第133話 記念写真・3
自分が笑顔を向けなかったのだから、母親の笑顔を向けられなくて当然――本当にそうなんだろうか? ダグラスさんの言葉は<事情>が全く考慮されていない。
「セ……セラヴィさんだって、心を壊していなければダグラスさんを……」
「本当に心を壊していたのならクラウスにも彼の父親にも笑顔を向けられないはずです」
「白は癒しの家系でしょう? 魔法で心を治したのかも知れない」
「壊れた心を癒せる魔法が存在するならマナアレルギーの精神崩壊の対処法として真っ先に挙げられるはずです」
紡ぐ言葉一つ一つに最もな言葉を並べ立てられ、返す言葉がなくなってしまって俯く。
「すみません、話が大分逸れてしまいましたが、私を哀れむ必要はないと伝えたかっただけなんです。貴方を説き伏せたい訳じゃない……」
ダグラスさんが再び傍にきて私の前で膝をつく。
「飛鳥さん……私が貴方に愛を向けるのは、貴方に愛されたいからです。貴方に笑顔を向けてもらいたいからです。私も父もそういう努力をしなかったから母は戻ってこなかった……私は、貴方が私に向けてくれる愛をもう二度と手放したくない……父のような過ちを犯したくないんです」
その甘い言葉に違和感を覚えつつ、悲痛な眼差しに本能的に目を逸らす。そんな私の態度に触れることなくダグラスさんは言葉を続ける。
「ですから先程言った通り、写真を撮るのが嫌なら嫌で全然構いません。ただ、理由だけ教えて頂けませんか? こういう仰々しい写真でなければ撮れるのか、全くダメなのか、他に理由があるのか……それによって、今後の対応も変わってきますから」
「……全くダメ、です」
別に写真自体が嫌いな訳じゃないけど――またこんな思いをしない為には全くダメだという事にしておきたい。
「分かりました。本当に無理をさせてしまったみたいで……すみません」
そう言ってダグラスさんは立ち上がり、執務室を出て行く。皆に説明しに行ってくれたのだろう。
何を考える気力も無く、ついていって一緒に謝る勇気も無く。ぼうっと天井を見上げているとしばらくしてルネさんを連れて戻ってきた。
「せっかく来て頂いたのに、すみません……」
「大丈夫ですよ。その分あの子達と話せましたから本当に気になさらないでください。もしまた写真を撮ろうと思える日が来たらその時は遠慮なく呼んでくださいね」
そう言ってルネさんは優しく笑ってくれた後、機材を片付け始めた。
「あれ、セリアは……?」
このタイミングでセリアも入ってきてもいいはずなのに、姿が見えない。
「ああ、もう少し飛鳥さんと2人で過ごしたかったので彼女にはルドルフの手伝いをお願いしました。飛鳥さん……あの時の約束を今、果たさせて頂いてもよろしいですか?」
「約束……?」
心当たりがない言葉に過去を思い返してみても、今いちピンと来ない。
「覚えていませんか? 狩りの終わりの際、この館を私が案内しますと言った事を。先日お迎えした時はそれができませんでしたから……それに、貴方の表情を曇らせたまま部屋に帰したくない」
色々準備してもらった記念写真を断らせておいて、この誘いまで断ってしまうのは流石に気が引ける。
「……分かりました」
小さく頷いて立ち上がりダグラスさんの傍まで歩くと、手を絡ませて握られる。
重なり合う貝殻のような――いわゆる<恋人繋ぎ>に思わず顔を見上げると嬉しそうな笑顔を向けられてしまい、振りほどく事ができずそのまま執務室を出る事になった。
案内と言ってもここに来てもうすぐ2週間になるので館の大体の構造は把握していて、食堂、トイレに浴室、ゲストルーム――ダグラスさんの説明が淡々としている事やけして小さくはないけれどダンビュライト邸に比べればこじんまりとした舘という事もあってあっさり舘を一周してしまう。
「後は……地下の訓練場もお見せしましょうか」
まだ離れたくないと言わんばかりに、とにかく何か紹介できるものをと探るダグラスさんはしっかりと私の手を繋いで、私が歩くペースに合わせてゆっくりと歩く。
このまま説明を聞いて終わるだけ――というのは少し、もったいないなと思ってしまった。
「……ダグラスさんは、女の子が良いんですか?」
