第153話 嘘を重ねて


 部屋に戻ってすぐベッドに腰掛けて腕を組み、差し当たっての問題に向き合う。


(ダグラスさんがアレクシス君を助けに行ってくれる事になったのは良いけど……私はその間自分の中の黒の魔力を何とかしなきゃいけないのよね……)


 あの夜みたいな不安や焦燥感、体の震えに何日も耐えられる気がしない。

 以前ネーヴェからもらった薬と婚約リボンがあればダグラスさんがいなくてもある程度は安定する――ある程度は。


(あの夜は薬も飲んでなかったしリボンも付けてなかったから、ちゃんと対処すればあの時よりは大分マシだと思うけど……何か、他にできる事はないかしら?)


 思い立ったら即実践――立ち上がってドアのすぐ近くにある部屋の照明を切り替える魔道具に左手を添えて黒の魔力を送り込み、点けては消して、消しては点けてを繰り返す。


 私の中の魔力は人に注がれない限り勝手に増える事はない。使えば使う分だけ減っていくはず――だけど悲しい事に、照明のオン、オフ程度では雀の涙程の消費量しかない。


「アスカ様……何してるんです?」

「これからダグラスさんが出かけるらしいから、自分の中にある黒の魔力を少しでも減らせないかなと思って」

「一般市民が使うような魔道具ならまだしも、皇家や有力貴族の館で使われている魔道具は省マナ仕様になってますので一度に込められる魔力は本当に微々たるものですよ?」


 省エネ仕様ならぬ、省マナ仕様――セリアの説明にテンションが下がる。


「……この世界の人達って魔力使っても時間が経てば徐々に魔力が回復するんでしょ? まして器が大きい貴族達が何でそんな仕様の魔道具を設置してるの?」


 ゲームや漫画だとよくマナの使い過ぎが土地や星に影響を及ぼすとか何とかで争いになったり災厄が降り掛かったりするけど――この世界にもそういう事情があるんだろうか?

 魔法や文明の利便性に溺れた人間達に反省を促すような、因果応報みたいなやつが。


「ツヴェルフと成長途中で器が小さい子ども達の為です。ツヴェルフが日常生活で魔力を消費してたらなかなか子づくりできませんので……」


 想像していたよりずっと現実的な話になるほど、と頷く。そういう理由なら確かに省マナ仕様も納得できる。


 つまり、省マナ仕様じゃなかったら黒の魔力がとっくに尽きて、その度に――あの夜の事が頭をよぎった瞬間にそれ以上考えるのをやめて、省マナ仕様で良かったのだ、と結論づける。


「それに短時間にむやみやたらに魔力を込めると魔道具の要である魔晶石が壊れてしまいます」


 考えている間も止めなかった付けたり消したりの動作が『壊れる』という言葉で止まる。壊したら修理代とかかかるんだろうなと思うとあまり魔道具を頼れない。

 慌てて付け消しを繰り返していた魔道具の薄黄色の石を見つめる。よし、まだヒビとか入ってない。


「単純に魔力を減らしたい、という事であれば魔法を使ってみてはいかがでしょう?黒の魔力を使う事を止められてはいないのでしょう?」


 奇行を止めてベッドに腰掛け直すとセリアが魔法教本を持って寄ってきた。


「この間テレパシー使ってみたけど、黒の魔力のせいなのか酷い頭痛がしたのよね。魔道具使う要領で使っちゃったら相手の頭が痛くなっちゃうんじゃないかな……?」


 天井を見上げて、黒の魔力の使い方を教えてくれたダグラスさんの言葉を思い返してみる。


――黒の魔力を使う時はそのイメージを頭で想像するのではなく対象にぶつけるようにイメージして使います。魔法だとまた少し勝手が変わりますが、魔道具であればこの方法で問題なく作用するはず――


(<少し>勝手が変わる、と言う位だから基本は同じなんだろうけど……)


「物は試しです。私にどうぞ」


 セリアが自身の胸にそっと手をおいて自信満々に微笑んで見せたので感謝しつつ念を送ってみる。


『大丈夫?』


 セリアに黒の魔力をぶつける感じで使うと頭痛は襲ってこなかった。が、やはりセリアが頭を抑えて辛そうにしているのを見た瞬間、後悔に襲われる。


「ごめん! 今、治療を……」


 立ち上がって駆け寄ろうとした所を手で制される。


「大丈夫です。頭がガンガンしただけですから……こんな事で白の魔力を使わないでください」


 確かにここで白の魔力を使ってしまうと元も子もない。

 セリアに座るように促してしばらく様子を見ていると、痛みが引いたのかスッと立ち上がりエプロンのポケットからメモ帳とペンを取り出した。


『もしかしたら これでヨーゼフ殿やランドルフ殿に対抗できるかもしれませんね。』

「え……?」


予想外の提案に、思わず声が上がる。


『この頭にガンガンに響くテレパシーはもはや攻撃魔法と言っても過言ではありません これで相手を攻撃して気絶させる事ができれば執務室の探索も可能になるかと ダグラス様が出かけられば手薄になりますし』


 確かに、ダグラスさんが出かけているというのは大きなチャンスだ。でも――


(でも、相手を攻撃する事になるのか……)


 どういう痛みかは自分でも体験しているから分かる。だからこそそれをわざと他人に味合わせるという行為に強い抵抗を覚える。


『念の為 私が防御壁を張ってもそれが通用するのか試してみましょう 大丈夫です 限界が来たら言いますから』


 スウ、と息を吸ってセリアが防御壁を張ろうとした時、ノック音が響く。

 内心ホッとしつつドアを開くと、マントを羽織ったダグラスさんが立っていた。


「今から出ます。遅くとも3、4日以内に帰って来れると思いますが……その間ちゃんと毎日薬を飲んで、婚約リボンも付けて、出来るだけ黒い服を着るようにしてください。それでも辛いようならヨーゼフに……」


 開口一番あれこれと心配する彼に驚きつつ、


「あの、そこまで心配してくれるなら黒の魔力での魔法の使い方を教えてほしいんですけど……ほら、私が魔力を消費してしまえば安心安全ですし……」


 テレパシーで痛みを与えて相手を気絶させるより、眠りの魔法とかで無難にいきたい――そう思って両手を組んで乞い縋るようにダグラスさんを見上げるも、


「嫌です。貴方に魔法を教えたら絶対ロクな事にならない。それに私が居ない間貴方には私の価値を知ってほしい」


(あ、駄目だこれ絶対怒ってるわ)


 叫び声こそ聞こえないが、語調から表情から不機嫌なのは感じとれる。元々乗り気ではなかった依頼を半ば強引に行かせるのだから無理もないけれど。


「ただ……辛い時は意地を張らずヨーゼフを頼ってください。これは勝ち負けの話じゃない。私は本当に、貴方が心配なだけなんです。分かってください……」


 私に自分の力を知らしめて屈服させたい願望は未だあるようだけど、救助策を用意している辺り過去の行いを深く反省しているのも事実なようだ。


 この人の、私に対する欲望と優しさが混じり合う事無くまだらに存在する感じを目の当たりにする度、どう接すれば良いのか分からなくなる。

 返す言葉に迷っているとダグラスさんが言葉を重ねた。


「後、アレクシスの誘拐を聞いて彼の異母姉が皇都を出たそうなので、もしかしたら向こうで遭遇するかもしれません。しかしお互い一切恋愛感情を抱いていませんし、彼女には他に想い人がいますので安心してください。私の前にどんな女性が現れようと、私が想うのは飛鳥さんだけです。余計な心配も詮索もするだけ無駄です」


 甘い言葉を言っているつもりなんだろうけど、最後の一言が全て台無しにしている。


(確かに、何も言われずに向こうで令嬢に会ったからってここに連れて来られでもしたら、また何か訳の分からない事言ってしまってたかもしれないけど……というか、魔法を教えると絶対ロクな事にならない想い人ってどんな扱いよ……?)


「……分かりました。ダグラスさんの事、信じてますから」


 色々突っ込みたい所はあったけどここでああだこうだと言って時間を消費させる訳にいけないので、疑問を押し殺して無難に答える。


「私も飛鳥さんの事を……信じていい、ですか?」


 自分が軽々しく放った言葉がそのまま返されて初めて、その言葉の重みを知る。


 この人がここから去った後に自分がする事を思うと『信じてください』とは言いづらい。でも目の前の人はそれを聞かないと納得しなさそうだ。


(どうせ黙って地球に帰るんだし、もう開き直るしか無いか……)


 求婚の時だってそうだ。私は、既にこの人にいくつも嘘を重ねている。

 だからこそもう嘘を重ねたくないと思う気持ちもあるけれど――もう、諦めよう。


「はい、信じてください。ダグラスさんこそ、気をつけて……行ってらっしゃい」


 目に力を込めて真っ直ぐにダグラスさんを見つめると、安心したように微笑まれる。


「……行ってきます。どうか、ご無事で……」


 そっと額に口づけされた後、颯爽と去っていく。

 (その言葉はどう考えても送り出す側が言うセリフでは?)と思いつつ流れてきた黒の魔力を受けとめ、ダグラスさんの後ろ姿を見送る。


 その後、すぐさまクローゼットにある黒いワンピースに着替え手袋とストッキングも黒い物に替えた後、セリアが用意してくれた水と薬を飲む。



 そして5分後――言い表し難い不安と焦燥感が、私を襲った。



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