第26話 黒と白の関係
夕食を終えた後ゆったりお風呂に入り、白のネグリジェと緑色のストールを身に纏う。
『青以外が駄目という訳じゃない』という今朝の私の発言はセリアにちゃんと届いていたようで安心した。
「セリア、今日は何時まで私の傍にいるの?」
「昨日はパーティーだったので遅くまで傍におりましたが、今日は後30分程で退室させて頂きます」
鏡台の椅子に座り髪を乾かされながら問いかけると鏡の中のセリアはチラ、と時計の方を見やって答えた。
朝の7時30分から夜の20時まで仕事とか、この世界もなかなかのブラック社会みたいだ。
鏡に映るセリアの向こうにはテーブルに置きっぱなしの金の刺繍が施された黒いリボンの紙袋も映っている。
今朝服とハンカチを取り出していたら、紙袋とリボンは恐らくゴミ箱に捨てていたと思う。その場合はセリアが見つけて大騒ぎされたんだろうか?
「指輪ならまだしも、リボンなんて付ける場所に困るわ……」
「婚約リボンは大体の方は髪を結う際に使っております。髪の短い方の場合、首や腰に巻いたりネクタイ代わりにしたりする方もいらっしゃいますね」
婚約指輪ならぬ『婚約リボン』という単語に何とも言い表せない気持ちになる。
(素敵なムードで、意中の相手から想いと加護を込めた特別なリボンを差し出される……想像してみたらまあ、有りかもしれないけど……)
でも今回の場合自分の忘れ物を過剰包装された上に添えられた婚約リボンだ。ときめく要素が何処にもない。
「婚約リボンは送り主が魔除けの加護を込めてますから皆さん好んで付けられます」
魔除けの加護、というファンタジー溢れるワードに少し心惹かれたものの、これを付けたら私は完全に婚約者として扱われる気がする――いや、もうすでに扱われている気がするけど。
「あれ付けたら、完全に婚約を受け入れたって事になるんでしょ?」
私の問いかけに肯定するようにセリアが頷く。だとすれば今ならまだ、『受け取ったけどそんな意味があったなんて知らなくて……! 包装の一部だと思ってました!』が通用する気がする。
だって私、地球人だし。ダグラスさん説明してないし。
「リボン……ダグラスさんに送り返したらどうなるの?」
純粋な疑問に、セリアの口元が引きつる。
「い、一度受け取った婚約リボンを一方的に送り返すのは婚約を破棄するも同然……あの大勢の場で求婚したダグラス様の顔に泥を塗る行為でもあります。結果アスカ様に対し怨みや怒りを抱き、良からぬ事を企てる者が出てくるかもしれません」
確かにあの場所であんな風にプレゼントを渡された物を今更突っ返したら、事情を知らない人達からしたらかなり無礼な女と思われそう。
例え異世界から来た、常識を知らない人間の行いだったとしてもそれを理由に何もかもが許される訳じゃ無い――それは地球に異世界人が来た時の事を想定すれば理解できる。
「……昨日のパーティーで6大公爵家であるリアルガー家のご子息を攻撃してますし、貴族達にも喧嘩売ってますし……現時点でもアスカ様に敵意を抱く貴族は少なくないと思った方が良いでしょう」
セリアの口調は優しい物の『敵意を抱く貴族は少なくない』という言葉が心に重くのしかかる。
鏡越しにセリアがちょっと胃の辺りを抑えているのが見える。私の前では気丈に振舞ってるけど、心の内では色々思う所はあるんだろう。
(この状況で更に私が地球に帰る方法を探していると知ったらセリアの胃はどうなるんだろう……?)
心の隅に沈む罪悪感がまた
「今日に至ってはこれまた6大公爵家の当主であり令嬢達の憧れであるダンビュライト侯と面会されていますし……」
小さくため息をついて紡がれた言葉から、セリアに聞きたかった事を思い出す。
「セリア、セレンディバイトとダンビュライトって仲悪いの?」
「……どうしてです?」
髪を梳く動きが、ピタリと止まる。
「今日のクラウスの態度が気になったのと、魔力の色が相反する者同士の相性が悪いのは間違いない、ってセリア昨日言ってたから」
「え、ええ、そうですね……確かに言いました」
「それと……ダグラスさんから言われた事、他言するなって言ってたじゃない? それが何でか教えてくれない?」
逃げられない事を察したのか、目が少し泳いでいたセリアが肩の力を抜いて諦めたように微笑む。
「これは本来、私の口からお話しする事ではないと思うのですが……両家に挟まれたアスカ様が両家の事情を知らないままでいる、というのもおかしな話ですので……私の知っている限りの事をお教えします」
そう言ったセリアは覚悟を決めたようにふぅ、と息をついて語りだした。
「簡潔に言いますと、ダグラス様とクラウス様は、同じツヴェルフを母とする異父兄弟です」
異母兄弟に続いて、今度は異父兄弟――普段あまり耳にしない言葉に困惑する。
「ダグラス様の父君は前セレンディバイト公、そしてクラウス様の父君は前ダンビュライト公……この世界では後継者問題や政略結婚、恋愛等の理由から有力貴族は複数の異性と婚姻関係を結ぶ事も多く、異母兄弟や異父兄弟はけして珍しい存在ではありません」
確かに、リチャードも何の躊躇いもなく「兄の母」という言い方をしていた。この世界ではそれが普通なんだろう。
「ツヴェルフは十数年おきに3、4人しか召喚されない希少な存在の為、ツヴェルフを親に持つ子どもは尚更片親が異なる兄弟がいる可能性が高いのです」
一夫多妻、一妻多夫――改めて聞いても理解が追いつかない価値観だ。
だけど最初に聞いた時に想像した物より、その関係はずっとドライな物なのだという事は分かってきた。
リヴィが言っていた通り、有力貴族にとって「子づくり」と「恋愛」は別。
子どもを産んで、その対価として不自由のない贅沢な生活を得る。そこに価値を見いだせるならここも悪くない世界なのかもしれないけど――
(……だけど私はやっぱり、互いに想いあえる人と結ばれたい)
子どもだって、愛し愛される関係で作りたい――そんな事をぼんやり考えている間にセリアの言葉が続く。
「……ですが、20数年前、前ダンビュライト公が前セレンディバイト公から半ば強引にツヴェルフを奪いました。」
「え? それって駆け落ち? 三角関係!?」
突然の昼ドラのような展開に思わず食いついてしまったけど、セリアは小さく首を横に振る。
「何が理由でツヴェルフを強奪したのかは明らかになっていません。ただ、それ以来完全に2つの家の関係が絶たれたと聞いております。元々相反する色同士なので関係を絶ってもこれまでさして大きな問題は起きていないのですが……」
セリアは一旦そこで言葉を切り、少し考え込んだ後言葉を続ける。
「何故今更、母君を奪われた立場であるダグラス様がアスカ様を介してダンビュライト家と関わりを持とうとするのか、私には分からず……更にどちらも6大公爵家という事もあり、この事を迂闊に喋ってしまえばあらぬ問題を招くかもしれないと思い他言しないよう忠告させて頂きました」
セリアは私に話す事を躊躇した理由が分かった。確かにこの話は本来あの人かクラウスから聞くべき話だったと思う。
そして、今の話を聞いてもあの人の――ダグラスさんの意図が全く読めない。
(『僕達のお父さんはツヴェルフの事で喧嘩したけど、僕達は仲直りしてツヴェルフも共用しよう……!』という意識?)
いや、それは普通に気持ち悪い。共有される身になってほしい。
(でも……仲直りなんて私抜きでもできる事だし、その可能性は低そう)
それにあの人は魔力の注がれ方や子どもを産む順番にかなり
あの人には何か、別の意図がある。それが分かれば――って、分かっても産むつもりはないんだけど。
「ちなみにこれは余談ですが……子ども一人産むのに約10ヶ月かかる女性と違い、短期間で複数の女性と子づくりができる男性のツヴェルフの場合……」
突然の、かなり興味のある話題に耳が大きく反応する。
男性からしてみれば、ここに来たらあちこちの見目麗しい有力貴族の女性から『貴方との子どもが欲しい』と言われる、まさに18禁ゲームの世界だ。
「あちらこちらで毎年何十人も同じ父を持つ子どもが産まれては秩序が大きく乱れてしまいますので――」
確かに、愛はなくてOK、重婚OK――そんなやりたい放題だとこの国は異母兄弟だらけになってしまう。
それを阻止する為にどんな規制がかかっているんだろう? 是非聞きたい――そう思うと同時に、20時を知らせる鐘が鳴った。
「あら、もうお時間が来てしまいましたね……それでは、お休みなさいませ」
続きが激しく気になったけど、好奇心で聞きたいだけの下世話な話の為に残業させるのも悪い気がして、部屋から出ていくセリアを見送った。
時計の秒針が刻む音だけが静かに響く部屋の中で、早速今日貰ったノートに今朝の話や今日得た情報を書き留めていく。
40年前、この世界に優里のおばあちゃん――ユミさんが召喚された可能性がある。そして3年以内に光の船で地球に帰った可能性がある(この世界で男の子を出産している?)。
アーサー・フォン・ドライ・コッパーのお母さんは40年前に召喚されたツヴェルフ。1週間後にアーサーが地方に帰る(同行してお母さんにユミさんの情報を聞き出すチャンス?)
召喚は色々設定して魔力を異世界に向けて飛ばす(塔の地下に何かある?)。
召喚先の世界にこの世界の事を知られるのはタブー。
送り主の魔力の色の生地に金の刺繍のリボンには婚約の意味があり、送り主が魔除けの加護を込めている。
(……あ、リボンと言えば優里のハンカチ出さないと)
黒の婚約リボンをほどき、綺麗にたたまれた服とハンカチを取り出す。他に何か入ってないかと袋の中を確認してみたけど、何も入っていない。
(婚約リボンなんて訳分からない物付けるんなら、それを説明するメッセージカード位付けなさいよ……!)
内心そう毒づきながら部屋の隅に置かれた大きいワードローブの折り戸を開くと、中には何枚かのワンピースと共に塔で借りたローブが入っていた。
(ああ、これも塔に返さないと……いや、ちょっと待って)
このローブ、もしかしたら後々役に立つかもしれない。
(ご都合がよろしい時にって言ってたし……返さない事で迷惑かかりそうな状況じゃなかったわよね……?)
よし、催促されるまでは忘れてましたで通そう、と心に決めて服をかけ、ワードローブを閉じようとすると、誤って右手の中指の先を戸の折り目に挟んでしまう。
しまった――と咄嗟に手を離す物の、遅れて指先から襲い来る激痛が全然間に合わなかった事を知らせてくる。
涙目で中指の指先を他の指で
この世界にも『罰が当たる』って
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