第27話 青と橙の奇想曲・4(※アーサー視点)
ドゥエル荒野は皇都から北東に出てすぐの所に広がっている、草木の一本も生えない荒れはてた野だ。
薄曇りの空が荒野の寂れた印象を更に際立たせる。
正確に言えば、風に飛ばされた種等が根付いて生える事はある。
だがこの地が決闘や喧嘩や力比べや騎士団や学院の実戦訓練などに使われる度に、焼かれたり凍ったり吹き飛ばされて与えられた本来の寿命を全うできずに枯れていく。
そんな枯れた地を縄張りにしようとする物もいないのか、私も何度かこの荒野を訪れた事があるが、いつだって地を這う魔物や動物を見かけた事がない。
人や馬以外は飛竜や鳥が飛ぶのをたまに見かける程度の、死に絶えた地だ。
見渡す限り、荒野では今何も行われていないようだ。
赤系統の人間は決闘を見世物のように扱う傾向があり、彼らの決闘の際は新聞に事前告知が載って映石なども設置されたりして荒野の一部を人が囲んでいる事もある。
だが、今回の決闘は見世物ではない。誰かに見られたら厄介な状況になりかねない。
ラリマー公もそう思ったのか、彼らがいたのは荒野の中でも皇都から大分遠ざかった場所だった。
見つけやすいように巨大化させているのだろう。色鮮やかな紺碧の大蛇を目印にそこに近づくにつれて、異常に気づく。
ラリマー公が二人いる。
一体どういう事か――を考えながら近くまで歩み寄った時に、隣り合ったラリマー公の一人が口を開いた。
「私の隣にいるのは水鏡から作り出した私の
なるほど、『平和に戦いたい』とはそういう意味か。
私も死ぬ危険が一切ないというのはありがたいが、しかし――
『貴方が作り出した物で戦う……という状況は私が圧倒的に不利では?』
「信じられないならば、本体で戦ってもいいですよ? と言いたい所ですが……貴方をうっかり殺してしまうと後が面倒なんですよね。安心してください。ちゃんと貴方の意思で動くように作りますよ。黄系統の人間は不正に関して本当にうるさいですからね。さあどうぞ、水鏡の前に」
ラリマー公はこちらの戸惑いなど御構い無しと言わんばかりにペラペラと語る。
言っている意味はわかるが、どう戦うというのか――少しばかり複製体とやらに興味が湧き、青の鞭が作り出している縦長の楕円の方に体を向ける。
青の鞭の楕円はまさに鏡のように私を映し出し、それは勝手に動きだし、鏡から出てきた。
真っ直ぐに私を見据える自分自身の姿――こういう物があるなら自分自身と戦って鍛錬を積めれば、より効率的に強くなれそうだ――と思った瞬間、抜刀してきた相手の剣を反射的に後ろに跳んでかわす。
(攻撃してくるならこちらも反撃する)
すかさず剣を抜いて相手の足元を狙おうとした時、私と私の複製体の間に厚い氷が出現した。
「貴方は一体何を考えているんですか」
『それはこちらが聞きたい。何故これは私に対して攻撃してくるのか』
氷ごしにこちらを睨む複製体から目を離さぬままラリマー公に問いかけると、小さなため息が聞こえた。
「ちゃんと貴方の意思で動くように作る、と言ったはずです。貴方と複製体の思考は繋がっています。貴方は今、複製体と戦ってみたいとでも考えたんでしょう? だから複製体が貴方に向かって攻撃したんですよ」
そう言われ試しに(今は自分と戦っている場合じゃない)と思い直すと氷の向こうの複製体はピタ、と動きを止めた。
なるほど――どういう理屈で複製体と思考が繋がっているのか知りたいが、ラリマー公が教えてくれるとは思えない。
剣を鞘に収めると、複製体も剣を収めた。見た限り剣も全く同じ物のようだ。
私の剣は神器ではないとはいえ、刀身の一部に橙の永魔石とオリハルコンを使用した、コッパー家に代々伝わるとても貴重な剣なのだが。
「複製体は身体能力も魔力も本体と変わりません。私は自分と貴方の複製体の維持でほぼ身動きが取れませんので、私と魔法が使えない娘は巻き添えを避ける為にアズーブラウに乗り、空から決闘の成り行きを見守らせていただきます」
ラリマー公は簡潔過ぎる説明の後、ルクレツィア嬢を乗せて空高く浮上する。
ラリマー公の複製体も決闘位置に着く為か、こちらに背を向けて歩き出した。
「あ、あの……応援してますので、頑張ってください……!!」
決闘の合図が来る前に少しでも複製体の扱いに慣れなければ――と思った所で意外な人物に声をかけられる。
アズーブラウにはまだ何人か乗せられるスペースもあったのに何故乗せなかったのか――まあ、あの言い方だと息子を冷遇しているというより、自衛出来る者は元から乗せないつもりだったのだろう。
凍っていた髪の毛や眼鏡の霜もすっかり溶け、ちゃんと鼻水も拭いたらしいアレクシス公子の言葉に少し苛立ちを覚える中、更に苛立つ言葉が重ねられる。
「姉様は僕をとんでもなくこき使うし、貴方の事になると周りが見えなくなるしですごく迷惑してますけど、誘拐された時に獣人一人殺せなかった僕の代わりに獣人達を一掃したのは姉様で……だから、助けてあげたいんです! でも、僕は父様に、勝てないから」
すごく迷惑をかけているのは若干申し訳なく思ったが、弱々しい言葉と共に「へへ」と苦笑いする少年への腹立たしさの方が勝る。
『アレクシス公子……勝てない、何も出来ないと思いこんでいるうちは本当に勝てないし、何も出来ないものだ。自分の力の無さを理由に他人に縋って大切な人を助けてもらうのは情けない事、恥である事を知れ』
ダグラスのように、あの従僕のように恥である事を分かっていてなお、自身の歯を食いしばって他人に深く頭を下げる――己のプライドを犠牲にした懇願だからこそ、託された側は何とかしてやらなければと決意を固めるのだ。
この少年のように『自分は力がないんでお願いします!』とさも当然のように言われるとかなり腹が立つ。
強者になれない弱者でも、弱者なりに強くなろうと努力するべきだ。
自分に力がない事を内心で恥じながら、それでも自分の出来る事をする、前向きな精神を持っていて欲しい。
守られて、大切なものも守ってもらえて当然という甘ったれた態度――まして強者になれる素質がありながら強者の責務を追わずに弱者の立場にいようとする者には余計に腹が立つ。
アレクシス公子は私の言葉に驚いた後、顔を伏せる。これで自身の恥に気づけたのなら、まだ見込みはあるのだろう。
『……君の若さに免じて、今の恥は聞かなかった事にしよう』
改めてラリマー公の複製体が歩いていった先を振り返ると、15メートルほど離れた場所でラリマー公の複製体が60センチほどの藍色の短鞭を左手に持ち、構えている。
いつでも戦闘を開始できるという合図だ。
空を見上げれば上空、と言ってもいいだろう位置に
決闘は一定の距離を取り、互いが武器を構えた所で開始……少し慣れる時間が欲しかったが、思わぬ邪魔が入った。
既に構えている相手を待たせるのは失礼にあたる。
ラリマー公の複製体が持っている短鞭は青ではなく藍色――流石に神器を複製する事はできなかったようだ。
あれが単なる鞭なら殺傷能力は低い。魔法を安定させる為の媒体に使うだけの物なら尚更接近戦に分があるのは間違いない。
ラリマー公の戦いは以前、父上の代理で14会合に出た際にロベルト様と衝突して戦う姿を見ているが、果たして色神も神器も使わない英雄はどう戦うのか――
(……恐らく、戦闘を開始した瞬間に宙に飛ばれる)
私は青や緑系統の人間が使える
正々堂々、という言葉が似合う相手でもない以上、弱点を突かれるのは間違いない。
(複製体なら加減する必要はない。構えた後、殺すつもりで
赤や黄属性の人間が使える
その速さは想像通りだが、最初の踏み込みと術の発動が両方予想より遅かった。
浮かばれる事を見越して高めに振り切られた剣は空を切り、ラリマー公の複製体がアズーブラウと同じ位の高さまで宙に浮かぶ。
(あの高さだと攻撃のしようがない……!)
助走をつけての
考えている間、複製体はその場に立ち尽くしている。打開策が見つからないうちに薄曇りの空に青い魔法陣が広がっていく。
陣術は印術や唱術に比べて応用を効かせやすい。
魔力の消費に比例して範囲が広い物を作れるのも利点の一つだが――その分発動に時間がかかり、陣が見える分相手にどんな術を使われるかを察されやすい。
(あの広範囲の魔法陣――『氷柱』『複数』――
魔法陣に刻まれていく言語から魔法を推測したのと同時に、氷柱が発生し始める。青の魔力で作られる青の魔法陣は色を変換する術式を省略できる分、威力が強く発動が早い。
(回避に専念しろ!)
そう念じて、3秒。
私の複製体は降ってくる氷柱――というよりは全面的に鋭く研がれた刃のような大小様々な氷をかわしながら剣をしまい、高速移動で避けてかわす。
大地に深く突き刺さる氷の刃はその一つ一つがかなりの魔力を込めて作られた物である事が分かる。
(いくらラリマー公の魔力が他を圧倒するものであっても
降り注ぐ大小の氷刃を交わしていく複製体の姿に焦りと苛立ちを覚える。
自分が避ける分には気づかないが、こうして客観的に見ると大分難が見えてくる。
高速移動でかわしているが、降り注ぐ氷刃の軌道は単調――見極めれば高速移動を使わずともかわせる物も多いはずだ。
こちらが攻撃できない所から
(高速移動を使うな! 避けきれないものは
苛立ちながらそう念じると複製は高速移動をやめ、刃が生み出される先を見据え最低限の動きで氷刃をかわし、避けきれないと判断した物は念じた通り魔力を圧縮した防御盾ではじく。
魔法は発動時に最も魔力を消費する。
発動と停止を頻繁に繰り返すより発動させっ放しにした方が魔力の消費を抑えられるのだが、この程度の落下速度であれば都度
自分の戦いを見ながら自分に対して念じるのも不思議な気分だ。客観的に見る自分とラリマー公の戦いに違和感を覚える。
(……囲われている?)
降り注ぐ氷の刃は無作為に降っているようで、私の複製体を囲うように大地に突き刺さっている。
どんどん厚い氷の刃に視界を阻まれ――私の複製体が完全に見えなくなった所で氷柱の雨が止んだ。
(……魔法陣の射程範囲に『包囲』とでも刻んていたのか?)
もう少し魔法陣を観察しておけば――と空を見上げると、消えかかった魔法陣の下にいるラリマー公の複製体が自身が持っている短鞭に氷を纏わせ始めた。
それが槍の形をとり始めた所で、それを私の複製体に向けて振り下ろすつもりなのだと確信する。わざわざ槍を持って突進してくるはずがない。
氷の槍は遠目からでも徐々に大きくなっていくのが分かる。
氷柱で作った囲いの中を吹き飛ばす位の槍を作り出すのだとしたら、かなりの大きさになりそうだ。
(あの程度の氷壁なら、跳躍魔法で超えられなくはないが……)
だが相手の魔力の底が知れない。
公爵と公爵以外の決闘では『平等ではない』という理由で神器や色神を使わないケースもあるが神器や色神の使用が禁じられている訳ではない。
(複製体に神器を貸さなかった辺り、色神を使われる可能性は低そうだが……)
どちらにせよ逃げてまた氷柱の雨を降らされると、防御盾を使った魔力の分だけこちらが不利になる。
性善説からくる推測に頼るのは悪手だ。
それなら――
(ラリマー公の複製体に向かって跳べるようにしておけ。私が合図を出す)
突き刺さった氷の壁で複製体の姿は見えないがラリマー公が本当に私の思う通りに動くように作ったのであれば、見えなくても私があの場所でそう思えばどう動くか分かる。
ここから念じて複製体に届くまでのタイムラグは把握した。
後は、あの氷の槍が何処まで大きくなるか、どの位の速度で落ちてくるか――そこさえ分かれば、勝機はある。
『アーサー卿』
勝機を確実な物にする為に様々な思考を巡らせていた頭の中に、ラリマー公の声が響き渡った。
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