第44話 黄金の鳥籠の外側で・8(※ダグラス視点)
セレンディバイト邸に戻り、執務室の机の上に置かれた封書や書筒の中から明緑のの封書を手に取りヨーゼフの話を聞きながら封を開く。
どうやらアレは大体回り終えたらしい。全て終えたらアスカの事を気にかけて皇城あるいは空き家と化したダンビュライト邸、皇都の宿――この辺りのどれかに居を構えようとするはずだ。
私が説得しに行っても素直に聞かないだろうし、また争いになる可能性がある。
ひとまずヨーゼフにアレとコンタクトを取れ次第、この館に連れてくるように命じる。
明緑の封書には便箋が十数枚入っていた。恐らく私に二度聞きされるのが面倒臭いと思ったのだろう、そこは分かっていると言いたくなる所まで丁寧に書いてある。
私がアレや家臣に解説する手間が省けてありがたい。
リビアングラスの黒騎士の定期連絡には飛鳥が弱小令息の母親と妻と仲良くなっていると書かれていた。
知らずに卑猥な行為に及んで周囲に避けられて寂しい想いをしていないかと心配していたから、飛鳥が孤独に過ごしていないだけでもホッとする。
あの家は研究所のような地獄ではない。いくら気に食わない男でも、飛鳥に快適な空間を提供している面については感謝しなければならない。
それでも飛鳥の卑猥な姿を、あの男は――そんな苛立ちを抑えつつ前回最低限に済ませた指示の分溜まっていた雑務を済ませ、皇城に赴いた頃には夜になっていた。
やはり午後しか起きていられないという体質はこういう時に厳しい。
皇帝に急を要する話がある事を門番に告げると、応接間へと通される。
今後どう動くか考えている間に先日皇帝になったばかりの男が現れた。
「スノウ陛下、夜分恐れ入ります。どうかマリアライト女侯から永魔石の作り方を教えてもらう許可を頂きたい」
「……理由を」
今考えている計画をそのまま伝えると長い沈黙の末に『分かった』と頷かれ、その場で書いてもらった手紙を手に部屋を出る。
(上手くいった以上、文句を言うつもりはないが……皇族のあの無機質な感じはどうにも気味が悪いな……)
色が無い、透明の魔力だからだろうか? 前皇帝も神官長も現皇帝も皇子も淡々としている。
そんな者達でも色恋沙汰となると大分変化があるようだからやはり恋とは甘く、恐ろしいものだと思う。
それにしても――前皇帝が全ての責は自分にある、とツヴェルフ転送の責任を一身に背負ったまま崩御したものの、有力貴族達の皇家に対する不信感は拭いきれていない。
そんな状態で私の構想を葛藤しつつも反論すること無く受け入れたのは意外だった。
一言二言くらいは足掻くと思っていたのだが。
(まあ……全て上手くいったとして皇家の価値が全く無くなる訳でもない。星の軌道を読み異世界に干渉できる、公爵家同様唯一無二の無色透明な魔力は存続させるべきだし、下手に皇家を引きずり落とそうとすれば厄介な事になるのは目に見えている)
皇家の発言力こそかなり小さくなるだろうが、誰も皇家そのものを潰そうとは思わない――そう判断したからこそ、皇帝も私の構想を受け入れたのだろう。
(まあ、私の邪魔をしない分には今まで通り国を治めてくれれば良い。ロットワイラーを制圧して痛感したが、国を征服するなど面倒極まりない……私は今の地位で、飛鳥と幸せな家庭が築ければそれで十分だ)
もうすぐ日が変わろうという状況で体調は最悪だが、飛鳥との幸せな家庭を想像するだけで心に温かいものが宿り、少し体が軽くなるのを感じる。
1日でも早く飛鳥に会いたい。そして誠心誠意謝って仲直りしたい。
(さて……何を用意しておこうか……飲み物は良かった。恥ずかしそうな表情がたまらなかった。しかし他の物も試してみたいな……)
仲直りの餌付けに丁度いい物を考えながらペイシュヴァルツに乗ってマリアライト領に行くように告げ、翌日の昼過ぎ――マリアライト邸に赴いて皇帝の書いた手紙を愁人侯に渡す。
「なるほど……そういう事なら私も協力しない訳にはいかないわねぇ。ただ、呪術に必要な材料を注文したばかりでまだ全然揃ってないのよ。先にアルマディン領の魔物討伐に行ってきたら?」
促されるままにアルマディン領に赴く。険しい山々に覆われたこの地は本来寒冷地であるがここの大魔道具、
その為、魔物も常に活発で魔物討伐の依頼も多い。
私もあの女も互いに接触したがらないので討伐依頼の割には私はあの女がいる都市――ノウェ・アンタンスにはあのいかがわしい情事を見て以降、足を踏み入れていない。
今回も討伐完了後に手紙を送るつもりでいたが――アルマディン領での討伐を開始して3日後の夜。
