第54話 厄介な騎士
6日目の朝は晴天。5時30分にセリアに起こされて身軽な服に着替えた後、自室で筋トレを行う。
ダンベルを使った運動や何十回の腹筋や腕立て伏せ等を想像していたけれど、体を揺らしたり伸ばしたり、ヨガのようなポーズを取ったり――トレーニングは想像していた程過酷な物じゃ無かった。
それでも10分もやれば、結構しんどくなってくるけれど。
「アスカ様、次はプランク10回です!」
セリアを見ると私よりずっと速く淡々とこなしているので、かなり加減されているのが分かる。
15分位で筋トレを切り上げ、肌にじっとりと張り付く汗をぬぐう。
「今日はこのまま訓練に入りますが、明日明後日あたりからは少しずつジョギングも入れましょう。今日の訓練は実際に矢を射る事から……」
昨日言いだした事なのに、セリアは早速訓練計画を立ててくれたのだろう。淡々と事を進めるセリアの後について室内訓練場へと向かう。
朝も早いというのに、決して少なくない騎士や兵士達が外でも中でも訓練していた。
セリアが弓矢を持ってくるまで壁にもたれかかり、
「おはようございます」
この世界の貴族の顔面偏差値の高さには慣れたつもりだったけれど、隣に並び立つのが躊躇されるほど眉目秀麗な青年に挨拶されて思わず尻込みしてしまう。
少し黄色が強めの柔らかい金髪に黄金と見紛う、ややつり上がった金色の瞳。黄色を基調にした服に合わせた金色の肩宛てや胸当てが眩しい位に輝いている。
「訓練場に何かご用ですか? 人をお探しならお手伝いします」
見るからに有力貴族の人間だろうなと思わせるその気品。微かに漂うシトラス系の爽やかな香りは恐らく香水を使っているんだろう。
その香りと背景に花を背負っていてもおかしくない位の輝かしいオーラに精神が圧倒される。
「あ、いえ……訓練しようと思って……」
私の返答に、青年の穏やかな微笑みがほんの少しだけ歪む。
「訓練……? セレンディバイト公の婚約者である貴方が、何故?」
ああ、この人は私が何者なのか分かったうえで声をかけてきているのか。真っ直ぐ前を見据えるその凛々しさは物語に出てくる主人公のようだ。
「守られるだけでは性に合いませんから。えっと……」
「失礼しました。私はレオナルド・フォン・フィア・リビアングラスと申します。以後、お見知りおきください」
聞き覚えがある名前に改めて容姿と風貌を確認すると魔物狩りの朝、優里の傍にいた人物と重なる。
今はあの時のように大きな剣を背負っていないけれど、間違いない。
「ああ……優里の狩りに招待された人ね。優里から聞いてるわ」
恋愛結婚してる身で優里に声かけてる人だ。
話す物腰こそ柔らかいし、優里も良い人だとは言ってたけど――今いち心を開いてない時点で一癖二癖ありそうだ。
「アスカ様……騎士や兵士が自己鍛錬に励むのは良い事ですが、貴方はツヴェルフです。これ以上婚約者であるセレンディバイト公の顔に泥を塗るような行為はお止めになられた方が良い」
「泥を塗るような行為?」
心配して言ってくれているのは感じ取れたけど、聞き捨てならない棘のある言葉を追求する。
「皆、あの方を恐れて貴方に直接口出しする事はありませんが……貴方がパーティーで貴族を貶した事や、授業態度の悪さ等はもう誰もが知る所です」
(授業態度の悪さって……メアリー、何処かで私の事愚痴ってるの? 授業、ノート取らない時もあるけど、ちゃんと話は真面目に聞いてるつもりだったんだけど……)
ちょっとショックを受けている間にレオナルドの言葉が続く。
「そのうえ、一昨日の狩りで白の弓……神器まで振るわれたとあっては……いくら英雄の寵愛を受けるツヴェルフと言えど、公爵家に属する人間としてこのまま貴方の非礼を見過ごすわけにはいきません。神器の力で魔物を浄化できた事で気を良くされたのかもしれませんが、それはあくまでも神器と公爵家の力によるものです。貴方自身の力ではない」
それが痛い位に分かっているから、ここに来てるんだけど――と返そうと思ったけれどレオナルドの勢いは止まらない。
