第63話 驚きの、連続。
「どうしよう……」
好きな人が出来たと一樹にフラれてから約3ヶ月――そう考えると復縁を持ち出されてももう遅い、と断れる。
だけど、私、今、記憶喪失設定な訳で――召喚されるまでの記憶がしっかりある事は今までの会話で悟られてる。
この状況で「もう遅い」と言っていいものなのかどうか――
「……まあ飛鳥ちゃんが嫌なら復縁しなくてもいいんじゃない? フッた後で大切だった事に気づいたからヨリを戻そう! ってかなり身勝手な話だしさ!」
「復縁じゃなくても別れた恋人が突然行方不明になったら普通に心配するだろう……」
小鳩のフォローに叔父さんがポツりと呟く。確かに。一樹は優しいから単純にフッた後に消えた私を心配してるという可能性も十分にある。
自分があの時別れ話を持ちかけなければ、とか考えて落ち込んでるかもしれない。
あの動画、思いっきり私が傘差してない所撮ってるし、ずぶ濡れの姿はかなり哀れな感じが出ていた。
さっきのまとめ動画でも『女子高生は戻って来たけど雨濡れ女は戻って来るんですかね?』と実に不名誉な名称も付けられてたけど――もしファミレスで一樹相手に目立つ行動を取っていたらきっと「ファミレスでフラレてた人」という事も広まり「雨濡れフラれ女」「散々な女」とか不名誉な呼び名が増えていたに違いない。
あの時、周りの目を気にして無難に離れて良かったと心の底から思う。
「そうねぇ……それに一樹君とは高校時代からのお付き合いでしょ? 何度か飛鳥ちゃんを家まで送ってきてくれた事もあったから知らない関係じゃないし、頼まれ事を無視するのも心苦しいわ」
頬に手を当てて叔母さんが困ったように呟く。
居候の身で彼氏を家にあげるなんて、と思って一樹をここに入れた事はないけれど、何度かここまで送ってもらった事がある。
知らない仲じゃないし、真面目で優しくて礼儀正しい一樹にあまり酷い対応はしたくないという叔母さんの気持ちがヒシヒシと伝わってくる。
(私だって、無視なんてしたくないけど――……)
「……とりあえず戻ってきたわよって連絡はしておくわね。復縁の望みは無さそうだけどそれでも話したいなら本人と直接話してねって言っておくわ。あ、でも飛鳥ちゃんのスマホって今、交番にあるのよね? うん、まずはやっぱり交番に行かないと! ほらほらお父さん、ゆっくりお茶飲んでないですぐ車出して!」
叔母さんは強引に話を切り上げると叔父さんを急かして立ち上がったので、私もコップに残っていた麦茶を喉に流して立ち上がる。
「あ、大所帯で行くような場所じゃないから小鳩はお留守番ね?」
「はーい」
叔母さんの言葉に小鳩は自分のスマホを操作しながら生返事を返す。
「小鳩、しないと思うけど私が戻って来たってSNSに上げないでよ?」
「私のアカウントって趣味用だからリアルと繋げてないんだよね。そんな身バレするような事投稿する訳ないじゃん」
小鳩がネットリテラシーをよく分かっている事に安堵しつつ、叔父さんの車に乗って交番へと向かった。
交番では1時間ほど遺失物届けや行方不明届の取消の手続き、私の事情聴取を受けて鞄を返してもらった。途中3回位本当に記憶が無いのかと軽い感じで聞かれたけれど「無いです、すみません」で通していたら何も言われなくなった。
鞄を返して貰った後、お礼を言った後すぐに取り出したスマホは電源が切れていた。3ヶ月も放置していたら当然だけど。
部屋に戻って充電したら、まず会社に電話して、あ、届けてくれた人にもお礼の電話して、その後優里にも連絡して――
「あの……拘留とか検査とかしなくて良いんですか?」
一秒でも早くスマホを充電したい状況で放たれた叔母さんの余計な一言に血の気が引いて、恐る恐るおまわりさんの様子をうかがう。
「あー……でも悪さをした訳でもない人間をたまたま動画で消えた瞬間が撮れたからっていちいち拘留していたら、他の行方不明者全員同じようにしなきゃいけませんからね。記憶があるなら色々聴取するんですが、何も覚えてないとあれば拘留してもどうしようもないですし」
嫌味ではないけれどやる気のなさそうな感じが伝わってくる中年のお巡りさんの台詞に(警察としてそれはどうなんだろう)とは思ったけど、悪さをした訳でもない人間を勾留するのって確かに問題かもしれない。
実際、勾留された所で何も答えられないし。拷問とかある時代に生まれなくて良かったと思う。
「実際、前に来た女の子も記憶喪失で何も聞けず、と上に報告して帰しましたが特に何も言われていませんのでね。何か言われたら『何も言われなかったので!』って言いますよ。ああでも、一応何か言われるかも知れないので連絡の取れる場所にいてくださいね! また突然消えられたりしたら『警察は何してたんだ!』って炎上しちゃいますからね!」
自分がしようとしている事を当てられてドキッとしつつ、ル・ティベルに戻る時は本当人目に気をつけよう――と決意しながらお巡りさんに見送られて再び叔父さんの車に乗りこむ。
「……叔母さん、あの、私、1つ思い出した事あるんだけど」
「え?」
私のマンションに向かう中で、話を切り出す。
叔母さんの家では小鳩がいたからあまり気を使わせたくて切り出せなかったけど、今車の中にいるのは叔父さんと助手席にいる叔母さんだけ――この2人はお父さんの事を知ってる。
「……お父さんを跳ねた人の家の住所とか連絡先とか、分かる? 私、お葬式の時にその人に向かって酷い事言って、その人が、あの、自殺を図ったのは思い出したんだけどその後どうなったのかとか、その辺全然知らなくて……生きてるなら、謝りたくて……」
「……2年位前に懲役を終えた彼女から謝罪の手紙が届いたわ」
少しの沈黙の後に帰ってきた言葉に、心の中で渦巻いていた重い靄のような不安が一気に晴れていくような感じがした。
――生きてる。懲役を終えて手紙が届いたって事は重い後遺症も背負ってない、って事? いや、待ってそれはいいとして――手紙?
「手紙なんて知らないんだけど……何で教えてくれなかったの?」
「弥生さんが生きてる時に言われたのよ……『飛鳥は忘れてるみたいだからずっとこのまま事故に関わる事から遠ざけてあげたい』って。私もお兄ちゃんを殺した人の自己満足の手紙を見せる事で飛鳥ちゃんが辛い事を思い出してしまったらどうしよう、って考えちゃって言えなかったのよ」
自己満足――普段温厚な叔母さんの冷たい言い方が心に刺さる。
確かに、加害者の謝罪なんて被害者にとっては自己満足としか捉えられないのかもしれない。
「でもいつか、飛鳥ちゃんが今みたいに思い出した時に『その手紙を見たい』って言う日が来るかもしれないから一応捨てないでとってあるわ……家に戻ったら確認してみるわね」
叔母さんはそう言うと、重苦しい空気から逃げるように窓を開けた。
何となく私も窓を開けたくなって半分開けると、風が微かに吹き込んでくる。
「……飛鳥ちゃんは凄いわねぇ。私は無理だわ。別に復讐とか、そういうのは考えてないし地獄に落ちろとまで恨んでいるつもりはないけれど……それでもやっぱりお兄ちゃんの家族を壊して苦しめた人だもの、もういいのよ、なんて許す気にはなれないわ」
「叔母さん、私……」
私は私の言った酷い言葉を取り消したいだけで、お父さんの命を奪った罪を許すとかそういうのは全く考えてなかった。
罪を償って出て来たのならそれでもういいじゃないかと思うべきなのだろうけど「これからはお父さんの事は気にしないで幸せになってください!」なんて綺麗事はまだ、言えない。
だけど「私もそうだよ」と同意する事も出来ず、続く言葉を言えないまま車は懐かしい街並みを走ってそのままマンションについた。
「あ、そうだ飛鳥ちゃん、少し前にマンションの大家さんがあの動画見たらしくて、部屋の中を確認して欲しいって連絡来たから換気だけしておいたわよ。でも飛鳥ちゃん、少しは自炊もした方が良いわよ? 冷蔵庫空っぽで私ビックリしたわ」
車から降りた私に叔母さんが思い出したように呼びかける。置いてある物を見られたのは恥ずかしさもあったけれど、冷蔵庫の中身を回収しておいた安堵感が勝った。
(食べ物の問題は無し、スマホ充電して連絡、家賃や保険料の引き落としはまだ貯蓄の範囲に収まるはず……)
叔母さん達を見送り、マンションに入って部屋につくまでの間に状況を再確認する。
一人暮らしを始めた頃は寂しくてお金貯まったら猫でも飼おうかと思った頃もあったけど、飼わなくてよかったとつくづく思う。
部屋を開けると、微かにカビ臭い匂いが鼻をついた。いつ換気したのか分からないけどもう一度換気しないといけないようだ。
靴を脱いで1Kのキッチンを通り過ぎてベランダにつながる窓を開けると、フワリと吹き付ける生温い風が肌を撫でた。
そして赤く染まろうとしている夕日と、見慣れた住宅街の景色が視界に広がる。
戻ってきたんだ。地球に――そんな感慨深い物を感じながらスマホの充電をする為に改めて部屋を振り返ると、自分の目を疑うような光景が目に飛び込んできた。
この世界にいるはずがない存在が――クラウスがキョロキョロと私の部屋を観察していた。
物凄く落ち込んだ様子の純白の――大、いや小鷲、ラインヴァイスを頭に乗せて。
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