第86話 歴代のツヴェルフ達


 初夜の際は部屋の前でメイドに待機される――という衝撃の事実に食欲を削られつつ、何とか昼食を食べ終えた。


 一つため息をついて部屋を見渡すと、隅に真っ黒な長方形の大きな箱が1つ、小さな箱が2つ置いてある事に気づく。

 古い物なのだろうか? 少し埃をかぶっているそれが何か、すぐにピンとくる。


「……ドレス、いいの見つかったの?」

「はい。数世代前の寵愛ドレスらしき物が1着見つかったのですが……できれば明日も倉庫を探したい所です」


 チラ、と箱を見やるセリアの顔は暗い。

 数世代前という事は何十年の前のドレス――生地が傷んでるとか虫食いが酷いといった事情でもあるのだろうか?


「一応見てもいい?」

「……そうですね、サイズが合ってるか確認もしたいですし見るだけと言わず一度着てみましょうか」


 埃こそ被っているものの明らかに高級そうな黒い箱を開けると真っ黒な布地が現れた。

 不思議と埃臭さは無く手触りも良いそれは虫食いの気配も痛んでいる気配もない。


 ただ、それを広げて一見しただけでセリアが他のドレスを探したくなる気持ちが分かった。

 しかし、明後日このドレスに頼る事になるかもしれないのだ。勇気を出して、セリアの手を借りて試着してみる。


 漆黒のマーメイドラインのドレスは上半身が首回りで布地がクロスするタイプのホルターネックになっていて、背中がむき出しの状態になっていた。

 その上胸の谷間が露出しているこの過激なデザインに羞恥心を煽られ、その上に万が一首の後ろの結び目が解けたらポロリどころじゃない悲劇が起きる緊張感まで背負わされる。


 そして、これを送られたツヴェルフはかなり細身の女性だったんだろう。

 私が昼食を食べた直後に着ているせいもあるかもしれないけど、ウエストの辺りがギリギリ耐えられるものの、パッツンパッツンだ。

 そんなタイトなドレスにねじ込まれた私の骨盤も微かに悲鳴をあげている。


「無駄毛は後で処理しますし、丈の長さも履き物でフォローできそうですが……やはり他人の為に作られたドレスを流用しようと思ったら、サイズが難点ですね……」


 私の状況をセリアが冷静に分析する。

 試しに数歩歩いてみたけど、限界まで引っ張られた布地に詰め込まれた骨盤とそれに付随する太ももが上手く動かない。

 下手な歩き方をするとドレスの方も悲鳴を上げてしまうそうで怖い。


「……これしか、なかった?」


 どうしてもと言われれば仕方ないけど、正直これを着て人前に出たくない。


「まだ全て探した訳ではないのですが明日倉庫を探せなかったらそれを着ていだたく事になります……あ、幸いストールも入ってましたのでこれで腰の辺りを誤魔化してください。後、靴もどうぞ」


 困った顔のセリアが小さな黒い箱からそれぞれ取り出したのは艶やかな黒いハイヒールと、若干透け感のある黒のストール。

 幸いな事に靴のサイズは少し緩い程度で苦痛ではない。ただ、履き慣れないヒールの高さに歩き辛さがプラスされてしまった。

 そして黒のストールを手渡され、骨盤の辺りが隠れる様に腕にかけてみる。


「……じっとしている分には、何とかなりそうですね。後はゆっくり歩く事を意識なさればホールから出る位までなら誤魔化せそうです」

「はぁ……後はあの人の機嫌が直ってドレス貰える事に賭けるしかないのね……」


 媚び売る位なら耐えようと思う範囲ではあるけれど、あの人が勝手に思い直して反省してくれたら盗聴の事は水に流してあげようかと思う程度には心変わりしかけた時、セリアが「あ!」と思い出したような声を上げる。


「アスカ様……その事なのですが、ダグラス様は昨夜から地方の魔物討伐に出られたそうで、帰ってくるのは明後日の午後の予定だそうです。迎えに来られるのは明後日の14時……今日中にセレンディバイト邸から手紙や贈り物が届かなければ寵愛ドレスは諦めなければなりません」


 セリアの言葉に愕然とする。こんなタイミングで地方に湧き出てきた魔物に空気読みなさいよと全力で叫びたい。


「ねぇ……今ツヴェルフに危険が近づいてる状況ならホールで婚約者の迎え待つのとかやめない? こっそり裏口とかから普段着で出た方が安全だと思うけど……」

「……全ては今日の会議次第です」


 悲鳴を上げている骨盤の辺りを摩りながら、今緊急会議をしている見知らぬ貴族達に向けて(どうか、こっそり出て行かせてください……!)と乞い願う。


 その状態で数分程室内を歩きまわり、何とか歩くコツが掴めてきた所でドレスを脱ぎ、先程まで着ていた服に着替え直す。

 セリアがサービスワゴンに乗っていたお菓子をテーブルに置いて再度お茶の準備をしはじめたので椅子に座った後その様子をぼんやり眺める。


 あのドレスルームのドレスといい、このドレスといい、この世界にはどれだけ異世界から人間が召喚されたんだろう?

 男性も召喚されてるらしいから、男性用の服もどこかに保管されてるはずだ。


(そう言えばここに来た時にリヴィが1000人目がどうとか言ってたっけ……)


 ふと思い返し、続いてユンが言っていた言葉を思い出す。


「そう言えばセリア……ツヴェルフにワーストランキングってあるの? 私5位にランクインしてるみたいだけど……」


 あの時はユンとセリアの静かな争いに注目していたけど、この世界に来て一週間弱の私を1000人中5位のワーストに位置付けするなんて何気に酷くないだろうか?


