第20話 黒の希望・4(※ダグラス視点)


 結局、『ネコホイホイが駄目なら他にして欲しい事や物はないのか』としつこく問う私に辟易したらしいペイシュヴァルツが『そこまで言うなら余もにしておく』と根負けし、周囲に疑われない位の大きさの体を分けてもらった。


 体が大きくなればその分分けられる魔力も多くなるのだ、が――


『何故だ……? これだけの魔力があれば人に変化するなど造作もないはずなのに……!!』


 上手く陣が組めない。他の魔法の陣なら組めるのに、何故か変化の陣を組もうとすると魔力が滑るようにそれてしまう。


『自分自身に変化するつもりだったのか? 残念だったな。生憎余は人に変化できんのじゃ。そのように作られたからな』


 子猫状態になったペイシュヴァルツが絶望を告げてくる。午前中でも動ける私を見てもらえれば緑の疑いも払拭できると思ったが、これでは緑の疑惑を更に深めるだけだ。

 絶望に打ちひしがれて頭を抱えて伏せる私に、再度ペイシュヴァルツが呼びかけてくる。


『戻るか? 余も飛鳥の成り行きを見守る位の事はできるぞ。殺されそうになったら助けてここに連れてくれば良いのだろう?』

『……いや、私がこの目で見届ける。何かあった時は飛鳥を守りたいのだ』


 それでもこのまま皇城に行くと色々都合が悪い。一旦自分の体に戻り、酷く重い体で『自分は行けないからペイシュヴァルツに行かせる』という文書を書いた後、再び大猫の体に宿る。白の魔力の影響を受けない分、この体は楽で良い。


『ペイシュヴァルツ……お前は先程そのように作られたと言っていたが……昔の人間はどうやってお前を作ったのだ? 以前気になって古代歴史や皇家の禁書庫を調べた事があったが、それに関する事は何も書いていなかった……星に降りかかる災厄のエネルギーを受け止め、異界の扉を管理し、人と共存する存在……それは本当に人類が作り出したものなのか? お前が猫の特性を持っているのは猫を媒体にしたからか?』


 この世界に降りかかる災厄は自然災害や疫病、人の中に巣食う悪しき感情の暴発や魔物に限った事ではない。この世界と繋がる異界の扉の存在がある。

 異界の扉が開かれれば、異界の生物がこの星に生きる民を襲う。異界の生物全てが獰猛とは限らないが我らが管理している扉の向こう――魔界からは常に禍々しい殺気を感じる。


 異界の扉が開くのと、術で異界と繋がるのとは訳も規模も違う。

 召喚術はまず異界にいる対象に呼びかけた後、一時的にその対象が通れる程度の小さな穴を作り、自身の魔力を対価に一時的にその力を貸してもらう術にすぎない。


 召喚された者の中には契約に反して逃げようとする者や術者を殺してこの世界を謳歌しようとする者もいる。私が討伐する魔物の中にはその手の魔物も多い。


 私は身を弁えて反抗してきた時に即殺できる存在だけを召喚しているが、身を弁えずに強力な魔物を召喚しようとする愚か者は年に何回か出現する。


 だが『扉』はそんな召喚で開く一時的な穴とは違う。一度開けば大小関わらず様々な異界の生物がこの世界に雪崩込んでくる。

 向こうが扉を閉じてくれればいいが、こちらから閉じなければならない場合は相当なエネルギーを必要とするのだ。


 この星とこの星に生きる者達を災厄と異界の脅威から守る為に色神を作り出す道理は分かるが、どうすればこれだけの物を作り出せるのか――いくら古代文明が今の文明より遥かに優れていたという痕跡があるとは言え、ここまで星を守る事に特化した存在を人が作り出したとは考えづらい。そう思って聞いたのだが――


『先程の貸しを返せ。体を貸してやるから二度と余にそれを聞くな』

『……分かった』


 かなり興味がある事柄だったのだが、全く青もペイシュヴァルツも嫌な所で貸しを返せと言ってくる。


 夜がすっかり明けた所でランドルフに状況を説明し、新聞を確認した後一人空を飛ぶ。

 浮遊術ヴォレやペイシュヴァルツに乗っての飛行とは大分違う感覚に爽快感を覚えつつ皇城へと向かう。


 新聞には緑が飛鳥を保護していた所をアレがさらってルドニーク山に行き着いたような事が書かれていた。緑が何を考えているのか分からないが、コッパー家の名前が出なかったのは単純にありがたい。


 あれこれ考えている間に皇城につく。本人がいないのに色神だけがいても驚くだろう。門の兵士に文書を渡すとそれを持って兵士が城の中に入り、しばらくして灰色のローブを纏う皇子が現れる。


 会議室に通されるまでの間、一言も発しない寡黙な皇子は何を考えているのかさっぱり読めない。

 主がいない色神に少し位心の内を明かしてくれても良いのだが――全くもってつまらない。


 黒の椅子に座って待とうかと思ったが、どうにもバランスが悪く諦める。飛鳥は緑と来るのだから恐らく緑の近くに座るだろう。緑の椅子の下、一番収まりが良い座り方で飛鳥を待つ。


 しばらくして黄がやってきた。チラと時計を見ると8時10分――約束の時間の丁度20分前。本当に几帳面な男だ。


「……主はどうした?」


 怪訝な顔で見下ろしてくるので紙を目前までに浮かばせる。それを読み終えたらしい黄は大きく息を吸った後、重い溜息をついて黄の椅子に座った。


 私と会話する気はないようだ。最も、話しかけられても今の私は鳴く事しか出来ないから非常に助かる。そして重苦しい沈黙が漂う中、赤が現れた。


 赤にも私の手紙を見せると赤は「はぁ!? 全く、あやつは……!!」と大きな声を上げた後、ため息を付いて赤の椅子にどっかりと座る。


 そしてこちらに向かって『あやつは何で来んのだ?』『何処が悪いのだ?』とテレパシーを送ってくるが、テレパシーを返せば声でバレかねない。全て無視した。


「カルロス……ダグラス卿がロットワイラーを落とす事を知っていたな?」


 赤が座ったのを確認した黄が赤に問いかける。


「いや、ワシは知らん。奴は交渉すると言っておったからな。こういう事になって正直ワシも驚いておるわ」

「交渉も制圧も関係ない。何故私に一言も言わなかった?」

「今回の件は白の小僧を追ってうっかり国に侵入してしまったワシにも非がある。迅速に解決したかった」

「まるで私に言うと迅速に解決しないような言い方だな?」

「実際お主に言うと話が進まんくなるからなぁ……」


 ここからでは赤の表情は分からないがしばしの沈黙の後、赤は再び言葉を紡ぎ出した。


「ワシはお主の気持ちも分かる……弱者が守られる立場に甘えてずっと弱者であるのは面白くない。戦える力があるのに我らに守られる事でその力を無くしていくのもな。だが……頑なに自分の意志を押し通す人間には誰も何も言わんくなるぞ? 人と共に生きたいのなら、もう少し人の言葉に耳を傾けて寄り添うべきではないか?」

「傾けているつもりなのだがな……寄り添えばどうしても公平ではなくなる」


「公平とか不公平とか本当面倒臭いのうお主は……酒の2樽3樽持ち寄って飲み明かして、何の建前もなく腹割って話し合えば見えてくる物もあるというのに。どうだ? 今度久々にワシと飲み明かして試してみんか? 最近のお主はどうもストレスを溜めすぎとる。パーッと飲んでスッキリするのも大事な事だぞ?」

「ふむ……事が落ち着いたら考えてみよう。ただ2樽も要らん。1樽で良い。酒に溺れられると返って本質が見え辛くなる」


 険悪な公爵間で赤が緑以外とそこそこ良い関係を築いているのはこういう所にあるのだろう。

 2人が会話を終えて再び沈黙が訪れた所で緑と飛鳥が入ってきた。


「ペイシュヴァルツ……貴方こんな所で何してるの?」


 血色が良い、表情もある、傷や後遺症もない――それだけ確認すると顔を背ける。


 今は飛鳥が健康だと分かればそれでいい。これ以上飛鳥を見続けたら目の奥から涙が溢れ出してしまいそうだ。それは流石におかしいと思われる。絶対正体バレたくない。


 飛鳥が凡人侯の椅子に座ったのでそちらに移動する。

 ああ、本当に――もう足も治って普通に歩けるのだな。こればかりはアレに感謝せざるを得ない。

 しかし、いつ誰にどんな魔法を使われるか分からないから極力傍にいなければ。身を起こして飛鳥の足元へと場所を移す。


 座った飛鳥に赤が声をかける。高い身分になればなるほど我も癖も強い――当たり前だ。自我が強くなければ人の上になんぞ立っていられない。


 どれだけ愛嬌振りまこうと凡人ぶろうと有力貴族ともなればそこには簡単にはねじ曲がらない『我』があり、『癖』がある。


「全く……ダグラスもアスカ殿が来ると聞いておろうに体調不良で欠席とか何を考えているのか……! 今は血反吐吐いてでも来んといかん時じゃろう……!?」


 赤が非常に心外な事を言う。自分の体で来る事ができたなら血反吐吐いてでも、這ってでも来たというのに。


「口ではどれだけ情熱的な言葉を吐いても、愛しい婚約者の危機より自分の体調不良を優先させるならその程度の愛なんだろうねぇ」


 緑の言葉が物凄く癪に障る。ただの体調不良だと思っていないからわざわざ午前中を指定したのだろうに――事もあろうにそれを私の飛鳥への愛と比較するとは。


 気づいているのか、いないのか――頭で考えるように努めていても体が心に反応するのは子猫の時と同様らしい。尻尾が膨らむ感覚に覚えがある。


 私が緑を睨んでいる間に飛鳥は黄に話しかける。

 何故この状況で自分を裁判にかけようとしている人間に話しかけるのか――飛鳥の思考は大体理解できるようになってきたが、まだまだ理解できない部分も多い。


 黄の様子をうかがっている間に水鏡を浮かせた青がやってきた。水鏡に映るアレに対して飛鳥が心配そうな声をあげる。

 あんな奴の心配などしなくていいのに――と心が荒れるのを感じた瞬間、青と目が合う。


 その何もかも見透かしたような表情――完全にバレていると思わざるをえない。それでいてあえて私がペイシュヴァルツであるような発言をしている。


 分かる。これはまた、貸しにされる。


 今度はどんな長話に付き合わされるのか――ウンザリした気分の中で、飛鳥の処遇をどうするかという話が始まった。


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