第81話 異世界に戻って
「私、一ヶ月ずつ、交互に一緒に過ごそうって思ってる」
そう打ち明けた瞬間、二人の声も魔力も静まり返った。
窓の向こうの綺麗な星の光が動いてなければ時が止まったかと思うくらいに静寂な空間の中で、先に声をあげたのはダグラスさんだった。
「そ、それは……本気で言ってるんですか?」
信じられない、といった様子のダグラスさんに思っている事をストレートに告げる。
「だって2人とも物凄く仲悪いし。ずっとこの状況で過ごすってなったら私の胃が持たないもの。ダグラスさんと一ヶ月、クラウスと一ヶ月って交互に過ごした方が皆平和だと思う」
どちらとも結婚する以上、どちらとも穏やかで平和に過ごしたい。
常に片方の視線を気にしてもう片方もイライラギスギスするのは嫌だ。
お互いこの状況では何も反論できないようで、また静寂が漂う。そして今度はクラウスがポツリと尋ねてきた。
「……飛鳥は妊娠した時は?」
「その時は状況によるわ……まだ妊娠した事ないし、どんな状態になるか分からないから」
普通のつわりもマナづわりも重かったら月に一回移動するのも辛いかもしれないし、相反する色の人が傍にいると子どもに負担がかかってしまうかもしれない。
職場の先輩方を見てると妊娠中も、子育て中も大変そうだったし――
「……分かりました。では、今節は、私と過ごしていただきたい。クラウスと一ヶ月一緒にいたのですから順当だと思いませんか?」
「うん……あ、でも、ダグラスさんと一緒にいるのはいいんだけど、ゆっくりする時間がほしいかな……ダグラスさんと恋人らしい事とかあんまりできてないし。だから子づくりとかそういうのは、もうちょっと待って欲しい」
我ながら恥ずかしい事を言っていると思いつつ、ダグラスさんの顔が真っ赤になっているのが面白い。今の私と、どっちの方が顔赤いんだろう?
「わ、分かりました……私も色々準備がありますし、飛鳥さんと過ごす時間を楽しみにしてましたので……」
良かった。ダグラスさんは大丈夫そうだ――と思ってクラウスの方に視線を映す。
「……クラウスはそれでいい?」
「うん……確かに一節ごとに行き来してもらった方が飛鳥の負担も軽そうだし、僕もこんなやつに邪魔されずにゆったり飛鳥と二人の時間を楽しみたい」
「お前は勝手に地球について行った罪もある。跡継ぎがいない以上死刑はないだろうが、それなりに重い罪が課せられると思え。それにシュネー卿が教会の管理も止めて白の騎士団も解散させた今、主がいなくなった治癒師達や教会は著しく混乱している……しばらくはこき使われるだろうな」
ダグラスさんの言葉に不安がよぎる。確かに、クラウスは勝手に地球について来てしまったんだから罰があるのは当然だ。
どんな罰が下されてしまうんだろう、と不安に思っているとそんな私を励ますようにクラウスが微笑んだ。
「飛鳥、心配しないで。全部僕の行動が招いた結果だから……こいつの言う通り、死刑はない。だからこれから皆に認めてもらえるように少しずつ立て直していくよ。そうしないと僕とアスカの結婚は受け入れてもらえないだろうし」
「無理はしないでね。これから長い付き合いになるんだから……クラウスがあれこれ言われちゃうのは私のせいもあるし、手伝える事は手伝わせて」
「……うん。絶対、無理はしない。けど黒の塊が抜けて午後も自由に動けるようになったんだ。ラインヴァイスの力も借りて、一日でも早く僕とアスカの汚名を
その真っ直ぐな言葉と、力強い眼差しに驚く。
ずっと何処か不安げだったクラウスが今こうして前を向こうとしてくれているのが、嬉しい。
そして――ル・ティベルに戻って来てセレーノ王子に挨拶した後光の船から出ると、物凄く厳かな雰囲気の広い屋内が広がる。
ただ天井を見上げると陽の光を取り入れる窓の殆どにブルーシートみたいな灰色の布があてられていて、威厳ある場所の雰囲気を台無しにしていた。
「おかえりなさい。いかがでしたか? 地球は」
