第43話 魔物狩り・8


 ダグラスさんと死霊王の戦いは見るからにダグラスさんが優勢だった。

 目を見開いて大きな黒槍を振るう彼の口元が楽しそうに歪んでいるのが遠目からでも分かる。


(むやみやたらに手を汚したくない……なんて言っておきながら、思いっ切りむやみやたらに、しかも楽しそうに魔物屠ってるじゃない……!!)


 ドン引きしながら見守っていると、こちらにも死霊が向かってきた。だけど、ペイシュヴァルツが長い尻尾で容易く祓い落す。


 この黒猫、よく物語に出てくる魔女や魔法使いが使う小間使い程度の使い魔だとばかり思っていたけど、かなり強い。

 可愛くて、撫で心地も良くて、乗れて、空も飛べて戦闘もできる――なんて素敵な使い魔なんだろう?


 こんな状況で命の危険を感じないのも不思議な気分だけど、お陰で余裕を持って戦況を見守る事が出来る。


(ダグラスさんって、本当に強いんだな……)


 さっき自分はゴブリンや死霊の群れにあんなに怯えていたのに。それらよりずっと強いはずの魔物が目の前にいるのに。

 今、冷静に見守れるのはダグラスさんが一切物怖じしない事とその破格の強さのお陰だ。


 セレンディバイト家があれだけ恐れられるのも、ダグラスさん自身が英雄の称号を持っているのも、この戦い方を見ると納得できる。


 魔物相手とは言え容赦無く槍を振るう戦い方は、きっと人間相手でも変わらないんだろう。

 顔色一つ変えずに口元歪ませて笑う姿は絶対いたぶり殺す事にも慣れてるんだろうなと思わせる。


(城で私を恐れる人が多い訳だ……こんな人間に目を付けられたら、ひとたまりもない)


 そんな事を考えてる間に大量にいた周囲の骸骨やゾンビが力ずくで一掃され――彼らの残骸が散らばる中、ダグラスさんは死霊王に黒い槍を向けた。


『神器と色神しきがみの加護に頼るだけの愚か者に追い詰められるとは……』

「己の手を使わずに多くの冒険者の命を狩ってきたであろう痴れ者に、愚か者呼ばわりされる謂われはないが……」


 口惜しそうに呻いた死霊王に対して尚も煽るダグラスさんは自分が持つ槍を見据えて、予想外の事を呟いた。


「……確かに、ここで神器を使って貴様を倒すのはあまりに愚かだ」


「えっ?」と声に出す前に黒い槍があらぬ方向に放り投げられ、カシャン、と小気味良い音を立てた。


 これまでの攻撃の全てをその黒い槍でおこなってきたのに、何で放り投げたんだろう? 何故そうも簡単に武器を捨てられるんだろう?


「神器があるから強いのだと、彼女に勘違いされては困るからな」


 こちらの方を見上げるその表情は、ドヤ顔、といえる位自信に満ち溢れているものだった。

 いや、今は全くドヤるような状況では、無いと思うんだけど――(そんな理由で!?)と思ったのは私だけではないようで。


『女の色香に惑わされ傲慢な態度を取るか……どこまでも愚かな……』

「色香……? 彼女に私を惑わす色香があるように見えるか? まあ……たかだか人類の英知に惑わされて道を踏み外した人間のなれの果てが、吐瀉物の臭いを色香と嗅ぎ違えたとしても仕方がない事だがな」


 今あの人は私に相当失礼な事を言ってる事に気が付いているんだろうか? わざと? わざとなの? 死霊王を煽っているのか、私を煽っているのか、分からなくなってきた。


 死霊王ももう話す度に逐一反論してくる目の前の男が嫌になったのか、無言で大きな魔法陣を作り出す。


「醜い色だ……いくらその身を黒に染めた所で、貴様本来の色は黒ではない。淀んだ黒が淀みなき黒に逆らおうとするのは、実に哀れで烏滸おこがましい」


(何でいちいち言う事が、悪役なの……!?)


