第41話 魔物狩り・6


 部屋を出ると、少し広い通路に出た。強い光が周囲を照らす中、先程よりずっと湿っぽく埃臭い道を歩く。


「さて……そろそろ貴方が待ち望んでいる話をしましょうか」


 歩き始めて少し経った所で、横に並んで歩くダグラスさんが語りだす。


「結論から言いますと、過去にこの世界から地球に帰った人間はいません」


 その言葉に表情がこわばるのが自分でも分かった。


 地球に帰った人間はいない? それなら優里のおばあちゃんの物語は、偶然だというのだろうか? いや、偶然よりはダグラスさんが嘘をついている可能性の方が高い。


「ただ……少々興味深い文献を見つけましてね。聞きたいですか?」

「……聞きたい、です」


 確認するダグラスさんの表情はやはり何処か嘲笑うような――身長差も相まったが気に障りつつ、彼の言葉が続くのを待つ。


「30年以上前、数人のツヴェルフがとある星に転送されたそうです。その星はそれまで定期的にツヴェルフの召喚も行われていた星で、この星と同等……いや、特定の分野においてはそれ以上に高度な文明を誇る星だったそうです。星と星を行き来する星間移動を可能とする装置を作れる位には」


 30年以上前、星間移動――気になる言葉が次々と紡がれる。

 ここで多少目を輝かせても怪しまれる事は無いだろう。いや、逆にここで無反応だった方が怪しまれる。

 食い入るようにダグラスさんを見上げると、彼は満足そうな笑顔を浮かべて話を続けた。


「しかし、その星からの召喚はその時を境に途絶えました……向こうにツヴェルフを転送すれば、当然向こうは自分の星から人がさらわれていた事に気づく訳です。どんな方法を取ったのかは定かではありませんが、その星は姿を隠してしまい、召喚できない状況にあるそうです」


 そこまで言うとダグラスさんは黒い槍を構え、前方から襲い来る何かを一振りで切り捨てた。ビチャッ、と嫌な水音と重い物が落ちる音が2回通路に響く。


「ですので、その隠れた星を見つけ出す事ができれば地球に帰る事が出来るかも知れません。その星に転送されたツヴェルフ達の中には地球出身の者もいたそうなので、その星から地球に帰った可能性もある……」


 今さっき魔物を切り捨てたにも関わらず、淡々と歩きながら語り続けるその姿に引く。


「私が現時点で手に入れている情報はここまでですが……どうしました?」


 歩みを止めた私に気づいたダグラスさんが、こちらに振り返る。


「い、いえ、今、何か切り捨てたから、ビックリしちゃって……!」


 本当は別の理由――地球出身の者がいた、という情報で止まってしまったのだけど、慌てて切り捨てられた魔物を指差して誤魔化す。


「ああ……」


 ダグラスさんが煩わしそうに指を弾くと突如出現した黒い炎が魔物の頭と胴体をあっという間に燃やし尽くした。


「これで、宜しいですか?」


 多分私が魔物の死体を恐がっていると思って消したんだろうけど、この追い打ちには流石にドン引きせざるを得ない――そんな私の気持ちなど露も知らずにダグラスさんは話を戻す。


「もしアスカさんが私の願いを聞き入れてくれた暁には、その星……ル・ターシュを探し出して貴方を転送させましょう」

「え……でもその星、隠れちゃってるんでしょ? それに突然転送されてもその世界の人間に襲われないとも限らないし……」


 ずっと前はどうだったか分からないけど、いままで人をさらってきた星から送られてきた人間なんて、彼らにとっては侵入者でしかない。

 そんな星に転送させてあげますと言われても困る。


「星の位置が分かるのは皇族だけですから探し出すのは多少骨が折れるでしょうが、見つける事さえ出来れば後は簡単です。今この世界にいるル・ターシュ出身のツヴェルフをひとまとめにして人質にすれば、貴方一人位地球に返す位はするでしょう」

「人質……」


 端々から伝わるダグラスさんの冷淡な感じは、馬車や城にいた時とはかなり印象が違う。いや、印象が違うというより今のダグラスさんの態度はアシュレーに対していた時の態度が入り混じっている。

 恐らく、ダグラスさんは人によって態度を切り替えているんだろう。


(だとすれば、今の私はアシュレーと同じように嫌われている――嫌われ始めていると判断するべき……?)


