第15話 純白の迷走(※クラウス視点)
飛鳥と一緒に星鏡を見たいから、15日に公務は入れないで欲しい――皇家は僕の希望通りのスケジュールを組んでくれた。
「予定通りにいかない事もあるかと思いますので、日程には余裕を持たせています。この表に書かれている内容は今節中にこなして頂ければ大丈夫です」
皇城の、飛鳥が使っていた部屋のベッドに腰掛けながら日程表を眺める僕に、ネーヴェ皇子は淡々と説明した後、じっと僕を見つめてくる。
「……何?」
「僕は、貴方が羨ましい……僕も、貴方くらい我儘を言えたら……」
僕と10歳近く年の離れた皇子はそう呟いて部屋を出ていった。
何処となく悲しげだった彼の表情にユーリ嬢の事を思い出す。
僕はこれからも飛鳥に会えるけど、ネーヴェ皇子はもうユーリ嬢に会えない。
彼が僕の立場を羨むのは当然かもしれないけど、複雑な気持ちになる。
普通の恋人達――夫婦は、一節おきに離れ離れになったりなんかしない。
恋敵の所で伴侶として過ごしたりなんかしない。
僕としては飛鳥が僕を受け入れてくれた事、しかも一節置きとはいえ半年も一緒に過ごすつもりでいてくれる事に感謝の気持ちで一杯で、この立場をありがたいと思ってる。
けど、事情を知る人達から見れば僕は我儘ぶつけた挙げ句に女のお情けで受け入れてもらえた哀れな男に見えるだろう。
皇子も失恋から立ち直った時、僕への羨みは哀れみにかわるかも知れない――なんて自嘲しながら、各地を浄化して回る傍ら重症者を治療したり、弔ったりして星の日を待った。
そして14日の夕方――サウェ・ブリーゼに着いた時。
「……空いてない?」
「はい、当ホテルは既に満室でございます」
一番大きなホテルに入ってみたら、青緑の民族衣装を羽織る中年のホテルマンに丁寧な言葉で断られてしまった。
(こんな大きなホテルでも事前に予約しておかないと泊まれない、なんて……)
星鏡を見ようとする人達がそんなに多いとは知らなかった。
皇家も少しは気を利かせてくれたって良いのに――と苛立ちを感じた時、『何でも他人任せにしちゃ駄目よ』と飛鳥が言っていた事を思いだす。
『これから一ヶ月一緒に暮らすんだから、クラウスにもやる事ちゃんとやってもらうからね!』
飛鳥はそう言って色んな事を教えてくれた。
料理、皿洗い、掃除、ゴミ捨て、洗濯――機械に手助けされてる部分もあったけど、全部1人でこなす飛鳥がすごいと思った。
掃除とか洗濯とか、魔法でどうにでもできる事は喜んでくれたけど、魔法を使わなくても何でも出来る飛鳥に比べて、魔法を使わないと何も出来ない自分を内心情けなく思った。
(……飛鳥とまた一緒に暮らすんだから、僕もちゃんとしないと)
それでも、この後一軒一軒他のホテルを訪ねて混んでいたら、と考えると面倒になってくる。
いっそのこと野宿しようかな――と思った時、やっぱり飛鳥の『分からない事があったら聞けばいいのよ』という言葉が過る。
「……何処のホテルもこんな感じかな?」
そう問いかけるとホテルマンは一瞬困惑した表情を浮かべたものの、すぐに取り繕い、穏やかに言葉を続けた。
「そうですね、今年は数年ぶりの快晴ですから……恐らく何処も空きはないと思われます。金を積めば泊めてくれるホテルや民家もあるでしょうがトラブルが起きる可能性が高いですし、オススメできません」
どうしたものか、と考えているとホテルマンの男性が言葉を重ねる。
「ダンビュライト侯爵
公爵の来訪に慣れているのだろう。ホテルマンは地図を出して、方角と距離を示してくれた。
サウェ・アズール――ラインヴァイスに乗って来れば2時間もかからなそうな距離だ。
「なるほど……ありがとう。今回は残念だけど、また機会があったら是非ここを使わせてもらうよ」
カウンターに金貨を1枚置きながら言うと、ホテルマンは深々と礼をした。
「僅かでもダンビュライト侯爵猊下のお力になる事が出来て光栄です。1階のお店は宿泊者でなくともご利用頂けますので、是非ご覧になって行ってください。水着や鏡珊瑚の欠片を使った
(アクセサリーか……飛鳥に何か買っていこうかな?)
そう思ってお店をフラフラと歩いて見ると、通路に向けて並べられた女性物の水着の中にある白い水着が目についた。
近づいてよく見てみると、胸元や肩紐にぷるんとしたフリルが着いた、可愛らしいワンピースの水着だ。
(飛鳥に似合いそうだなぁ……)
「やあ、クラウス卿。こんな所で何してるの?」
水着を見つめている時に突然背後から呼びかけられて咄嗟に振り返ると、見覚えのある男がきょとんとしていた。
侯爵裁判で飛鳥にとんでもない刑を提案した、長い水色の髪の、中性的な美男――
「あ、アクアオーラ侯……!? ど、どうしてここに」
「どうして……ってそりゃあ星鏡を見る為に今日から一週間、ここのスイートルームに予約入れてるからだけど?」
「……近くに従者以外いないみたいだけど、まさか1人で星鏡を?」
アクアオーラ侯の傍には従者らしき男が二人いるだけだ。
同性恋愛の可能性だってあるけど、この男に限ってそれはない事は分かっている。
「いいや、セリアさん誘うつもりだけど? アスカ様はセレンディバイト公と星鏡見るだろうし、その間セリアさんは1人だろう?」
「……あれから飛鳥のメイドと仲良くなったの?」
「いいや? それどころか縁談のお話はお断りします、って手紙が届いたよ。だから両親使って脅かせば……とも思ったんだけど、そういうのセリアさん嫌いそうなんだよね。だから、まずは親交を深める所から始めようかなって」
飛鳥に強制出産刑を課した人間の、色々と破綻した発言に開いた口が塞がらないでいると、僕の呆れを感じとったらしいアクアオーラ侯がにこりと微笑った。
「君だってアスカ様と星鏡が見たくて来たんだろう? 僕と同じじゃない?」
「違う。僕は飛鳥と結婚の約束を交わしてる婚約者だ。一緒に星鏡を見る権利がある」
「えー、でも今節はセレンディバイト公のターンでしょ? 他人の都合を気にせず自分の意見を押しつけようとする所は僕と同じだって」
さっきまで僅かに心にあった(同じ部屋に泊めてもらえないかとお願いしてみようかな?)と思っていた気が完全に失せる。足早にここを離れようと思った時、
「この水着だって、アスカ様に着てほしいなぁとか思って見てたんでしょ? 買えばいいじゃないか」
「流石に、こんな物をプレゼントするのは……」
服なら分かるけど、水着は肌に直接触れる物――つまり下着のような物だ。それを飛鳥に渡すなんて――
「そう? アクアオーラは海で生計を立ててる女性が多いから水着のプレゼントは服以上に喜ばれるけどね。それにプレゼントじゃなくても、君、凄い魔力持ってるんだから寝ている間に着せてみるって手もある訳だし」
「な、何言ってるんだ!? そ、そんな事してもし飛鳥に気づかれたら……!」
「気づかれなければいいじゃないか」
あっさりと返された暴言に言葉を詰まらせていると、アクアオーラ侯は満面の笑顔で言葉を続ける。
「気づかれなければ誰も罪に問わないんだよ? 気づいて、問い質す人間がいなければ罪なんて無いも同然なんだ」
ギクリと痛い所を突かれたような感覚と、同時に、血の気が引くような感覚を覚える。
飛鳥はまだ、僕があの日の――リアルガー家の懐妊パーティー後の記憶を消した事に気づいていない。
マナアレルギーで記憶を消失したんだと思ってる。
記憶を封印を解いた事を許してくれたけどその事まで言ってしまったら、と考えるだけで心が締め付けられる。
締め付けてくるのは、嫌われる事への恐怖と、罪悪感――罪悪感?
「き……君には罪悪感というものがないの?」
誰に気づかれて無くても、悪い事をしたら自分自身を責め立てる感情は誰でも持っているはずだ、と思って尋ねると、彼は少し視線を上げて思い出すように呟いた。
「罪悪感、かー……確かに、そういう感情は僕には理解できないな。自分で自分を追い詰める感情なんて、持ってても良い事あると思えないしね」
え?
