第23話 短い伝言


 見上げると、呆れたような笑みを浮かべながら私達を見下ろしているヒューイと目があう。


「えっと……シーザー卿がちょっと物騒な事言ってたっぽいから、気になって」

「ああ、その件なら心配するな。抵抗されてないから殺す必要もない」

「そう……良かった」


 ホッと息をついて緑茶に口を付ける。

 安堵した体に温かいお茶がよく染み渡る。無意識のうちに緊張していたみたいだ。


「まさか……自分を殺そうとした家の人間が殺されるかも知れない、ってだけでこんな所までのこのこ来たのか? 全く、あんたは……どこまでお人好しなんだか」

「だけ、って訳じゃなくて……これを機にジェダイト女侯と少しでも話せたらなと思って」


 気が抜けた様子のヒューイを見て、これなら会わせてもらえそうかな? と目的を口に出してみると、彼の視線が一気に厳しくなる。


「そいつは無理なお願いだな。あんたは彼女の父親の仇みたいなもんだ。ダグラスがいない中で会わせてあんたに何かあってみろ、下手すれば皇国が分解する」

「飛鳥が襲われないように僕が守るし、何かあった時はすぐに癒やすと言っても?」


 ヒューイの言葉にクラウスが言葉を被せる。

 そう、クラウスがいれば最悪襲われたとしても死ぬ事は無い――ちょっとの間物凄く痛い思いはするかもしれないけど。


 我儘言ってる以上、その位のリスクは覚悟してる。

 切り刻まれるのも蹴られ殴られ叩かれるのも毒に侵されるのも、最長でも1、2分と思えば――3分超えたらちょっとクラウスを恨むかも知れないけど。


「まあ、それなら……後は俺もその場に同席するのが条件だな」


 ヒューイの提案は想定になかったけど、言われてみれば最もな提案だ。

 拘束するように言われてる人間に内密な話なんてさせたくないだろう。


 けど、ヒューイに事情を話して良いものか――彼を信頼して良いものかどうか――判断に悩む。


(確か……ヒューイは前ジェダイト侯と仲が良かったはず)


 以前――セレンディバイト邸に侵入したヒューイと遭遇した時の事を思い出す。


 ジェダイト侯爵の魂を解放する為に侵入してきた彼はランドルフさんを人質に取って、私に寝室や掃除機を開けさせて、結果私はジェダイト侯爵の魂に全身を風で切り刻まれた訳だけど――


 その時、(こんな所にまで助けに来るのだから付き合いが深い人だったんだろう)と思った事を覚えてる。


 そんな人に『私、将来浮気してダグラスさんが世界崩壊させるらしいの。ジェダイト侯爵はそれを食い止めようと私を暗殺しようとしてたらしくて……』なんて――


(うん……言えるはずがない)


 言ってヒューイが協力してくれる姿が全く想像できない。それどころか、下手したらヒューイに殺される展開が容易に想像できる。


『どうする、飛鳥?』


 クラウスの念話が頭に響く。

 少なくともジェダイト女侯が生きている事、殺される可能性は低そうな事が分かった。ここは一旦引くべきだろう。


 けどヒューイが『俺も同席が条件』と言った矢先に『じゃあ会うのやめておくわ』なんて安直に断ると(自分がいると都合の悪い話をするんだな)と思われる可能性が高い。


「……ダグラスさんの見てない所で勝手にあれこれ動くとまた喧嘩になりそうだし、とりあえず生きてる事が分かって安心したから、一旦会うのは諦めるわ。ねぇ、ジェダイト女侯どんな様子だった?」


 ダグラスさんを理由にして無難に引き下がった後、様子を伺ってみる。


「まあ……驚いてたな。色々聞き取ったが、多分嘘は言ってないんじゃないかと思う。案外、親父達が嵐を何とかした後の星鏡をビュープロフェシーが映し出した、なんてオチかも知れないな」


 確かに――ダグラスさん達が無事に嵐を抑えて星鏡が見られれば、ビュープロフェシーが映し出した未来は間違ってなかった事になる。


「それでも一応大魔道具の故障って可能性も考えられるからな……レオナルドとアーサーが皇都に帰る前にジェダイト領の主都サウェ・カイムに寄ってもらって点検頼むつもりだ」

「え……わざわざ他領の人に点検頼むの?」

「モニカ嬢が嘘を言ってるとは思えないが、彼女が嘘を言ってる線を考えたらこの状況でジェダイト家お抱えの魔道具師に点検してもらうのは良策とは言えない。……とは言え、大魔道具ってのは古代遺産だからな。術式も古代の魔法言語で構成されてるから、古代言語と魔導工学両方の知識ある奴しか点検できないんだよ」


