第135話 信用ならない伊達男
「久しぶりだな、ダグラス。お楽しみな所を邪魔して悪いな」
緩やかな波を描く翠緑の髪と眼を持つ男の人の軽い声が沈黙を打ち破る。
年はダグラスさんと同じ位だろうか? 緑色の、アオザイのような衣装の上に薄緑のマントを羽織る若干チャラ――緩い印象を受けるその人の容姿もやはり端麗だ。
端麗だ、という印象にとどまるのは『物音を立てたのは自分です』と言わんばかりに植え込みに緑色の鞘に収められた長剣を突き立てている姿から絶対この人厄介な人間だ、という印象の方がずっと強いから。
「ヒューイ……何の用だ?」
「純情な友人の初恋の観察って言いたいところだが……分かってるだろ? ジェダイト領の返還交渉だ」
ダグラスさんが不機嫌を隠さない言葉で応じるとヒューイと呼ばれた男の人は肩を竦めて答える。
ダグラスさんにフランクに声をかける姿から予想してたけどダグラスさんにとって割と近しい人のようだ。
「シーザー卿とは話をつけたはずだが?」
「お前の目的はサウェ・ブリーゼだろ? 白い砂浜、青い海岸、爽やかな風……そういう所の別荘持つ気分で領地ごと持って行かれると困るんだよ。お前が今後サウェ・ブリーゼに旅行に来る時は最高の待遇を約束してやるから、それで手を打ってくれないか?」
「人の婚約者を殺そうとしておいてその程度で済むと思っているのか?」
両掌を合わせて軽く頭を下げる相手にダグラスさんは冷淡に答える。
「俺らが襲った訳じゃない。ジェダイト侯が反公爵派の大元だったなんて俺も親父も知らなかったしな。それに配下の非礼はもう詫びてるだろ?」
「暗殺者の襲撃に関してはな。だがシーザー卿は私に許可を取らずに飛鳥さんを<囮>にした……その非礼も本来であれば万死に値する。特別待遇などでは到底許せるものではない」
相手の言葉に一切聞く耳持たない――それは向こうも感じてるようで、今度は両手を広げて肩を竦める。
「確かに親父にも非はある……でもウチが管轄してる領地の3分の1を持って行くのはやり過ぎだ。領地管理ってかなり面倒臭いんだぞ? ウチを敵に回す事無く、かつ旅行に来た時に最高の待遇を金をかけずに受けられる……そういうメリットしかない提案を受けた方が良いと思うけどな?」
言葉が重ねられていくうちに状況が見えてくる。先日処刑された反公爵派のジェダイト侯は緑の家系の侯爵――その人が治めていた良い感じの領地をダグラスさんが半ば強引に持って行こうとしていて、このヒューイという人はそれを止めようとしている、という状態のようだ。
緑の公爵の息子――公爵令息ならダグラスさんへの態度も頷ける。
「生憎だが金には全く困ってない。それに、気分次第ですぐに手の平を返す緑の家系は信用できない」
「あー……それ言っちゃう? 友人にそういう事言われると寂しいねぇ……そうかぁ…平和にいきたかったんだけどな……」
髪をクシャッとかき乱しながら相手の視線が私に向けられる。
先程まで穏やかだったそれは冷たい物に代わり何か呟く。同時に、視界が黒に染まり――かけた所で、体が一気に浮き上がる。
一瞬で空高く打ち上げられたと把握した瞬間、そこから風を切るように頭から落下していく。
スカイダイビングってこんな感じなのかな――って、それとは違ってこれにパラシュートが、ない。体勢も変えられない。何この、唐突過ぎる命の危機!!
(せめて、防御壁で、致命傷だけは何とか……!!)
「ペイシュヴァルツ!!」
ダグラスさんの声に呼応するように彼の影から黒の色神こと万能黒猫が飛び出て、落下する私を背に受け止め――ようとしてくれたのだけど、私が作りだした防御壁によって私の方がボールのように弾かれる。
追いかけてくるペイシュヴァルツに対して慌てて防御壁を解くと今度は尻尾で巻き取られる。
こんな状況にも関わらず相変わらず良い感じの触り心地についひと撫でする合間にペイシュヴァルツと静かに地面に降り立った。
「飛鳥さん……貴方は私とペイシュヴァルツが守ります。ですから余計な事しないでください」
いつの間にか黒の槍を構えたダグラスさんが彼と相対している。自分で自分の身を守ろうとしただけなのに叱られるなんて、物凄く納得いかない。
「なあ、またお姫様に手を出されたくなかったら……交渉しようぜ?」
ヒューイはいつの間にか鞘から剣を抜き、周囲には異様な程の強い風が渦巻いている。彼の視線はダグラスさんを警戒しつつも私の方に向けられている。
ダグラスさんと相対するのは分が悪いけど私相手なら、と考えているのだろうか?