「ここは騎士や兵士が真剣に訓練する場所です。昨日もツヴェルフが訓練場所に現れて訓練ごっこをして遊んでいたと複数名の兵士から苦情があがっています。ここにお遊びで来られると困ります」
苦情、と言われて申し訳ない気持ちになったものの、彼の最後の一言がその気持ちを綺麗に打ち消す。
「お遊びと決めつけないでください。私は真剣に訓練したくてここに来てるんです」
神妙な面持ちのレオナルドからけして僅かではない怒りや不快感が感じ取れたけど――引き下がりたくない。
誰だって最初は素人だ。これから強くなると決めて早起きして筋トレまで始めたのに、難癖付けられたらこちらだって良い気はしない。
「アスカ様……?」
弓と矢筒を持って恐る恐る声をかけてきたセリアにレオナルドが目を付ける。
「君がアスカ様のメイドか? 主人を戦えるようにしようなんて……自分の腕にそんなに自信が無いならツヴェルフのメイドをやめるべきだ」
その言い草に居ても経ってもいられず二人の間に立ったけど、レオナルドの視線を遮る事は出来ずそのままセリアに矛先が向けられる。
「ツヴェルフを鍛える必要など何処にある? ましてこの方はあのセレンディバイト公の婚約者だぞ? 彼女がこの訓練場で怪我でもしてしまったらあの方の逆鱗に触れる事位分かるだろう?」
レオナルドの説教をセリアは顔を俯かせながら反論する事なく聞いている。ここで変に揉めたらまた噂が広まって厄介な事になりそうだ。
(ただ訓練したいだけなのに……これ以上ここにいても訓練させてもらえそうにないわね……)
チラ、と周囲を見回すと、朝練していた騎士や兵士達がチラチラをこちらの様子を伺っている。
確かに、こんな所にツヴェルフがいたら気が散るんだろう。苦情が入ったのは事実みたいだ。
(……もういい。ここは諦めて部屋の下にある訓練場に移動しよう)
別に、ここじゃないと訓練できない訳じゃない。誰かに迷惑や負担をかけてまでここで訓練する理由はない。
スゥ、と息を吸った後、レオナルドを真っ直ぐ見上げる。
「……ごめんなさい。確かにここは真剣に訓練する人の為の場所ですもんね。場所を荒らすような真似をしてすみませんでした。セリアには私が無理を言ったんです。彼女を責めるのはやめてください」
心の底から反省した感じを演出して謝罪すると、何処からともなく黄色い声が飛んできそうな程眩しい微笑みが返ってくる。
「分かってくれたならいいんです」
その柔らかな笑みも、穏やかで優しい声も。私や他の皆を弱者と決めつける傲慢さと私を説き伏せられた優越感からくるものだと思うと、一切好感を抱けない。
「こちらこそ、ご無礼を――」
「ピィ!!!」
レオナルドがこちらに頭を下げようとしたその時、聞き覚えのある鳥の鳴き声が響く。
「ピィちゃん……!?」
一昨日出会った灰色の小鳥は、ピョンピョンと跳ねながら真っ直ぐに私の元にやってくる。
そして、ピィちゃんを追うようにしてやってきたのは――
「アスカ、こんな所で何してるの?」
「クラウス……!」
気だるそうなクラウスが、歩きながら私に向かって質問を重ねる。
「そっちから会いに来いって言っておきながら部屋にいないってどういう事なのか、説明してもらえる?」
私が部屋にいないと知って、わざわざ馬車を下りて探しに来たのだろうか? 不満を含みつつ微笑むその表情は一昨日の辛そうな顔とは全く違う。
焦ってもいない、辛そうでもない。そんなクラウスが見れた事が、嬉しい。
「貴方は……ダンビュライト家の、クラウス卿?」
驚いたようなレオナルドの眼差しが、クラウスに向けられる。違うタイプの花を背負う美形が揃って(私、場違いかも)――なんて思いだした、その時。
「……誰?」
クラウスの怪訝な眼差しと失礼な一言によって、その場の空気が凍り付く音がした。
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