 眉を少ししかめてぼやくヒューイからは厄介事を抱え込んでテンション下がってる様子がありありと見て取れる。


「……大丈夫だろう、と思ってても疑ってかからないといけないなんて面倒臭いのね」


 緑の人間は何考えてるか分からない――私からしたら他人事だけど、その緑の人間達を統率しなきゃいけない立場の人はかなりしんどいんだろうなと想像できる。


「だろ? ま……そんな訳で信頼できる上に大魔導具にも対応できる魔道具師って言ったらあいつら位しか思いつかないんだよ」


 確かにレオナルドやアーサーなら嘘をつきそうな感じはしない。お願いされたら淡々と真面目にやり遂げそうな気がするけど――


「……勝手に決めちゃっていいの?」

「親父は大魔導具や領地に興味無いからな。流石に修理ってなると確認取らなきゃいけないが、故障してるかどうか見てもらうだけなら問題ない」


 苦笑いしながら肩を竦めるヒューイから父親の公務放棄に対して諦めきってる感じがありありと出ている。


(まあ……兄弟と殺し合わせるような父親には何も期待できないわよね)と思いながら、上も下も緑の人間に挟まれてるヒューイに同情してしまう。


「……どうした?」


 じっと見ていたのが不味かったのか、テーブルに手をついたヒューイが私の顔を覗き込むようにして問いかけてきて、反射的に顔をそらした。


(危ない危ない……イケメン耐性はついてきたと思うけど、いきなり顔を近づけられると危ない……!)


 他人に近づかれると不快に感じる空間パーソナルスペースに侵入された防衛本能――だと思うけど、アイドクレース家の人達って独特の色気があるから余計に心臓に悪いと言うか、顔が熱くなると言うか。


 顔をそらした先にいるセリアは『あらあらまあまあ』と言いたそうな顔してるし、顔を真正面に向ければクラウスが冷めた視線でヒューイを見据えてる。


「……そ、そう言えば、ジェダイト女侯には妹さんがいるんだって?」


 クラウスが変な事言い出す前に確認しておきたい事を問いかけると、


「あー……そういやいたな。ここ数年見かけてないから忘れてたが、そっちも見つけ次第一応拘束しないとな……」


 ヒューイがテーブルから手を離して思い出したように天井を見上げる。


「ジェダイト女侯は拘束された時、妹さんの事何も言わなかったの?」

「ああ。どっちも母親がツヴェルフの異母姉妹とは言え、俺が見る限り仲が良かったはずなんだが……ここに連れてきてないのは違和感があるし、戻って聞いてみる。あんた達も用が済んだなら早く自分のホテルに戻れ」


 ヒューイはそう言うとスタスタとエントランスの方に歩いていく。

 せっかくここまで来たのに、このまま戻らせるのはもったいない――と思って呼び止めると、振り向いてくれた。


「ねえ……ジェダイト女侯に一言だけ、伝言お願いしたいんだけど。その……お互い抱えてる物は心に押し込めて、お互いの未来の為に話し合えないかな、って」

「未来?」

「えっと……私、ジェダイト女侯爵にこのまま父親の仇として恨まれ続けたくないし、有耶無耶な関係で居続けたくないのよ。向こうだって私の暗殺に関わってないなら、ダグラスさんやクラウスと敵対したくないはずだし」

「……分かった。確かにあんたとモニカ嬢の関係がこのままだとやり辛いからな。伝えておく」


 こっちはジェダイト女侯に敵意がない事は分かってる。後はこっちも敵意を持ってない事を分かってもらえれば――


(仲が良いんならシャニカの事も気にかかってるだろうし……)


 『未来』の為に話し合いたい――これでジェダイト女侯が察してくれたらいいんだけど。



 再び背を向けて歩き出したヒューイを見送った後、私達は飲み物を飲み切ってホテルを出た。


 ひんやりとした風が頬を撫でる中、年で一番星が輝く星の日――確かに、いつもより青白い星の光が強いように感じる。

 いつも青白い星ばかり目立っていたけど今日は夜空一面に星が広がっていて、何だか不思議な光景だ。


「綺麗……」


 神秘的な空に見惚れて呟くと、先を歩いていたクラウスがこっちを振り返って微笑んだ。


「飛鳥……こんな状況で言うのも何なんだけど、星鏡、今どんな感じになってるかちょっと見に行ってみない?」


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