交換日記の返答にあった話題を、ポツリと呟くとダグラスさんは驚いたようにこちらに視線を向けてきた。
「え、ええ……最初はどちらでも良かったんですが……その、男の子だと子どもに嫉妬してしまいそうで……できれば女の子がいい、ですね……」
少し顔を赤らめながら呟くその姿は、きっと娘に甘いお父さんになりそうだなと思った。
階段を下りていく際は手を放し、差し述べられた手に手を重ねて降りていく。下りきったらまた――手を絡めて繋がれる。
「ダグラスさんの弱点……他の公爵と<淫魔>ってどういう事ですか? 淫魔ってエッチな魔物の事ですよね?」
一言呟いた言葉に反応があったので、欲しい情報とは違ったけれど物凄く気になるワードもつい掘り下げてしまう。
「淫魔は特殊な魔物でして……一番好きな人の姿に見えるんです。その人への想いが強ければ強い程、正確に見え、惑わされてしまう。今まで何度か討伐した事があるのですが……恐らくもう私に討伐依頼が来る事は無いでしょうね」
「何でですか? ダグラスさんは魔物に対して物凄く強いイメージがありますけど……」
「お恥ずかしい話ですが、私が飛鳥さんに想いを寄せている事は皇家も他の公爵も把握してますので……そんな私に淫魔の討伐など行かせて万が一洗脳されたり魔力の強い淫魔の子を量産されたりのリスクを考えたら討伐の話を持ってこれなくなる訳です」
という事はダグラスさんにとって淫魔は全員私に見える、という事だろうか? 羨まボディでエッチな衣装着て濃厚な色気漂わせる妖艶な淫魔なら想像もしやすいのだけど自分に見える淫魔――想像してみても今いちピンと来ない。
どんな服を着てるのか、体型も同じなのか、好奇心で追求してみたい気持ちもするけど――話題が話題だけに(また昼下がりから下品で卑猥な妄想して……)と思われるのは嫌だ。
「好きな人がいない、かつ魔物と戦える力がある人にしか討伐できない……その上、ダグラスさんももう戦えない……となると大変なんじゃないですか?」
「大丈夫です。淫魔や夢魔に関しては私以上に討伐適性のある公爵がいますから、私がいなくても後10年は問題ないでしょう。彼が引退する前に対策を考えます」
ダグラスさんがそう言い終えたタイミングで館の外に出て、庭園を歩きだす。
とても綺麗――とまでは言わないまでも見苦しくないようにそこそこ綺麗に整えられている庭園だと思う。
「あの……好きなタイプの<笑顔が素敵で、活発で、生意気で、厄介事持ち込む男心も身の程も分かってない残念で可愛い人>って……」
「心配しないでください。貴方の事です」
にこやかに答えられる。私の事だろうが別の人間の事だろうが、この文言は心配しかできない。
「何でも最後に可愛いをつければ綺麗にまとまるってもんじゃないです……ダグラスさん、私の事本当に好きなんですか?」
「好きです……飛鳥さんこそ<私を一番に想ってくれて、誰より大切にしてくれて、他の女に一切目を向けなくて、社会的にも精神的にも経済的にも自立してて、家事も率先して行って、清潔感があって、疲れた時や寂しい時に思う存分甘えさせてくれる男性>って私の事ですよね……?」
交換日記で好きなタイプを聞いた際に返ってきた言葉と同時に<飛鳥さんの好きなタイプは?>と書き返され、ネーヴェに言う事を憚られた理想像を書いてみたのだけど――まさかそれをそのまま自分に当てはめてくるとは思わなかった。
「だ、ダグラスさん、家事出来るんですか……? 洗濯だけじゃ家事とは言えないですよ? 料理と掃除、その他雑用も大事な要素です」
「では、あれは、私以外の誰かの事だったのですか……!?」
ショックを受けるその反応が一周回って、面白くすら感じる。
「好みのタイプ、って必ずしも特定の誰かの事を指してる訳じゃないです……!」
そう言い切った所でダグラスさんは足を止める。芝生が広がる庭園の中、ダグラスさんの足元には石造りの大きなタイルが埋まっておりそのタイルの周囲を様々な形の横に黒や薄灰、濃灰の石が囲っていた。
これは――? と思った所でダグラスさんが足で囲っている石の一部を踏むと、音も無くタイルが消えて地下への階段が現れた。
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