第10話 歓迎パーティー・2


 ――別に、私だってチヤホヤされたい、とか思ってる訳じゃ無い。思ってる訳じゃんだけど――この状況は流石に、心にくるものがある。


 第一サロンの貴族達が語らう喧騒の中、隅っこでセリアと2人、誰に話しかけられる事もなく静かに軽食を摘まみながら何度目かのため息をつく。


 ホールに降りた途端、ソフィア、優里、アンナとそれぞれのメイド達の周りには貴族の男達が群がり、最初は私もそこにいたものの――何て言えばいいんだろう? 美女の友達と街に来たら友達目的のナンパでこちらはまるで視界に入ってないような、そんな気まずい扱いに耐え切れず――逃げるように抜け出してサロンに移動した。


 ここからホールの方は見えないけど皆それぞれ華麗にかわしたり、アタフタしたり、オロオロしたりしている姿は容易に想像できた。

 それに引き換え何だろう――この状況は。私を追いかけてくる男が一人もいないという何とも言えない居た堪れない気持ちが押し寄せ、ちら、とセリアを見やり、謝る。


「……何か、ごめんね?せっかく綺麗にメイクしたりしてもらったのに」


 目立たぬように、とは思ったけど流石に目の前にいるのにいないかのような扱いをされるとは思わなかった。


「お気になさらないでください。そのようにメイクしたのは私ですし、計画通りです」


 セリアはこの状況を本当に気にしていないようで、涼しい顔をしている。

 セリアが気にしてないなら、良いか――と罪悪感が薄れて改めて周りを見ると、ここにいる貴族達はいくつもの少人数のグループに分かれて会話に花を咲かせているようだ。


(こうやって見てみると、本当に色んな髪や目の人がいるのね……)


 貴族達の綺麗にセットされた色とりどりの髪や瞳、着こなしているドレスや礼服、装飾は見ていて飽きない。

 軽食として並んでいるサンドイッチ、サラダ、ローストビーフっぽい何か等の美味しさを噛みしめながら人間観察を続ける。


 よく見れば同じ華やかな衣装でも、控えめな物もあればそれこそ目を惹く装飾品等で威厳を示している衣装など、お金持ちの中での貧富の差が何となく感じ取れる。


 それにしても――先程から女性と目が合う度に睨まれたり蔑まれているような感じで目をそらされたり、男性には好奇心や憐れまれているような視線が向けられているような気がして、どうにも居心地が悪い。


 くどいようだけど、別にチヤホヤされたかった訳じゃ無い。ただ、セリアが仕立ててくれた私は例え地味だとしてもあんな扱いを受ける程酷い物じゃないはずだ。

 何をした訳でもないのに場違い感を知らしめられるこの状況はちょっと心が折れそうだ。


 目が合う度に嫌な思いをする事にも疲れ、改めて軽食が置かれたテーブルに目を向ける。


 ――今年、ノース地方は例年にない大雪でかなりの損害が出ているそうですわね――ロットワイラー王国との冷戦はいつまで続くのでしょうか――ウェスト地方で獣人が――


 テーブルの軽食をまた少しお皿に乗せ、美味しさを噛みしめながら耳をダンボにして入ってくる情報はこの世界の断片的な情報ばかり。


(この状態だと、さっきみたいにセリアから情報収集しながら時間潰してた方がマシな気がする……)


 ――そう言えば、ダンビュライト家のクラウス様は本日もお越しではないのですね?


(……ダンビュライト? そう言えば、ダグラスさんが私に言ってた家もそんな感じの名前だったような?)


 近い位置にいる令嬢グループから聞き取れた、家名が気になって不自然にならないようにその令嬢達の近くに置かれているジュースを取る体で近づく。


「あら、貴方クラウス様とお会いした事がありますの? 私、まだ一度も見た事がありませんの」

「私もよ。誰も見た事が無いから幻の貴公子と呼ばれている程ですのに……どんな方ですの?」


 オレンジ色のジュースの爽やかな酸味を感じながら令嬢達の会話に聞き入る。


「うふふ……私、数年前にお父様に連れられてダンビュライト家に行った時にご挨拶させて頂いた事がありますの。それこそまさに、美しい白銀の髪と瞳を持つ、美しく儚い印象を持つ方でしたわ。でも、パーティーでお目にかかった事は一度も無くて……」

「きゃあ、羨ましい! 私も早くクラウス様とお会いしてみたいわ……!」


 後ろで楽し気に話す令嬢たちの表情こそ見えないが、本当に憧れている様子が伺える。どうやら容姿については心配しなくてもいいらしい。

 いや、別に、子どもを産むつもりは全く無いけど。好みだってあるけれど。何事も悪いより良い方が良い。


「クラウス様がここに来てないと言う事は今回のツヴェルフにはあまり興味無いのでしょうし、もしかしたら私達にも望みがあるかも知れませんわね……!」


(そうか、確かにこのパーティーに出ないって事はそういう事よね……)


 という事はそのクラウス様から『私の子を産んで欲しい』と言われる事は無いのかも知れない。

 それならこちらとしては物凄く助かるけれど――あ、でもそのクラウス様って当主なのかな?


 もう少し情報を聞き出したい、と思ったのに令嬢達の話は段々逸れていく。


「ああ、私達と同じ年代のツヴェルフが召喚されるなんて本当に私達、運が悪いですわ……! このパーティーで公侯爵家の方とお知り合いになれた所でツヴェルフと子が出来るまでは、と婚約や結婚を渋られてしまうのが目に見えていますし……!」

「本当に……何故今年、しかも女性なのかしら……! 殿方が召喚されたら良かったのに……!!」


 話の雲行きが怪しくなってきたので、静かにジュースを飲み干した後、セリアに場所を移動する旨伝える。


 時を同じくして男貴族の集団がゾロゾロと入って来た。チラリと優里の固い笑顔が見える。どうやら集団はそれぞれ狙いを定めた結果、3つに分かれたようだ。


 人の流れを遮る気になれず、集団とは逆の方に歩くと自然とサロンから出る形になってしまった。きゅる、とお腹が不満げになる。


「もうちょっと食べたいな……向こうのサロンに行ってもいい?」

「構いませんが、程々になさってくださいね」


 大勢の貴族達が談笑している中、ホールを横断する形で反対の第二サロンに向かうと、階段の下にはまだ集団がある。

 中にいるのは――アンナだ。僅かに見える顔からでも緊張してるのが伝わる。


 それを見据える令嬢達の眼差しは先程自分に向けられていた奇異の視線に加えて嫉妬みたいな視線も混ざっている。アンナも令嬢達の視線には気づいてるだろう。


(その逃げられない状況は素直に同情するわ、アンナ……)


 同情の視線を送ってるとアンナと視線が合ったので右手を握りしめ(ファイト!)とエールを送る。

 アンナは目を潤ませつつ小さく頷いた様に見えたけど――そのうちまた先程のようにプッツンしてしまわないか心配になってきた。

 第二サロンでもうちょっと何か摘んでからまた様子を見に来よう。


 そう思って第二サロンの中に入ると、今まで見た中で一番大きな男の集団が中央を占拠していた。集団の中央は言わずもがな、ソフィアだ。


 私はやっぱり隅っこのテーブルで今度はデザートに舌鼓を打つ。

 この世界の料理は地球と大体同じようだ。タルト、シュークリーム、プリン、ゼリー、クッキー…ついついビュッフェのノリで小ぶりなスイーツ達を乗せていくとセリアが眉をひそめだしたのでこの辺に留める。


「……セリアはダンビュライト家の当主って見た事ある?」


 小言を言われる前にもう少しダンビュライト家について分かる事があれば、と思って質問した後、ピンクのムースが乗ったタルトを頬張る。

 木苺のような酸味と甘さが口の中いっぱいに広がり、思わず顔がほころぶ。


「いえ、私は見た事はありません。クラウス様はパーティーに出た事がない幻の貴公子として有名な方ですから……この会場の中でも見た事がある人はあまりいないのではないでしょうか?」


 セリアの表情が「何故そんな事を?」と言いたげだったので、甘酸っぱさとタルトのザクザク感を堪能した後にごくん、としっかり飲み込んでから答える。


「ダグラスさんに言われたのよ。自分と、ダンビュライト家の当主の子を産んでほしいって」


 セリアの表情が固まった事に気づかないまま、次にシュークリームを堪能する。こちらはサクサクのシュー生地とそこから溢れ出る濃厚なクリームが美味しい。


「ご令嬢達がその家の人が話題になってたの聞いて、その事思い出して」


 プリンはちゅるん、冷たく気持ちの良い喉越しであっという間に喉を通っていく。


「それで、どんな人なのか聞きたくて……って、セリア!?」


 振り返るとセリアは顔を少し引きつらせて震えていた。顔色も少し青白い気がする。


「す、すみません、アスカ様……私、少々、お腹が、痛くなってきたので、お手洗いに行ってきても大丈夫ですか?すぐ戻りますので」

「あ、う、うん! 大丈夫! 私の事は大丈夫だから! ごゆっくり!」


 尋常ではないセリアの様子に、とにかく早く行くように促す。


「あの……ダグラス様が言ったそれは、他の方々にはけして他言されない方がよろしいと思います。あっ、つぅ……」


 そう言い残して、セリアはヨロヨロと人ごみの中に消えていく。


(……着いていった方が良かったかな?)


 すぐ戻るから、と言ってたからセリア的には私がここにいた方が良いんだろうと思ったものの、ゼリーを味わっているうちに段々心配になってきた。


 なるべく傍にいた方が向こうも助かるだろうし、何よりセリアが楽になったら自分もトイレを済ませておきたい。

 そう思い残ったクッキーを手早く食べ終え、セリアが向かった先――ホールへと向かった。



(……あれ? セリア、何処に行ったのかしら?)


 動くのが少し遅かったようで、ホールを見回してみてもセリアの姿は見つからない。

 もう少し早く追いかければよかった。下手に探すより大人しくさっきの場所で待ってた方が良いかも知れない――と思って踵を翻した、その時。


「こ、困ります……!」


 聞きなれた声がかすかに耳に響き、声のした方に目を向ける。

 アンナだ。どうやら背が高い、真っ赤な髪の……リーゼント? ――この世界にもこんな特異な髪型が存在するのか――男貴族に絡まれているようだ。アンナは明らかに怯えている。


 先程アンナを囲んでいた集団は一体何処に行ってしまったのだろうか? 他の貴族達も明らかに距離を置いてヒソヒソ言っているけど、アンナを助けようとする気配はない。


「何も困らない! 俺の家に来たら、最高の贅沢をさせてやる! クイーンとはいえ、お前みたいな美人ならウチの家族は誰も反対しないだろうしな!」

「わ、私は、本当は、こんな綺麗じゃありません……!」

「何おかしな事を言ってるんだ? お前は美人だ。一目で他の奴に渡したくなくなる位には――」


 おどおどとしているアンナはもういっぱいいっぱいのようだ。歩み寄ろうとした瞬間、男がグイッとアンナの顎をつかんだ。


(えっ……もしかしてあの人……アンナに無理矢理キスしようとしてる?)


 止めなきゃ――そう思った瞬間、脇目もふらずにアンナ達に向かって歩き出す。


(嫌がる人に無理矢理キスとか、それは流石に――ダメでしょうよ!!)


 慣れないドレスでかなり歩きづらい。間に合うかどうかわからない。それでもとにかく、キスは阻止しないと――と男に向けて右手を突き出す。


 ゴッ、という音と鈍い感触と同時に、静寂がホールを包みこんだ。


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