第28話 青と橙の奇想曲・5(※アーサー視点)
声の主の方に視線をやりたい所だったが、今はそれどころではない。
いつ振り下ろされるか分からない巨大な氷の槍から目を離す訳にはいかない。
『私はここ最近まで、貴方に対しては本能的な嫌悪感を感じる程度で貴方自身にあまり関心がありませんでした。まあ、世の中の父親は娘に冷たく接する男に微笑ってなどいられないものだ、と言われたので一応そのように振る舞ってはいましたが』
ラリマー公も私が振り向かない事を気にしていないようで、構わず念話が送られてくる。
関心がないくせに逐一嫌味を言っていたのか。迷惑な。
(私が合図を出して跳んだ後は足元に防御盾を発動させて、氷の槍を足場に、もう一度跳躍魔法で跳べ。後は防御壁を張り切られる前に全力で切りかかれ。都合が悪ければ
『娘を無理矢理説得する事もできたのですが、ルクレツィアが悲しむ事はしたくないとアズーブラウが嫌がった。貴方もこちらに関わってくる気配もなく好意もないようでしたので娘の貴方に対する熱もいつか下がるだろう、と傍観していたのですが……未だ熱は下がらず上がる一方。その上少し前から貴方に本気で苛立ちを覚えるようになりましてね』
私の返答がないにも関わらず、ラリマー公の饒舌は続く。少し前――ルドニーク山の一件からか?
『そして今回の件で私は貴方が本当に邪魔になった。アズーブラウが協力しないならしないで、別の手段を取るべきだったと後悔しています』
ラリマー公の念話を受けながら、じっとラリマー公の複製体を見据える。
周囲の魔力を見る限り、あの氷の槍はまだ大きくなるようだ。
あれだけ大きな氷の槍なら自重でかなりの速度になる。あえて加速魔法をかける事はないだろうが、勢いづけるためにそれなりの動作をするはずだ。
槍を落とす動作によってどれ位速度に付加がつくかは見てから判断するしか無い。が、恐らく見て判断するには遅い――考えを切り替えろ。
あの氷の大きさなら足がかりにできる範囲も広い。余程勢いづかせない限りカバーできる。ラリマー公の体格だと恐らくその余程は出せない。付加を考えるな。
『それでも殺されないのは貴方がリビアングラス家の忠臣であり、魔晶石の鉱脈に恵まれたコッパー領の次期領主であり、娘に惚れ込まれているからです……本体を潰せないのは惜しいですが、複製体を跡形も無く潰せるなら、貴方が金輪際ラリマー家と関わらないなら、それで良しとしましょう』
既に勝ちを確信したような言い方をするラリマー公に勝機を見出す。とは言え、仕留めるまで一切気を緩める事は出来ないが。
圧倒的上からの立場でしか戦った事がない人間は、私達が持たない弱点を持っている。
恐らくラリマー公はまだその事に気づいていない。
自身の圧倒的魔力と
負けた事のない圧倒的強者が持つ、致命的な欠点――それは、自分から見た圧倒的弱者に対する『油断』。
確かに、魔力の大きさに関しては私はラリマー公より大分下回っている。
侮られるのも仕方ない状況ではあるが――魔力以外の点において私は彼に劣っているとは思わない。
私は彼に負けるかもしれないが――勝てないとは思わない。
ルドニーク山で氷竜に遭遇した時のように吹雪に視界が閉ざされている訳でも雪に足を取られている訳でもない。相手も氷竜ではない。
私は、ただ空に浮かんで氷柱の雨や槍を降らせるだけの人間相手に手も足も出ないような人間ではないのだ。
(私の複製体なら、的確な合図さえあれば今念じた事位はできるはずだ)
後は、その的確な合図だが――恐らく、絶好のタイミングをラリマー公自身が私に教えてくれる。
あちらとあちらの複製体は私と私の複製体よりやや距離が近い分、念が届くのは恐らく1秒……いや、2秒ほどといった所か。
あそこから
手加減を考える余裕はない。だがお互いに死なないのだから手加減を考える必要がない。
『それではそろそろケリを付けましょうか……私は敗者と語る趣味はありませんので、負けた後は無言で去る事を認めましょう。
(……跳べ!!)
そう念じた瞬間氷の槍の輝きが一層増し、5秒後――橙色の魔力に包まれた私の複製体が氷柱の檻に向かって投擲された氷の槍に向けて姿を表した。
複製体は多大な青の魔力をまとう巨大な氷の槍を足場に防御盾を張り、もう一度跳躍して上空に浮かぶラリマー公の複製体に向かう。
上空から目を離さず、自身の身を守る為に防御壁を張るのと同じくしてこちらに落下した氷の槍が氷柱の檻に直撃する。
まだまだ油断はできない。相手が咄嗟の防御を判断して防御壁を張るだろうと予測しても、ラリマー公が私のように複製体だからと強引に反撃に出ないとは限らない。色神や神器を使われる可能性もある。
だから――都合が悪いと複製体が判断した時は剣を投擲するように伝えた。そして複製体は、その通りに動く。
氷柱の欠片が無数に防御壁にぶつかる中、私の複製体が投擲した剣はラリマー公の複製体の胸の辺りを貫いたのが見え、私の複製体の肩の辺りに赤いシミが見えた瞬間――両方の複製体が霧のように消えた。
圧倒的な力を持つ人間は他の物に頼る必要がないが、そうではない人間は力以外の物にも可能性を見いだす。
この皇国で私と同等、それ以上の実力を持つ者の中には私が頭の中で弾き出した跳ぶ瞬間を勘で見い出せる人間達もいるが――私はあのタイミングを勘で弾き出す自信はない。
直接の戦闘、という状況ではなかったのも運が良かった。客観的に距離を図る事が出来て落下速度も冷静に算出する事が出来た。
「アーサー様! すごかったですわ……!!」
「ま、まさかあんなの足場にして跳ぶなんて……」
いつの間にか地上に降り立っていたルクレツィア嬢が駈け寄ってくる。その後ろでアレクシス公子が口を震わせて驚いている。寒い訳ではないようだ。
「これで私、アレクシスと契る事無くアーサー様と契ることが出来ますのね……!!本当にありがとうございます、アーサー様……!!」
憂いのないルクレツィア嬢の笑顔と心底安心したようなアレクシス公子の表情に達成感を覚えながらチラ、ともう一人の方へと視線を送る。
先程まで戦っていた複製体を作り出した本人はアズーブラウに座ったままだ。
ラリマー公の複製体に致命傷を与えた確信はあるが、あの様子だと私の複製体も肩を損傷していた。
橙色の防御壁で視界が僅かに遮られていた上、こちらからは後ろ姿しか見えなかった。
それに距離も距離だっただけにmその傷が致命傷だったかどうか判断がつかない。
ラリマー公の沈黙は『敗者と語る趣味は無い』という意味かと思ったが――歩み寄るうちにラリマー公が微笑っていない事に気づく。
いつもの笑みを消し、その視線も私の方を向いておらず、ただ、うつむきがちにアズーブラウの背中を見据えていた。
――その姿は少なくとも、死者や怪我人が出た訳でもない決闘に勝った勝者の態度ではなかった。
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