第43話 黄金の鳥籠の外側で・7(※ダグラス視点)
魔力の相反性の計算を凡人侯に任せてアベンチュリン領を出た後、皇都に戻る。
夜中にセレンディバイト邸に到着すると、リビアングラス邸の黒騎士から定期連絡が届いていた。
それを渡してきたランドルフが吹き出すのを堪えているような不自然な笑顔をしている時点で嫌な予感がしたが、読まない訳にはいかない。一つ息を吸って目を通す。
<レオナルド卿が魔力を送る為の鞭状の魔道具を作成しました。相手の口に含ませ持ち手から魔力を送り相手の体内に注ぎ込む仕様だそうで、アスカ様に注がれる光景を目の当たりにしたロザリンド嬢が赤面して吹聴して回り、館の中は大騒ぎです>
一瞬――いや数分ほど意識が飛んだかもしれない。
飛鳥に鞭の先端を咥えさせて、魔力を直接飛鳥の体内に注ぎ――そこまで想像した時点で我に返る。
駄目だ。今飛鳥でそれを想像しては駄目だ。
私は公爵だ。家臣の前で妄想にふけこむような痴態を晒す訳にはいかない。
強引に熱を下げる為に全身を吹雪で冷やした後、手紙に集中する。
全く、あの
<なおこの騒ぎによってレオナルド公子の妻、マリー夫人がアスカ様と対面。アスカ様がその行為がこの世界で卑猥な行為である事を知らなかったと謝罪し和解。レオナルド卿とマリー夫人が直接体内に注ぐのではなく間接的に摂取できるボトルタイプの魔道具の開発に着手した模様>
飛鳥を強引に抑えつけない態度は素直にありがたいが、黄の一族の誠実さと実直さは困りものだなと思う。
指示を出す為の手紙を書くが、どうしても飛鳥の過激な姿が脳裏をよぎる度に全身に力が入って上手く力の調節ができず。
羽ペンが2本程折れて(無理だな)と悟った後、最低限の指示を口頭でランドルフに伝えジェダイト領に飛んだ。
翌日――飛鳥が弱小令息と契る夢を見て、全身から血の気が引いた状態で目を覚ました。
(絶対に卑猥な魔道具のせいだ……間違いない……!!)
そして卑猥な行為だと知らなかった飛鳥はともかく、卑猥な行為だと知っていてなお飛鳥を辱めたあの弱小令息には世話になっているとは言え、何かしら制裁を加えたい所ではある。
どうすればあの男が飛鳥を諦め、関わろうとしなくなるか――そんな事を考えながら湧き上がる苛立ちを魔物にぶつけている間に、ジェダイト領の討伐が終わった。
幽人侯の娘に直接報告するかどうか迷ったが、会う理由もなかった事もあってジェダイト領の魔物は討伐し終えた後、すぐにジェダイト領から離れる。
――……ジェダイト女侯は発言した時こそ怒りが渦巻きましたが各侯爵の言葉を聞いて諦めたようですね。一言で言うならもういいか、と言った感じでしょうか。怒りが消えました――
青はそう言っていた。だが飛鳥に関して諦めたと言っても、父親の敵である私に良い思いを抱いてはいないだろう。
恩赦の嘆願書をあの女に署名してもらうのはやめた方が無難だ。
それにあの館の庭園には何故かネコホイホイと、ソーセージを突き刺したような形をした穂先の<トリコイコイ>という植物が大量に咲き乱れている。
あの場所に行くとペイシュヴァルツが酩酊し、その酔いが覚めるまで乗れない。
浮遊術で移動する時間との差を考えると単純に時間がもったいない。
ネコホイホイもトリコイコイも観賞用には地味で薬用的にもそこまで価値がない草のはずなのだが、何故あんな所に大量に咲かせているのか――理解に苦しみながらジェダイト領を出てアクアオーラ領に入る。
青が自分が魔物を一掃するからウェスト地方には寄らなくていい、と言っていたがあの男には色々言いたい気持ちもある。
しかし、奴のいる海洋都市ウェサ・マーレは海沿いで皇都からかなり離れている――警告の為だけに貴重な時間を裂きたくもない。
そのままアクアオーラ領を直進し、マリアライト領の愁人侯の館に立ち寄る。
様々な紫の花々が咲き乱れる見事な庭園に降り立って館に入ると、直ぐ様応接間に案内された。
この領地の大魔道具――
歌や曲には然程興味はないが、もし飛鳥が好きだったらその日にここに来るのも良いかもしれない。
美しい歌や踊りを背景に賑やかな祭りを回れば、傷付いている飛鳥の心が少しは癒えるだろう。
そんな甘い想像で気分を向上させているとハープの音色が微かに聞こえ始め、間もなく愁人侯が応接間に入ってきた。
「貴方がここに来るなんて珍しいわね。先に言っておくけれどあのツヴェルフの嘆願書ならヴィクトール様にも出せと言われたからもう出してあるわよ?」
意外な言葉にここに来た用件の1つが消滅する。どう返答するか、と考える前に愁人侯は言葉を続けながらソファに腰掛けた。
「それにしても、貴方もあの方も随分灰色の魔女を気にかけるのねぇ……でも貴方、あの子の何処が良いの? 男を二人も誑かしてるから私てっきりコンカシェルみたいな子かと思ってたのに、全然違って地味な子で拍子抜けしたわ。何処に惚れたの?」
公爵相手でも一切物怖じしない態度と完全な好奇心による問いかけに全く苛立ちを覚えなかったのは、恐らく私も誰かに飛鳥について話したかった、というのもあるかもしれない。
これまで飛鳥の事を思う存分惚気けられる相手が近くにいなかったせいか、スラスラと言葉が出てくる。