ヴィクトール卿の声に振り返ると同時にペイシュヴァルツがダグラスさんの体に入り込むのが見えた。
そこにいるヴィクトール卿含め皇帝になったばかりの優里の伯父さんや公爵達の視線を一身に浴びる中、これまで色々迷惑をかけた事をクラウスと一緒に頭を下げて謝罪した。
そして私が2人と結婚して節ごとに行き来しようと考えている事を伝えると、皆の視線がダグラスさんに向けられる。一人以外を覗いて。
「……貴方が危険な存在かどうかは、これからの態度で見極めさせてもらう」
そういう黄の公爵――ロベルト卿に隠し事はいけない気がして「ついでにこういうの持ってきたんですけど大丈夫ですか?」とパソコンやスマホや種籾や野菜の種をクラウスに亜空間から出してもらう。
宙に浮かぶ物一つ一つを手にとってどういう物がなのか簡単に説明していくとロベルト卿は「また面倒な物を持ち込んで……」と終始厳しい顔でピリピリしていたけど、
「アスカ殿のお陰でお主も息子夫婦が幸せになったのだからこれくらい目を瞑れ!」
と、赤の公爵――カルロス卿がフォローしてくれた。
人工ツヴェルフの作り方やマリーが自分の意志でツヴェルフになった事は船の中でダグラスさんから説明を受けた。
どう考えても私のお陰ではないと思うけど、せっかくのフォローを台無しにしてしまうような気がして苦笑いしていると、青の公爵――ヴィクトール卿と目があう。
「……貴方が嘘をつかず全て曝け出した事は好ましいと思っています。ただ、この国は私のように文明や未知の存在に疎かったり、警戒する人間も多く住んでいる場所です。事故が起きたりしないよう、それらの扱いはくれぐれも慎重にお願いしますね?」
柔らかい笑顔と言葉で釘を刺してくるヴィクトール卿に対して深く頷く。
トラブルを起こさないようにと誰かに警告はされると思っていた。
「はい。あくまで個人で楽しむ為に持って帰ってきた物ですけど……泥棒とか入られたらこの世界の生態系を崩すことにもなりえますから……扱いには気をつけます」
そう言うとオジサマはにっこり微笑んで頷き返してくれる。
その横で緑の公爵――シーザー卿も何か面白いものを見つけたかのように野菜や果物の種が入った袋の説明書を見つめている。
「……まあ、この世界は遠い昔に召喚したツヴェルフの服に着いていたらしい種やら虫やらが根付いて広まった物も結構あって、この星の純粋な生態系自体はとっくに崩れてしまってるからね。そこは重く捉えなくてもいいよ。ただ……」
「ただ?」
「どんな生き物も、自分が置かれた環境に馴染もうと進化する性質を持っている……つまり異世界の植物は突然変異を起こしやすくてね。突然毒性を持ったりする事も十分にあり得る。その辺確認する為にもこれらを育てる際は監視役を付けさせてもらっていいかな?」
「監視役……ですか?」
シーザー卿自ら監視役となると、グリューン様の圧も含めてちょっと怖いな――と思った私の心が伝わったのか、シーザー卿が困ったように笑う。
「心配しなくても監視役はボクじゃない。ヒューイにさせるつもりだよ。君が育てる物に変異が起きていないか、君の言っている事に嘘偽りがないかを定期的に確認してもらう……ああ、君は夫を3人取らないといけないから、いっそヒューイを3番目の夫にしてアイドクレース邸の庭や別邸で育ててもい」
「シーザー卿、笑えない冗談はやめていただきたい」
シーザー卿の言葉をダグラスさんが強い言葉で遮る。
ヒューイと友人らしいダグラスさんからしてみれば確かに、笑えない冗談だと思う。
「冗談でもないんだけどねぇ……まあ他にも候補者がいるから押し付けるつもりはない。カルロス卿も言っていたけれど、決めるのはあくまでもお嬢さんだ。ただ、ボクもいい加減孫の顔が見たくてねぇ……3人目はなるべく早めに決めてほしい」
一瞬、何で私が3人目を決めるのが孫の顔に繋がるんだろう――と思ったけど、ヒューイもツヴェルフと契って跡継ぎを残す必要がある訳で。
