第234話 伊達男の異常(※ヒューイ視点)
目まぐるしく変わる好みが変わらなくなった事に気づいた時は流石に神様って奴を呪った。
(よりにもよって、あの子か……!)それがその時思った、俺の正直な感想。
静まり返った塔の1階――薄暗い広間の階段に腰掛けて、扉を見据える。
街の城壁に設置された結界石から扉にかかっている、4本の透明な魔力の鎖。そのうちの2つにそれぞれ黒と橙の色が混ざりしばらく経った頃――黒の魔力が混ざった鎖が消えた。
だが<破壊>された場合に生じるはずの音や魔力の歪みを一切感じない。
(……まさかとは思うがあいつ、結界石を解除できるのか?)
あいつは魔導工学より魔法学の方を専行していたから結界石の強制解除なんてできる技術を持ってるとは思っていなかった。
まあ興味を持って調べれば何でも出来る器用な奴だから俺が知らない間に学んでいた可能性もあるが――あいつらしくないやり方だ。
(抗う力のない民が何人死んだとして、それで心痛めるお前じゃないだろ?)
続いて橙色の魔力が混じった鎖も消える。こちらはアーサーが解除したんだろう。
あの寡黙なお人好しは昨日のリアルガー家のパーティーにも来ていたし、ダグラスが頼めば付いてくるだろうとは思っていた。
(他に誰が来てる……?)
塔の中からだと正確な魔力探知はできないがうっすらと橙と青、黒の魔力を感じる。ああ、アーサーが来るならあのお嬢さんも来るよな。
十数年、何度パーティーで彼女がアーサーに熱を上げる姿を見てきたことか。
それを見る度、1週間と持たない自分の恋心の軽さを思い知らされて何とも言えない気まずさを感じていた。
そんな俺も今――珍しく10日経っても好みが変わらない。
あの全身血に塗れたお姫様を見捨ててから、あの俺の好みはずっとショートボブで頑固なあの子だ。
流石にこの年まで数え切れない恋をしてきて今更(この感情は何だ……!?)なんて薄ら寒い事を言うつもりはない。これは恋だ。困った事に。
あの子に惹かれた理由は分からない。と言うかこれまでしてきた恋にも理由なんてない。恋なんて大抵そういう物だ。理由無く熱くなり、理由無く冷める。
まだ10代の頃はそんな自分を取り繕おうと思った時もあるが苦しくなって素直になってみたら意外と後腐れがなく。そこからは気楽に
自分を取り繕わない恋は楽だ。緑の人間は何を考えてるかわからない、という一般常識にも助けられて楽に過ごしてきた。
男からは憎まれ、恨まれ、嫌われる事も多いが俺がこういう人物なのを知ってなお距離を置かずに付き合う奴も何人かいる。ダグラスやアーサーもその中の一人だ。
そういう事情もあって気心知れた数少ない友人の想い人と好みが重なるのは極力避けたかった。だから呪術付きの制約書にサインする事も厭わなかった。そうする事で自制が効くかなと思った。
まさかああいう事になることもこういう事になることも思いもしなかった。
この胸に芽生えた感情は最初はとても小さく、友人から奪いたいと思うものじゃなかった。
あの子の気質は赤に近い。俺と彼女は本能的に合わないというのも感覚的に分かる。血まみれの彼女を置いて立ち去るなんて酷い事もしてしまったしな。
あの子が欲しいとは思わない。ただ幸せになってほしい。その手助けが出来ればいい。たまにあの子が微笑う姿が見られればそれで――なんて性に合わない恋はさっさと終わらせて次の恋に移りたかった。
だからダグラスとあの子の恋が上手くいくように優しく見守れと色々助言してやったのに。
懐妊パーティーで酷く暗い顔をしているあの子とそれを慈しむように熱い眼差しを向けるダグラスに黒の凶悪性を垣間見た。
何をどうすればあそこまで想い人の表情を殺せるのか。対象的な2人の姿に思わず自分の目を疑った。
(……赤は他人の為に燃え上がり、青は水面下で流れを変える。黄は揺らぐ事無く道を貫き、緑は自由気ままに吹きすさぶ……)
かつてこの世界を崩壊の危機に陥れた最恐のツヴェルフ――ベイリディア・ヴィガリスタが残した辞世の句が頭をよぎる。その最後を締め括った言葉は、
(……白は全てを包み込み、黒は全てを塗り潰す……)
