第35話 白の情愛・3(※クラウス視点)
「いた……見つけた……!! アスカはコッパー邸にいる!!」
無意識に叫んだ言葉にルクレツィアが大きく反応する。
「見つかりましたの!? 良かったですわ……!! これで私も心置きなくアーサー様を助けにいけますわ!! アーサー様、今ルクレツィアが参ります……!! そして貴方を苦しめる魔物共を一掃して貴方の功績に花を添えてみせますわ!! 今こそあの時助けていただいたご恩を……うふ……ふふ……ふふふふふ!!」
白い頬がしっかり赤に染まる程の想いを秘めた含み笑いに恐怖を感じる。
「ル、ルクレツィア嬢……落ち着いて?」
叫びたくなる気持ちは分からないでもないけど、流石に怖くなってきた。
「あら、失礼! 私としたことが……喜びでつい防音障壁張るのを忘れてましたわ。でもクラウス卿も今のうちに想いをある程度外に吐き出しておいた方がよろしいのではなくて? こうやって当人がいない時に堪えきれない想いを発散しておかないと、当人に対面した時に平静を保てませんわよ?」
「……そういうものなの?」
ルクレツィア嬢が両手に手を当てて恥ずかしがる乙女のような仕草をしながらも想いを吐き出す事はさも当然のように言ってくるから、つい聞いてしまった。
思えばダンビュライト邸で恋してる人なんてあまり見かけた事がない。僕が世間知らずなだけでルクレツィア嬢の行為は一般的なものなのだろうか?
僕の疑問を肯定するかのようにルクレツィア嬢は大きく頷いた後、堂々と答える。
「そういうものですわ。実際、ダグラス卿はアスカさんと相対した時に想いが暴走してあんな感じになってしまったではありませんか。ガス抜きは大事ですわ」
確かに。ダグラスはあの場で暴走して数々の失言を積み重ねてアスカの尊厳を踏みにじっていた。僕はああはなりたくない。
「私、しばらく防音障壁に包まれてガス抜きしますからクラウス卿もアスカさんに会って暴走しないよう、ここで想いの旨を吐き出してみたら宜しいですわ。きっとスッキリして冷静に行動できましてよ」
そう言ってルクレツィア嬢は障壁を張って逆の方向を向いた。口元が動いている辺り早速『ガス抜き』を始めたのだろう。
(ルクレツィア嬢の言っている事にも一理ある……僕もこのままアスカに会ったら暴走してしまいそうだ)
ただでさえ僕はなかなかアスカが望むような言葉を言えない。だからせめて失言だけは避けたい。
それに抑えきれない思いを外に吐き出して楽になった経験が無い訳でもない。暴走しないように今のうちに声に出しておくのは大事かもしれない。
アスカは明らかに僕の好意を恐れている。この想いを少しでもアスカに気づかれたらまた逃げられてしまいそうな気がする。今はまだ気づかれちゃいけない。
「……アスカ……」
想いを込めて名を呟いてみると目の前の空に泣きそうなアスカの幻が見えた。初めて会った時の、言い合いになってしまったアスカの幻が空に溶けて消える。
「アスカ……アスカ……!!」
アスカの名を呼ぶ度に、色んなアスカが見える。花畑で笑ったアスカが。魔物狩りで僕を心配してくれるアスカが空に浮かんでは消える。
その幻達が愛しい。でも、もうすぐ、もうすぐ――
「アスカに会える……やっと会える……!! ……嬉しい…嬉しい……!!」
外に出たがる言葉が、感情がどんどん心に溜まっていく。それは心の中で膨れ上がりどんどん喉を通って外に溢れ出ていく。
「アスカ……危ない所にいるみたいだから、すぐに助けてあげるね……!!」
コッパー邸の、アスカの近くの地中に何か魔力探知を通さない四角形の部分があった。その中に、微かに――微かに大きな魔力の塊を複数感じた。
嫌な予感がする。だから僕が助けなきゃ。トラブルからも厄介な奴からも、僕が遠ざけてあげないと。
『……クラウス、我、そろそろ危機……』
「ああ、ラインヴァイス、うるさい!! 分かってるから……分かってるから黙って……!!」
空気を読まない鳥の呟きが煩わしい。でも鳥が聞いていようがいまいがどうでもいい。一度ガスを抜きはじめたらもう声を止められない。
「アスカ……今行くからね…僕が助けてあげるから……そして今度こそ2人きりで誰も邪魔してこない場所で暮らすんだ……!! ああ……アスカ……アスカ……!!」
「クラウス卿……顔色が悪いようですけれど大丈夫ですの?」
「うわあああああ!!!」
ある程度ガスが抜けたからかルクレツィア嬢の言葉に一瞬で我に返る。この子、いつの間に障壁を解いたんだろう!?
