第35話 魔物狩り前夜・2
「何だか厄介な事になったわね……」
私の部屋でソーダバーを齧りながら、ソフィアが呟く。
先にアンナの部屋に寄ってソーダバーを渡した後、2人には『アイスがあるから』と今日は私の部屋に誘った。
「ソフィア、アーサーさんと一体どういう会話をしたのよ?」
3人揃って早速、今日最大の疑問をソフィアに投げかける。
本来ならパーティーの1週間後に行われる狩りが、何で明日になったのか――アーサーさんが侯爵家の人間で、狩りを早めさせるだけの権力を持ってる事は分かったけど、そのきっかけがどんな流れだったのかを知りたい。
「……会話なんてしてないわ」
「え?」
ソフィアはテーブルに肘をついた手で額を押さえ、意外な言葉を呟く。
会話してない? それならどうして――と追及しようとした所でソフィアが言葉を重ねた。
「今朝、訓練場に行ったら丁度アーサーが稽古つけてたから私が『ねぇ、アーサー様のお母様って地球から来たツヴェルフなんですってね? 私一度お会いしてお話を聞いてみたいわ』って話しかけただけよ。本当に、それだけなのよ」
その時を再現するかのように少し余所行きの声で紡がれた内容に、特におかしい部分はない。
「……返事は?」
「返事は一切無かったわ。じっと見つめられはしたけど、そのまま去っていったの。だから脈無しと判断してリチャードに話しかけて『ではお休みの申請を出しますので、明後日……』ってなったと思ったら、この有様よ」
なるほど。話し合うのが会話だというなら、確かにそれは会話にはなっていない。
この状況にソフィアが一番戸惑っているんだろう。何度思い返しても納得がいかないと言わんばかりに長いため息を吐く。
「でも、パーティーで少し話したんでしょう?」
「自己紹介されたけど、他の男が割り込んでそれきりよ。その時は何の違和感も抱かなかったのだけど……はぁ、こんな事になるなら最初からリチャードに話しかければ良かったわ」
まだこの部屋に来てからそんなに時間も経ってないのに、もう何度目のため息だろう?
「そう言えばメアリーさん、アーサーさんの補助役なら異母弟のリチャードさんが適任って言ってましたよね? 物凄く人見知りする人なのかもしれないですね」
話しかけても返事や相槌すら打たない辺り、人見知りというよりも――言葉が悪いけどコミュ障のような気がする。それも重度の。
だけど私が最初にアーサーさんを見かけた時、彼はリチャードと普通に言葉を交わしていたように見えた。まあリチャードは弟だから、って言われたらそれまでだけど。
「授業が終わった後、リチャードに問い詰めたら『兄は元々寡黙な人で、女性が苦手みたいなので……』って、寡黙にも苦手にも程があるわよ! 何で私の質問には答えなくてメアリーに狩りを早めてほしいって事は言えるのよ!?」
『女性が苦手』の一言に納得してしまいかけたけど、本人の質問にイエスかノーかも答えずに、狩りだけは早める――その性格は女性が苦手というより、自己中なのでは? と思わせる。
「でも……アーサーさん、ソフィアさんのお願いを叶えようとしてるし、悪い人じゃないと思うんですけど……」
口下手なだけで根は良い人なんじゃないですか? と言いたげな優里の言葉に、ソフィアはうんざりしたように答える。
「そうね、悪い人ではないかもしれない……でもね、ユーリ。貴方、そう親しくもない人に話の流れで『私一度マチュピチュ行ってみたいんです!』って言った後、何の断りもなく『飛行機手配したからこれからマチュピチュ行こう!』って言ってきたらどう思う!?」
「……危ない人だと思います」
優里は反省したのか、視線を逸らして俯く。
「そうね、ハワイとかラスベガスとかならともかく、マチュピチュは山登らなきゃいけなさそうで嫌よね」
「アスカ、今私が言いたいのはそういう事じゃないわ……」
テレビで何度か見た事のある山の山頂にある遺跡を想像し、素直な感想を述べるとソフィアとガックリと項垂れる。
そういう事じゃないなら場所のチョイスをもう少し分かりやすい所にしてほしかった。
「これなら堂々重婚申し込む奴や自慢ばかりしてきた奴らの方がまだマシだったわ……はぁ……」
ソフィアの長いため息を最後に、部屋に沈黙が漂う。
「……どうする? ソフィア、危ない人の家に行けそう?」
項垂れるソフィアに悪戯心が刺激され、優里の台詞を引用して問いかける。
「行くしかないでしょ? 手がかりがそこにあるんだし、リチャードがいれば意思の疎通位はできるでしょ……それより、貴方の方が厄介だわ。貴方、メアリーの授業が終わり次第あの男の所に行くんでしょう?」
鋭い視線でこちらを見据えるソフィアの言葉を起点に話題が危ない人からヤバい人に代わる。
「……まあ、そういう事になっちゃうのよね」
「困ったわね……なるべく早めに帰ってきたいって伝えたら、急ぎの往復でも5日はかかるってリチャードに言われちゃったのよ」
ソフィアが出発するのは明後日――一メアリーの授業も2日間分終わってしまってる事を考えると、微妙に間に合わない気がする。
