第67話 ツヴェルフ嫌い
ダンビュライト邸の裏手には木々に囲まれた訓練場が広がっていて、白い鎧を着た騎士達が数人、そこで訓練していた。
その訓練場の中央――模擬戦に使われているらしい広い区画まで歩いた所で、エレンは振り返る。
「今、武器を持ってくる。ここで待っていろ」
エレンが離れ、騎士達の中に消えていく。青空の穏やかに流れゆく雲を見上げながら改めて今の状況を鑑みる。
この世界に来てここまで強烈な敵意を持たれたのは初めてだ。いや、地球にいた時だってここまで人と衝突した事は無い。
(最初会った時は全然敵意は感じなかったけど……花畑に向かう時の挨拶はスルーされたけど帰りの時は会釈してくれたし……)
もしかして、その時の人と中身が別人なのでは? あるいは、それまでは特に悪意を持ってなかったけどその後の私の行動が彼女の気に障ったのか――
様々な可能性と、どういう理由があろうとやはりあの態度は許せない等と考えていると、カラン、と足元に木刀が放り投げられる。手渡しすらしたくないのか。
木刀を拾い上げて顔を上げると3、4メートル程先に厳しい表情をした見目麗しい長身の女性が立っている。
「構えたら開始だ」
その声でその女性がエレンだと理解する。
私より2、3歳ほど上だろうか? エメラルドグリーンの癖のある短髪と、長い睫毛の奥に光るエメラルドのような瞳が、悔しい位に綺麗だ。
甲冑の中に予想を超える美人がいた事に驚きを隠せない。
武器を取りに行くついでに重々しい鎧も脱ぎ捨てたのかシャツとズボン、という身軽な服装だ。一応、防具を付けてない私に配慮したんだろうか?
堅苦しいシルエットが一気に艶やかなシルエットに代わり、その美貌も相まって羨望の意すら抱かせる。
(男、男ってうるさいから容姿に自信がない人なのかな? と思ったけど……どう考えてもそっちの方が遥かに男に縁がありそうな姿してるじゃない!)
勝負をする前から予想もしていなかった部分で負けてしまい、脳内で怒りの数値が1プラスされる。
怒りのまま木刀を強く握りしめて身構えた瞬間、目の前にいたエレンがこちらに突進してくる。
速い――と思う間にもエレンは距離を詰め、腹部に激痛が走り、足を蹴り飛ばされてその場に崩れ落ちる。
(痛い……!!)
起き上がろうとするも、激痛がすんなりと身を起こす事を許してくれない。今まで感じたどんな腹痛よりも鋭い痛みに、危うく悶絶しそうになる。
的確に急所狙ってきた感じすらするこれはもはや敵意というより、殺意じゃないだろうか?
「エレン!! 今のは卑怯じゃないか!?」
「構えたら開始だと言ったはずだ!」
私とエレンから離れた場所から聞こえてきたクラウスの声に被せる様にエレンの凛とした返答が響く。
痛みのピークが過ぎるのを待って、落とした木刀を何とか拾って立ちあがる。
先程と同じぐらいの距離を取ったエレンはまだ襲ってこない。構えさえしなければ攻撃はしてこないようだ。
「少しは、根性あるみたいだな」
感心したように笑うその眼差しは蔑みの視線。
『負けず嫌いの自覚はあるのよ』と言い返したいけど、お腹のズキズキがまだ収まらなくて言葉にならず、睨み返すだけで精いっぱいだ。
(クッソ強い……!)
初心者がプロと対戦しているようなもんなんだから、当然なんだろうけど――心の何処かで素人相手なんだし手加減してくれるでしょと思っていた自分の甘さを痛感する。
(でも……散々馬鹿にされた挙句にこちらが謝るなんて、みっともない真似はしたくない)
感情に流されてこういう展開になった事はちょっとだけ反省してなくもないけど、エレンにとって最善の展開になるのは私のプライドが許さない。
何でだろう? ダグラスさんの時のように足が竦めばまだ諦めようという気にもなったかもしれないのに、足はまったく竦む事無く私を支えてくれる。この違いは何なんだろう?
ただ、今はこの場で竦まない足に心底感謝する。
腹部の痛みがある程度引いてきた所で、構え直すとまたエレンが向かってくる――先程のような突きに備えて身構えた所で腹部を今度は横から――と思った瞬間、強打され視界がブレる。
吹っ飛ばされたのだと理解した時には、その勢いで二回地面にぶつかっていた。
頭以外の、全身が痛い。大きく息を吸おうとするけど呼吸が、しきれない。
「アスカ、大丈夫!?」
白い光に覆われると全身の痛みが和らぎ、息ができる範囲が広がる。
「流石ツヴェルフ。危なくなったらすぐ男が駆けつけてくる」
その言葉にイラっときて痛む片手でクラウスを突き離す。
「エレン、いい加減にしろ……!!」
「その女が降参すればすぐにやめてやるさ」
(今更だけど、私、何でこの人にここまで嫌われてるんだろ? いたたたた……)
クラウスの治療が止まったせいか、和らいでいた痛みがまた押し寄せる。
(……私というよりかは、ツヴェルフに敵意を持ってる……?っ……)
倒れこんだ衝撃や擦り傷によるじんわりとした痛みより、腹部で何かこれ中でヤバい事になってるんじゃないかと思わせる位の差し込むような痛みがキツく、体を丸めてまた痛みのピークが越えるのを待つ。
――私は本当のツヴェルフ嫌いが来られるよりメアリー様の方がずっと良いと思いますよ――
(……ああ、そう言えばパーティーの前にセリアがそんな事言ってたっけ……)
確かに、こんなのよりメアリーの方がずっと優しい。昨日ちょっと叱られたけど、ちゃんとお礼言って謝らなきゃ――
考えてる間に、痛みがだいぶ引いてきた。
少しだけクラウスの力を借りてしまった事が悔しいけれど、だからこそここで引きたくない。
まだ身を起こす事はできないけれど這いずるように木刀に手を伸ばし、戦う意思を示す。体を少し木刀へ近づける度にお腹がズキりと痛む。
向こうが勝利宣言して切り上げるならまだしも、こっちから敗北宣言なんて、絶対嫌。
(今、エレンは絶対油断してるはず……構えるタイミングを見計らって
少なくとも今、黒の魔力を抑える位の白の魔力が溜まっている。
薬も飲んでるし、今白の魔力を消化しても後で補充すればいい。昨日魔法教本でこの魔法の手の型もしっかり覚えたし、二重がけなら――
「アスカ……また木刀を握るなら、アスカの代わりに僕がエレンと戦う」
クラウスの声が、木刀に触れかけた私の手を止める。
「クラウス!?」
驚きの声を上げたのは、私ではなくエレンの方だった。こっちもまともに声を出せる状況だったら同様の声を上げただろうけど。
今、私が木刀を握ったら――本当に、エレンの嫌う『男を利用するツヴェルフ』になってしまう気がする。
(……流石に自分の家で盛大に喧嘩されたらクラウスも怒るか……)
握ろうとした木刀を弾き飛ばし、降参の意を示す。
まだ身を起こせる程痛みが引いている訳でもなく、呆れてるだろうクラウスの方を見る事が出来ない。
ああ、ここに来るまでは訓練できると喜んでいたのに。
訓練どころか一方的にいたぶられ、この世界の人間の敵意や悪意に、成す術がない事を学んだだけ。身の程知らずを痛感させられただけ。
もしかして、今日も厄日なんだろうか――? なんて思いながら、悔し涙が一粒、零れた。
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