に入らないと言ってるんですがまだ分かってもらえていないようですね……?」



 ダグラスさんが変な意地を張らないよう万が一に備えて言った言葉に対して眉を顰めて私を見下したダグラスさんの表情は、マジで切れる5秒前、と言わんばかりに冷ややかだった。

 思わず「すみません」と小声で謝ってしまう。


 徐々に強くなる腐臭に耐え兼ねて鼻を摘み口呼吸する私を横目に、魔物にも腐臭にも一切動じていなさそうなダグラスさんは表情を緩めて問いかけてくる。


「飛鳥さん。黒と黒……白と白……同じような色合いの魔力がぶつかると、どうなると思います?」


 突然の突拍子もない質問に戸惑いながら、不安に塗れる頭で考える。


 大抵のRPGだと火属性の敵と戦う際、防具は同じ火属性で軽減させるか、あるいは反対の水属性で防ぐかで別れるけど、武器に限っては魔物と相反する属性の物を振るう事で共通している。

 もし仮に火属性の敵に火属性の武器を使えば良くて威力半減、悪ければ吸収される。その法則で考えると――


「お互いの攻撃があまり効かない訳だから……体力勝負、長期戦になるんじゃないの……?」


 口を開いて喋る事すら億劫なこの状態で必死に考えた答えを伝えると、ダグラスさんは更に目を細め、口元を緩めた。


「力量差が全く無ければそうなりますね。ですが力量差があれば、相反する力がぶつかりあうよりずっと早くケリがつきます」


 黒い魔法陣がペイシュヴァルツの足元に現れる。ダグラスさんの魔法か、魔物の魔法か――判断に迷ううちに黒の槍がペイシュヴァルツの足元付近を突き刺し、魔法陣が消える。


 ダグラスさんは槍を地面から引き抜き、ゴーレムの方を狙って投げる。勢いづいた槍は真っ直ぐにゴーレムの頭を射抜いた。


「このように、こちらの魔力量が大きく勝っていれば相手の魔力を無理矢理取り込んでその力を上乗せした攻撃ができるからです。」


 指でクイッと戻すような仕草をすると、黒の槍は一人でにゴーレムから離れ、彼の手元に戻ってきた。

 ゴーレムは支えていた物が無くなったかのように、その場に崩れ落ちていく。


「ここにいる一番強い魔物を即殺してしまえば、大抵の魔物は戦意を喪失するのですが……」


 まるでゲームのチュートリアルのように丁寧な説明を続けるダグラスさんだけど、骸骨もゾンビも戦意を喪失している様子はない。

 躊躇せずに放たれた骸骨の矢を黒い槍が軽く弾き飛ばす。


「やはり、そうさせない何かがこの奥にいますね……ペイシュヴァルツ!」


 ダグラスさんが片手で強引に私をペイシュヴァルツから引きはがして抱き寄せたかと思えば、その両手で私の両耳を塞ぐ。


 次の瞬間ペイシュヴァルツがけたたましい咆哮をあげたのが分かった。部屋の中にいた大量のゾンビや骸骨が崩れ落ちていく。


 色んな意味で何が起きたのか、理解できない。


 咆哮が終わると、私から両手を離したダグラスさんが再び槍を拾いあげる。


「ここの魔物は作られた物です。今その繋がりを切りました」

「作られ……?」

「ゴブリン等の自然繁殖とは違い、ここにいる骸骨やグール、死霊は上位の魔物が作り出した魔物です。この奥にそれらを作り出した元凶がいます」


 クイッと親指で示した先には、先程通ってきたのとはまた別の通路がある。


「何故浅い階層には弱い魔物しか出てこなかったか……分かりますか?」

「……いえ?」


 浅い階層に弱い魔物が出る、奥深く立ち入れば立ち入る程強い魔物に変わっていく――そんなゲームのお約束の理由なんて考えた事無かった。


(理由……レベルが低いプレイヤーの前に最初から強い魔物が現れたら、先に進めない訳で……)


 だから浅い階層で雑魚を倒してレベルアップさせて、その後深い階層の強い魔物と戦う――そんな、ご都合主義な理由が思いついたけど、ここはゲームの世界じゃない。

 こちらに都合がいい事情のはずがない――と思ってる内にダグラスさんが言葉を続けた。


「弱い魔物で冒険者達を釣り、その冒険者を狩る為です。浅い階層の弱い魔物達など撒き餌のような物……この遺跡はそれが特に顕著だ。あらかじめ住んでいた強い魔物を排除し、弱い魔物を蔓延らせ、それに釣られた冒険者の遺体を漁る……ふふ、奥にどんな魔物がいるのか容易に想像できます」


 ダグラスさんの喋り方はこの状況を少し楽しんでいるように見える。


「隠し部屋の床が崩したのは、クラウスに貴重な材料を奪われて激高したからでしょう。材料が惜しいならさっさとこの辺に移動させておけば良かった物を……ねぇ?」

「……嬉しそうに話すんですね」


 気味の悪い会話に、つい目を伏せてしまう。


「城には城に適した会話を、遺跡には遺跡に適した会話をしたくなりませんか? お気に召さなかったのであれば、他にどんな会話をしましょう? ああ、そういえばクラウスから口づけされたようですね。出会って3日で口づけに至るとは……余程気が合ったようで」