ペイシュヴァルツがまだ私に尻尾を巻き付けているのは相手の行動に対応する為か、私に余計な事をさせない為か――今なおギリギリと巻き付いてくる尻尾は恐らく後者のような気がする。ちょっと痛いし。
リチャードとソフィアは――と思って周囲を見渡すと、少し離れた所でソフィアを庇う様にリチャードが剣を構えている姿が見えて安心する。
その際に館の空いた窓の向こうにヨーゼフさん、庭の隅にグスタフさんの姿も視界に入った。よく見るとどちらも主の敵に向けて真顔でナイフらしき物を複数本構えていて凄く不安になる。
絶対何かその手の訓練積んだ人達なんだろうなって、薄々分かってはいたけど。この緊迫した空気、これからここ修羅場になっちゃうんじゃ――
「……お前、今の女の好みは?」
(え?)
ダグラスさんの発言に耳を疑う。こんな状況なのに真顔で何を言い出すのか。
「優しくて俺を甘やかしてくれそうな聖母み溢れる長髪レディだ。お前のお姫様が好みに当てはまる事はしばらく無いと思ってくれていい」
今度は相手の発言に耳を疑う。私をさっき冷たい眼差しで思い切り打ち上げておきながらドヤ顔で何を言っているのか。
「……交渉項目に『ヒューイ・フォン・ドライ・アイドクレースはミズカワ・アスカが今後好みに当てはまる事があっても一切手を出さない』を入れろ」
「喜んで。ついでに彼女のメイドを紹介してくれるならフォンがディルになろうと、ドライがツヴァイになろうとミズカワ・アスカには手を出しません、って付け加えてやるよ」
何この会話――この緊迫した空気や魔力のせめぎあい、先程の領地交渉とはかけ離れた頭の悪い会話に頭がついていけない。そんな話、テレパシーでやってほしい。
「……分かった」
しばしの沈黙の末にダグラスさんが黒の槍を降ろし小さなため息を付くと、同時に周囲の風が止み、ヒューイは剣を鞘に納める。
「じゃあ込み入った話は執務室でするか。お姫様にはお客様が来てるみたいだし丁度良いだろ?」
ヒューイが視線を向ける先のリチャードが剣をしまい、ソフィアを背に恐る恐る近づいてくる。
「リチャード……お前が来るという連絡は受けてないが……」
「すみません、クラウス卿とソフィア様が先日嫌な別れ方をしてしまったアスカ様の事をとても心配されておられたので、アスカ様の様子を見に来ました。これは、私の独断です」
リチャードが胸に手を当てて、ダグラスさんに向けて深く頭を下げる。
ソフィアが心配してくれていたのは分かるけど――クラウスも、心配してくれていた?
あんな風に言われたから、手紙も何も来ないから完全に嫌われた事を覚悟していた。でもソフィアが無事に誤解を解いてくれたのかもしれない。
(ああ……良かった……)
また、お互い謝りあう事になりそうだな――なんて思いながらホッと胸をなでおろす。
「お前は本当に世話焼きだな……まあ兄がああだとそうならざるを得ないか。様子を見に来ただけならもう十分だろう? アーサーには黙っておいてやるからすぐに帰れ」
ダグラスさんの言葉は穏やかではあるものの、対応は冷たい。
「何で!? せっかく来たんだから2人ともお茶位……」
いつの間にか力を緩めていたペイシュヴァルツの尻尾から抜け出して2人の元に駆け寄ろうとした、その時。
「そうね。アスカが幸せそうなのも確認できたからこれで失礼するわ」
「……え?」
予想外の言葉を理解するのが遅れて、門の方へ去っていくソフィアをすぐに追いかける事が出来なかった。
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