第34話 魔物狩り前夜・1
お礼の準備を終えて黒い箱の中に残っている食材を見やる。
今の作業でそこそこ消費できたけど、まだまだ魚の切り身やきのこミックスなど食材は残っている。
とりあえず中途半端に残っている牛乳を飲み切ってしまった後、セリアに明日の予定を尋ねる。
「セリア、明日の狩りっていつ出発なの?」
「7時に出発して目的地に着くのは10時頃になる予定です」
7時出発――かなり早い。明日が消費期限の食材もあるし、ちょくちょく給湯室や冷蔵庫、冷凍庫を借りるのも申し訳ないので明日のお昼のお弁当で使い切ってしまいたい。
そうすればこの黒い箱も明日ダグラスさんに返す事ができる。
「……セリア、悪いんだけど明日のお弁当作る為に6時位からここ使わせてもらってもいい?」
「構いませんよ。私もお手伝いします。朝の仕事は他のメイドに頼みます」
セリアが平然と答える。まさか協力してもらえるとは思わなかった。助かるけど、それより大きな疑問が浮上する。
「朝の仕事って……セリア、貴方、何時から仕事してるの?」
「4時に起きて身支度を整えて…5時からですね」
セリアの労働環境が予想以上にブラックだった事が判明する。本人がそれで特に不満を持っていないんならいいんだけど、私には絶対無理だ。
「えーっと、ツヴェルフ4人にメイド4人、男の人の分は……他の人が招待した人達に変に関わるのも悪いし、クラウスとネーヴェの分だけでいいか……」
明日のお昼に必要な食材の量を計算してみるとかなり足りない。
厨房から少し分けてもらう事は出来るだろうか? それとも人数で計算するより食材がある分だけ作って、食べたい人間だけ食べてもらう方がいいかな?
食材も何が使えるか漁りながら考えていると、私の独り言に反応したセリアが予想もしていなかった事を告げてくる。
「アスカ様、明日の狩りは皆それぞれ場所が違いますので、お弁当はアスカ様とクラウス様の分だけで十分かと……」
「え……皆で一緒に魔物狩りするんじゃないの!?」
衝撃の事実につい声を荒げてしまう。どこか広大な草原とかで皆散らばって討伐する物だと思いこんでいた。貴族達が誰が一番狩ったかを競い合ったりするのかな――とか漠然と思ってた。
行き先がバラバラという事は、1グループにつきツヴェルフ、メイド、有力貴族2人の合計4人で長時間行動する、という事だ。
冒険者のパーティで考えたらおかしい人数ではないけど、ツヴェルフは戦闘力に含められない。それにメイドはあくまでもツヴェルフの護衛――そう考えると実際戦うのは2人。
「狩りはあくまで招待者と親睦を深める行事ですから。他のツヴェルフの招待者と仲良くなられても困ります」
確かにセリアの言う通りではあるのだけど。若い貴族2人だけで『そこそこ強い魔物』と相対するのはちょっと危険じゃないだろうか?
「アスカ様、私はこれを届けるよう言付けた後ここを片づけますので、アスカ様はネーヴェ様の所に行ってください」
未開封のウインナーの袋を持ったまま考え込む私に、料理と音石が入った小箱を持ったセリアが呼びかける。
「え? 私が使ったんだもの、後片付けも私がやるわよ。水出すのは魔力無くてもできるし、水温も丁度いいし……」
調理中に洗ったり片づけられる物は片づけたけど、シンクの中にはまだ少し洗い物が残っている。
幸い、キッチン周りの道具は地球の物とそれ程変わらなくて私でもすんなり作業が出来た。
得意、という程片付けが好きな訳ではないけど数日ぶりに自分ができる事を見つけられて嬉しい、んだけど――
「これはメイドのお仕事です。アスカ様は私を<ツヴェルフに洗い物させるメイド>にさせたいですか?」
そうセリアににっこりと微笑まれると、何も言えず。罪悪感を胸に1人、給湯室を後にした。
給湯室はメイドや騎士達の宿舎に近く、ネーヴェの部屋までそう時間はかからなかった。
ネーヴェの部屋をノックすると、ドアが少し開きネーヴェが顔を出す。
「……アスカ、どうしました?」
ドアの隙間から机の上に置かれた食事が見える。丁度今から食事を取るところだったようだ。
「ああネーヴェ、これから夕ご飯? これも良かったらどうぞ」
料理の入った蓋つき容器を手渡すと、ネーヴェは特に表情を変える事なく眺める。
「これは……?」
「これ、昨日お願いした冷蔵庫の食材で作った炒め物と卵焼き。多めに作ったからお裾分け」
「……どうして僕に?」
容器をじっと見つめていた水色の瞳がこちらを向く。その透き通るように綺麗な水晶の瞳に、少しドキリとする。
無表情ながらも首をかしげて質問するその仕草は、年相応で可愛らしい。
「ネーヴェが私のお願いを神官長に伝えてくれたから、そのお礼よ」
「それなら、僕じゃなくて神官長に……」