その女は私が最後の魔物を討伐した直後、私の目の前に現れた。
「ダグラス卿!」
満面の笑顔の愛人侯が赤紫の下僕と一緒に飛竜から降りてくる。隣の飛竜には少し日に焼けた茶色の下僕と淡黄色の下僕。
「こんな辺境の地にわざわざ……何か?」
ただでさえ名前を呼ばれただけでも悪寒が走っているのに、この女はそんな事も知らずに笑顔で私の方へと歩み寄ってくる。
「ウィーちゃんからヒールスライムが欲しいって手紙が来たから、貴方に持って行ってもらおうと思って。話したい事もあったし」
そう言う愛人侯の胸に抱えられるヒールスライムは、心なしかデレっとしているように見える。
どうやらこの女の魅了は魔物にも適応されるようだ。
「私ね、昔貴方に恥ずかしい所見られちゃってずっと怒ってたんだけど、貴方、アスカちゃんと出会ってから本当に変わったみたいだし、私も態度を改めなきゃって思って……仲直りしにきたのよ」
「綺麗事は結構ですので本心を言って頂けますか?」
即座にツッコミを入れると、愛人侯は目を瞬きさせてきょとんとした眼差しを向けてくる。
「あら、本心よ? 貴方、ウィーちゃんに盛大に惚気けたそうじゃない。女を蔑んだ目で見る貴方がついに恋をして女の子を大切にするようになったんだな、と思ったら私、嬉しくて……! アスカちゃんの恩赦の嘆願書も書いちゃう位、貴方達が上手くいけばいいなって思ってるのよ?」
『私が蔑んでいるのは<女>ではなく<お前>だ』と言ってもこの女は恐らく理解しないだろう。
善人ぶっているが普段公の場では見せない妖しげな雰囲気を今は隠そうともしない。
「あら、まだ蔑んだ目で私を見るのね……まあ同族嫌悪って言葉もある位だもの、私にそういう目を向けるのはちょっと寂しいけれど、仕方ないのかしら……」
何故私は変態達から同類認定されてしまうのか――理解に苦しみ嫌悪感を隠さぬまま見据えているにも関わらず愛人侯は妖しげな笑みを浮かべて言葉を続ける。
「ねぇ、禁忌を犯してまで人工ツヴェルフ作ろうとしてるのはアスカちゃんが他の男に抱かれるのが嫌だからでしょう? 人工ツヴェルフを何人も作れば元々器の小さいアスカちゃんの需要は無くなるものね? そうすれば貴方はアスカちゃんを独り占め出来るもの」
「っ……何故、それを……」
限られた人間にしか言っていないそれを、何故知られているのか――流石に驚きを隠せずに言葉が漏れると、私の反応に満足したように愛人侯はクスクスと笑いだす。
「うふふ、貴方が黒の騎士団を抱えているように、私も自分の騎士団を抱えてるのよ。皆逆ハーレムだの女豹だの好き勝手言うけれど、皆私の大切な騎士達なの」
チラと愛人侯が下僕どもに視線を向けると、皆惚けたような熱い眼差しを向けている。
女のそういう目線はまだ飛鳥に置き換えて楽しめるが、男のこういう視線はアレを思い出して実に気持ち悪い。視線を再び愛人侯に戻して考える。
今の言い方からして愛人侯に私の計画を漏らしたのは男だ。愁人侯ではない。
となれば他にこの計画を明かしているのは家臣に変人侯、凡人侯――仮に彼らを落とした程度でこの女がここまで私に強気に出るとは思えない。
という事は、残るは――
私と話をした後にこの女に手紙を送ったとして、4日。
ここがノウェ・アンタンスからそう遠くない場所という状況からしても、この推測はほぼ確実だと思って間違いないだろう。
(……恐ろしい女だな)
例えこの女を殺して皇帝の怒りを買ったとしても、他の公爵達が止めに入るだろう。
そっちの心配よりもこの女を殺すと飛鳥に嫌われてしまう事の方が怖い。
(それに、この女は飛鳥の死刑に反対した。そんな人間に対して態度を頑なにするのも大人気ないか……)
しかし政略とはいえ正妻がいる、その上滅多に会う機会など無い
「……分かりました。これまでの非礼とかつての夜の情事を見てしまった事を謝罪します。お許し頂けますか?」
「ええ、それは勿論……! ああ、貴方が本当に変わってくれたみたいで本当良かったわ! 念の為に皆も連れて来たけど、これなら一人で来ても良かったかしら? あ、それでね、私、貴方達の仲を応援したいの! 恋敵が2人もいる上にデリカシーのない貴方は不利だから手伝ってあげたいなって思って……!」
この言い草――やはりこの女は複数の男に好かれる飛鳥の事をよく思っていないのだろうか? 14会合ではそんな風には見えなかったが――
「ダグラス君、そんな呆れた顔しちゃ駄目よ? 女の子は人の表情にとっても敏感なんだから。私は不器用な人の恋路を応援したいだけよ? ねぇ、皆?」
再び下僕達に視線を向けると心酔したかのように尊敬の言葉が並べ立てられる。
「そうですね。コンカシェル様はいつもお優しく清らかな心はいつも感嘆させられます」
「貴方の優しさにあらゆる人が救われている……」
「コンカシェル様は心配で見ていられない時もありますが、何だかんだで関わった人を救ってますよね」
下僕どもが愛人侯を囲んであれこれ褒め称える姿に違和感しか無い。
私は飛鳥の<夫>にはなりたいが<下僕>になど絶対なりたくない。
「……私は私と飛鳥の間に他人を関わらせたくない。そのお気持ちだけ受け取っておきます。時間が無いのでヒールスライムを頂けますか?」
数日前に愁人侯から言われた断り文句をそのまま愛人侯に言い返すと愛人侯は思い出したようにヒールスライムを差し出した。
「ああ、触り心地が良くてすっかり忘れていたわ。はいどうぞ。ウィーちゃんによろしくね!」
邪気のない笑顔を向けながら差し出されるヒールスライムは私の手元に来るのを嫌がっていたが、私もこの女が触った物に極力触れたくないので魔力で動きを止めて浮かせる。
「それとアルマディン女侯……私は貴方に君付けで呼ばれたくありません。非礼は侘びますが、私は貴方と仲良くするつもりは一切無い。公爵に対する礼儀と敬意という物をくれぐれもお忘れなきよう」
「あら……手厳しいのね。そんな冷たい公爵に盛大に惚気られるアスカちゃんがちょっぴり羨ましくなってきちゃった」
立場上は公爵より上の存在である皇帝を落としておいてどの口が言っているのか――それ以上突っ込んでも仕方が無いと判断し、ペイシュヴァルツに乗って早々にその場を後にした。
愛人侯が何を考えているのか分からないが、迂闊に騎士団の人間を使うと向こう側に取り込まれる。明確な害が発生するまでは放置するしか無い。
その後マリアライト領に到着し、ヒールスライムはマリアライト邸の地下――愁人侯の手で仕留められ、幽体石化の呪術によって拳大程の大きさの魔晶石になった。
銀色がかった透明なそれをハンマーで砕くと薄灰色の小指の爪の先程の永魔石が取り出される。大小様々な形に割れた魔晶石は鉱山で採れる物よりかなり純度が高い物である事がわかる。
「せっかく永魔石を作るなら中々手に入りづらい魔物の核にしたくてコンカシェルに頼んだのよ。貴方が届けてくれたのは意外だったけれど」
「マリアライト女侯……私の惚気を他人に広めないで頂きたい」
ヒールスライムから取れた永魔石を手に乗せて愁人侯が満足そうに呟く横で苦言を呈する。
惚気を伝えたお陰で愛人侯との因縁がひとまず解消されたのと皇帝と繋がりがある事は知れたのは一応良しとしたい所だが、それとこれとは話が別だ。
飛鳥について聞かれてつい喋りすぎてしまった事を反省する。
「もう遅いわ。あの子に言ったら大抵の事は言いふらされるから。でも貴方のあの良いも悪いもひっくるめた惚気が広まれば、あのツヴェルフが変な魅了の力で貴方を誑かした訳じゃない事が分かる。そうなれば皆貴方に同情的になって貴方とあのツヴェルフの結婚を認めてくれるんじゃないかしら?」
「それは、おせ」
お節介だ――と言おうとした時、愁人侯は手に持っている永魔石から視線をこちらに移した後、一枚の紙切れを私に差し出して微笑む。
「この呪術に必要な媒体はそこに書いてある商会が取り扱ってる物と私が育ててる物で揃うわ。まあ今回使う分はそこの木箱に用意してあるし、また必要に応じて協力してあげなくもないけど、お節介だったかしら?」
「……いえ。そのお心遣いに感謝します」
お節介という言葉を見事に封じられ、大人しく媒体が入った木箱を受け取りセレンディバイト邸へ戻ると、橙色の封書が届いていた。
差出人はアーサーだった。洗浄機の改良に成功したという報告は予想より早い。流石、魔導工学の権威達は頭の回転の速さが違う。
だからこそ常人とはかけ離れた感性を持っているのかもしれないな、と変に納得させられる。
<完成次第黄に連絡を取り、飛鳥の器を洗浄した後こちらに持って来い>と返事を書き記し、黒い封書に収める。
幸い飛鳥が妊娠したという報はまだ入ってきていない。
もし私の思い通りに事が運べれば後数日は時間を稼げる――飛鳥に命が宿る前にカタを付ける事が出来る。
これ以上、飛鳥に苦しんでほしくない――飛鳥に激痛を与えたあの洗浄機を利用しなければならないのは心苦しいものがあるが、アーサー達が上手く改良してくれたと信じたい。
そして今後の計画を立て、全ての準備を整えてから数日――後5日で節が変わろうという時に、アレは館にやって来た。
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