第172話 災いの原因は・3
一面薄黄色の空間の中、目の前にセピア色の映像が広がっている。
『どうして……!! 私はデュラン様が、デュラン様がちゃんと守ってくれるって言ったのに……!! やっと、やっと言ってくれたのに、どうして……!!』
恐ろしい形相で泣き叫ぶ女性は、叫び終えるまでセラヴィさんだと分からなかった。
『全部貴方のせいよ、メアリー……!! 貴方の顔なんでもう見たくない……二度と来ないで……!! これ以上私とデュラン様の邪魔をしないで……!!』
大きなお腹を抱えたセラヴィさんの目はまるで悪魔がのり移ったかのように思える程、怒りと恨みに満ちている。
それ以上映像を見続ける事に心が耐えきれず目を背けた先に、薄ぼんやりとメアリーの姿が見えた。
『……セラヴィ様がマナアレルギーを発症した時は丁度、デュラン様もセラヴィ様を想うようになり、セラヴィ様が幸せの絶頂にいた頃です。私も、そんな2人を引き離す事に全く抵抗がなかった訳ではありません』
半透明のメアリーの表情は悲しみに満ちている。
『それでも私は……自分の責務を優先したのです。希少な器をみすみす壊す訳にはいかなかった。それは神の器とまで呼ばれる程の大きな器を持つツヴェルフの専属メイドに選ばれた私のプライドでした』
それを聞いてセリアの姿が過る。彼女は<誰もが望む希少な器を壊したメイド>――なんて断固として拒否しそうだ。
「プライドだけって訳じゃないでしょ? もし本当にそれだけなら私達のマナアレルギーをあんなに心配しない……メアリーはセラヴィさん自身も心配だったんでしょ?」
いくらメアリーがプライドの為と言っていても、これまでのメアリーの態度からはツヴェルフに対して『傷付いてほしくない』という情が強く感じられた。
厳しい態度の裏には間違いなく温かいものがあった。
『私にどんな感情があろうと……あの方達の愛を潰してしまった事に変わりありません。それが私の罪です。そのうえセレンディバイト公から私が聴取を受けてる間にセラヴィ様に白の魔力が注がれていた事を聞かされ……私は、本当にとんでもない事をしてしまった……』
今までどんな時もキビキビとしていたメアリーが両手を顔に当ててガックリと俯く姿が酷く痛々しい。
「メアリー……私だってダグラスさんにとんでもない事させてしまった。それは誰かに責められてしまっても仕方ない事だと思ってる。でも自分が死ななきゃいけない程の罪だとは思ってない。だって、そんな事になるなんて知らなかったんだもの。メアリーだってそうでしょう? 忠実に自分の責務を果たしただけじゃない。私はメアリーの判断を責められない」
「アスカ様……私がセラヴィ様を連れて皇城に飛ばなければ、貴方も召喚される事はなかったのですよ? それを知っても貴方は同じ事を言えるのですか?」
メアリーの言葉に衝撃が走る。確かに、黒の中に白が混ざらなければ、器が2個あるってだけの私は召喚される事はなかったのだ。
メアリーが元凶なのだと思うと言葉に詰まる。でも――
「言えるわ……私は貴方を責められない。私は貴方のした事が間違っていたとは思えないから」
私は一瞬のミスが取り返しの付かない大事になる事を知ってる。
一瞬の判断を一生後悔しなきゃいけない事がある事も知ってる。
ニュースが誰かが事故で亡くなった事を知る度に周囲の地獄を想像させられる。
他人の過失で人が亡くなれば、そこには怒りや悲しみを帯びた地獄が広がる。
「……故意に起こしたとかならまた話は変わってくるけど、それでも死ぬほどの事……まして死んでまで苦しまなきゃいけない罪はそうそうないわ。そんな事言ってたら何も出来ない……生きられないじゃない」
行動を起こさない限り、ミスも判断も無い。傷も、恥も、後悔も、黒歴史も。何もしなければ生まれない。