 ダグラスさんが印を切る指先に、黒いもやが集まる。

 死霊王が出した魔法陣がその靄に吸い取られるかのように消えて、代わりに死霊王の真下に、先程の物よりずっと大きい黒の魔法陣が現れる。


「――この世の理から外れた者よ、深遠の闇で永遠とわに彷徨え――死を食らう者デス・イーター


 禍々しく直視するのも憚られる程恐ろしい『何か』が、死霊王の真下に現れる。

 反射的に目をそらすと、かつて人であったらしい魔物の断末魔が聞こえた。


 部屋が静まり返って、恐る恐る視線を死霊王がいた辺りに戻すと、そこに死霊王の姿はなく、代わりにダグラスさんが何かを拾っているのが見えた。


「……数百年の英知とやらを評して、この本は私が有効に使わせて頂こう」


 思わぬ収穫だったのか、声だけでも嬉しそうなのが伝わってくる。

 その本、呪われてるんじゃ――と一瞬不安になったけれど、もしそうだとしても本体を今軽々と葬ったダグラスさんなら容易に解呪できるんだろうなと思い直す。


 ダグラスさんが指を鳴らすと、本と、先程放り投げられた黒い槍が消えた。

 いつでも片づけて、いつでも取り出せる――攻撃魔法には然程興味持てないけど、ああいう魔法や回復魔法がちゃんと使えるようになれたらいいなと思う。


(しっかし……死霊王が持ってた本を興味深げに回収する男に英雄なんて大それた称号与えて大丈夫なのかしら、この国……)


 死霊王がいなくなり魔物達も形を維持できずに崩れさった中、ペイシュヴァルツがゆっくりとダグラスさんの所へ降り立つ。


「いかがでしたか?」


 黒の外套に濃灰の衣服。相手の返り血が目立たない仕様にはなっているものの、どす黒い血や体液に塗れた事を微塵も厭わずに丁寧な言葉に切り替えて微笑むその姿はまさに悪魔の――凶悪な笑み。


「いかがも何も……」


 今、私は地球に帰るにあたって最強の<ラスボス>に相対しているのではないだろうか?

 ペイシュヴァルツから降りようと床に足を付けると、力が入らずそのままペタンと座り込んでしまう。


「……どうしました?」


 おかしい。腰が抜けて、立てない。頭は冷静なのに、体がまるでいう事をきかない。


「……凄惨な光景にしないように配慮したつもりなのですが、それでも少々刺激が強すぎましたかね?」


 腰と膝に手を回されて一気に持ち上げられ、いわゆるお姫様抱っこの体制になる。


「普段もこの位従順であれば、私も貴方に怖い思いをさせてまで力を見せつける必要は無かったんですが……私の願いを叶えぬまま逃げようなどと考えればどういう事になるかは、これでお判りいただけたかと思います」


 こういう私の姿を見たかったのだろうか? 今までにない位酷く優しい微笑みと穏やかな声でダグラスさんが囁く。


「べ、別に……! 帰りたい、とは思って、ますけど、逃げようとか、思ってませんけど……!? 勘違い、されてるんじゃ、ないですかね!?」


 私が逃げる事を企んでる事を見透かされたように言われて、思わず声が上ずる。


(何処で気づかれた? やっぱり音石が原因……!?)


 いや、でも。消した言葉が全て聞かれたとしても、私がダグラスさんから逃げようとしている事まで伝わるような事を言っただろうか?


 (落ち着いて……ここで動揺したらこの人の思う壺よ……!!)


 この人が強いのはもう重々分かった。神器が無くても強いのもよく分かった。

 体がいう事をきかないのはこの身がこの人に逆らう事を恐れているからだろうというのも、何となくわかる。でも――



(この人に屈するとか、絶ッ対嫌だわ……!!)



 屈させようという意思が伝われば伝わる程、絶対屈してやるものかという反抗心が出てくる。

 こういう時は圧倒的な力の差を見せつけた末に何か一言言う位が丁度いい。


 この人はいちいち言い過ぎなのだ。私だって馬鹿じゃない。一度言われれば分かる。しつこく言われれば恐れ以上に反抗心がこみ上げる。


(絶対、この男を出し抜いて地球に帰ってやる……!!)


 だけど――この人がどうしようもなく強い事は間違いない。何とか隙をつきたい。

 隙を増やす為にもやはり従順になって油断させなくちゃいけない。そこが悔しい。


(……煽り過ぎだし、いちいち相手の言う事に反論するし、最終的に死霊王黙っちゃったじゃないの……! 馬車や城の時は優しくて正直ちょっとときめいちゃった部分もあるわよ!? でも、人目が無い場所では自分に酔いしれて煽り属性発揮して威圧してくるタイプなんて、いくら好みのイケメンでも無い、無いわ……!)


「というか、ゾンビの血や体液に塗れた姿で抱えられても微塵も嬉しくないし……!」


 最後の思考は、どうやら声に出してしまっていたようで。


「……この状況下においてもまだそんな目をして減らず口を叩ける貴方の精神力は尊敬に値しますよ」


 明らかにイラついた口調のダグラスさんが今どんな顔をしているのか気にはなったけど、見たら思考すら固まってしまいそうな気がして、必死に顔をそらした。


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