第52話 ジェダイト邸侵入・2(※クラウス視点)
※今話はジェダイト邸侵入・1の続きになります。
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レオナルド達が保管庫の解錠作業を開始して、どの位経っただろうか――ガチャン、と明らかに手応えのありそうな音が通路に響いた。
「やっと開きましたね……早速中に入りましょうか」
レオナルドの期待を帯びた声と共にギギッ、と扉が動く音が響く。
彼らと一定の距離をおいて中に入ると、広い部屋の中央に青緑色のテーブルのような物が置かれていた。
格子状の柱を支えにしたテーブルは僕の腰ほどの高さで、直径1メートル弱程の天板は厚く内部には複雑に入り組んでいる金属らしき物が埋め込まれ、天窓から差し込む僅かな日差しに照らされている。
「天板は勿論、天板を支える柱にもそれぞれ魔導回路が組み込まれている……古代の魔晶石の加工技術には本当に驚かされますね……! 起動スイッチや操作盤が無いようですが、思念で操作するタイプでしょうか……?」
レオナルドは感嘆の声をあげながらテーブル――ビュープロフェシーの上部に触れ、ポケットの中から同じような青緑色の魔晶石を取り出した。
(……点検用の魔力を用意してたのか)
大魔道具を使用できる人間の魔力の色は大体決まっている。
ビュープロフェシーを起動させられるのは青緑に見える魔力を持つ者だけ。
黄と橙の魔力の持ち主がどうやって点検するのか気になってはいたけど――
(という事は……大魔道具に適応した魔力が込められた魔晶石を持っていれば誰にでも大魔道具を起動できるって事か……)
そんな抜け道、侯爵家も把握してるからこうやって厳重に管理してるんだろうな――なんて考えてる間にビュープロフェシーに魔力が流し込まれていく。
天板と柱が淡く輝き出し、レオナルドの手に握られている魔晶石の色がみるみる失われていく。
「……今から思念操作を試みます。アーサー卿、魔力の流れを確認してください」
レオナルドの言葉に応じる様にコッパー卿が魔力探知を発動させる。大魔道具の中で魔力がどう動くか、を確認するんだろう。
魔導工学の事はあんまり詳しくないけど、魔力が途中で途切れたら上手く作動しない、って事位は分かる。
(この程度の魔力探知なら僕の存在には気付かれないとは思うけど……)
僕が以前、コッパー邸にいる飛鳥の魔力を見つけ出したように。
僕が今発動させてる魔力隠しはその辺の魔道士の物よりもずっと強い。
コッパー卿が今放ってる魔力探知も大したものじゃない――そう思ってても嫌な緊張感が消えない。
(
コッパー卿の魔力探知はビュープロフェシーの中に流れる魔力を正確に捕らえる為だろう、範囲が大魔道具に限定されていて、今僕が立っている所は範囲外だ。
強めるなら今のうち――と魔力隠しの強度を慎重に上げていると、女性の姿が薄っすらとビュープロフェシーの上に浮かび上がった。
その女性がマリー夫人だと認識できた時点で映像が消えた。
「これは……大分魔力を消費しますね。ここの魔晶石いっぱいに魔力を込めても数分で尽きてしまいそうです。なかなか扱いづらそうですね……」
(こいつ……人前で躊躇なく伴侶の未来を予測した……!?)
信じられない――僕は人前で飛鳥の未来を覗き見るなんて絶対できない。
覗いた先のマリー夫人が入浴中とかじゃなくて良かった――って他人事ながら思ってると、レオナルドは再びビュープロフェシーに触れた。
だけど今度は数秒待っても何の映像も浮かび上がらない。
「未来視が出来るならば過去視もできるのでは? と前々から疑問に思っていたのですが……残念ですね、反応しない。アーサー卿、魔力の動きはどうでしたか?」
魔力探知を終えたコッパー卿は表情を変えずに念話を返す。
強化した分消費する魔力も多くなるけど、この程度ならバレるかもという緊張感の中で過ごすより全然楽だ。
「……そうですか。ちゃんと作動しましたし、故障ではなさそうですね。この魔力の消費量から考えても長時間の未来視はできない……公爵達が嵐を防いでいる間の星鏡だけを視た、と考えるのが自然でしょうね……」
ブツブツ呟くレオナルド達から少し離れて周囲を見回してみる。
故障じゃない、っていうのは分かったけど、時戻りに関しては何も分からない。
(でも……魂を過去に飛ばせるのに過去視は出来ないって不思議だよな……)
ビュープロフェシー以外の何かが影響してる?
