第80話 漆黒と純白に挟まれて


「ダグラスさん……私、ダグラスさんのそういうデリカシーない所、本ッ当嫌なんですけど……! クラウスに対して恋愛感情はないって言ってるじゃないですか……!!」


 不埒な女――今、私が一番気にしてる痛い所をど真ん中で突かれて、思った以上に声が荒ぶる。


「す、すみません……!! し、しかし愚弟が貴方に抱いているのは明らかに恋愛感情で、飛鳥さんがそれに絆されない保証もない……!! 少なくとも飛鳥さんはクラウスと子作りしてもいいと思ってるから結婚する訳ですし……!!」


 私の一喝でビシッと背筋が伸びたダグラスさんは狼狽えながらも更に痛い所をえぐってくる。

 そう。色神を宿すクラウスとツヴェルフが結婚するからには子作りは否めない――


「だから、その時は眠らせてもらうって言ったじゃないですか……!! ……あの、嫌だったなら、あの時そう言ってくれれば……!」

「嫌に決まってるじゃないですか!!! でもそんな事言ったら、また貴方は私から離れていく……! そっちの方がずっと嫌だから、耐えてるだけです……!!」


 ダグラスさんの悲痛な声が室内に響く。

 この部屋、防音性どの位あるのかな、セレーノ王子聞いてたらどうしよう――とかかなり場違いな思考が頭をよぎりながら昨夜の居酒屋でのやりとりを思い出す。



『ダグラスさんとは一緒にいたい。だけど、クラウスを突き放す事はできない』


 そんな話を居酒屋で切り出した私はファミレスで別れ話を切り出した一樹と似ている。

 人目につく場所で結果的に相手の言いたい言葉を抑え込まさせてしまった。


 でも――傷ついてる人を、傷つけてしまった人を見て見ぬ振りをして、自分だけ自分の好きな人と幸せになるなんて私には出来ない。


 日本みたいに一夫一妻制度だったらともかく、ル・ティベルでは一夫多妻、一妻多夫が認められている。


 その夫婦関係も色々だと知ってるのになお、散々クラウスに迷惑かけてきた私が「一夫一妻がいい!」と押し通したらそれは本当に我儘だし、私が結婚してるのにアンナやマリーに「クラウスと子作りしてくれない?」なんて頼めるはずもない。


 ダグラスさんの横を歩きたい。もうクラウスに傷ついてほしくない――それならもう私自身の価値観を歪ませてあれこれ受け入れるしか無い。


 でも、ダグラスさんにこんな風に言われてしまったら――


「……分かってるわよ、ダグラスさんに無理させちゃってる事は……それにどう説明しても不埒な女って思われるのは仕方ないなって自分でも思うし……」


 でもそれでも。クラウスを放って、おけない。


「飛鳥さん、落ち着いてください。私は貴方が不埒な女になったとしても、という仮定の話をしただけで、けして今の飛鳥さんが不埒だとは言ってい」

「もしダグラスさんが本当に嫌なら……ダグラスさんは白の塊も抜けて、もう私じゃなくてもいい訳ですから、私……」


 クラウスを不幸にしてダグラスさんと幸せになる選択肢は、私の中にはない。


 かと言ってクラウスが別の人に恋をしたり、死を看取ってから「これで私達心置きなく幸せになれるわね」――なんてダグラスさんにも失礼過ぎる。ストレス溜めたダグラスさんが浮気しないとも限らない。

 そんな事になる位ならダグラスさんと離れた方が――


「ああ、もう……貴方はそうやっていつも変な方向に舵を切る……!! そんな風に言われるのが嫌だから私は貴方とクラウスとの結婚を飲み込んだんです……! 貴方がいつしか他の男にも慕情を抱いた時に罪悪感を抱かなくていいように、もう貴方にそんな顔をして欲しくないから、私は……!!」


