第229話 集まる者達


 リヴィがドアを開けると、神官長が姿を表した。


「リヴィ、ソフィアが到着したので先程街に結界を張りました。私はこれから地下で塔の結界とセキュリティを起動させます。人払いももう済ませてありますから後の事は頼みます」

「分かりました。念の為指輪の魔力の補充をお願いします」


 リヴィが外した指輪を神官長に手渡し、神官長がそれを握りしめて十数秒――その指輪をリヴィに返した。


(そっか、指輪の魔力は使えば使う分だけ消費するのか……)


 持っていれば加護になるし、宿ってる魔力を使えば魔法が使える――もっと早くその事に気付いてれば前に屋敷で拾った白の指輪で全身の傷をある程度治せたかも知れない。今更だけど。


「あの、優里は……?」


 結界を張ったら優里も入ってこれないんじゃないだろうか? 見捨てたのかと不安になりながら問うと、神官長は落ち着いた顔で答える。


「大丈夫です、皇城の地下にはこの塔の地下と繋がる非常用の転移装置があります。ユーリが見つかり次第それを使うでしょう。そこから地下から屋上に上がる隠し階段を使えば無事に屋上まで上がれます。隠し階段はアスカに案内した部屋とも繋がっていますからアスカ達もそれを使って屋上に上がってください。もうじき通常の階段を使うとセキュリティが作動するようになるので」

「セキュリティ……?」


 先程から出ている物騒な言葉を復唱すると神官長はポケットから片手に乗る位の正方形の小さな板を取り出した。


 やや黄色がかった透明な板に、小さな塔の縮図――設計図らしきものが宙に浮かび上がる。

 5つの階層ごとに文字が書かれているようだけど眼鏡をかけてないから全く読めない。


「この塔は古代の遺産……この世界で唯一ツヴェルフを召喚できる場所という事もあり様々な防衛機能が着いています。今回の転送で妨害が入る事を見越して起動できるように準備しておいたのです。塔の外層には空間を捻じ曲げる結界ループバリアが張られますから彼らは1階から屋上まで上がってこなくてはいけない。5階分それぞれにセキュリティがかかっていますから、街の結界も含めて相当な時間稼ぎになるはずです」


 転送してくれるだけでもありがたいのに、塔の防衛機能を駆使してまでして守ってくれるのか。


「さて……私は地下で転送の設定もせねばなりませんので、アスカとはここでお別れになります……どうか、アスカに真の神の加護がありますように」


 真の神――色神ではないのか、と問えない疑問が過った後、扉が閉まった。


「……何か神官長、生き生きしてたわね」

「ようやく自分の意志で動けるようになったからでしょう。貴方が思ったように、この世界もやむを得ない事情がある……私達ツヴェルフとこの世界の理に挟まれて生きてきた彼の心労は相当なものでしょうから。貴方やユーリ、私に打ち明けた事で大分楽になったみたいです」


 神官長の話してる様子から厄介事を渋々請け負ってる感じはしなかった。リヴィさんの口元も微笑んでいるように見える。


 皆が迷惑そうに思ってないならいいけれど――……って、しまった!


「私、神官長にお礼言いそびれた……! ちょっと言ってくる!」


 流石にここまでお膳立てされておいて『ありがとう』の言葉も言えないのは気持ち悪い。

 扉を開けて神官長の後ろ姿を追いかけようとすると、神官長の真横に薄緑の外套を羽織った人間がいる事に気づく。


(あの人……どうしてここに!?)


 勢いよく扉を開けた音に気付いたのか、彼は足を止めてこっちに顔を向けた。


「やあお姫様、こんな所で会うなんて奇遇だな。ダグラスはお気に召さなかったか?」


 振り返って微笑んだその顔が息子の――ヒューイの方だった事に安堵する。

 何でここにいるのかという疑問が残るけど、神官長が横にいる以上少なくとも敵ではなさそうだ。


「あの、色々、ありがとうございました……それだけ伝えたくて……」

「いいえ……こちらこそ貴方に礼を言わなければならない。ずっと出せなかった答えを教えてくれたのですから。ありがとうございます、アスカ」


 2人に駆け寄り、まず神官長に向かって礼を述べる。神官長の柔らかい笑顔に、改めて安堵する。


「答えって?」

「……貴方には関係ない話よ。それよりどうして貴方がここにいるの? 私を連れ戻しに来た訳じゃないんでしょう?」


 ヒューイは自分の質問を流された事を気にする様子もなく肩を竦めて答える。


「そうだな……残念ながら今回の件に関しては俺は中立だ。アンタを今ここで捕らえたりはしない」

「中立……どういう事?」

「あいつが暴れてこの塔が壊れると困るんで協力を申し出たのさ。あいつがこの塔に入り込んで上がってくる際に塔が壊れないように見守る役目だ。アンタ達も塔が崩れると転送どころの話じゃないだろう?」

「この塔自体、魔岩石やオリハルコンの柱を使用した強固な作りになっているのですが神器の衝突や大きな魔法を使われると心許ない面がありましてね。この国でも有数の魔道士であるヒューイ君の力を借りれるならと私の判断で受け入れさせてもらいました」


 ヒューイの言葉を神官長が補足してくれた事で大体の状況を把握できた。だけどまだ気になる事がある。


「貴方……何で私達の転送の事を知ってるの?」

「ああ……俺の今の好みは金髪でスレンダーな女の子でね。性格がキツめだとなお良い。好きな女の子に会う為なら嫌いな家のパーティーにも行ける。ああ、そう言えば親父がちょっかいかけて悪かったな。あの人はいつもあんな感じで俺も困ってるんだわ」


