第13話 黒の嫉妬・2(※ダグラス視点)
気絶した飛鳥をどう運ぶかを考えているとアーサーが飛鳥を浮き上がらせて体を丸まらせた後、マントで飛鳥の全体を覆い紐で拘束した。
『アーサー……この体勢では飛鳥が苦しい』
膝を折って体を丸めた体勢で縛ってしまったら、間違いなく息がしづらい。
『大丈夫だ。息ができない程の拘束ではない。痕も2、3日もすれば消える』
ハッキリと物申すアーサーは一切緩める気は無さそうだ。今の私にはテレパシーを送る程度の魔力が精一杯で拘束を緩める事もできない。
フゥ、と小さくため息を漏らすと今度はルドルフのテレパシーが響く。
『ダグラス様、我らはこの後どうすれば?』
『ルドルフは黒馬車を回収して館に戻れ。ランドルフはこの街に滞在する黒の騎士団の者と共に白の騎士団及び皇家の動向を探り、情報が集まり次第アーサー宛てに魔鳥を飛ばせ』
『承知しました……ダグラス様、道中お気をつけて』
ルドルフと仮面を付けたランドルフが並んで頭を下げる。そう言えばこの2人が揃って外に出る時はランドルフが仮面をつけて顔を隠す事になっているんだったな。
<双子は全てを分け合って生まれてくる――片方が死ねばもう片方へ分け合った物が戻ってくる>
幼い頃に聞いた時は馬鹿げた話だと思ったが、実際いつでも笑みを浮かべているランドルフに対しルドルフは愛想笑い以上の笑顔を浮かべる事はなく。
双子の感情に明らかな凹凸があると分かってからは言い伝えられるだけの理由はあるなと思った。
一人分の感情を分け合っている2人。分け合う度合いは100と0ではなく、30と70だったり、50と50だったり。
双子は幼い頃の私にとって良い研究対象だった。
そんな迷信と言い切れない言い伝えはこれまで様々な悲劇を巻き起こしたらしい。お互いが生きる為に殺し合う他、想い人を生かすために想い人の片割れを殺す事件が絶えなかったと聞く。
そういう悲劇を起こさぬようにいつしか双子及び多胎児が生まれた時はその殆どの親が片方に短い出会いへの感謝を告げた後、痛み無き死へと導いているらしい。
なのに何故2人が今生きているのか――それは2人の母親であるルネの願いと、父と私が2人の<全く同じ顔>という利便性に価値を見出したからに過ぎない。
生かす代わりにランドルフはいらぬ争い事を避ける為に館の外ではルドルフの影として生きる事を課せられた。それでもルネは感謝していた。この2人も今の所殺し合いに発展する気配はない。
願わくばこのまま仲の良い兄弟であって欲しいと思いながら、荷物に偽造された飛鳥を担ぐアーサーの肩に乗って倉庫を後にした。
待たせていた飛竜に乗る頃には小雨が降り出していた。
正門を避けるように街を出てから数時間――雨が酷くなってきた頃、飛竜に疲れが見え始め近くの村で休む事になった。
そして拘束から解放された飛鳥がまた性懲りもなく
そう力を込めたものではなかったはずだし爪も出てなかったと思うが、痛がる飛鳥にこちらの心も酷く傷んだ。
いくら飛鳥の態度が駄目だったとは言え、手を出すのは良くなかった。
その後顔を真っ赤にして眼も潤ませ、震える口で『生理用品を買ってきて欲しい』とアーサーに伝え、その羞恥心からベッドに突っ伏して泣き出す飛鳥にどうしようもない無力感に襲われる。
自分の選択を――私を捨てようとした事を後悔して欲しい、という想いが満たされていくと同時に、泣き震える飛鳥の体を優しく抱きしめる事が出来ないこの身が酷くもどかしい。
(いや、待て……そう言えば飛鳥はペイシュヴァルツに触るのが好きだったな)
魔物狩りの時に嬉しそうに撫で回していた姿を思い出す。きっと柔らかで滑らかな感触が心地よいのだろう。
少しでも気が楽になってくれればと思い、泣き伏す飛鳥に近付いて先程引っ掻いてしまったらしき部分を軽く撫でると、飛鳥は驚いたようにこちらを見た。
改めて頭に登ってこめかみを撫でると、やんわりと掴まれる。白の指輪に込められた魔力が酷く気持ち悪く、すぐ様距離をとった。
頭の婚約リボンや右手の中指にはめられた指輪が飛鳥を薄白い靄で包みこむ。まるで『アスカは僕の物だ』と主張せんばかりに。
白の魔力の塊があった私の体ではなく黒の魔力そのものと言えるペイシュヴァルツの体は予想以上に白の魔力に対して強い抵抗感を覚えていた。
私が飛鳥にあげた黒の婚約リボンは私の本体のポケットの中だ。
あれを首輪代わりにできれば行動範囲がかなり広がったのだが――緑がどういう行動を取るか分からない以上、あれに手を出す訳にはいかなかった。
「ああ……これが怖いのね」
私の態度をしばらく見つめていた飛鳥が、苦笑いして白の指輪を外す。
「おいで?」
異父弟との結婚指輪を外して、優しい声で、優しい表情で、私を手招きする。
ああ、分かっている。飛鳥はこうやって私を惑わすのだ。なんて狡猾な女だろうか?
しかし――もう二度と見る事はできないだろうと思っていた飛鳥の優しい笑顔を向けられて、私は抗う事が出来なかった。
フラフラとその笑顔に引き寄せられると、そっと頭を撫でられる。優しく撫でられたのが気恥ずかしく、抵抗するとそっと手が離れた。
温もりが名残惜しくて見上げると、また撫でられた。
(個人的には撫でられるより撫でたいのだが……)
飛鳥に撫でられるのは恥ずかしさこそあるものの、けして嫌ではない。そんな事を考えながら飛鳥を見つめると、飛鳥の目からまた涙がこぼれた。
「……私が……私が、ダグラスさんの所に飛び込んでれば……こんな目に合わなくて済んだのかな……? でも、あの状況で飛び込めって言われても無理よ……だって、私、何の力もないもの……またあの人を怒らせてしまったら、って思ったら、私……」
飛鳥の悲痛な言葉がまた私の心を惑わせる。私の所に来てくれなかった絶望と、飛鳥が転送されなかった喜びに飲まれて、我を忘れてしまっていた面は否めない。
「って言うか、あんな人目がある場所であんな事するなんて本当無理……! 勘弁して欲しい……! 何で私、こんなに恥ずかしい思いばっかりしなきゃいけないんだろ……!?」
再びマント越しに布団に顔を伏せた飛鳥のその言葉に、頭を鈍器で強く殴られた後に冷水を浴びせかけられたような衝撃を受ける。
人目――人が多い場所で番の呪術までかけようとした私は確かにやりすぎだったかもしれない。
あの場にはヒューイもアーサーもいた。友人の前でやらかした事だを考えると今更ながら羞恥心が襲ってくる。
番の呪術は古く、用途が限られた呪術だ。あの場でその術を知っている者などいないと思いたいが――
「少なくとも突き落とされて落ちるような場所にいたんだから、残ろうかなって迷ってた事位察してくれても良くない……!? 結果的に残ってるんだからあんなにキレなくても良くない……!?」
深く傷ついておきながら見事な逆ギレをみせる飛鳥に安堵しつつ、自分の行いを反省しつつ、次は人目のない所で術を施そうと固く決意する。
「その上、無理して魔法使おうとして自爆するなんて馬鹿の極みじゃない! ……って言うか襲うべきタイミングで襲って来ないくせに何であの状況で襲ってくるのよ!? 最初出会った頃の余裕は何処行っちゃったのよ、もう!!」
再びこちらを見た飛鳥の目からまた涙が溢れ落ちる。
ああ、本当に飛鳥はよく泣く。少しでも早く泣き止んでくれたら、と思いもう好きなだけ撫でさせてやる事にした。温かい飛鳥の手が心地良い。
最初であった頃に比べて余裕がないのは――貴方のせいだ。
貴方は予想もつかない事ばかりしでかす。それに加えて異父弟が貴方を私から奪おうとする。
そして貴方が私に悲しい顔ばかり見せるようになってから、いつの間にか余裕など何処かへいってしまった。
「……私だって……私だって、迷ったんだから……!!」
私の思考に反論するかのように紡ぎ出された言葉が私の心を締め付ける。
迷った所で結果戻って来てくれないのなら意味がない。
地球に帰った後に後悔された所でもうどうしようもないのだ。
(何処から――何処からやり直せば、飛鳥は自らこの世界に残ってくれただろう?)
異父弟に連れ去られる直前――眠る私の傍で悲痛な声で私の名を叫ぶ飛鳥を助けられていたら、飛鳥が今こうして恥にまみれて泣く事はなかったのだろうか?
そもそも、マナアレルギーを起こすような事をしなければ。飛鳥に黒の魔力を注がなければ記憶を失う事は――いや、異父弟が私から飛鳥を引き離したからマナアレルギーが起きたのだ。
アレは危険だ。私と飛鳥の関係を脅かす。アレこそ
そう。私と飛鳥が上手く行かないのは全部アレのせいだと思えば全て片付く話なのに。
それでも私が貴方の黒の魔力を解かなければ。両手を焼きさえしなければ。危ない目に合わせなければ――今そんな事を考えても仕方がないたらればが頭を覆う。
そうやって後悔に暮れる感情がある一方で、飛鳥がこの世界に残り私に震え怯える姿を見られた事に心が満たされている部分もある。
落ちてきた飛鳥を抱きしめ抑えつけている時、耐え難い幸福感に包まれた。
そして恐怖に怯え叫ぶ飛鳥を蹂躙する喜びを知ってしまった。
飛鳥からの愛が得られないのなら、この喜びに浸りたいと思ってしまった。
この支配欲より愛情が勝ったのなら、また違う答えも出せたのかも知れない。
迷っていたのは飛鳥だけではない。私も迷っていたのだ。
この心を愛で満たせないなら欲で満たせばいいと。情で従わないなら力で支配すればいいと。そんな衝動を抑えて飛鳥に戻ってくるよう説得した。
まだ逃げる先がこの国の何処かなら――私がすぐに会いに行けるこの国で自由に飛んでくれるならまだ良かった。
星の向こうに飛び立とうとするなら、鳥籠に閉じ込めてしまうしか無い。
もう私は疲れた。恥をかいて大金をはたいても得られない愛を乞い続けられる程私は愚かな男ではないのだ。私はもう、貴方がそばに居てさえくれればいい。
この温かい笑顔や悲痛な泣き顔に振り回されるのはもうたくさんだ。
体に戻ったらまず辱めてしまった事への非礼を詫びよう。彼女の迷いを受けとめられなかった器量の狭さも詫びよう―――その上で、番の呪術をかけよう。
その後――買い物をして帰ってきたアーサーとまた一波乱起こしながらも何とか眠りについた飛鳥を横に、椅子に座るアーサーに説教する。
『飛鳥は私の婚約者だぞ! もう少し優しくしろ!』
そう言うと怪訝な眼差しを向けられる。その目からは『私も今から仮眠したいんだが?』という意思がありありと感じ取れるものの、眠る前にどうしても言っておきたい。
『前々から思っていたがお前は言葉が足りなさ過ぎる! 痛み止めと腰巻きも買ってきていたなら最初から言え! 後、飛鳥が話しかける度にいちいち睨んで飛鳥を追い詰めるな!』
『威嚇しながら何を言うかと思えば……私が彼女に笑顔で優しく対応して好意を持たれたら困るだろう?』
確かに、この男は加減を知らない。優しくしろと言ってとことん優しくして飛鳥がこの男に好意を持つ可能性は十二分にある。それは非常に困る。
『君の婚約者だからこそ、私は好意を持たれないように気を使っているんだ。私とていくら女と関わりを持ちたくなかろうと無意味に女を睨みつけたり傷つけたりしたくはない』
他の令嬢に対する態度より飛鳥に厳しい理由はそれか。
『その配慮には感謝するが…やり過ぎだ。腹が痛いと言って回復魔法を使った事をあんなに怒らなくてもいいだろう? 彼女は平和な世界から来た人間なんだ。もう少し優しくしてやってくれ』
私の問いかけにそう返し小さくため息を付いたアーサーは床に寝転がり、目を閉じた。どうやら本気で床で寝るつもりのようだ。
私も魔物討伐中に野宿する事はしょっちゅうだが、寝る時はペイシュヴァルツを枕と布団代わりにしている。
直に床で寝るなど、本を読み耽る間に午前になって意識を喪失した子どもの時位だ。
今、目の前で布も枕も使わずに平然と床で寝る侯爵令息の姿に違和感を覚えつつ、私も飛鳥の頭の近くで眠る事にした。
微かに漂う食べ物の匂いに釣られて目を覚ます。飛鳥はまだ寝ているようだ。
この体は食べ物を必要としないが、起きた後の伸びは必要らしい。体を伸ばした後、顔がムズムズしてきたので顔を撫でる。
この体が猫の形をしているせいかどうにも仕草が猫っぽくなっていく。しかし私は猫ではない。人間の尊厳を失ってしまう前に早く自分の体に戻らなくては。
(この子猫の正体が私だと知ったら、飛鳥は……)
馬鹿にして笑われるか、あるいは覗き魔だと引かれるか怒り狂われるかのどれかだ。どれも耐えられない。絶対にバレないようにしなければ。
私とペイシュヴァルツの魔力の色は同じ――飛鳥に対してテレパシーさえ使わなければバレる事はないはずだ。
アーサー、ルドルフ、ランドルフ……ここまで出会ってきた人間が3人とも私の数少ない味方で口が堅い人間だったのは幸いだった。
ムズムズがおさまった所で顔撫でを止めてアーサーの方を見ると、彼も目を覚ましていたようで手で口を抑えて欠伸をしている。
『もう昼か……その娘はまだまだ寝そうだな。昼食を取るついでに一泊に切り替えるがいいか?』
アーサーが立ち上がり、タンスの内面に付いた姿見できっちり身だしなみを整える。
『そうしてくれると非常にありがたい。私はここで飛鳥を見ている』
『いや、君も付いて来い……その上で本当に私がこの娘に優しく接していいのか考えてみてくれ』
否応なく掴まれ肩に乗せられ、眠る飛鳥をそのままに部屋を退室する。
寝ている間にまたこの男は訳の分からない発想に思い至ったようだ。
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