「そういう言い方しないでください!」


 変えた話題がよりにもよってそれかと、思いながら言葉を遮る。


 私にもクラウスにも、失礼――と続けて言いかけた時、再び顎に手が添えられ、ドクン、と心臓が跳ねる。先程同じように親指で頬をなぞられるが、もう痛みは感じない。


「こう見えても、全力で駆けつけたのですがね……もったいない」

「え?」


 もったいない、ってどういう意味だろう? さっきの喋りたくて仕方がないニヤつきも失せて真顔になられて調子が狂う。


「まだ僅かに魔力が残っているようですが……神器を使うなどという無茶をされるとは思いませんでした。今回は致し方ない面もあるので大目に見ますが、今後は極力注がれた魔力を使われぬようお願いします」


 まるで親が無茶をした子どもをやんわりと諭すような言い方に、また苛立ちが募っていく。


 助けてもらった事は感謝してる。私がいま生きてるのはダグラスさんが来たからだ。

 でも、ギリギリに来たくせに何故そんな上から目線で物を言うのか。それに――


「何で私があの弓を使った事を知ってるんですか……? まさか、見てたんですか?」


 それなら、何でもっと早く助けてくれなかったのか。怒りが体を震わせる。


「見てはいません。ですが貴方の、あの腫れた頬を見れば貴方が弓を引いた事は明らかです……貴方の怪我は全て癒やしたつもりですが、今何処か痛い所はありませんか?」


 向こうが少し身をかがめているのか、顔が近い。真っ直ぐにこちらを見る濃い灰色の眼に、つい眼をそらし、手の平でダグラスさんの顔を押しのけてしまう。


「……今の所は、大丈夫です」

「そうですか、それでは奥に行きましょうか」


 怒りと恥ずかしさでダグラスさんを直視できないでいるうちに手が私の顎から離れ、ダグラスさんは奥に向かって歩き出す。


「奥に……いるん、ですよね? さっきのゴーレムとか作った魔物が」

「そうです」


 隠し通路の奥に入った後クラウスが調子崩してあんな状態になってしまった事を考えると、今この遺跡のボスに立ち向かおうとしているダグラスさんも調子崩してしまうんじゃないか、とあらぬ不安がよぎる。


 それに、先程のゴブリン達とは明らかに魔物の格が違う――本当に無事に帰れるんだろうか?


 行きたくない、と強く思いながら顔を俯かせてとぼとぼと重い足を進ませると、小さい舌打ちが聞こえた後ひょい、と持ち上げられて再びペイシュヴァルツの背中に乗せられる。

 この場に似つかわしくない艶やかな触り心地に負けてついペイシュヴァルツにもたれかかってしまう。



 奥の通路を抜けてこれまでより一番広い部屋に出ると、無数の骸骨やグール、死霊が溢れかえっていた。腐臭にはだいぶ慣れてきたけど、ここはそんな鼻でも不快な気分にさせられる濃密な死の臭いに満ちている。



『黒き者……我を滅しに来たか?』



 魔物達の奥にいる、宙に浮いた一回り大きな骸骨――法衣を纏った骸骨が喋った。


死霊王リッチですか……これはまた、難儀な敵が現れましたね」


 難儀と言う言葉を使う割には(こいつかぁ……)みたいなダグラスさんの言い方は一体何なんだろう?

 言葉と態度のどちらが正解なのか掴めないでいるとダグラスさんが振り返る。


「ここから先、私は攻撃に専念させて頂きます。飛鳥さんはこれを持って高みの見物と洒落こんでください……ペイシュヴァルツ、飛べ」


 音石を手渡されたと思うと、ペイシュヴァルツは羽根をはばたかせて一気に飛翔した。

 天井にぶつかると思ったけど意外に天井が高く、文字通りの高みの見物――見下ろす形になる。


『古より築き上げた英知の集大成、ここで失う訳にはいかぬ……!!』

「ハッ……既に滅び廃れた遺跡の奥に籠もって数百年研究した程度の知識で『英知』だなどと、笑わせてくれる……!!」


 ダグラスさんの声は、特に張り上げている訳でもないのに何で聞こえるんだろう? と思ったら、先程手渡された音石から聞こえてくる。

 音石ってこういう使い方もできるのか。それにしても――


「それだけで貴様の力がうかがい知れるという物だが……貴様が大事に抱えている本には少々興味がある……貴様を滅した後にゆっくり読ませてもらおう!」


(何でいちいち死霊王をあおるの……!?)


 そんな不穏な会話を私に聞かせる為に音石を渡したのだろうか? いや、きっと万が一の緊急事態に備えての事だろうけど、煽るわ不穏な事を言うわで死霊王が怒らないか心配で仕方がない。


『させぬ!!』


(やっぱり……! 自分の縄張りを踏み荒らされた挙句に自分の大事な本が奪われると知ったらそりゃ死霊王も怒るって……!!)


 死霊王はその白骨の手で抱えていた厚い本をどす黒い法衣の下に隠すと、杖をかざして理解できない言語を叫ぶ。

 その一瞬でダグラスさんの真正面に黒い魔法陣が現れる。


 そこから放たれる黒い矢をダグラスさんは黒の槍で襲い来る骸骨やゾンビをも巻き込んで切り払い、薙ぎ払っていく。

 その様は遠くからでもまるで鬼神か死神のように猛々しく見えた。


 私を避難させる前に先程のペイシュヴァルツの咆哮で骸骨やゾンビアンデッド達を一掃してしまえば良かったのに、って思ったけど――あの人にとって骸骨やゾンビ程度の魔物なんていようがいまいが関係ない、空気のような存在なんだろう。


 大分距離が離れているはずなのに、吹っ飛びそうになる程禍々しい黒い魔力を感じる。

 果たしてこの禍々しい魔力は、どちらの魔力なんだろう――? 私には区別がつかなかった。


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