アンナはアシュレーの、マリーはレオナルドの想い人――となると私が候補に上がるのは自然といえば自然だ。
(でも今はダグラスさんとクラウスの事でいっぱいいっぱいで、他の
「皆様方……飛鳥は地球から戻ってきて疲れていますので、ひとまず別室で休ませてもいいですか? ペイシュヴァルツを監視に付けますので」
私が浮かない顔をしていたせいか、ダグラスさんがペイシュヴァルツを出現させる。
「ラインヴァイス、君もその猫が飛鳥に何かしないように見張ってて」
「キィ!」
ご機嫌な鳴き声と共に、と頭にのすっ、とそこそこの重みを感じる。ラインヴァイスは人の頭に乗るのが好きみたいだ。
光の船が私達を下ろしたのは皇帝の間だったらしく、そこから以前7侯爵裁判が行われた会議室まで、皇帝や公爵達に囲まれた状態で歩くのはかなり緊張した。
ダグラスさんやクラウスはもちろん皇帝も公爵もネーヴェも、皆やんごとなき方々の風格を漂わせて、すれ違う騎士やメイドが皆深々と頭を下げる中、自分一人だけ場違い感が酷い。
『クラウス……6会合終わったらヴィクトール卿にあのお土産渡してね! クラウスからって事にしていいから。ちゃんと迷惑かけた事も謝るのよ?』
『……分かってるよ』
場違いな気まずさから逃げるようにクラウスに念押しのテレパシーを送ると、クラウスは困ったように苦笑いする。
そして皆と会議室前で別れ、ネーヴェに案内されてペイシュヴァルツとラインヴァイスと一緒に隣の部屋に入る。
ソファに座るなり、ネーヴェからお馴染みのイヤリングとチョーカーを手渡され、身に付けるとネーヴェから意外な言葉がかけられた。
「……アスカ、先節はありがとうございました」
「え?」
戸惑う私にネーヴェは私が地球に帰った後の事を教えてくれた。
リビアングラス邸で私が転移した後、激高したダグラスさんが皇帝の間に乗り込んで、そこでカルロス卿やシーザー卿と一戦交えた挙げ句に魔族化しかけていたとか――ナニソレと言わんばかりの状況だったけど、私の声を聞いてすぐに大人しくなったと聞いてどうしようもなくくすぐったいものを感じてしまう。
「貴方のお陰で世界崩壊を免れる事ができましたので、陛下が貴方にお礼を言っておくようにと。でも事の発端も貴方なので、貴方にお礼を言うのは何だか変な気分です……」
「……まあ、ネーヴェからしたらそうよね。あ、そうだ私もネーヴェにお礼言わなきゃ。地球に帰らせてくれてありがとう。お陰で悔いなく戻って来れたわ」
「……僕は陛下の命令に従っただけです」
「貴方はそうでも、私は貴方に感謝してるわ。帰りたいなら妊娠するなって言ってくれたから頑張れてた所あるし。優里にもネーヴェに助けられた事はしっかり伝えておいたから!」
そう言うとネーヴェがフイッと顔を背けた。
照れているのか優里に伝えた事は余計だったのか分からず、追求するのも野暮かなぁ、とかける言葉を失うと気まずい沈黙が流れる。
「……あ、そうだ! ペイシュヴァルツにもお土産持ってきたのよ。はい!」
猫じゃらし――は繁殖力強くてちょっと危ないかなと思って代わりに買ってきた、尻尾を引っ張った状態で床に置くと引っ張った分だけカタカタと震えながら進むネズミの玩具。
ペイシュヴァルツは眼の前でカタカタブルブルと動いて進んでいくネズミをしばらくジト目で見られた後フスッ、とため息ついてそっぽ向いてしまった。
これ見た時のラインヴァイスは興味津々だったのに。
合わなかったか――と思った瞬間、大きな前足がネズミの玩具を抑えつけた。だけど想像していた色じゃない。
視線を上げればそこにいるのは――朱色の大狼。
「ヴォン!」
嬉しそうにパタパタと尻尾を振っているロイにも驚いたけど――それより、ロイの後ろ、貴族の服に身を包んで髪を完全に後ろに流したロイド君が入ってきた事に驚愕した。
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