ダグラスには悪いが俺はあの子が黒く塗り潰されてしまう前に地球に帰してやりたい。あの子のあんな姿をもう誰にも見せたくない。
ダグラスが暗く病んだ彼女を見て興奮するような性癖だと分かっていたら助言なんてしなかったのに。
女性と仲良くなる為にはどうすればいいだろうかと思い悩む不器用な友人の姿にすっかり騙されてしまった。
表情が消えた女にそんな目を向けたら駄目だろ。女の子は笑顔でいるのが一番だ。好きな女の笑顔の為に笑顔を向けるのが男ってもんだろ。
なんて、血溜まりの中で見捨てたあの子の何もかも諦めたような乾いた笑顔――そういう道徳的にいかがなものかと思う姿に惹かれてしまった俺が言える事じゃない。
そんな圧倒的負の状況で芽生えた恋は本当に、とても小さい物だった。だが昨夜のあの子の暗い顔を見てこのままにしておけないと思ってから急速に膨れ上がった。
自分の中にある感情がどんどん荒れ狂ってしまう前に、あの子にはとっとと地球に帰ってもらいたい。
数え切れない位の恋をしてきたからこそ分かる。この恋は駄目だ。着地点が見えない。
元々、女の子を見捨てるっていうのは俺の性には合わない。性に合わない事をしたからバチが当たって性に合わない恋をしてしまったのかもしれない。
見捨てる事で抱いてしまった感情は、助ける事で消せるような気がする。
(それにしても……何回あの子に
時折感じる上階からの白の魔力。最近皇城で見かけた、まるで女性が望む理想を具現化したかのような綺麗な顔立ちの青年にも嫌な予感しかしない。
(まさか……兄弟揃ってヤバいのか?)
そう思った時に黒が混じった魔力の鎖がまた1本消える。さっきよりペースが早い。
残るは橙が混じった後1本――あの子の様子を見に行くことは出来ない。
(そろそろ張っておかないとな……)
足元に緑色の魔法陣を張り広間全体を覆うように広げていく。魔法陣が薄緑色になった所で詠唱を開始する。
「――我の周囲は侵されざる聖域……聖域の安寧を願う我に数多の神の奇跡を与え給え――
同時に発動できる術は唱術、印術、陣術の3つ。印術も組み込んで起動させた方が結界は強靭な物になるが、それを発動させている間他の術を一切使えなくなる状況は避けたい。
(……元々が頑丈な塔だ。この程度の結界で十分だろ)
この結界の中で発動する攻撃は物理も魔法も敵も味方も関係無く全て半減する。
貴重な遺跡や重要な建物で公侯爵が関わるような大きな戦闘が発生した際周囲の破損を防ぐ為に生み出されたこの魔法は並の魔術師ではすぐに魔力が尽きてしまうが、器が大きい人間はその分自然回復量も多いので俺にとってはそこそこしんどい程度の負担でしか無い。
程々に魔力が減ってきた所で
俺の役目は塔を守る事。これを使った結果あいつらが塔を上っていく時間が遅くなってツヴェルフをみすみす逃してしまっても俺が責められるより先に結界石の解除なんて訳わからない事に時間を使ったあいつらが責められる。
最後の橙が混じった鎖が解除されたタイミングで首に下げた懐中時計を開き、時間を確認する。18持50分――そこから長針が5回音を立てた頃に扉が開いた。
「ようこそ」
両手を広げて歓迎すると、まず目に入ってきたのは――気の毒な
「兄上……私達は争いに来た訳ではありません。どうかツヴェルフ達を引き止めるのに協力してもらえませんか?」
異父弟のレオナルドが前に立って頭を下げる。魔力が小さくて気付かなかった。ダグラスが魔力を込めた結界石を解除したのはこいつか。
「……協力も何も、俺の立場は中立だ。お前らの戦いで塔が破壊されないようにお前らを見守るのが俺の役目だ」
首を横に振って俺の立場を説明するとレオナルドの横にいた学生時代からの友人であるダグラスが呟く。
「この結界は……中立とは言い難い嫌がらせだな?」
「お前らが神器を持って全力で戦えば、いくら魔岩石やオリハルコン製の柱でも壊れないとは言い切れない。古代文明で使用されていた魔法工学は現代の魔導工学とは使用している言語も術式も構成も違う事くらい俺も知ってる。いいか?この塔が壊れたらツヴェルフが召喚できなくなっていずれ世界は終わるんだ」
