第128話 交換日記・3
荒々しい歩き方のまま自分の部屋に戻るなり、着いてきたセリアに向き直る。
「セリア! 私が言った事をダグラスさんにチクるのやめて!!」
「あら? 何の事でしょう?」
きょとんとした顔で答えるセリアは私が何の事を言っているのか分かってないように見える。
「また裏切る事を恐れている……って、私が『二度ある事は三度ある』って言った事を知ってるからこそ出てくる言葉でしょ!?」
「ああ、それは確かに言いました! 良い方向に動いて良かったです!」
そう答えるセリアは本当に良い仕事をした、と言わんばかりの満面の笑顔を向けてきた。
「アスカ様がそんな不安や警戒心を抱いている事はダグラス様も知っておくべきだと思ったので話しました。その結果あの方は警戒心を解こうと歩み寄ろうとする行動をとられた……ダグラス様はアスカ様の不安をちゃんと受け止められたのです」
「それは、確かにそうなのかも知れないけど……」
セリアの自信に満ちた言葉の説得力に、押される。
「誤解無いように言いますが、私は『アスカ様がダグラス様にまた裏切られる事を恐れていますのでもう二度と裏切る事の無いようお願いします!』と言っただけでクラウス様の白の魔力をもらいに行く意図については他言しておりません。何かあった時に白の魔力があるに越した事はないとは私も思いますし……ただ、裏切られる心配についてはアスカ様がダグラス様に直接言うのが憚られる内容だからこそ私の口から伝えなければと思ったんです」
この世界の従者は主に黙って身勝手な行動を取るのが当たり前なんだろうか?
いや、私がもしこの世界で生きるって決めてたらきっとセリアの機転は不器用な主とその伴侶をより深める物になったんだろうけど。
もしこの世界で生きるのなら、セリアはきっと心強い味方になったんだろうけど――
セリアを向き合うのを止めて椅子に座り、テーブルに両肘を立てて俯く。
(どうしよう……セリアとヨーゼフさんを回避してこの館から脱出できる気がしない……)
私は後2週間強で地球に帰りたい――その際にダグラスさんをラスボスに例えるなら、セリアやヨーゼフさんは中ボスになる。
ルドルフさん――は分からないが、やはり家族の肩を持つだろう。
塔に着く以前に<この舘を出る>というファーストミッションからして難易度が酷い。
(私、本当、クラウスに頼りきりだったな……)
そのクラウスに嫌われてしまった今、神官長あるいはネーヴェの定期訪問で皇家に協力を仰ぐか、優里と相談できないか――何かしら味方を探す方法を考えないといけない。
「それにしても、アスカ様は本当に優しすぎていけません……ルドルフ殿はヨーゼフ殿のお孫さんですよ? あの程度の演技、造作もない事です」
ふぅ、というため息とともに少し呆れたような声が落ちてくる。
「え、私……騙されたって事?」
「お茶を持ってくるタイミング、絶妙すぎると思いませんでしたか?」
そう言われると、そうかもしれない――と思ったタイミングでドアがノックされる。
セリアがドアを少し開けた隙間から暗い青色の髪が見えた。そして二、三言聞き取れない会話をした後、ドアが閉まる。
再びこちらを振り返ったセリアが手に持っていたお皿には、クリームとシロップ、フルーツがふんだんに盛られたふっくら3段重ねのパンケーキが乗っていた。
「ルドルフ殿から、ヨーゼフ殿のお願いを聞いてくれたお礼だそうです」
「……演技だったらこういう物持ってきたりしないわよね?」
テーブルの上に置かれたパンケーキからは、作り立てと言わんばかりに温かさを感じる。
ヨーゼフさんの意図はともかく、やっぱりルドルフさんは嬉しかったのだ。ルドルフさんの為に良い事をしたと思えば気も軽くなる。
「受け入れてもらえなければ渡さず、受け入れてもらえたら渡す……そこも含めて演技です」
「……そんな意地悪な事言うなら分けてあげない」
軽くなった気にすかさず重りを付けられては流石に嫌味の一言も言いたくなる。
「もう! 私は事実を告げただけですのに……それでは私の分のお皿とフォークもらってきますね」
困った顔をしてみせたセリアが軽い足取りで部屋を退室する。私と同じで甘い物好きなのは間違いないようだ。
結局、一人で食べるにはちょっと大きめのパンケーキは、二人で分けて食べる事になった。
「……優里に手紙でも書こうかしら」
パンケーキを食べ終えてお腹いっぱいになった所で、思い出した風を装い呟く。
「音石は何か不都合でも?」
「私、音石と相性が悪いみたいだから……」
音石の最大の不都合はセリアに聞かれるから――色々言えないからなんだけど。優里に『クラウスに謝っておいて』と吹き込むのは悪手でしかない。
今後優里と連絡を取る際は手紙になるだろうし、早めに用意だけでも――と思って伝えてみた所、一度部屋を出たセリアが数分後に薄水色のレターセットを持ってきた。
「書きあがったら内容確認しますので眼鏡をお貸しいただけますか?」
「そう言われるかも知れないなー……とは薄々思ってたけど、やっぱり読まれちゃうの?」
うんざりしてため息をついてしまったけど、書く前にハッキリ『読みますよ』と申告してくれたのはありがたい。
「私がここで読まなくても向こうのメイドは確実に目を通します」
「それは……ユンだから、って意味じゃなく?」
優里のメイドを警戒してかと思い問うと首を小さく横にふられる。
「外部からの接触チェックは専属メイドの基本です。それでトラブルが起きたらメイドの責任にもなりますから。まあユンの場合はリビアングラス……黄の公爵家と繋がりがあるのでアスカ様が迂闊な事を書かないよう、より念入りにチェックしたいのです」
「……え?」
「彼女の家は黄の公爵家に仕えている家なので……そちらに情報を横流しするかもしれませんから」
「それは……専属メイドとしてどうなの?」
その問いかけにセリアは困ったように肩を竦める。
「これは私の勝手な推測にすぎません。だから予防に徹するしかないのです。いらぬトラブルが起きないように。」
優里はもうユンに地球に帰りたい事を伝えているのだろうか? それとも、私と同じように警戒しているのだろうか? もし優里が地球に帰りたい事を知ったら、ユンはどういう行動に出るんだろう――?
