第3部・3章

第62話 想いを抱えて、地球へ。



「えっ……飛鳥ちゃん!?」


 雲が所々に浮かぶ青空の下、閑静な住宅街に並ぶ家のインターホンを押して返ってきた懐かしい叔母さんの声に「飛鳥です」と返すと、叔母さんの驚きの声が響いた。


 そしてすぐにドタドタと足音が聞こえて勢いよく玄関のドアが開くと、叔母さんと叔父さんと3才下の従姉妹、小鳩こばとが驚いた顔で現れた。


「わぁー、本物だ……帰ってきた……!!」

「もう一人の子が帰って来たって聞いた時は、もしかしたら飛鳥ちゃんも、と思っていたが……良かった良かった!」


 驚きの表情は笑顔に変わり、入って入ってと手招されてリビングにつくなり座らされる。

 丁度お昼ごはんが終わった所だったんだろう。懐かしい焼きそばの残り香がする中、お茶を出される頃には叔母さんと小鳩の表情は興味津々な物に変わっていた。


「「それで? やっぱり飛鳥ちゃんも記憶がないの……!?」」


 親子のよく似た声が綺麗に重なる。こんな状況になっているのかというと――全ては地球の著しく発展した文明に原因がある。




「地球に帰る前に、言っておかなきゃいけない大事な事があるんです……!!」


 光の船でそう優里が言った後、優里のスマホに保存されていた一本の動画を見せられた。


 動画にはまず、雨の中小さな傘を持ってニコニコはしゃぐ3歳位のとても幼い男の子。

 その子が「あ!」と指を指した方向を写すと2人の女性――私と優里が立っていて、『あー、あのお姉さん傘差してないねぇ』とお母さんらしき人の言葉が入った直後閃光が走り、その場から私と優里が消えて2人の鞄だけが地面に残されていた。


「この動画が『初めての傘にはしゃぐ息子を撮ろうとしたら、凄いものが撮れてしまった……!』という一文と一緒にSNSに上げられたそうなんです……!」


 それだけで優里が何を言いたいのかを大体察せてしまう。

 私と優里が召喚された瞬間――つまりこの世界から消えた瞬間が撮られ、世界中に拡散されてしまっていたのだ。


 映像自体は少し離れた場所から撮られていて、知り合いでもなければ顔の特定がしづらい物なんだけど――SNSにはそんな動画からでも身元特定しようとする人が現れるからすごい事になる訳で。


 それがなくても当事者の荷物がそこに残されている訳で。しかも本人達がずっと行方知れずとなれば大騒ぎされるのも当然で。


 私達が消えて二週間程はUFOの仕業やら神の仕業やら神隠しの瞬間やらでその動画はSNSを通してバズったそうだ。


 場所や撮った人のSNSの投稿履歴から撮った当人まで特定されてしまって投稿主は怖くなってアカウントを消してしまったらしい。今の優里のように動画を保存した別の人達の手でまとめ動画が作られてそれが拡散されているそうだ。


「この動画を撮った人、雨に晒されてた私と飛鳥さんの鞄を交番まで届けてくれて警察の人に動画を見せて状況を説明してくれたらしいんです。それで警察の人からこの人がお礼を求めてるって言われてビックリしたんですけど、実際かけてみたら物凄く謝られて……あ、お礼は要求されなかったです。本当に謝りたいだけみたいなので飛鳥さんも戻ったら電話してあげてください」


 私と優里が悪い訳ではないけれどすごく微妙な気持ちだ。

 何だかこっちも「ご迷惑おかけしてすみません」と謝らなきゃいけないような、何とも言えない状況にプレッシャーを感じているうちに優里が言葉を続ける。


「それで……私、帰ってきたのが深夜だったので、鞄を取りに行く前に家に戻っておばあちゃんとお母さんと話したんです。そうしたら大騒ぎになってしまってるから記憶喪失で通しなさいって言われて……最初は色んな人が取材に来たり、クラスメイトから色々聞かれて怖かったんですけど『何も覚えてない!』で通してたら今は穏やかです。なので飛鳥さんも……」