「なっ、なっ……君、防音障壁張るって言ってたじゃないか!!」
「ごめんなさいまし。ラインヴァイスがクラウス卿を止めろと訴えかけてきたので」
(
一気に頭が熱くなる。きっと今僕の顔は真っ赤なんだろうな。凄く恥ずかしい。
「安心なさって? 今のクラウス卿の叫びはけして他言しませんから。ですので先程の私の叫びも水に流して忘れてくださいまし」
ああ、この子もさっきの叫びを聞かれた事一応恥ずかしいとは思ってたんだ。まあ恥ずかしいと思ってるから防音障壁張ったんだろうけど。
「そう言ってくれると助かる。アスカは僕が好意を持ってるって知ったら僕から離れてしまうから……極力隠しておきたいんだ」
「クラウス卿も本当難儀な恋をしていらっしゃるのですね。私に負けず劣らずの障害多き恋路、同情いたしますわ。ラインヴァイスがコッパー邸まで持つかどうかも分かりませんし……もし途中で力尽きたらと思うと……」
「……大丈夫、あの館にまでは、辿り着いてみせる。絶対に」
ただ、もしラインヴァイスが力尽きた時にこの高さからの落下は少し厳しい。高度を下げて地上を見下ろす。
「あの館に着いたらすぐにアスカ様に会って黒の魔力を注がせていただきましょう。その後アスカ様を連れてルドニーク山に行って魔物討伐です。ああ、私もアーサー様に会えると思ったら本当に胸が高鳴りますわ! 半節前に会った時にしっかり堪能したつもりだったのですけど、私ったら……!」
高度を落とした行動からルクレツィア嬢もあまりラインヴァイスに時間が残されていない事を悟ったのだろうか?
危機的状況でも慌てずにしっかり計画を立てていく頭の回転の速さを感じる。
「ルクレツィア嬢……正直僕は君がアーサー卿に会うのが目的でデタラメ言ってるのかもしれないなんて思ってた。でも君の言う通り、アスカはこの土地にいた。ごめん……ありがとう」
「いいえ、こちらこそ寝入って夢だか現実だか分からない状況で聞いた私の言葉を信じて頂けて良かったですわ。私も異母弟を替え玉にした甲斐があったというものです。もうアスカ様がアーサー様にちょっかいかけないようにしっかり捕まえておいてくださいましね。私はダグラス卿も応援してますから、ダグラス卿が復帰されたらお2人でしっかりアスカさんを捕まえておいて頂けると安心なのですけれど」
ルクレツィア嬢のとんでもない発言に身の毛がよだつ。僕とあいつでアスカを捕まえておく――だって?
「僕は、あんな奴とアスカを共有したくない!! あんな、アスカを人前で襲うようなケダモノ、さっさと器が壊れて、消えてしまえばいい……!!」
何人もの人間と婚姻関係を結んでいる有力貴族は少なくないからこの子がそういう発想になるのはおかしくないけれど――アスカを共有だなんて。
僕だけのものにしたい。でも、僕だけのものになってくれないなら、せめて――
(ああ、駄目だ、駄目だ、早く……早くアスカを会ってあいつが近寄れない場所に逃げないと……!)