「飛鳥さん、ソフィアさんが帰ってきてからお屋敷に行きたい、ってあの人にお願いしたらどうでしょう? 少し位なら伸ばしてくれそうな気がします」
「そうね……それができればこちらも少し余裕を持って行動できるんだけど、可能かしら?」
「聞くだけ、聞いてみるけど……」
優里が提案したそれにソフィアも賛同の言葉を述べる中、自分でも思ったより歯切れの悪い返事が出てしまったと思う。
これ以上ダグラスさんに借りを増やしたくない気持ちがある。皇城にいる期間を延ばす事で疑われそうな気もするし。
だけど、散り散りになる前に大きな情報は共有しておきたい。
「あ、念の為に言っておくけどアスカ、明日向こうから情報を聞くのはいいけどこっちの情報は向こうに伝えたりしないでね?」
「え?」
つい返してしまった言葉に、ソフィアは目を丸くする。
「え? って貴方……向こうはあくまで向こうに有利な範囲で情報を提供するってだけでしょ? あの人は貴方が子ども産むまで帰さないつもりなんだから、こっちの情報が漏れたら邪魔されるに決まってるでしょ!?」
確かにそうだ。優里のおばあちゃんの事や光の船、ソフィアが40年前のツヴェルフの話を聞きに行く事は話すべきじゃない。
「しっかりしなさいよ。私の相手は何考えてるのか分からない危ない人だけど、貴方の相手は何考えてるのか分かってる悪い人じゃない」
「悪い人……?」
「貴方が召喚されたのは、あの男が望んだからでしょ? あの男が望まなければ貴方は召喚されなかったんだから貴方にとってあの人は誘拐犯……紛うことなき悪人でしょ?」
何考えてるのか分かってる危ない人、という言い方ならすんなり理解できたと思うのに、悪い人――悪人という言葉に冷や水を浴びせられた気分になる。
あの人は、そんな人じゃ――なんて言えない。ソフィアの指摘はもっともだ。
いくら態度が優しくても。対等でいようとしてくれていても。結局思い通りに行かなければ脅してくる。
ソフィアの言う通りあの人のせいで私はこの世界に召喚されたのに、それでも尚あの人の事が嫌いになりきれない。
危ない人だと思うし、ヤバい人だとも思う。でも――悪い人、とは思えない。何でだろう? 自分でも、この感情に違和感を覚える。
(……DVしてくる彼氏と別れない人って、こういう心境なのかしら?)
実際に暴力振るわれた訳では無いけれど。そもそもそこに愛情もないけれど。その見せかけの優しさに惑わされているのかも知れないけれど――
「……そうね、気を付けるわ」
自分の気持ちをこれ以上深く掘り下げていくとまた混乱してしまいそうで、それだけ言うにとどめる。
多分ソフィアに警告されずともその時になったら話す事に躊躇したとは思う。
だけど気づいたタイミングによっては相手に何か察されていたかもしれない。
もし相手が光の船なんて単語を出してこよう物なら、間違いなく反応してしまっただろう。
「と……ところで、優里のお相手のレオナルド様ってどんな人なの?」
「お、お相手なんて大それたものじゃないです……!パーティーの時にお話しした中で年が近くて一番話しやすかったのと、昨日の夕方、書庫で偶然お会いしたので……!」
これ以上あの人の話題を続けるのが怖くて優里に話題を移すと、優里は慌てて両手を振って否定してきた。
「書庫?」
「あの、眼鏡貰ってこの世界の本が読めるようになったので、本に何かヒントが隠されていないかなと……! 皇城の隅に色んな本が納められた書庫があるってユンさんに教えてもらったんです!」
流石、優里――私には書庫に行くという発想が全く無かった。それはソフィアも同じだったみたいで、ピュウ、と感心したように口笛を吹く。
「でも、なかなか思うような本が見つからなくて……あ、そう言えば昨日ダグラスさんも書庫でお見かけしました。レオナルドさんが言うには書庫の奥には禁書が納められた、皇族と公爵家しか立ち入りが許されない部屋があるそうです。そこから出てこられました。だから何か大切な情報を掴んでるかもしれません……!」
立ち入り禁止の場所から出てきた人間が何か情報を掴んでいるかも――その可能性に優里の目が明らかに輝いている。
確かに、ゲームでも漫画でもそういう場所から出てきた人間って何かしら有力な情報を掴んでる事が多い。
「もしダグラスさんが教えてくれなかったとしても、私がレオナルドさんと仲良くなったらそこに入れるかもしれないと思って……」
そう言われてノートを見返すと、そのレオナルドさんの家<リビアングラス>が6大公爵家の1つだった事を思い出す。
「へぇ、咄嗟に名前叫んだ割に結構計算してるのね」
「ネーヴェ呼ぶ位だからマジで仲良い人いないんだと思ってたわ……」
感心しきりのソフィアと、本当に招待する相手に困っていたと思っていた私はお互い視線を交わし、優里に向き直る。
「「――で? その人はまともなの?」」
私とソフィアは同時に放った質問に、優里からは「た……多分?」と消え入りそうな程弱弱しい返答が返ってきた。
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