だけど実際そんな人生はありえない。生きている以上誰かを傷つけ、傷つけられる。
「私はメアリーと同じ立場になった時、許されたい。だから、許すわ」
そもそも自分が同じ事をした時、メアリーのように罰を受け入れる気にはなれないけど。
『しかし……セレンディバイト公を不幸にしたのは私です。あの方には私を罰する権利があります。』
「メアリー……人の想いに飲まれて自分の想いを犠牲にするような事をしないで」
どう伝えても頑ななメアリーにかつて伝えられた言葉を伝え返すと、それが自分が言った言葉だと覚えていたようでようやく顔を上げる。
「私はメアリーがくれた言葉を大切にしたい。娘さんの結婚式……見たかったんでしょう? 生きたかったんでしょう? それなら、あの人の事なんて気にし」
『アスカ様、駄目です、貴方がそれをイッテハあの方が――』
「……メアリー?」
突然、無機質な言葉が混じり恐怖を覚える。
『ああ……もう肉体が、ゲン界のようデス……もうじき私はこの世から消エル……』
「待って、それってまだメアリーは生きてるって事!? それなら」
『まだ助かるかもしれないなら諦めないで』と伝えようとした瞬間、体が浮き上がりメアリーから遠のいていく。
『さようナら、アスカ様……あナタに会えテヨカッ……』
微笑むメアリーを覆うようにして、薄黄色の世界が黒に包まれていく。
「飛鳥さん!!」
視界に執務室の天井とダグラスさんの顔が映る。
「魂に触れるなんて、なんて無茶な事を……!! 魂は魔力の塊のような物です、スピネル女伯が魔力を抑えてなかったら、貴方の器に彼女の魔力が入っていた……!」
「……それって……今言わなきゃいけない程重要な事ですか?」
「……え?」
現実に引き戻されるなり、私を抱えてどうでもいい事を口走るこの人に激しく苛立つ。
「メアリーの魔力が私の中に入ったら、何だって言うんですか? お父さんみたいに禁術かけて黒の魔力とメアリーの魔力を分離するんですか? 一般市民は子どもの色が違って当然なのに何でそんなに色に拘るんですか?」
早口で捲し立てる私についていけないのか、私の上半身を抱える手を解かないものの表情は狼狽えている。
「な、何を言ってるのか、分かりません……」
「黒の魔力の子以外の子は、ダグラスさんにとって何の価値もありませんか? 少しでも自分と違う色の子は一緒に育てる気にはなりませんか?」
「あ、貴方が、望むなら……黒以外の子も……」
「どんな色が混ざろうと、私とダグラスさんが致して出来た子ならダグラスさんの子しょう!? そういう所にこだわるのがくだらないって言ってるんです!! 黒の子以外いらないっていうなら……貴方の子なんて産みたくない!!」
他の魔力が混ざったら子どもの価値が下がるなんてありえない。何かを言い返したくて、でも言い返せないダグラスさんの震える口元に尚更苛立ちが募る。
「そんな事より!! メアリーはまだ死んでないんですか!?」
ダグラスさんの言葉が気に障ってつい絡んでしまったけれど、今重要なのはそこじゃない。掴みかかるように言って初めて、彼の顔色の悪さに気付く。
「あ、貴方の声が聞こえた時、力が緩んで……急所を外しました。その後兵が駆けつけてきたので、魂だけ、回収しました。今は、皇城の治癒師が治療しているでしょうが、魂が戻った所で、体が生きていなければ……」
今治癒師が治療していて、肉体の限界が近いということなら――時間がない。
ダグラスさんを突き飛ばして執務室を出ようとする私の手が、掴まれる。
「今から、クラウスに、助けを求めるつもり、でしょう……? そして、そのまま彼のもとに、行くつもりでしょう……!?」
そんなに辛そうなのに、今にも気を失いそうなのに、この人の手の力強さは何なのだろうか?