 振り返ってみても嫌われる要素はかなりある。優里やソフィアには城にいる期限を延ばすように頼まれたけど、それを切り出すのは難しいかもしれない。


 もう少し感情を殺して従順でいるべきだった。今更ながら、昨日の自分を恨む。これ以上嫌われるのはマズい。何とか好感度を上げる事を意識しないと――


「人質を取るやり方が気に入らないのであれば、あるいは地球に送る魔力を最大限かき集めて貴方を地球へ転送するという手もあります」

「かき集める……とは?」

「一般市民を数千人も犠牲にすれば貴方一人を範囲外の星に飛ばす位の魔力にはなるでしょう」


 無理だわ――こんな事言う人の好感度、どう上げればいいの? 何が正解なのか分からない。というかもう正解を探る気にもなれない。


「生贄も人質も、どっちも嫌です」


 ダグラスさんの提案をサラっと流し、再び横に並んで歩く。


「せっかく色々提示しているのに……困った人ですね。まあ私の願いを叶えて頂くには2年位かかる……その間に貴方が望むような平和な方法も一応考えてみましょう」


 ダグラスさんの言葉からは呆れているのが感じ取れたけど、人質や生贄を使って帰れると聞いて『嬉しい……!』なんて言える人間はいるんだろうか?


 演技で言える人もいるだろう。でも私は――少なくとも今は演技でも人の死を喜ぶような台詞は言えない。

 先程の無残な冒険者達の遺体を見てしまったからだろうか? 死にかけたからだろうか? 死に対してかなり敏感になってしまってる。酷く重苦しい感覚が襲う。


「……地球と言えば、アスカさんのお名前はとても複雑な字ですね」


 重い沈黙を感じ取ったのか、突然話題が変わる。送られた招待状の文字を見てダグラスさんも気になったんだろうか?


「確かに漢字は他の字より複雑ですけど……水の川を飛ぶ鳥……どれも漢字の中でそんなに複雑な物じゃないです。まあアスカ……飛ぶ鳥の部分はちょっと複雑ですけど、地球には私の名前よりずっと複雑な名前や名字がいっぱいありますから」


 ダグラスさんの言葉を素直に肯定できず、大した事ない風に返すとダグラスさんの興味は別の所に移っていた。


「アスカ、という名前には飛ぶ鳥という意味があるのですか……? 名前にそういった意味を込めるのは珍しいですね」


 飛ぶ鳥というより縄文、弥生とくれば次は古墳だけど名前にし辛いから次の飛鳥で――という意味で名付けられたのだけど。それを説明するのも面倒でこちらの世界の話題に移そうと試みる。


「この世界では名前に何の意味も持たせないんですか?」

「国にもよると思いますが皇国では大体はかつての英雄や偉人、先祖、物語に出てくる人物等に重ねて名付ける事が多く……何かの意味を込めて名付ける話は私は聞いた事がありません」


 ダグラスさんは私の名前の意味に興味を持ったようで、口元に指を当てながら穏やかな笑みを浮かべている。


飛鳥あすか……水の川を飛ぶ鳥……綺麗な響きの名前だとは思いましたが、その意味を知ると殊更愛着がわきますね」


 そう言って微笑む顔に少し顔が熱くなる。自分の名前にそんな風に言ってもらえた事が気恥ずかしくて、この人やっぱりちょっと良い所もあ――


「飛鳥さん、貴方のその翼をこの手で手折る時が来ない事を、心より願っています」


 前言撤回、やっぱり無理。


 鋭い眼差しと共に付け足された一言に絶望して、低い天井を仰いだ。


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