「ご安心ください。上位4名は規模が違うのでアスカ様が5位以上に上がる事はありえません」


 セリアが肩を震わせてクスクスと笑いながら答える。そこの心配をした訳じゃないんだけど――サラリと言われた言葉に惹きつけられる。


「規模が違う……? 何それ、すごく興味あるわその話」


 過去に自分以上にどんな破天荒なツヴェルフが存在したのか好奇心が煽られると温かい紅茶が入ったティーカップをそっと私の前に置いたセリアは淡々と語りだした。


「まず4位は数多の有力貴族の男達を魔力を持たぬ身で捻じ伏せて塔を飛び出し、誰と子を成す事もなく冒険者として生き、その名をル・ティベル全土に轟かせたシェル・シェール……」


 確かに規模が違う。勝つ気は無いけど勝てる気もしない。


「3位は当時適齢期だった有力貴族の令嬢達の殆どを孕ませ、家系図や人間関係を著しく複雑化させたイディオ・ノマッド……彼の一件以降、男性のツヴェルフには厳しい監視や制限が課せられる事になり、結果コストもかかる事から余程男性が必要な状況でない限り女性が召喚されるようになりました」


 やっぱり。絶対その手の男がいるだろうと思ってた。


「ちょっと待って。ノートに書きこむわ」


 この世界に無理やり召喚されて有力貴族達に良い様に扱われるツヴェルフ達の中で有力貴族達に一泡吹かせてワースト扱いされる彼らはある意味、とても面白い存在なのではないだろうか?


 この面白い話を自分一人で楽しむのはもったいない気がして机の引き出しからノートを取り出し、再び椅子に座り書き込んでいく。後で優里に教えてあげよう。


「2位は4人の公爵と5人の侯爵の寵愛を受け熾烈な奪い合いに発展させ、いくつもの戦争を引き起こしル・ティベル崩壊の危機を招いたベイリディア・ヴィガリスタ……彼女の影響で、1人のツヴェルフが婚姻できる公爵は2人、侯爵は3人までという人数制限がかけられるようになりました」


(一気に重いのがきたわね……)


 ティーカップを手に取り熱い紅茶を少しだけ口に含み、(逆ハーレムも殺生が絡むとただの地獄だな……)と思いながら丁度良く温まったそれを喉に流す。


「そして1位は有力貴族に反旗を翻して自分の星にツヴェルフ達を連れ帰り、以降自分の星からの召喚を阻んだ、隠れた星の姫君ルイーズ・パトリオット……」


 セリアの説明に思わず顔を上げる。その人は、もしかして――


「私もこの程度の事しか知らないのですが、これだけでもアスカ様とは規模が違う事が分かります」

「……有力貴族誑かしていくつも戦争を引き起こした人より自分の星に帰った人の方がランキングが上なの?」


 もう少し1位の情報を聞き出したい。怪しまれないように自然な形で問いかける。


「パトリオットが悪名高い理由はこれまで3年おきに召喚できた星から召喚が出来なくなった事でツヴェルフが一気に希少な存在になってしまった所からきています」


 間違いない――ル・ターシュに転送されたツヴェルフの一人だ。


 セリアの言う通り、他の3つの星は3つ合わせても十数年に1度しか召喚できない。ル・ターシュから召喚できなくなったらツヴェルフの数は一気に減る。

 既に召喚されている人達だって年を取る――ずっと子どもを産み続けられる訳じゃないのだから。


「ヴィガリスタの事件から長い間ツヴェルフは冷遇されていました。貴族の寵愛を受けない者の扱いは酷い物だったと聞いています。そんな中、30年以上前にパトリオット達が反旗を翻し何人にもツヴェルフを連れ帰った事で残されたツヴェルフや今後召喚するツヴェルフへの待遇が見直され、改善されていったそうです。今アスカ様達が受けられている好待遇はパトリオットのお陰、とも言えます」


 セリアは表情を変える事無く淡々と続ける。


「それに伴い貴族の認識も変わっていきました。選ぶ側から選ばれる立場に逆転した事でこれまでのツヴェルフへの扱いを反省し、友好的に接しようとする貴族が大半ですが、今まで見下してきた者を見上げなければならない立場に抵抗を感じる貴族もいます。そして、ツヴェルフ嫌いや反公爵派の存在……だから皇家は希少なツヴェルフを守ろうとするのです」


 そこまで言い終えると、セリアは肩の力を抜いてまた袋からクッキーを一つ取り出して口にした。


「セリア、ツヴェルフの事に凄く詳しいのね……」


 お陰で点と点でバラけていた情報が少しずつ繋がっていく。聞き方さえ考えればセリアからもっと色々聞き出せるかもしれない。


「専属メイドになる際ツヴェルフについて色々勉強しましたから。そして、今気づいた事があるのですが……」

「何?」


 もしかしたら、何か重要なヒントになるかも――テーブルに身を乗り出してセリアに顔を寄せる。


「アスカ様、地球のツヴェルフではワースト1です」

「え、ああ、そう……」


 微笑むセリアがどういう感情でそれを言ったのか読み取れず、苦笑いを返す。


 地球に帰る際の、いい手土産になる――なんてポジティブな思考には、なれなかった。


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