ダグラスに
「ただ塔を守る為なら戦闘が起きる度に塔に対して
「あー、そういやそういう魔法もあったな……でも発動させちまったもんは仕方ないからこれで頑張ってくれ。皇国の英雄様なら出来るだろ?」
「ヒューイ卿……貴方、そのせいでツヴェルフ達が転送されてもいいんですの? 有力貴族の跡継ぎの中では貴方が最年長ではありませんか」
ダグラスの後ろにいたらしきルクレツィア嬢が呟いた言葉は割と痛い所を付いてくる。
「10年後の召喚の時、俺は38だ……ダグラスもアーサーも36……いや、ダグラスは37か?皆して若いツヴェルフ達に嫌がられるのも面白いんじゃないか? 今ならまだ18年前に召喚されたル・ジェルトのツヴェルフ達にお願いするって手もあるしな」
俺の中の好みが<魅惑的なおば様>になってくれればすぐにでも手合わせ願いたいもんだが、目まぐるしく変わる割にその辺に好みが当てはまらない。
「……こいつと話してても仕方がない。お前らは階を上がっていけ。私は地下に降りて神官長と話をする」
ため息を付いたダグラスが地下への扉の方に歩き出したのを風で止める。
「無駄だ。説得できるような心境だったら街も閉じないし塔のセキュリティを起動させたりしない。あの人はお前らが結界石を破壊する前提で石を起動させたんだ」
こいつらに抗えば街や塔が破壊される可能性があるのを分かっていて、街の結界とこの塔のセキュリティを起動させてまで抗う神官長は本当、何考えてんだか――あの人は皇族の中では珍しく『真面目で優しい人』だと思ってたんだがな。
そういう人程キレると怖いってのは結構当たってるのかも知れないな。
そんな神官長の『くれぐれも彼らを地下に入らせないでください』という命令を守れなかったら俺もどうなるか分からないんでね。
「私は話し合いに来た。穏便に事を済ませたい」
「信じられるかそんな言葉。お前、あの子が関わってからこれまで自分がしてきた事を胸に手を当てて振り返ってみろ」
罪人を残酷な方法で殺し、皇家に喧嘩を売り、罪人の魂を抽出した挙げ句、領地を強奪しようとしやがって。
その上懐妊パーティーであの子の魔力が安定の範囲内から消えた途端みっともなく取り乱して人んちの館の中で
もう諦めろよ。あの子が地球に帰りたいって言ってるんなら帰らせてやれよ。
あの子の事が好きなら、せめてあの子の幸せを願えよ?
らしくない言葉が、らしくない感情と共に心の中で蠢く。
変な気分だ。自分が傍にいなくても、相手が幸せであればいいだなんて――そういうの、気持ち悪いと思ってたのになぁ。
まあ、たまにならこんな恋も――いや、俺はやっぱりもう少しまともな恋をしたい。
(……どちらにせよあの子がこの世界を去れば、この恋も終わるだろ)
――ヒューイ。今日が終わる時にリアルガー家以外のツヴェルフは皆帰るみたいだよ。面白い物が見れそうだよねぇ……ボクも皇帝の招集をスルーして行きたいんだけど、親子で行くと体裁が悪いしね。残念だけど今回は君に譲ろう――
朝、面白い玩具を見つけたように微笑んでいる親父にそう言われた。
詳細を聞いてみればいつものように風を使って盗み聞きをしているうちにそういう情報が集まってきたらしい。
親父はいつもこうだ。安全な場所で面白さを楽しむ為に何でも『ギリギリ』の所を突いてくる。俺の心も見透かされているのが酷く気持ち悪い。
俺はそんな親父みたいに『面白そうだから』で場をかき乱す趣味はない。人が苦しむ姿や嫌がる姿、悔しがる姿を見て悦に浸るような趣味もない。
自由気ままに恋をして酸いも甘いも噛み分けながら、ただただ穏やかな風に吹かれて生きたい。重たくなりそうな恋は性に合わないんだ。
「俺の事は気にしないでくれ。塔を壊すような真似さえしなければ俺はお前達に敵対する気もない。皆で仲良く上に上がっていこうぜ?」
陽気な声を出して誘ってみれば、ダグラスは舌打ちした後で階段を上がっていく。
さあ、転送まで後5時間――俺の結界とこの塔の防衛機能で何処まで時間を稼げるかな?
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