第167話 見えてくる過去


(重ッ……!!)


 目を覚ますなり、見てはいけないシーンを見てしまったかのような罪悪感に襲われる。


(どういう事……!? あの人がダグラスさんのお母さん……セラヴィさんで間違いないのよね!? いくらダグラスさんが無愛想で可愛げのない子どもだったからって、あんな言い方ある!?)


 あの、親としての一切の愛情を感じない冷たい視線と浴びせられた辛辣な言葉――衝撃的なシーンに理解が追いつかない。 


(ペイシュヴァルツはこれを見せて私にどうしろっていうのよ……!?)


 昨日の夢と今日の夢、2つの夢を見せる事ができるのは代々黒の公爵に宿るペイシュヴァルツだけ――今日の夢の視点からしても間違いない。


 ラインヴァイスが夢の中で私とクラウスを会わせたんだから同じ色神であるペイシュヴァルツが夢の中で私に過去の出来事を見せるのはけして難しい事じゃないはず。


 だけど――こんな重いシーンを見させられたところで私にはどうしようもない。

 ただ本人が私に知られてないと思ってる秘密を更に知らされてしまって余計顔を合わせづらい状況になっただけだ。


(もしかして……<私のご主人様はこんなに不幸なので貴方が折れてください大作戦>……!? 悪いけど私今現在進行系で大分不幸だから他人の過去の不幸に折れる訳にはいかない……!! って言うか先日の夢で思いきり噛み付いてきた癖にやる事が狡猾ッ……!!)


 狡猾と言えばヨーゼフさんもダグラスさんの秘密を暴露してきた。

 ご主人様の為に良かれと思ってご主人様の秘密や過去をまだ結婚した訳でもない婚約者にこっそりバラす狡猾な部下と色神――本当、周囲に恵まれないダグラスさんに同情してしまう。


(でも、何かおかしい気もする……メアリーの話ではセラヴィさんはダグラスさんのお父さんであるデュランさんの事をそれはそれは強く想っていたはずなのに……)


 引き出しから取り出したノートを1枚破って羽ペンをとり、頭の中を整理する。


<セラヴィさんはデュランさんを深く愛していて、デュランさんが折れる形で結婚した。>


<だけどマナアレルギーを起こして皇家に保護され、マナアレルギーを緩和させる為に白の魔力を注がれ、デュランさんに連れ戻された時にはダグラスさんを妊娠していた(ヨーゼフさん曰く間違いなくデュランさんの子)>


<ダグラスさんが産まれた後、家族間は険悪な関係に?>


<ダグラスさんが幼い頃にセラヴィさんは当時のダンビュライト公に連れ去られた>


(で、クラウスが生まれる前にデュランさんがやり返す形でセラヴィさんに黒の魔力を注ぎ返してると……)


 いくらかつては深く愛していたとしても酷い目にあわされれば百年の恋も冷める。しかも彼のせいでクラウスが午前中しか起きていられない体になった訳だし尚更だろう。

 セラヴィさんがデュランさんをあの男呼ばわりするのはそこまでおかしい事ではない。


 でもダグラスさんへのあの言い方はかなり違和感がある。

 単に無愛想で可愛げがないってだけで自分の子に対してあんな態度になるものだろうか?


(私に何も言ってないだけでダグラスさんが何かやらかしちゃってる可能性はあるけど……)


 それでも『私を母と呼んでいいのはクラウスだけ』とまで言われる程の事を、4~5歳位の『誰に対しても無関心』だったダグラスさんがしたようには思えない。


――私が貴方に愛を向けるのは、貴方に愛されたいからです。貴方に笑顔を向けてもらいたいからです。私も父もそういう努力をしなかったから母は戻ってこなかった――


 ダグラスさんの言葉が思い返される。母親にあんな風に言われれば、自分の過去の態度に問題があると思っていれば、そういう結論になりもするだろう。


(メアリーはマナアレルギーを起こした事でセラヴィさんが廃人になったっぽい事を言ってた気がするんだけど……ダグラスさんからしたら自分をキッパリ拒絶した母親を廃人、とは思えないわよね……)


 疑問と寂しさを感じつつ、昨日今日の夢で分かった事を書き加える。


<ダグラスさんはデュランさんが死ぬ間際にセラヴィさんへの手紙を託され、セラヴィさんに持っていったら塩対応された>


(クラウスの話とダグラスさんの夢を合わせると、この後にセラヴィさんは自殺するって事になるのよね……?)


 この夢の後にダグラスさんがダンビュライトの館をまた訪れてる可能性もあるけど母親にこんな風に突き放されたダグラスさんが用もないのに来るとは思えない。


(……今の話の流れだと、自殺した原因はダグラスさんじゃなくてあの手紙にあるんじゃ……? だってダグラスさんは母親を責めるような事を何1つ言ってなかったし……)


 最後に一瞬見えたあの女の子――恐らくエレンに聞けばハッキリ分かるんだろうか?


 スッキリしない。まるで、サスペンスドラマで犯人が分かったけど動機を告白する所でチャンネルを切り替えられてしまったような、そんな歯がゆさを感じる。


(今日もまた夢を見たら何か分かるのかしら……って、分かった所で何をどうするでも無いし……何より今はクラウスと連絡を取りたい……)


 でも。もっと知りたいと思う気持ちが心の隅で燻っている。


 書き出したメモを再確認して頭の整理を終えた後トイレで滅却して部屋に戻り、口利かない生活3日目が始まった。



 昨日と同じ様に淡々と過ごしていると、昼下がり――またダグラスさんが部屋にやってくる時間を見計らって布団に包まる。


 我ながら子どもっぽいなと思うけど起きてる中で無視決め込むより寝てるフリしてた方がちょっとだけ嫌なやつ感と罪悪感が薄まる気がする。


「お、おはようございます……」


 昨日にもましてぎこちなくかつ小さい挨拶が聞こえる。私から反応が無い日記を見る度に傷付いてるのは明らかだ。


 チラ、と布団の隙間から覗くと悲しそうな顔で日記を持っていく姿が見える。


 クラウスに私の傷を治してもらう――ただそれだけの話なのに何でここまで頑ななんだろう? 今朝見た夢も相まって見てるこっちが痛々しくなってくる。


(まあ、今のダグラスさんって漫画やドラマで見かけるDV夫や彼氏が暴力振るった後や立場悪くなった後一時的にすごく優しくなるやつかもしれないし……)


 ここで折れたら味を占めて飴と鞭を使い分けて主導権を握るようになってくる――としたら尚更反応する訳にはいかない、と結論づけてスルーを貫く。


 ダグラスさんが部屋を出る前にこちらを振り返ったので布団の隙間を静かに閉じると、そのまま静かにドアが閉まる音が響いた。


(か、簡単に男が入ってくるとか言うからお望み通り心閉ざしてるだけだし……!? 私、ちょっと重い過去見させられた程度ですぐ絆されちゃうようなチョロい女じゃないんだから……!)


 半ばムキになっている自分を自覚しつつ『クラウスに会わせます』と言うか書くまで絶対反応しない、と何度目かの決意を重ねた所でカタカタとガラスの扉が揺れる。


 風が吹いているのだろうか?気になって扉を開けてバルコニーに出ると柔らかい風とともに何処からともなく声が聞こえる。


『おや……イメチェンしたのか? お姫様』


 それは、血まみれの私を置いてその場を立ち去ったあの男の声に間違いなかった。



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