「嫌です……行かないで、ください。私の行動を制限するのなら、どうか、私の傍を離れないでください……私が人の道から外れるのが嫌だと、言うなら……貴方がずっと、傍にいて私を止めてください……!」
そう言って懇願するダグラスさんの前に魔法陣が浮き出た瞬間に、
「
私が持つ黒の魔力によって作られた半透明の防御壁によって黒い靄が弾かれる。
「……ダグラスさんはまたそうやって理由をつけて、取引を持ちかける……自分が愛を向けるのは愛されたいから、私が大嫌いって言ったから相手を殺す、私が怒ってるからプレゼントを買い込む、私の体調よりまず他人の魔力が混ざる事を心配し、私が望むから中途半端な色の子も育てる……!!」
きっと、気を失ってたから気づかなかっただけで私が血まみれて倒れてた時もまず真っ先に心配したのは魔力の事なんだろう。
その事に気づいて尚更、頭に熱がこもる。
「それの、何が、いけないの、ですか……?」
私が何に怒っているのかまるで分からないと言わんばかりに、ダグラスさんは戸惑っている。
「私が気に入らないのは、ダグラスさんがそうやって何でもかんでも自分の行動に理由をつける所です! ちゃんとした理由つけないと私に愛してもらえないみたいな言い方する所です! そんな風に愛されても、私は全然嬉しくない……!!」
スウ、と息を吸い、吐き出す。
「私が、ダグラスさんに人の道を踏み外してほしくなかったのは……ただ単に貴方が好きだったからです……!!」
勢いで吐き出した想いに不思議と後悔は無い。これで少しは伝わるだろうか?
私が好きだと言うなら、私に責任を感じさせない愛し方をしてほしい。
「……過去形、なんですね……」
そこじゃない――いや、そこも大事ではあるけれど――ああ、もう!
「過去形にされたくないなら、もう私の邪魔をしないで! 私の嫌がる事をしないで……!!」
力強く掴まれていた手を振り払うと簡単に解かれる。気を失ってしまったみたいだ。
(……介抱してる時間はない)
執務室を出るとランドルフさんが笑顔で立っている。こんな時でも笑顔なのはこの人も何処かが壊れているのだろう。
ああ、そうだ、この世界の人は皆おかしいのだ。もうそう思わないとやってられない。
「ダグラスさん床に倒れちゃったから、後お願い」
そう言付けて自室に戻り、すぐさまベッドに潜り込んで
メアリーがまだ生きてるなら私は最後まで足掻きたい。自分ができる事をしないまま訃報を聞かされたくない。
(ペイシュヴァルツ、どうか邪魔をしないで……!! ラインヴァイス……! お願い、クラウスに会わせて……!)
暗闇の中で繰り返し願い続けると、しばらくして鳩の鳴き声が聞こえすぐ近くに人の気配を感じる。
「アスカ……どうしたの? そんな蹲って……辛いの?」
少し懐かしさすら感じる声に希望を見出して顔を上げると、大分顔色が良くなったクラウスがいた、が。
「アスカ、その傷……!!」
驚いた顔をしたクラウスに今の傷だらけの顔を見せるのが怖くなって再び蹲る。
「アスカ、髪も……どうしたの?何があったの!? 何でそんなに傷だらけなの!? その傷、顔だけじゃないよね? 全身も……」
「メアリーを、助けて……」
畳み掛けて質問するクラウスに被せるように呟く。
「私の事はいいから、お願い、メアリーを助けて!! 今なら……今ならまだ間に合うかも知れない!! 皇城にいるらしいから……!!」
怒りや恨みの感情は全く無いけれど、叫び連ねる勢いはさっきのセラヴィさんに負けてないかもしれない。
「都合良い時だけクラウスを利用してごめんなさい……! でも、こんな事頼めるの、クラウスにしかいないから……!!」
蹲りながら懇願すると、すぐ近くから優しい声が響く。
「分かった。分かったよ、アスカ……すぐメアリーの所に行く。だからもう泣かないで」
泣かないで――あの人も、そう言ってたな。それ程までに見苦しいんだろう、今の私の泣き顔は。
「ありがとう……後、ごめん、私、クラウスにいっぱい助けてもらったのに、私……地球には……」
こぼれ落ちる言葉を遮るように、クラウスの言葉が重ねられる。
「アスカ、メアリーを治したら君の傷も治しに行くから。そんな傷、すぐに消してあげるから。だから何も心配しなくていい。僕に全部任せてくれればいい。すぐ、助けに行くから」
助け、なんて、もう――そう思って顔を上げると、もうそこにはクラウスの姿はなく、白い光の粒が周囲に漂っていた。
だから――この時彼がどんな表情で去っていったのかなんて、私には知る由もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます