第94話 修学旅行の終わり


 カフェが見えてきたあたりでクラウスは私の肩から手を離した。


「おお、皆様方! 楽しまれたか? 良ければ昼食を一緒にいかがかな?」


 少し離れた距離からでも周囲の喧騒に負けずにハッキリ通るリアルガー公の声を合図に、ジャンヌとユンが立ち上がりアンナと優里の傍に移動する。


「いえ、私達はこのまま帰ります」

「あら、もう少しゆっくりしていってもいいんじゃない? せっかく昼食に誘ってくれてるんだし」


 私の言葉にソフィアが不満の声を上げる。


「それならソフィアとリチャードは別の馬車に乗せてもらうといいわ」


 焦るあまりに少しぶっきらぼうな言い方になってしまったかもしれない。

 そんな私達の様子を見ていたリアルガー公は自分の髭をいじりながら、ふむ、と声を上げて両手を広げた。


「確かに、クラウス卿とは少し話過ぎましたな……アスカ殿のせっかくのデートの時間を潰してしまい申し訳ない。せめて帰りは二人で過ごされると良い。ソフィア殿とリチャード君は昼食後、ワシの馬車で城までお送りしよう」

「ありがとうございます」


 助け舟を出してくれた事に短く礼を言って、クラウスの手を引いて白馬車の方へ歩き出す。

 陽が真上で輝く晴れた青空の下、白馬車が動き出すとクラウスが首元から懐中時計らしき物を取り出してじっと見つめる。


「11時40分か……アスカ、明日は僕は城に行けないから、今のうちに話さないといけない事がある」


 弱々しい言葉が、馬車の中に響く。


「……まず、ダグラスは君に言わなかっただけで周期の事は把握してるはずだ。緑の節の5日まで君が何か企んでないか常に気を張ると思う……ここから、どうする? 予定通りこのタイミングで喧嘩した事にする?」


 明日城に来れないなんて大事な事、何で今になって言うのか――でも今はそんな事で怒る時間すら惜しい。


「そうね……明日皇城出る時にあの人の機嫌を極力損ねたくないから、明後日クラウスがソフィアに婚約申し込んでくれる? ソフィアが皇城に居る事を嫌がってるようなら早めに受け入れてあげてほしい。ただ、エレンが……」


 エレンが私に絡んだのと同じようにソフィアに絡んだら厄介だ。この世界の人間に2度も襲われたら流石にソフィアの心も折れてしまう気がする。


「大丈夫……エレンとソフィアが遭遇しないように気を付ける」

「今の言葉、信じてるから……ただ、もしかしたらソフィアが婚約を拒むかもしれない……その時はごめんなさい」

「ああ……確かに、お付きの騎士と仲良くしてたから、その可能性もあるね……」


 説明しづらい事をクラウスが察してくれるので助かる。


「喧嘩で時間稼ぎできなくなったら私からクラウスに会いに行くわ。そこで情報交換がてら少しずつ白の魔力を溜めていきましょう……と言っても、私があの人の館に行った後に有益な情報を手に入れらるかどうか分からないけど……それに、ネーヴェが神官長や皇家にどう報告するか……」


 優里に任せはしたものの確実にネーヴェを説得できる保証がある訳じゃない。

 この後皇城に戻ったら『地球に帰る為に何か企んでいるから』と捕まってしまう可能性だってある。


「ネーヴェ君が協力しないにしても、皇家が表立ってアスカ達を拘束するような事はしないはずだ……そんな事をすれば僕やダグラスを含めた公爵全員の反感を買う事が目に見えてるからね……」

「え……公爵家って皇家に仕えてるんじゃないの?」


 息をする度に肩が上がっているクラウスの状態が気にかかりながら、気になる事を追及する。


「表向きはそうなってるし、実際忠義を持って仕えてる家もあるけど、実際、皇家と公爵家の関係は対等さ……皇家と公爵家は自身の色を存続させる為にツヴェルフを必要としていて、そのツヴェルフを召喚できるのは皇家の人間だけだから従ってるってだけだよ」

「それはつまり、皇家に逆らえないって事でしょ?」


 クラウスは私の問いに少し視線を泳がせた後、ふぅ、とため息をついた。


「単純に色を引き継がせるだけなら絶対に相手がツヴェルフじゃないと駄目って訳じゃない……皇家があまりに傲慢な態度を取るようなら、これからは親子なり兄弟なりで子どもを作っていけばいいと開き直って皇家に弓を引く公爵だって出て来るさ。そういうを入れてきた家は実際あるからね」


 クラウスが言い放った言葉に対して激しい嫌悪感を覚え、言葉が詰まる。


「でも……私達が地球に帰ろうとしてるから囲ってる、と皇家が公爵家に言えばいいだけじゃない?」


 忌まわしい話題から少しずらした質問を続けると、クラウスは再び私に顔を向けて、力の無い笑みを向けてきた。


「……それを言えないようにしたから。そんなに心配しなくていいよ」


 そうやって弱々しく微笑まれても、納得なんてできるはずがない。


「ねえ、クラウス……貴方もあの人も、ほんと私に大事な事を言ってくれない。私にもわかるように、あの時ネーヴェに何を言ったのかとかちゃんと説明してくれない?」


 ハッキリそう言うと、クラウスの目が少しだけ見開く。


「……アスカ達の邪魔するなら僕死ぬからね? って伝えただけだよ」


 一番嫌いな人と同列に扱われた事が嫌だったのか、重い口が開かれる。


「あんな小さな子に、そんな脅し方したの……!? だからあんなに怯えて……貴方、人に死ぬなって言っておいて、自分が軽々しく死を口に出すなんて……」

「落ち着いて、アスカ……僕も本気で死ぬつもりは無い。アスカ達を地球に返す為に、僕は僕に使える数少ない武器を使っただけだ。ネーヴェ君は僕が死ぬ事に怯えた訳じゃない」

「……どういう事?」


 眉を潜めて、憂いを帯びた目で。でも口元は微笑んでいて――今クラウスは何を考えているんだろう?


「色神は、人に宿るんだ……そいつが死ねば、同じ色を持った人間に宿る……同じ色を持った人間がいない僕が死んだら、宿る先が無くなったら、あの鳥は何処に行くんだろうね……?」


 投げやりな微笑みをむけてポツリポツリと語るクラウスに、寒気がする。


「それに完全な白の魔力が僕で途絶えたら、この世界の回復魔法は徐々に衰退していく……この2つのリスクを皇家は無視できないはずだ。大丈夫、皇家が君達を拘束する事は無いし、1ヶ月後には必ず皇家の人間に君達をル・ターシュへ飛ばさせてみせる。僕には、それができる……」


 クラウスがそう言ったのと同時に馬車が緩やかに止まる。皇城に着いたようだ。窓の方に目を向けると、城の方からセリアが走ってくる姿が見える。


 まだ、まだクラウスに聞きたい事がたくさんある。なのにどうして、こんな時に時間が無いんだろう? もっと早く、色々聞けたら良かったのに。


「だから……アスカは、これからの1ヶ月、自分の身を守る事だけ考えて。とにかく、抱かれないように……触られないように頑張って。助けが必要な時は、いつでも言って……」


 クラウスの声に改めて向き直すと、クラウスは座席に横になっていた。


「クラウス、今は私の事より自分の」

「……ねぇ、また、露店通り、行こうよ? 今度は、2人で、お揃い……選ぼう?」


 クラウスの息も絶え絶えな言葉に胸が痛くなる。早く帰してあげないと――という思考で頭がいっぱいになり「分かった」と短く答えて馬車を降りると、すぐに白馬車が動き出した。


 文字通り、命懸けで私達を助けてくれるのはありがたいけど――本当に死を武器として使ってるのだとしても、そんな方法で切り開かれた道を歩きたくないと思うのは我儘なんだろうか?


(……でも、これで確実な道が出来たのは間違い無い)


 そうだ、自分が何の道も作れないのに、自分が気に入らない方法で作られた道だから嫌だなんて言ってられない。

 人が用意してくれた道に文句なんて言える立場じゃない。綺麗事を言ってしまったら一番傷つくのは他でもない、その道を用意してくれたクラウスだ。


 せめてこれ以上、彼に負担をかけたくない――1ヶ月。クラウスが言う通り、今は自分の身を守る事だけ考えよう。


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