第48話 それぞれの行き先


「そう言えば、リチャードに瞬間移動テレポートみたいな魔法は無いのか聞いてみたんだけど魔法自体は存在するけど他国からの襲撃や悪用を防ぐ為に国全体にその手の魔法を防ぐ結界が張られてるそうよ」


 少し重苦しい雰囲気になった事を嫌ったのかソフィアが唐突に話題を変え、ため息混じりに肩を竦める。


 確かに瞬間移動を敵にも使われたらかなり厄介な事になりそうだ。

 とても便利な物のはずなのに一部の人間の悪用や襲撃を懸念して制限がかかってしまうのは何処の世界も一緒なんだろうか?


「だから予定通り明日出発して5日後に帰ってくる予定なんだけど……アスカ、貴方、その辺の交渉は上手くいったの?」

「一応お迎えは6日後になったからギリギリ何とかなりそう……優里は大丈夫?」

「はい。ただ……私の場合、婚約者のアテが無くて……城から出たらこっそり飛鳥さんの所に行っても大丈夫そうですか?」


 優里は言い辛そうに小声で言葉を紡いだ後、私を見つめてくる。


 ダグラスさんに優里を匿いたいとお願いすれば聞いてくれそうな気もするけれど――優里が良いと思える人がいないだけで、もし貴族の誰かが優里に求婚してきたら嫌がられるかもしれない。


 それに同じ館に2人もいたらその分地球に帰る計画を知られてしまう可能性も上がるし、借りを増やす事も避けたい。

 かと言ってここで困っている優里を突き放す訳にもいかない。


(そうだ、どちらかと言えば私達が帰りたい事を知ってるクラウスに頼んだ方が……)


「レオナルドって男に事情を話して匿ってもらう事は無理そう?」


 私がクラウスの名を出す前にソフィアが今日優里に同行したはずの貴族の名前を出した。


「レオナルドさんは良い人なんです。良い人、なんですけど……」

「この世界の男が大体まともじゃないのは分かってるからハッキリ言って大丈夫よ」


 ソフィアが言いあぐねる優里の肩を優しく抱き、わりと辛辣な言葉で促す。眉を下げる優里と目が合ったので私も小さく頷くと優里は堰を切ったように話しだした。


「あの、レオナルドさん、結婚されてるんです……! 私、奥さんがいらっしゃる人の屋敷に行くのは、精神的にちょっと……!! 地球に帰りたい事を話せる感じでもありませんでしたし……! 良い人なんですけど、無理です……!!」

「ああ、子づくりと恋愛は別なタイプにあたったのね」


 ソフィアは既にその手の貴族達に会っているからか、さして衝撃は無いようだ。私もこの世界で重婚は珍しくないとは聞いていたけど、いざ実際に聞くとすごい違和感を覚える。


「しかも、その……恋愛結婚、みたいで……そんなの絶対気まずいじゃないですか……?」


 優里の呟きに重い沈黙が漂う。

 もし私がレオナルドの奥さんの立場だったら――大好きな人が仕方無しとはいえ別の女性と子どもを作り、その子どもが周囲に讃えられ、大事にされる特別な存在になったら――とても心穏やかではいられない。


 それにツヴェルフが別の男性の元に去ったとしても、子どもはずっとその家に残って大切に育てられる。それを『次代を繋ぐ希望の光だから』と割り切れるだろうか?

 ましてその場に自分の子もいたら――常に不穏な空気が漂いそうだ。


 テレビや映画でたまに扱われる、将軍の正室だの側室だの跡継ぎだのドロドロとした舞台に実際に足を踏み入れるようなものだと考えたら――


「……それは確かに行きたくないわね。地球帰る前に精神病みそうだわ」


 優里にそんなギスギスしそうな場所で精神削られてほしくはない。


(それに……少なくとも私は、そういうのは白の魔力が満ちてからって言われたし、館に行ってすぐハグとかキスとかセッ……ってなる訳じゃないのよね。)


 それもあって悠長に考えていたけれど実際問題、貴族の館に行くという事は貞操の危機も迫ってる訳で。2人には何とか安全な場所に行ってほしい。


「じゃあネーヴェは? あの子、皆貴族の家に行ったら塔に帰るんじゃない? 考えようによっては塔に出入りできるし、仲良くなって情報収集するチャンスじゃない? もし塔に戻らず城に残るにしても変な貴族に囲われるよりずっと安全だわ」

「確かに……ネーヴェって多分まだ10歳位でしょ? すぐに子づくりとか意識しないでいられる年齢だし、奥さんがいる男の家に居候するよりよっぽど気楽だと思うわ。それにソフィアの言う通り情報収集の意味でも協力を仰ぐ意味でも、ネーヴェは重要な存在になってくるし……」

「なるほど……確かにそうですね。狩りに参加してくれたから、婚約も受けてくれるかも……私、ネーヴェ君に聞いてみます!」


 ソフィアの提案は意外な物だったけど名案だった。それに賛同すると私達の言葉に優里も感心したように呟き、笑顔を見せる。


 しかしまさか、ネーヴェが<有り>だとは思わなかった。苦し紛れに言った人物がかなり重要な人物になるなんて――偶然乙女ゲームの隠しキャラを発見したかのような、そんな優里の運に感動する。


「アンナはアシュレーの家に行くのかなぁ……」


 話の流れでアンナの行く先も想像してみる。アシュレーの場合、恋愛も子づくりもアンナ一択かなと思うけど、実際はどうなのか分からない。


 ただ、アンナがリアルガー公爵家に行ったらもう会えないんだろうな、と思うとちょっと胸を締め付けるような寂しさが襲う。

 よくよく考えてみればまだ出会って一週間も経っていない関係なのに。


「ソフィアさんは戻ってきたらどうされるつもりなんですか?」

「そうね……その辺の事は考えてなかったわ。どうしようかしら……」


 優里の言葉に力なく答えたソフィアはテーブルに肘をついた手に顎を乗せ、光のない瞳で天井を見上げた。


 優里はネーヴェという選択肢があったけれど、ソフィアはアーサーかリチャード――もしリチャード選んだら城に残れるのだろうか?


「リチャードって何処に住んでるの? 朝早くに訓練してた事考えるとこの城の寮使ってるんだと思ってたけど」

「その通りよ。だから婚約したらどうなるのか心配なのよね」


 このままで城にいられたら一番良いのだけど、とソフィアはぼやくように呟く。

 もしかしたら寮を出て何処かの家で暮らす事になるかもしれないし、はたまたコッパー家に舞い戻る事になるかもしれない。行く先が分からないのは不安になる。


「他の貴族も考えてみたんだけれど、パーティーで私に言い寄ってきたのって殆ど侯爵家とか侯爵家に仕える人達が多かったから、結局ここを離れる可能性が高いのよ」


 明日からコッパー家に向かうとなると今更侯爵家以外の貴族と親交を深める時間もない。


「……行くあてないならクラウスに頼んでみる? 彼は私と完全に利害が一致してるから協力してくれるかもしれない。クラウスの家なら皇都にあるだろうし、私とも会いやすいし」


 そう提案すると、ソフィアの眼に光が宿る。


「ヤバい人じゃない方なら是非お願いしたいわ。聞いておいてもらえる?」


 ソフィアの了解を得た後、流石に時間も遅くなってきたのでソフィアと優里は退室した。

 2人が去った後、大きなベッドにゴロンと横になりぼんやりとベッドの天蓋を眺め今日一日を振り返る。


 本当に色々あった。死ぬかと思ったけれど、無事に帰って来れた。


(ああ、そう言えば今日って地球では私は無断欠勤した事になってるんだっけ……)


 この日が来る事をずっと恐れていたのに。魔物狩りという突然の戦闘にその不安は吹き飛ばされ、今思い出しても憂鬱な気持ちこそよぎった物の、もう過ぎてしまった事だからか不思議と不安は襲ってこない。


(いつ頃、帰れるのかなぁ……)


 漠然と帰れる日の事を思う。明日からまたメアリーの授業が始まり、6日後にはダグラスさんの所へ引っ越さなきゃいけない。

 引っ越す前の6日間の間に――考えなきゃいけない事がある。


『私は正直そっちの覚悟もしておいてほしいわ』


 そっちの覚悟――私が、2人と一緒に帰る事を諦める覚悟。2人は皆で帰ろうと言ってくれるけれど、私はどこまで一緒にいていい?


 言い辛いであろう事を正直に言ってくれたソフィアには感謝している。

 何の邪魔もされずに皆一緒に、なんて浮かれた考えを沈めてくれたのだから。


(でも、私だって、皆と一緒に帰りたい……それなら、どうすればいい?)


 もちろん、ダグラスさんが気づく前に神官長あるいはネーヴェにル・ターシュまで転送してもらえればそれが一番良いけど、2人に協力してもらえるかどうか分からない。

 ル・ターシュがすぐに見つかるかどうかもまだ分からない今、そこまで楽観的にはなれない。


 これから先、ダグラスさんと敵対する事になるのは目に見えている。

 骸骨やゾンビを力ずくで薙ぎ払い、死霊王に槍を突き付けて笑う彼の姿が脳裏をよぎる。


 (――どうすれば、彼から、逃げ切れる?)


 それを考えていくうちに、意識が徐々に薄れていった。


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