 なるほど――さっきのは嫌味のつもりじゃなくてダグラスさんなりの優しさだったのか。

 私が他の男に慕情を抱いても受け入れる、その愛の強さも本来、感動すべきものなんだろう。


 でもやっぱり、それは本当に私がクラウスやその3人目の夫に慕情を抱いてしまった時、ダグラスさんに打ち明けた後に言われてこそ感動する言葉で――まだそうなっていないのにさもそうなるだろうという仮定、しかも「不埒」なんて酷い言葉を使って表現する所はちょっと――


 狼狽えるダグラスさんを見据えながら幻滅していると、肩をそっと掴まれてクラウスの方へと引き寄せられる。


「全く……飛鳥が恋愛感情ないって強調してるのに信じてくれないの酷いよね。ねぇ飛鳥……ル・ティベルに戻ったらこいつの館じゃなくて僕と暮らそう? 大丈夫だよ、飛鳥が僕に恋愛感情持ってないの分かってるし嫌がる事はしない」


 至近距離からクラウスに微笑まれ、その愛おしいものを見るかのような暖かい眼差しに思わず視線をそらす。


「なっ……それは認めんぞ! 結婚するのは譲歩してやるが飛鳥さんには私の館で暮らしてもらう!! 飛鳥さんが館で過ごしやすいようにこの一節、魔物討伐はおろか採取採掘に明け暮れて稼いだ金で色々設備も整えたのだ!!」

「もう飛鳥は僕の妻でもあるんだからずっとあの陰気な館で暮らされたら困る。帰ったら皇家に頼んで飛鳥用に部屋を1室開けてもらってお互い飛鳥に会いたかったらそこに通えば良い。独り占めは良くない」


 フルフルと肩を震わせるダグラスさんの怒声にクラウスが冷静に返している。

 とりあえず肩から手を外してほしいと思って手を重ねてみてもクラウスの手は頑なに私の肩から離れない。


「貴様……お情けで結婚してもらっておいてその態度は何だ? お情けで受け入れてもらえたからって調子に乗るのもいい加減にしろ!」

「は? 調子に乗ってるのはそっちでしょ? 他の男と結婚してもいいけど生活は自分の館で、って相当身勝手極まりないよ? こんな愚かしい人間と半分血が繋がってるなんて本当嘆かわしい」


 えっ、やだ――もしかしてクラウスも煽り癖あるの?

 不安げに見上げるとクラウスは一切邪念なんてありませんと言わんばかりの優しい微笑みを向けてくる。


「飛鳥……あんな陰気な館にずっと閉じ込められるのは嫌だよね? こいつ絶対自由に外出なんかさせてくれないよ? 難癖つけて飛鳥の行動範囲を狭めて囲い込むに決まってる……僕は飛鳥をそんな目に合わせない。飛鳥が僕に色々案内してくれたみたいに僕も飛鳥を色んな所に連れて行きたい。飛鳥と行ってみたい所がいっぱいあるんだ」

「貴様……私が楽しみにしている事を奪うな……!! お前は地球で飛鳥さんと思う存分観光したのだろう!? 皇国の観光名所には私が連れて行く!!」


 私に向けられる微笑みとダグラスさんに向けるとても冷たい視線のギャップが激しいクラウス。

 そして実力行使5秒前といった状態のダグラスさんの両方から溢れ出る白黒の魔力と火花が散っている状態に、羞恥心を通り越して呆れの感情が押し寄せてくる。


 そりゃあ、お互い私の夫となる訳だからこれからは仲良くしよう、なんて展開になられても正直気持ち悪いけど――いつ殺し合いに発展するかわからないようなバチバチを事あるごとに繰り広げられても困るし、何より2人揃うと物凄く、心臓に悪い。

 メンタルにもくるというか、誰か助けてと叫びたくなると言うか。


 でも、こうなる事を分かってて結婚した私が誰かに助けを求めるのもおかしな話で。


(こうなると……やっぱり、あの方法でいくしかないわね……)


「あのね、二人共聞いて。私……」


 私が告げた言葉に、2人は火花と魔力を放つのを止めて驚愕の視線を向けてきた。


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