 アンナの懐妊パーティーにはシーザー卿以外に緑の人は来てないと思ってたけど、あの場所にヒューイもいたのか。

 あの時の私って完全に病んでたから物凄く視野が狭くなってて気付かなくても全然おかしくはないけど。


「別に気にしてないけど……ここしばらくはソフィアをストーカーしてたって事?」

「人聞き悪い事を言うなよ……ただ風が運んでくる言葉が自然と耳に入ってくるだけさ」


 この世界の男の盗聴に対する罪の意識の軽さは置いておくとして、数日間だけの熱愛が今ソフィアに当てはまっているお陰で協力してくれてる、っていうのはかなり運がいいかも、と思ったけど――


「でも……ソフィアが好きなのに、ソフィアを引き止めないの?」


 どうにもヒューイの行動の意図が見えない。むしろ好きだと言うなら転送を邪魔するものではないだろうか?

 セリアに言い寄っていたヒューイの姿を思い返すと惚れている相手には執拗に情熱的にアタックするタイプのように見える。


「俺の今の恋愛スタイルは相手とどうこうなろう、って事じゃなくてただただ相手の生き様を見守る事だ。この塔を守るという名目で俺の立場を悪くする事無く転送の瞬間を見守る……これほど都合の良い立場もないだろ?」


 この男、女の子の好みだけじゃなくて恋愛スタイルまで変わるのか。


「……そんな訳で、俺はアンタ達を助けもしないが邪魔もしない。帰りたければ帰ればいい。さよなら、お姫様。」


 最後までお姫様呼ばわりされる事に酷いむず痒さを覚える中、ヒューイは苦笑した様子で神官長と一緒に去っていく。


「はー……緑の奴らって本当何考えてんのか分からねぇー……」


 声がした方を振り返るとアシュレーとリヴィさんがいた。こちらに寄ってくる2人に向き合いながらアシュレーの方に問いかける。


「アシュレー……貴方、本当に他の公爵家と敵対する事になっても良いの?」

「俺が良いって言ってんだから良いんだよ。深く考えるとハゲができるぞ?」

「そうは言っても……貴方はヒューイみたいに中立の立場でもないし、アンナが未亡人になるかも知れないと思うと……」


 嘆くアンナを想像して少しうつむきがちに呟くと、ぽん、と肩に手を置かれる。


「お前がどんなに悩んでも何を言っても俺は俺のやりたいように動く。俺の事を心配するなら俺の事は何も考えるな」


 キッパリ言い切るその姿に、確かにこれ何言っても無駄だわと思わされる。


「……分かった、ありがとう。でもどうしてアシュレーが協力してくれるの?」


 アンナが今日の転送の事を知っているとは思えない。だけど空の上でアシュレーは元々赤の公爵が来るような事を言っていた。

 私の知らない間にソフィアか優里がアンナを通して赤の公爵やアシュレーと交渉してくれていたのだろうか?


「は? お前、アンナから聞いてないのか? 俺は……」

「アスカ!!」


 背後からの呼びかけに驚いて振り返ると、ソフィアがリチャードと一緒に駆け寄ってきた。


「貴方、マナアレルギー起こしたらしいけど大丈夫なの!?」

「……ええ、昨夜の記憶が吹っ飛んでる事以外は特に変わりないわ」


 心配そうにこちらを見つめるソフィアにそう答える。実際は大丈夫じゃないみたいなんだけど記憶が全く無いので変わりない事には変わりない。


「記憶が吹っ飛んでる……何処から?」


 眉間にシワを寄せて真剣な目で見つめてくるソフィアがちょっと怖い。


「か、懐妊パーティーでダグラスさんに捕まった瞬間までの記憶はあるんだけど……」

「あ、じゃあお前知ら」

「そう……それならその方が良いわ。思い出しても辛いだけでしょうから」


 アシュレーの発言を遮るようにソフィアが言葉を被せる。その表情は少し暗い。まあ確かに、記憶を思い出したら絶対辛いと思う。


「……リヴィ、私、夜に備えて少し休みたいのだけど」

「ではソフィア達は最上階の部屋を使ってください。今から案内します」


 手で額を抑えるソフィアを横にリヴィさんの後に続いてクラウスが寝ている部屋に入る。

 リヴィは部屋の隅の棚に手を当てると棚が横にズレで通路が現れた。


「この通路はこのままにしておきます。アシュレーには屋上の見張りをお願いしたいのでアスカはクラウス卿が目覚め次第上がってきてくれますか?」

「分かりました」


 クラウスの眠るベッドの傍に立ち、4人を見送る。


「あ、そう言えばアシュレー、さっき……」


 アシュレーに呼びかけると、少しバツが悪そうに私の方を向く。


「あー、えっと……俺が協力したのはクラウスが親父に協力を仰いだからだ。礼を言うならクラウスに言っとけよ」


 何か含みのある言い方が気にかかったけど、アシュレーはそれだけ言うとすぐに通路の奥に消えてしまった。


 捕まえられた後に何が起きたかなんて確かに気を使ってしまう気まずい話だけど、あんまり気にしなくてもいいのに――と明るく振る舞ってもかえって痛々しく思われてしまいそうで言えない。


(まあ、後でクラウスに聞けばいいか……)


 静かに眠るクラウスから少し視線を上げた所にある時計は、13時を回っていた。


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