「神官長には改めてお礼言うわよ。これはネーヴェへのお礼。あ、卵焼きとか嫌いだった? それなら無理に受け取らなくていいけど……」
納得のいってないネーヴェに被せるように言葉を続けた後、ネーヴェの言葉を待つ。
無理矢理押し付けるつもりはない。ここまで言って受け取られないなら潔く引き下がろう。
「……いえ、嫌いではないです。頂きます」
深くお辞儀をして容器を受け取ったネーヴェにホッとする。
「良かった。そう言えば、ネーヴェは明日の狩りには参加するの?」
「はい。招待状が届きましたので」
ネーヴェは小さく頷き、机の方に顔を向ける。食事のトレーの横に招待状が置いてあるのが見えた。
「……大丈夫? 怖くない?」
狩りで一番心配なのは年端も行かないネーヴェが厄介な魔物と戦わなきゃいけない事だ。
恐らくネーヴェもその説明は受けているだろうに、ネーヴェは特に動揺する様子もなく平然としている。
「……僕はアスカやユーリが思っている程弱い人間ではありません」
恐らく優里に先に同じ事を言われたのだろう。ネーヴェは少しだけ口を尖らせる。
「強い弱いの話じゃないんだけど……でも、その様子だと大丈夫そうね」
ネーヴェが不安に思っていたら何とかした方が良いと思ってたけど、余計なお世話だったみたいだ。
「それじゃ、頑張って。優里をよろしくね」
「はい。ありがとうございます、アスカ」
もう少し話したい気持ちもあったけど、これ以上食事の邪魔するのも悪い。ネーヴェがお礼を言ってドアを閉めた後、セリアと合流する為に再び給湯室へと足を向ける。
(そう言えば……ツヴェルフと親密になる為に狩りをする訳で、招待状を受け取って参加する、という事はツヴェルフと仲良くしたいという意思表明になるのよね……?)
歩く中でふと疑問がよぎる。ネーヴェは招待状が届いたから参加する、という言い方をしていたけど優里と今後そういう関係になりたいんだろうか?
年の差を考えると、女子高校生と、男子小学生――
(……いや、これ以上は想像したら駄目な気がする)
メアリーが躊躇した理由が、ちょっと分かった。
給湯室でセリアと合流した後、自室に戻る。
体のあちこちが地味に痛い。明日は筋肉痛で狩りどころじゃないんじゃないかと不安になる中、セリアから私達が明日向かう狩りの場所を説明された。
まだ経験の浅い冒険者達が腕試しや戦闘訓練を積む為に挑む、魔物の巣窟となっている地下遺跡。
既に探索し尽くされたと思われたが先日隠し通路が発見され、そこの探索に向かった複数の冒険者パーティが戻らない――という、大分きな臭い場所だった。
「……本当に大丈夫なの? そんな所行って」
強そうな魔物が出そう、って不安もあるけど親睦を深める為ならそんな埃臭そうな上に薄暗い場所より、もう少しマシな場所があるんじゃないだろうか?
「狩りの場所は招待した貴族と相性がいい場所が選別されます。あの辺りは死霊系の魔物が多く出るとのことなので、クラウス様なら適任でしょう」
地下遺跡、と聞いた時点で
明日、本物のお化けと対面せねばならない事態に一気に不安が押し寄せる。
「ダグラスさんの手紙には、クラウスは戦闘向きじゃないから深追いするなって書かれてたけど……?」
「確かにクラウス様の魔力は純白……攻撃には向かないでしょう。ですが、<破邪>の魔法はお得意のはずですしダンビュライト家に伝わる神器、<白の弓>から放たれる純白の矢は魔物に有効で、特に死霊系の魔物に強い力を発揮すると聞いております。ですのでクラウス様がいれば隠し通路の手前まではそう難しい道のりではないかと。ただ……」
「ただ?」
「……隠し通路の奥がどうなっているのか、詳細が分かっておりません。そこから先は私もダグラス様が来られるまで待った方が良いと思います」
セリアの真剣な表情から、いくら神器が強い武器だとしても心から安心していられる程安全な狩りではない事が伺える。
奥の詳細が掴めない――そんな場所なら猶更、6大公爵家やら8侯爵家の貴重な人材を向かわせずに、熟練の冒険者を多数雇ったり騎士団を向かわせるべきじゃないだろうか?
(まあ、国がそうせずに有力貴族を向かわせるのは有力貴族の方が強いから、って事なんだろうけど……他の皆は大丈夫かしら……?)
きっと他の3人も同じように危険な場所に行くのだと思うと心配になる。
ソフィアはまだ、アーサーさんとリチャード――訓練場で彼らの模擬戦を見てるからそこまで心配してないけど――自分の事以上に優里とアンナの事が気にかかった。
様々な疑問や不安が思い浮かぶうちに20時の鐘が鳴り、セリアは退室した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます