第32話 意外な贈り物・1


 お昼を食べて一息ついた後教室に戻ると、私の席に華やかに彩られた封筒が2通置かれていた。


「それが招待状です。裏側の右隅にご自身の名前を記載してください」


 既に封がされた封筒はちょっと書きづらいながらもフルネームを書き記してメアリーに手渡す。

 するとメアリーは皆の封筒を見比べた後、感心したように呟いた。


「……噂には聞いていましたが、地球の皆さんはそれぞれ書く字の形式が全く違うのですね」


 言われてみれば私と優里は漢字だし、ソフィアは英語の筆記体。アンナの字は多分ロシア語だ。

 皆の書いた名前を見てここまで字面がバラバラだと、驚くのも無理はない。


「この世界の言語は一つだけなんですか?」


 ついメアリーが私達の文字に興味を示したことにつられ、質問する。

 授業中、メアリーが黒板に書いていた字は英語の筆記体に似たような連なった字体で、特に漢字や記号らしき物は書かれていなかった。


「辺境の小さな島や遠い他国では独自の言語を使う所もありますが、この国において使用されている言語は一つです。翻訳の魔護具があるので覚えなくても不便はないと思いますが、学んでおけば色々役に立つでしょう」


 メアリーの言い方が、少しだけ優しくなったような気がする。学ぶ気が無いと知ったら悲しませる事になりそうだな、と思うと胸の隅がチクリと痛んだ。





 その後、メアリーから配られた身軽な服に着替えて訓練場に移動した後、護身術の授業が始まった。


 私達が教室で着替えている間にメアリーをはじめメイド4人も身軽な服に着替えていたらしい。自分のメイドとペアになって『相手の攻撃をどうかわすか』という実戦型の訓練だったんだけど、これがなかなか激しかった。


 素人目線なので実際どのぐらい凄いのかは分からないけど、以前セリアが『ツヴェルフのメイドは武術を心得ている』と言っていた通り、セリアの身のこなしはかなり素早い。


 すぐさま手首を掴まれたり、懐に入り込まれたり、いなされたり。実際に『攻撃』される事はなかったけど、本気で動かれたらあっという間に仕留められちゃうんだろうな――って事を痛感した。


「明日は私が全力でお守りいたしますが、万が一に備えアスカ様ご自身も緊張感を持っていてくださいね」


 肩を揺らし激しく息を切らせながら頷く私に比べ、セリアは表情一つ崩していない。


 ――私、お役に立ちますでしょう?――


 テレパシーを受けた訳じゃ無いけど、パーティーの時のメイクアップをした時のような自信に満ち溢れたドヤ顔がそう言わんばかりに輝いていた。



 物理的な護身術の訓練の後、皆で魔護具のナイフの扱い方を学ぶ。ナイフを持って念じると半球体の薄い膜が自分の周りを包み込むように現れる。


 限界はあるものの、上手に念じれば念じる程、膜は厚くなって防御力が高まると学んだ後、いざという時になるべく分厚い膜が張る為の実践訓練が始まった。


 最初にセリアが出した拳大の水球こそはじき返した物の、次に使われた二回り程大きな水球には膜の方が割れてそのまま体に直撃し、全身びしょ濡れになってしまう。


 周りを見ると、ソフィアの髪は乱れに乱れ、アンナはしゃがみ込んで震え、優里は感電でもしたのか床に倒れて固まっていた。


(ねぇ……ツヴェルフって、保護すべき存在なんじゃなかったっけ……?)


 やはり、日に日に私達の扱いが手荒になっている気がする。でも万が一魔物に襲われた時、魔物が寸止めしてくれる事はありえないだろう。

 覚えられる事はできるだけ覚えるしかない。


 もう一度念じて膜を張ると、セリアがにっこりと微笑んで大きな水球を作り出す。


 ――授業の終わりを告げる鐘の音がなるまで、私達は完膚なきままに打ちのめされ続けた。




 授業が終わると、まず真っ先に自室に戻ってお風呂に入った。水球自体はさほど冷たい物では無かったけど、やはり時間が経つと体が冷えてしまう。


 いっそ明日は『風邪ひいたので狩りお休みします』って嘘ついてみるのもありかもしれない――なんて、できもしない事を考えてみる。

 温かいお風呂にじっくり浸かって体の冷えを取り除いた後、着替えて鏡台の椅子に座るとテーブルの上の大きな黒い箱が鏡に映った。


 鏡越しに怪訝な眼差しで箱を見ていると、セリアが髪を乾かしながら説明してくれた。


「アスカ様がお風呂に入ってる間に届いたんですよ。ダグラス様からだそうです」


 高級感が溢れる黒塗りの木箱、って時点で予想はしてたけど、一体何を送ってきたのだろう? 髪を乾かしてもらった後、早速黒い箱の元へ歩み寄る。


 木箱は両手で抱える位。引っ越しとかでよく使われる段ボール位の大きさだ。ドレスやアクセサリー一式が入っていてもおかしくないけど、あの人がそういう物を送ってくるような人間には見えない。