「僕も魔力には自信あるけど、君ほどじゃないから羨ましいよ。それだけの魔力があれば良い事も悪い事も、何でも出来るんだろうね」
この男、おかしい――いや、強制出産刑なんて思いつく時点で頭がおかしいとは思ってたけど、心も、おかしい。
「ああ、僕もセリアさんに何か買いたくなってきた。水着は嫌がられるだろうけど、アスカ様が身に付けてるのと似たような物を渡したら、使ってくれるかな……」
完全に表情を固まらせた僕を全く気にしてないようにアクアオーラ卿は独り言のように呟きながら、従者を連れて装飾品店の方に歩いていった。
あいつに僕位の魔力があったら、一体何をしでかしていたのか――想像するだけでゾッとする。
装飾品店の方に行くのはやめよう、と思いながら彼の背を見送っていると頭の中にラインヴァイスの声が響く。
『……あいつ、変』
『僕もそう思うよ。あんな人間には関わらない方がいい……でも飛鳥のメイドに近づこうとしてるんなら、また飛鳥を利用しようとするかも知れない。注意するように言っておかないと』
アクアオーラ侯の姿が見えなくなり改めて前を向くと、再び白の水着が目に入った。
(ぼ……僕は別に、純粋に飛鳥が海で泳ぐ時にこの水着を着てほしくて……だってほら、飛鳥って凄くお金に気を使うし、だから僕があらかじめ水着を用意しておいたら、『もったいないから』って着てくれるかもしれないから……ああ、うん、この考え方は自然だ。自然だよね)
改めて水着を注視する。デザインだって可愛いし、ヘソとか出てない清楚な印象を受ける。
(『白い水着を見つけたから、飛鳥と海で泳ぐ時の為に買っておいたんだ』って言えば、そうだ、自分の水着も買えばいいんだ、そうしたら変な風には思われないだろう……)
と考えた時、眼の前の白の水着が掛かったハンガーラックの上で鳩サイズのラインヴァイスが無言でじっと僕を見つめていた。
それから、数時間後――
(……買ってしまった……)
サウェ・アズールのホテルで無事にとれた部屋でぷるぷるした肌触りの水着を手に、改めて恥ずかしさが込み上げてきてベッドに突っ伏す。
ラインヴァイスは買う時もここに来る時もずっと無言だった。
『ラインヴァイス……何か言ってよ』
チラ、と顔を上げて枕の横でじっとこっちを見つめるラインヴァイスの無言の圧に耐えかねて声を上げると、
『……我、信じてる。今のクラウス、感情ピンクがかってる。でも飛鳥が起きてる時に渡す、信じてる。だから、何も言わない……!』
ラインヴァイスもラインヴァイスで何か葛藤してたようだ。
アクアオーラ侯の純粋悪魔な態度は恐怖を感じたけど、ラインヴァイスのこの態度には罪悪感しか感じない。
『……明日、どうする? いつ飛鳥の所行く?』
この話題が続くのが嫌なのか、ラインヴァイスは強引に話題を変えてきた。
「そうだね……飛鳥には『アクアオーラ侯爵には気を付けた方がいい』って早めに言いたいんだけど、今後の為にも相手の節の時に介入する時間はできるだけ短くした方がいいだろうし……」
夕方頃に『僕も飛鳥と数分だけでいいから二人だけで星鏡を見たい』って言うだけでも相当ネチネチ言われそうなのに、早めに伝えたいからって日中に出ていったら――下手したら来節、飛鳥と一緒に行こうと思ってるマリアライト領の祝歌祭で『お前も私と飛鳥さんの大切な一時を邪魔しただろう?』とか言われて盛大に邪魔される可能性がある。
『じゃあ、早めに行く! ダグラスがいなくなった隙見て飛鳥に伝える!』
ラインヴァイスまで『気づかれなければ罪じゃない』理論を持ち出してきた事に苦笑いしながら、それが一番無難かなと賛同する。
そして、翌日――姿を消して早々にホテルに行ってみる。久々に飛鳥の姿が見られて嬉しかった。
あいつは昼過ぎに飛鳥から離れたけど、ペイシュヴァルツに監視されてるらしくて近づけず。
少し離れた場所から見守ってるうちに飛鳥が黒の、大胆な水着を選んで、それを飛鳥が身に付けてログハウスから出てきた時はショックで、しばらくラインヴァイスの背に突っ伏してしまった。
『似合ってない……色もだけど、飛鳥にあんな水着似合わない……!』
あいつもあいつで、人前で好きな女性にあんなヘソを出した水着着せてよく平気でいられるな、とますますあいつに嫌悪感を抱く。
見ていたくないけど離れたくもなくて、遠くから見るに留めたけど、色々凄いものを見てしまったり、飛鳥があいつと喧嘩する姿につい顔がほころんでしまったり、このまま険悪にならないかな、なんて思ってたらその後の仲直りに物凄くイライラしたり。
すごく大きいイカがアシュレー達の手によって華麗に捌かれたり。
そんな怒涛の展開が続いて、いつの間にかアクアオーラ侯の事なんて僕もラインヴァイスもすっかり忘れてしまっていた。
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