「はぁー……音石は聞かれ、手紙は見られ…本当ツヴェルフってプライバシーが無いわー……」
受け取ったレターセットを手に、大きく項垂れるしかなかった。
夜――セリアが退室した後、テーブルに置かれた便箋と羽ペンに向けてため息をつく。
結局セリアとユンの目を掻い潜れるような文章が思いつかず便箋数枚だけ置いていってもらった。
単に会いたいという手紙を送るだけなら簡単だけど、ヨーゼフさんとセリア…どちらかが着いてくる事は確実。それの対処法を考えないまま手紙を出しても絶対に事態は好転しない。
交換日記を自分達以外に見られないようにしたダグラスさんのように、手紙も私と優里以外が見られないようにできたらいいのに――
(とりあえず、セリアも退室した事だし交換日記読んでみるか…)
テーブルの隅に置いたきりの黒の手帳をセリアが興味深そうに眺めていたけど、迂闊に覗かれたらまた厄介な事になりかねないと彼女がいる間は手を出さないでいた。
ボタン部分を左手で外す。静電気と同じ痛みが確実に来ると分かっていても、防ぎようもないので痛みは我慢する。
ページを開くと律儀に書き込まれた日付と天気の下に箇条書きで書かれた文字が目に入ってきた。
<名前:ダグラス・ディル・ツヴァイ・セレンディバイト 26歳>
(26歳か……思ってたより年近いんだな……)
<誕生日:緑の節の2日 魔力の色:漆黒>
(緑の節って……帰る直前に誕生日とかテンション下がるんだけど……)
<学歴:ヴァイゼ魔導学院魔法学科卒(首席)>
(その学院のレベルは分からないけど首席なら凄いのかな……って、首席ってわざわざ書くあたり本当プライド高いな……)
<趣味:魔法研究、魔物討伐>
(魔物討伐が趣味とか……そう言えばあの死霊王の本、読んだのかな……?)
<好きな色:黒、濃灰、金、暗色>
<嫌いな色:白、淡色>
(へぇ……黒以外にも好きな色あるんだ……)
<好きな食べ物:オムライス、ハンバーグ、肉料理>
<嫌いな食べ物:野菜しか入ってない物>
(あ、これをあの場所で突っ込まれたくなかったのか……)
子どもが書きそうな内容とそれを人前では隠したがる彼の気持ちについ微笑ましい感情を抱く。
淡々と書かれた自己紹介に続くのは、質問。
<1・飛鳥さんが私にされたい事や、してほしい事を教えてください>
(特に無いなぁ……されたくない事はいっぱいあるけど……)
<2・子どもは何人欲しいですか? 性別の希望はありますか?>
(男の子と女の子で2人かな……最初の子は別にどっちでも……)
とりあえず自分の経歴と質問の回答を書いた後、ダグラスさんに向けた質問を考える。
(ダグラスさんへの質問……あの人の弱点とか分かれば……)
<1・苦手な事や嫌いな物はありますか?>
<2・仲の良い人や頭の上がらない人や嫌いな人はいますか?>
<3・ズバリ弱点ってありますか?>
(この辺りで何かチャンスを掴めたらいいんだけど……これだけ弱点知りたい感が出てると怪しまれるかも……無難な質問も仕込んでおこう)
<4・ダグラスさんは子どもの希望ってありますか?>
<5・好きな女性のタイプは?>
(あんまり書きすぎても変よね……この辺にしておこう)
書いた自分の文章におかしい部分が無いか読み返す中、ある可能性を見出す。
(あ……もしかしたら、優里となら……この世界の誰に気づかれる事なく伝えたい事を伝えられるかもしれない……!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます