第42話 黄金の鳥籠の外側で・6(※クラウス視点)
手紙を読み終えて色んな感情が頭を巡る中、一つの疑問が口から溢れる。
「ラインヴァイス……何でこの手紙の事言ってくれなかったの?」
『知らない! 我、こんな手紙本当に知らない!』
僕の問いかけに直ぐ様ラインヴァイスが否定する。知らない、と言い張るラインヴァイスの声は本当に困惑していて、嘘をついてないように聞こえる。
「ああ……じゃあ忘れてたんだ? 手紙にも肝心な所忘れっぽいって書いてあるし。それなら仕方ないね……」
苛立ち混じりに嫌味を
『忘れてもない! 我の記憶見せる! でも我の記憶膨大! 門外不出! 取扱注意! 目を閉じてちょっと待つ!』
ラインヴァイスに言われた通り目を閉じて待つと、しばらくしてぼんやりと映像が見えてくる。
そこは父様の部屋――大きなベッドに亡くなる頃の父様が横たわっている。
白の魔力でも寿命を伸ばす事は出来ない。死が近づくにつれて衰えていく父様の部屋にはラインヴァイスとウィリアム以外入れなくなった事を思い出す。
『ラインヴァイス……これから先、絶対にクラウスは苦労すると思います。どうか、私に替わってクラウスを見守ってあげてください……』
父様の懐かしく、酷くか細い声が耳を刺激する。
『あの子があんな状態で産まれてきたのは、全て私の責任です……どうか……どうかあの子を、見捨てないでください……』
痛々しい声と涙をこぼす目は何処を見ているのか、もはや自分が呼びかけているラインヴァイスすら見えていないんじゃないかと思うくらい、父様は虚ろな目をしている。
『ラインヴァイス……クラウスの部屋の、写真、ですが……もし……あの子が……』
さあ、この重く暗い真実を父様はいつ知らせようとしていたのか――続く言葉を待ってみても父様の絶望に包まれた顔はそれ以上言葉を紡ぎ出さず、そっと目を閉じた。
『……いえ、何でもありません。ただ、謝っていたと……貴方は貴方の思うように生きてくださいと、そう、伝えて頂けますか……』
それきり、父様は目を開かず――段々映像が薄れていく。
再び目を開くと、目の前で僕と同じ位の背丈に大きさを調節したラインヴァイスが両翼を広げて僕を見据えていた。
『ほら、我忘れてない! クラレンス、言ってない! 我、悪くない!! 冤罪!』
「はいはい、悪かったよ。ごめんね」
正義は自分にある事を確証したラインヴァイスが喜びながら
「……何でこんな大事な事、言ってくれなかったんだよ!!」
心の中で叫ぶにとどめたかった言葉はしっかりラインヴァイスの耳に届いてしまったようで、ラインヴァイスはバツが悪そうに両翼をしまう。
『……前も言った。お前の8歳の誕生日、セラヴィ死んだ日にクラレンス壊れた。自分の罪とセラヴィの死、セラヴィとの約束と白を紡ぐ使命、色々な物に押し潰されて心壊れた。どんよりとした黒と灰色の感情、それを塗り込めようとして押し負ける白い感情、我も見ていて苦しかった。だから、クラレンス、責めてほしくない。あれはもう十分、苦しんだ』
ラインヴァイスはこの期に及んでも父様の味方をする。
自分が暴走して死ぬかもしれない不穏な要素を持たせた、かつての宿主を何故そこまで庇うんだろう?
でもラインヴァイスはこれまで散々拒み続け、罵倒し続けた僕の事も見捨てたり嫌ったりしていない。よっぽど世話焼きな性格なんだろうか?
(まあ、地球に行く前にこの手紙に気づけて良かったのかな……)
もっと早くこの手紙に気づいていたらアスカの封印された記憶を読み解こうなんてしなかったかもしれないのに――なんて言っても今更だし。それに――
(……僕は、もう逃げない。真正面からアスカと向き合う)
僕は父様と違う。自分の罪から逃げたりしない。自分の罪と向き合うと言って聞かないアスカに、僕の罪を受け入れてくれたアスカに背を向けたくない。
(アスカ……今この手紙を読んでも冷静でいられるのは、君のお陰だ)
きっと君があの記憶を拒んだり僕を受け入れてくれなかったら、僕はきっと父様と同じ道を歩んだ。その道を変えてくれたアスカに1日でも早く会いたい。
白の手紙も亜空間に片付けた後、ラインヴァイスの発言の違和感に気づく。
「……でも僕、父様のさっきの遺言も聞いてないんだけど?」
『それは忘れてた! でもそれ、お前がずっと我拒んだせい! 我、拒まれ続けてるうちに忘れただけ!』
ラインヴァイスはそう言い訳すると再び影の中に潜り込み、誰もいない部屋に再び静寂が立ち込める。
――貴方は貴方の思うように生きてください――
この世界で誰も認めてくれないだろう僕の生き方を、父様だけが認めてくれる。
どれだけ純粋で、愚かな人間だったとしても――父様が僕に向けていた愛は、確かにあったんだ。
僕に向けられている父様の愛も、母様の愛も、やっぱり見せかけだけの偽物なんかじゃなかったんだ。
(これだけあればいい……これだけ持って、アスカと一緒に地球に行こう)
改めて決意して、エントランスの方に戻る。
さっきとは違って暖かい日差しが差し込んでいる事もあるけれど、来る時は寂しげで不気味だった場所が再び家族の想い出に溢れた、静かで温かみのある場所に変わる。
だけど――その温かみは外への扉の前に立つ人間によって一気に消し飛んでしまった。
「お久しぶりですな、クラウス殿」
かつて切り裂かれる前の写真に難癖をつけて僕とアスカの関係にヒビを入れた黒の家令――相変わらず飄々とした姿が忌々しい。
先程館に人がいるかどうか確認した時には何の反応もなかった。
多分、離れた場所から僕が館に入るのを見張っていたんだろう。
「……わざわざこんな所に何の用? 家族写真を無惨に切り刻まれた僕を嘲笑いにでも来たの?」
「ほっほっ……私は傷付いている者の心を煽ったり抉ったりするような『趣味』はありません。今ここにいる事もそうですが、先日の一件もあくまで貴方とアスカ様を親密にさせない為の『任務』です」
賊に荒らされてるんだ、こいつも建物内を一通り確認しているんだろう――と思って吐き捨てた言葉は哀れみの言葉で返される。
「へぇ……それならその任務の内容をさっさと話してくれる? お前とあまり話したくないんだ」
「奇遇ですな、私もです。ですので単刀直入に申し上げます。主が貴方の中にある黒の核を抜く方法を見つけました。貴方が主の願いを聞き入れるのであれば、主は貴方の黒の核を抜いても良い、と仰られています」
黒の執事の言葉に心が動く。その僕の動揺を見逃さないと言わんばかりに言葉が続けられる。
「白の侯爵が灰色の魔女に穢された、という噂はもう皇国全体に広がっています。もし有力貴族達が貴方にラインヴァイスの神化を求めたら今の貴方は親の悲劇を明かすか、噂通りアスカ様を魔女扱いするしかない。ですが、黒の核さえ無くなってしまえば貴方は堂々と色神を神化させて噂を一蹴する事が出来る。もう何の憂いもなくなり貴方は普通の、穢れなき純白の一族として生きる事が出来るようになります」
新聞でたまにその噂の事が書かれていた。治療で回っている間に聞かれた事もある。
単なる噂ですよ、と誤魔化してみせたけれど確かに色神の持っている本来の姿と力を一時的に開放する<神化>を公爵や有力貴族達に要求されたら、言い逃れが出来ない。
まあ、それらはこのまま地球に行けば何の関係もなくなるからどうでもいい話だけど――黒の核が無くなれば僕の決定的な弱点が無くなる。
今僕が起きていられるのは一度黒の魔力を放出したお陰だけど、この方法は体に相当なダメージが返ってくる。
そしてどれだけ苦痛を受けて黒の魔力を消費しても、半節もすればまた同じ状態に戻ってしまう。
安易に考えていたけれどそう何回も使える手段じゃない事を身をもって知った。
アスカと夜に一緒に寝て、朝一緒に起きる生活に憧れがない訳じゃない。
父様をずっと苦しめ続けていた罪も公になる前に消える――悔しいけど、実に魅力的な交渉だ。
(願いとやらが気にかかるけど……あいつの事だ、何を言ってくるのか大体分かる……)
僕にとって絶対に受け入れられない願いだけど――
「……分かった。セレンディバイト邸に行けば良いの?」
「ほっほっほ……了承して頂き感謝します。主の話など聞く耳持たぬかもしれないと思っておりましたからな」
黒の家令の前を通り過ぎ、館を出てラインヴァイスの背に乗る。チラ、と後ろを振り返ると黒の家令がまだ扉の近くにいる。
腹を抑える歩き方に違和感がある。一見、怪我をしてるようには見えないけど――恐らく内蔵に何かしらの損傷を受けている。
(……しょうがないな)
「僕はお前をラインヴァイスに乗せたくない。けど……その万全じゃない体であの館まで歩いて戻らせるのも酷だと思っただけだ」
「……ほっほっ、短い間に貴方も随分と成長しましたなぁ。これもアスカ様のお陰ですかな?」
「そういう事じゃない……! 治す力があるのに放っておいたら酷い人間だと思われてしまうかもしれないから! 別に、お前を心配したとかじゃ」
「ほっほっ……父親が違えど、兄弟ですなぁ……」
黒の家令の笑みにイラッとして、そのままラインヴァイスに飛ぶように命じる。
皇都が見渡せる所まで上がった辺りでもう一度館を見下ろしたけど、そこにもう黒の執事の姿はなかった。
『セレンディバイト邸……すぐ行く?』
ラインヴァイスが僕の機嫌を伺うように行き先を聞いてくる。
「……うん」
僕が頷くとラインヴァイスはセレンディバイト邸に向かって飛び始めた。
あいつが何を考えているのか分からないけど――僕を、父様を、そして母様も苦しめた僕の中にある黒の核が本当に消えるなら。
父様が抱えていた罪や苦しみを少しでも軽く出来るなら、僕も今よりずっと生きやすくなれるなら――このチャンスに乗らない手はない。
(どうせあいつの願いなんて『黒の核を抜いてやる代わりにアスカを諦めろ』的な事だろうし……)
それなら一旦了承して黒の核が抜いてもらった後、いくらでも切り抜けようがある。アスカと地球に行ってしまえば何の問題もない。
黒の魔力が無くなれば僕は白の魔力を何の障害もなく使う事が出来る。
生まれてからずっと苦しめられてきた黒の核から解放される高揚感と焦燥感を抑えて、僕達はセレンディバイト邸に向かった。
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