「……確かに、そんな状況じゃ記憶喪失って事にしておくのが一番良さそうね」


 物凄い宇宙の遠くまで知れるような高度な文明だもの。うっかり話してしまったら研究する人が現れだしてル・ティベルの存在が明らかになってしまうかもしれない。


 向こうも地球に自分達の存在を知られたくないみたいだし、下手すればル・ターシュの存在にも気づかれる。これ以上迷惑をかける事は避けたい。

 優里の提案は誰にも迷惑かけない一番無難な方法だった。


「……そう言えば優里、おばあちゃんには話したの?」


 そう聞くと優里はおばあちゃん達について話してくれた。おばあちゃんは優里の話を聞いて『あの子はまだ生きてるんだね……!』と大泣きしたらしい。


「お母さんも最初は疑ってたんですけど『美雪や優里ちゃんにした話が役に立ってくれるなんてねぇ……』っておばあちゃんが大泣きしたのと、イヤリングとチョーカーつけて通信機でルイーズ女王やスノウ伯父さんと懐かしそうに話をしていた姿を見てからは何も言わずにいてくれてます。私が戻ってきてくれたならもういいって……凄く怒られるかと思ったんですけど‥…」


 思えば優里のおばあちゃんの昔話は私達が地球に帰る為に手に入れた最初の、とても重要な手がかりだった。

 それがなければ優里は皇家と関わりがあるとは思われず、私も神官長を説得する事が出来ず、皇家の強い協力を得られずに転送計画は失敗してしまっていたかもしれない。


 自身に起きた神隠しをひっそりと子どもに伝えてくれた優里のおばあちゃんに、私もお礼を言いたいと伝えたら、


「気持ちは嬉しいんですが、記憶喪失の2人が繋がってると周囲に知られたら不味い事になりそうなので……私からおばあちゃんに伝えておきますね!」


 学校に登校したら一部の生徒達がSNSで<行方不明の子が来た>って呟いてバズって――マスコミやあちらこちらからの視線はよっぽど優里のストレスになっていたらしい。

 さっきの嬉しそうな笑顔とは一転、『迂闊な行動取ると後が大変なんですよ……!』と眉をしかめて説く優里に白いお煎餅を渡す。


「ごめんね、私もせっかく助けてもらったのに……恩を仇で返すような真似して……」


 せっかくリスクを犯して助けに来てくれたのに『地球に行って用を済ませた後、またここに戻って来たい』だなんて我儘、よく応じてもらえたと思う。


「大丈夫だと思います。セレーノさん、この光の船で異世界旅行するのが好きらしくてどんどん頼ってほしいって言ってましたから! なので飛鳥さんは本当気にしないでください……! 私またこの光の船に乗せてもらえて嬉しかったし、むしろこっちの方こそ余計な事しちゃったみたいで、すみません……!」

「ううん、私も地球でやり残した事いくつもあるから……地球に戻れる事は本当に感謝してる。ありがとう、優里」

「飛鳥さん……良かったです。私、あんな別れ方絶対嫌だったから……」


 目が潤んだ優里は俯いた後さっと手で拭って顔を上げる。


「光の船がいつ迎えに来たら良いかとかはスマホで教えてください。後、ソフィアさんにも飛鳥さんの連絡先教えていいですか?」

「いいけど……そう言えば、ソフィアは召喚された事バレなくて済んだの?」


 ソフィアが召喚された時はノースリーブに短パンという、人目につくような場所にいるとは思えない服装だったけど――もし家族とリビングにいるとかそんな状況だったら今どうなっているのだろう?

 そんな疑問から出た問いかけに優里は小さく頷いた。


「はい。自分の部屋にいたから目撃者がいなくて……家族から怒られたそうです。それで吹っ切れたらしくて『家族と絶縁して一人でいける所までいってやるわ!』って連絡が来ました」


 同じように召喚されて同じように帰ったのに優里と真逆な状況に気の毒になる。

 でも、それを言う優里は少しも暗い顔をしていない。優里の言い方からしてもソフィアはハッキリ前を向いているのだろう。


 そして――私の意志を知れば、ソフィアも優里も私に対して罪悪感を抱く事なく生きていける。

 ずっと気にかけさせてしまったのが心苦しいけれど、ようやく全てが良い方向に動き出している気がする。


 私もちゃんと自分の罪悪感に向き合おう。そして綺麗に身辺を片付けてダグラスさんが待ってるル・ティベルに戻ろう。立つ鳥、跡を濁さずって言うしね。


(でも、ダグラスさん、大丈夫かしら……クラウスと喧嘩しないように最後念押ししちゃったけど、体調に気をつけてね、位言ってあげられたら良かったな……)


 あの人、考え事とか悩み事あると食事を取らなくなる傾向あるし。あんまりヨーゼフさん達に弱音を打ち明けたりしないみたいだし――ご自愛ください、的な事を言えなかった自分の気配りの足りなさについため息が漏れる。


 その後「飛鳥さんが以前の服を用意できないかもと思って!」と優里が持ってきてくれた服に着替えて地球――日本についた後、叔母さんの家の近くまで送ってもらった。



 それで――今に至る。



 懐かしいリビングでテーブルを挟んでグイッと興味津々で詰め寄るような叔母さんと小鳩の視線を浴びつつ、入れてもらった冷たい麦茶の味をしみじみ味わいながら重い口を開く。


「うん……記憶喪失って言うか、ピカッと光っただけの感覚というか……でも服は違うし鞄も無いし、どうしたらいいか分からなくってこっちに来たんだけど……一体何があったの?」


 内心、白々しくないだろうか? と思いながら2人に問いかける。


 財布もスマホも鍵も鞄の中。その鞄は交番に届けられている事が分かってる。

 だけど動画に載ってる人とよく似てるから――なんて理由で鞄を返してもらえるはずがない。

 優里が鞄を返してもらえたのはお母さんに着いて来てもらったからだろう。


 私の場合、身分を証明できる物を持ってないから叔母さんに頼むしか無い。その為にここに帰ってきたのだ。


「すご……身内でホラー体験した人とか、どう反応していいか分からない……あ、とりあえずまとめ動画見る?」


 小鳩がスマホの画面を見せてきた。

 そのまとめ動画で私は雨濡れ女と面白おかしく言われててイラッとしたけれど、ほぼ優里の言っていた事と重なっているお陰で白々しくあれこれ聞く必要が無くなった。


「ああ、飛鳥ちゃんが本当に生きて帰って来てくれて良かったわ。お兄ちゃんや弥生さんだけじゃなくて飛鳥ちゃんまで早死にされたらおばちゃん、もう……! あ、行方不明届取り下げにいかないと! お父さん、悪いけど車出してくれる? そうだ、一樹かずき君にも飛鳥ちゃんが戻ってきたって電話しないと……!」

「あ、叔母さん、一樹には連絡しないで、フラれたから!」


 唐突に出てきた元彼の名前に反射的に声を荒げると、叔母さんが頬に手を当てて困った顔をした。


「あら……そうなの? もう一人の子が戻ってきた時にウチに来て、もし飛鳥ちゃんが戻ってきたら連絡欲しい、って連絡先置いていったんだけど……」

「え……私、一樹に好きな人が出来たってちょ……フラれてるんだけど、何で?」


 危うく直後に召喚された、と言いかけて咄嗟に誤魔化す。

 (直前にフラれて記憶喪失な割には異常に冷めてない?)と自分の中の自分にツッコミを入ったけど、皆特に気にしていないみたいだからセーフ。


「そりゃ復縁したいからとかじゃない? 大切な人がいなくなってようやく大切さを知る、みたいなのって恋愛モノでよくある話じゃない!」


 小鳩が完全によその恋愛模様を楽しむかのようなニヤニヤ顔を浮かべている。


 どうしよう、今更――今更復縁しようって言われても、どうしようもないんだけど。


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