笑顔の可愛さ、弱い癖に強いところ。変な方向に度胸がありすぎて心配な事。
感情的に見えて冷静だと思えばやっぱり感情的な事。変な事で意地を張るところ。強がる事。
彼女の作る料理の美味しさ。他人ばかり思いやる事。生意気な事。自身を大切にしない危うさ――
「……という訳で、彼女の全てが私の心を捉えてやまないのです」
そう言い結んで改めて愁人侯の顔を見ると、悲しい物を見るかのような視線を向けられ、ため息をつかれた。
「貴方のような人でもそんな風に惚気けられるのね。良いわねぇ……私も1度位はそんな風に熱く惚気られてみたかったわ……」
返答に困る発言をされて沈黙が漂う。
この館に所属する黒騎士によると、この女侯の夫に対する執着は凄まじく、結婚して以来20年以上館に軟禁し女性従者も一切雇っていないらしい。
その徹底ぶりは清々しくすらある。更に凄い事に、そんな扱いを受けている夫が女侯に愛を捧げているという点だ。
女侯が館を出る時は必ず見送り、帰ってくる予定の日は窓からずっと庭園を見据え、姿が見えるとすぐに迎えに行くらしい。
飛鳥を館に軟禁しようものなら即家出される気しかしない私からしたら、実に羨ましい。
「……私から貴方の夫に貴方の何処が良いのか聞いてみましょうか?」
無難な言葉を返したつもりだがそこからまた数十秒沈黙が漂った後、愁人侯は小さく首を横に振った。
「その気遣いだけ受け取っておくわ……それで、要件はそれだけ?」
「いえ、呪術についていくつかお聞きしたい事があるのです」
「あら……貴方の家も呪術には詳しいでしょう? わざわざ私に聞かなくても分かるのではなくて?」
「セレンディバイト家の呪術は禍々しい物が多いもので。マリアライト家が代々継いでいる呪術は多岐に渡ると聞きます。その中で<幽体石化>に心当たりがあれば」
その言葉に愁人侯の目つきが変わる。何を言わずともその厳しい視線に確信を得た上で言葉を続ける。
「少し前に手に入れた死霊王の本に永魔石に関する記述がありましてね。それによると永魔石は本来地中に埋もれているような物ではなく、はるか昔、生物の遺体から器をまるごと石化させる術を使った後で削り出した核らしいのです」
永魔石――ツヴェルフのイヤリングやチョーカー等の
これを魔護具に使用する事で壊れたりしない限りずっと機能し続ける事ができる、とても希少な石。
稀に地中から掘り起こされる物を皇家が買い取り、それを使って魔護具を作っているという認識だったが、死霊王の本には永魔石の作成を試みたページがあった。
「……しかし本にはそこから先の記載がなかった。恐らく死霊王はその呪術に辿り着けなかったのでしょう。ですが呪術師の家系であるマリアライト家の長なら何かご存知かと思いまして」
誤魔化しきれないと踏んだのか、愁人侯は肩をすくめる。
「……知らない、とは言わないわ。ただ、それは私の一存で話せる物ではないのよ。万が一永魔石の作り方が流通してしまったらイースト地方や他国がまた訳の分からない魔導兵器を作りかねないから」
「そのリスクは承知しています。私もけして永魔石を流通させようと思っている訳ではありません」
愁人侯がじっと見据えてくる。矢のように真っ直ぐで鮮烈な眼差しは気が弱い者ならば思わず目を逸らしてしまう位の威圧感がある。
「……どうしてもと言うなら、皇家から許可をもらって来なさい」
「分かりました。それではこの話の続きは許可を取った後で」
皇家の許可があれば話す、という言質を取った後マリアライト邸を出て一旦皇都に戻る。
魔物が多いアルマディン領は一度アレが民を治療している。皇家から許可をもらった後でも問題あるまい。
しかし――変人侯や凡人侯のようにこっそり禁忌を犯して永魔石を作れば呪術の為にわざわざ生き物を潰して魔力を抽出せずに済むだろうに。
他の侯爵に比べ、愁人侯は真面目だ。そういう気質の人間が家を継ぐからこそマリアライト家が存続していられるのだとも言えるが。
それに愁人侯の言う通り、一度永魔石の作り方が流通してしまえば魔力を注ぐ手間のない永久機関を求めてこの国――いや、この世界の文明が著しく変わっていくのは間違いない。
変人や凡人や私の方がこの国にとっては異端なのだ。
異界の扉もそうだが、一度広まってしまった物を抑えるのは広まっていない物を抑え続けるよりずっと難しい。
進化を嫌うのは単に愚かだという訳では無い。魔物と違って文明は踏み込まなければ進化しない。
あらゆる意図と想いがこの皇国――ひいてはこの世界の文明の発展を阻んでいる。だが私は今からそこに一石投じようとしている。
どんな時代でもこの星の未来が大きく変わる決断は強い反発があるものだが――恐らく今ならこの国の誰もがそれを受け入れるだろう。
(私が心から反省し、この国を変えようとしている事を知れば、飛鳥は私を見直してくれるかもしれない……そうなれば、また……)
淡い希望が段々と形になって光を強めていくのを感じながら、私は皇都へ戻るペイシュヴァルツの背で穏やかな眠りについた。
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