 どちらかと言えばクラウスをたぶらかす為の媚薬とか睡眠薬を送ってきそうな人間だ。


 ちょっとした期待が半分、恐怖が半分。果たして鬼が出るか、蛇が出るか――恐る恐る上蓋を開けると、箱の中からとても冷ややかな空気が広がった。


「え、ちょっと待って……これ……」


 箱の中には見慣れた袋に包まれた野菜やお肉の入ったトレー、牛乳パックが所狭しと詰まっている。


「これ、ウチの冷蔵庫の中身!?」


 1つ1つ取り出してみると、使いかけのマヨネーズにケチャップ、愛用の出汁入り味噌やらお得用エノキやら見慣れた物が次々と現れる。

 間違いない。ウチの冷蔵庫の中身だ。しかも――


「冷凍庫の物も入ってる…!!」


 木箱の中に更に入っていた木箱を開けると、冷凍された手作りきのこミックスや魚の切り身、冷凍食品、箱に入ったソーダバーなどなど――冷凍庫の物までは正直期待してなかったけど、あるとやはり嬉しい。


 この世界に来てからまだ3日しか経っていないけど懐かしさすら感じる品々に感動で顔が綻んでいくのが分かる。

 1つ残念な事に、お肉ともやしの消費期限は昨日の日付だった。


(パッと見痛んでるようには見えないけど、この辺は賭けね……)


 調理場を借りてさっさと調理してしまおう――ってその前に。


「セリア、アイス食べる?」

「それは…氷菓子シャーベット、ですか?」

 お風呂上がりのソーダバーを楽しもうと2本取り出し、1本をセリアに向ける。不思議そうな顔でソーダバーを見つめるセリアは、興味はあるものの少し怖いようだ。


「そうね。お皿使わないシャーベットみたいな物。ソーダ味がこっちの世界にもあるのか知らないけど、爽やかで冷たくて美味しいわよ」


 セリアに1本渡した後、自分の分を一口齧る。

 温まった体の中にひんやりとした冷たさが染み渡り、その後に来る爽やかな甘酸っぱさを堪能していると、危ない物ではないと分かったセリアも封を開ける。


「それではお言葉に甘えて、頂きます………美味しい!」


 食べてみて驚いたような顔で感嘆の声を上げるセリアを見て、ついドヤ顔してしまう。

 この世界の料理も美味しいけど、自分の星の食べ物が認められるのは嬉しい。


 ソーダバーの箱の中を確認すると後4本入っている。後はソフィアと優里――アンナにも折を見てあげに行こう。


「で……セリア、これ、誰からの贈り物だって?」

「ダグラス様からの贈り物です」


 お風呂上がりの娯楽を楽しみつつ改めて贈り主を確認する。何故あの人が冷蔵庫の中身を送ってくるのか不審に思っていると、箱の隅に手紙が挟まっている事に気づく。


 嫌な予感がしつつ、眼鏡をかけて手紙を開いてみる。



<親愛なるアスカさんへ――


 貴方がこの世界に来られて今日で3日目となりますが、体調など変わりはございませんか?


 神官長から連絡を受け、アスカさんの荷物召喚の補佐をさせて頂きました。荷物を確認した所、常温での輸送には適さないと思いましたので冷蔵箱にて輸送いたします。


 自身が召喚された後の食物の腐敗、さぞ心配された事でしょう。アスカさんの切実な願いを叶えたいが為貴方に確認取る事なく助力させて頂きましたが、今後このような願い事はまず私に相談して頂ければと思います。


 貴方の婚約者は私です。貴方の行動は必然的に私に伝わります。その事くれぐれもお忘れなきよう、お願いいたします。


 そして今、貴方からの狩りの招待状を受け取りました。明日は外せない所用がある為、狩りにはお昼過ぎに直接現地に伺います。


 クラウス卿も招待されたそうですね。仲がよろしいようで何よりです。しかし彼は白の家系の為、戦闘に向いていません。けして魔物を深追いする事無く、私が到着するのをお待ちください。


 それでは明日、私が贈ったリボンを貴方が身に着けている姿が見られる事を楽しみにしています――ダグラス・ディル・ツヴァイ・セレンディバイトより>



 読み終わると同時に、事細かな筆記体の上に浮かび上がる綿密な文章が激しく揺れる。


「な、何が『貴方の婚約者は私です』、よ!? 婚約者気取るならちゃんとリボン渡す時にそういう意味がある物だって言いなさいよ!!」


 テーブルに手紙を叩きつけてなお、その憤りは収まらなかった。


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