「……まあいいですわ。館に着いたらアスカさんの真意も確認しましょう。何故塔を飛び出して、よりにもよってアーサー様の後を追いかけたのか……私の推測どおりダグラス卿の為なら良いのですけれど、もしアーサー様本人に興味があったとしたら……! 確かにアーサー様の麗しの美貌はダグラス卿やクラウス卿に全く引けを取りませんけれど、酷いですわ。
面の大食い――言わんとしている事は何となく理解できるけど、アスカに今非常に不名誉な称号が与えられようとしている危機に危険な思考が一気に吹き飛ぶ。
「アーサー様以外の男なら好きに食べ散らかして頂いて結構です……!! だけど、アーサー様だけは……アーサー様だけは譲れませんわ!!」
「ねぇ、アスカをアバズレみたく言わないでくれない……!? 確かにアスカはちょっと発想がおかしくて男に今いち警戒心がなくて放っておけない所があるけど、男を食い散らかすような女じゃない!! 君だってアーサー卿がパーティーで令嬢に挨拶してるだけなのにそんな風に言われてたら嫌だろう!?」
先程からの暴言に耐えきれずに怒りを込めてそう叫ぶと、ハッ、と目を見開かれる。
「……そうですわね。本当に、私とした事が……! アーサー様がいただかれる危機につい取り乱してしまいましたわ。クラウス卿、どうか無礼をお許しくださいませ」
「別に、反省してくれるならいいけど……」
ガス抜きは意味があったのだろうか? アーサー卿への愛とアーサー卿に忍び寄る女への怒りは別物なのだろうか? そこまで考えてダグラスの姿が過り、ああ、別物だと確信する。
「クラウス卿は心が広いですわね。私、もしアーサー様を罵倒するような輩がいたら私の全魔力をかけて呪い殺しますのに」
ここまで愛が徹底している人間の姿を見ているといっそ清々しい気持ちになってきた。
僕だって罵倒するような奴がいたら殺したくなるだろうけど、流石にそれだけで殺したりまではしない。だって……
「……そんな事したらアスカが嫌がる」
「気付かれないように病死や事故を装って殺せば良いだけの話ではありませんか。ダグラス卿もクラウス卿も、本当骨抜きにされてますわ……やはり彼女は只者ではない……彼女の真意を確認した後、害が無いと分かったらそのテクニックを何としてでも教えて頂かなくては……」
小声で呟いたつもりだろうその言葉もしっかり耳に入ってくる。
この子に対して色々思う事はあるけれど、何だか状況が違えど同じような境遇の子がいると思うと安心する。
テクニック――アスカはテクニックなんて使ってない気がする。いや、漆黒の下着であいつを誑かそうとしていた辺り、かなり大胆な面がある事は否定できないけど。
(……ああ、会えると分かった途端アスカがまた何か変な事しでかしてないか凄く心配になってきた)
そんな事を考えながらイノ・オランジュを目指しているとラインヴァイスの飛行が少し不安定になっている事に気づく。
ラインヴァイスの形態を少しでも維持できるように僕の白の魔力を送り込むと少し楽になったのか飛行が安定する。
そのままラインヴァイスの姿を維持しつつ飛行を続けて何とかイノ・オランジュが見えてきた頃には僕の体調も悪化していた。
頭が重く、酷く気だるい。ラインヴァイスが体を維持できない程黒の魔力に影響されている程だ。もう僕も12時以降は意識を保てないかも知れない。
(でも、もう少し……もう少しだけ……!)
必死に意識を保っていると囲まれた城壁の街の中で他の家々より一際大きな橙色の館が見えてきた。
『クラウス、我、本当もう、限界……!』
「ラインヴァイス、もう少し頑張って……! あの家がアスカを匿ってるとしたら、中に、入れてもらえないかも知れない……! このまま勢いづかせて、あの館の中庭に降りたい!」
「なるほど……! 事故を装ってうっかり中庭に突入してしまえば! 素敵なアイデアですわ!」
そうだ、ラインヴァイスが中庭で小さくなってくれれば、最低限の浮遊術で身を守った、という体で中庭に降り立てる。さっき、白と黒の魔力があった辺りに。
『お前達、酷い……鬼畜の所業……!!』
そう嘆くラインヴァイスは僕たちの希望通り――中庭に差し掛かった辺りでみるみるうちに小さくなり、小さな鳩の姿になった。
そのまま僕達は落下し、最低限の浮遊術でコッパー邸の中庭の塔の前に半ば落ちるような体勢で降り立った。
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