でも、この広い部屋の中にはビュープロフェシーしか無い。
何かあるとしたらビュープロフェシーしか考えられない。
あのテーブルのような大魔道具の何処かに、手がかりが――
(……あれ?)
ビュープロフェシーの柱の隙間に、キラリと光るものが見えたので足音が立たないように慎重に近づいてしゃがんでみる。
天板の下は僕の腕ほどの太さの魔晶石の柱が格子状に並んで構成されていて、柱と柱の間には僕の手が入るかどうか位の隙間がある。
その格子状の隙間――天板の真下に何か落ちている。虫の死骸とかだったら嫌だな、と思ったけど、灰色の、細長いペーパーナイフ、みたいな――
(手を伸ばせば、届きそうだけど……)
こんな場所にペーパーナイフを落とす人間がいるとは考えづらい。どうにも怪しい。
他に手がかりらしい物もないし――一応手に入れておきたい。
幸い二人は動く気配がない――点検って言うからにはこの辺も点検するかもしれないし、あれを掴むチャンスは今しかない。
(慎重に……)
音を立てないようにゆっくり四つん這いになって、隙間の先に手を伸ばす。
(2人とも、動くなよ、動くな……)
「……まだ少し魔力が残っています。明日明後日の未来視であれば数秒は見られると思いますのでアーサー卿も試してみて頂けますか? その間に私も魔力の流れを……」
心臓がバクバクする。上でレオナルドが何か喋ってるけど聞き入ってる余裕は全く無い。
2人の位置を目で確認しながら。ペーパーナイフらしき物に向かって手を伸ばす。
そっと指先が触れ、まず
良かった――と思って小さく息をついた瞬間、コッパー卿の足がこっちに向かって動いた。
逃げる間もなく、こちらを見下ろすコッパー卿と視線が合う。
心臓が止まったかと思った次の瞬間にはバクバクと高鳴りだし、嫌な汗が額に滲む。
あと一歩でも踏み込まれると体がぶつかって気付かれる。
かといって、今、音も立てずに身を動かせる気がしない。
判断できないうちに、アーサー卿の足が動き――
「アーサー卿、どうしました?」
レオナルドの呼びかけにアーサー卿が動かしかけた足を止めた。
「人の気配がする……? 私の魔力探知では何の反応もありませんでしたが……ああ、私は大丈夫です。貴方の本気の魔力探知なら分か」
次の瞬間、コッパー卿が強い魔力探知を仕掛けてきた。
青緑の空間が橙色の濃い魔力の波に覆われる。この部屋と通路を確認するだけの狭い範囲の魔力探知は数分続いた。
強力な魔力探知は魔力隠しを使っている人間が動いた際に生じる自分の魔力の波の歪みも捉える可能性があるから、迂闊に動けず。
長い魔力探知が終わって、首を傾げて納得いかないような表情で背を向けるコッパー卿を見てようやく、緊張から解放された。
(良かった……死ぬかと思った……!!)
嫌な予感を信じて強化しておいて良かった、と心から自分に感謝する。
(でも向こうも明らかに納得してない感じだったし、これ以上ここにいるのは危ないな……)
緊張から解放されても心臓は早くここから出た方が良いと訴えんばかりにバクバク脈打つ。
まだ点検を続ける2人からゆっくりと慎重に遠ざかり、保管庫を後にした。
予想通り、保管庫を出てからもコッパー卿から強めの魔力探知の波動を感じた。やっぱり、納得してなかったらしい。
手がかりになりそうなものは1つしか見つけられなかったけど、さっさと脱出して良かった――とジェダイト邸を出て人っ気のない場所で透明化と魔力隠しを解いてペーパーナイフを亜空間にしまった後、ラインヴァイスの元へと急いだ。
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