第61話 いなくなった鳥・5(※ダグラス視点)
「お願いします。その音石に込められた飛鳥さんの愛の言葉を糧に2節耐え凌ぎたいたいのです。勿論タダで譲って欲しいとは言いません。それを頂ければ皇家がこれまで私を欺いてきた事を闇に葬り、セレンディバイト家は再び皇家に協力いたしましょう」
前のめりで皇帝に詰め寄るとそれに合わせて皇帝が後ずさり、一定の距離を保たれる。
「まったく……散々迷惑かけておいて恥知らずな……」
「いいじゃありませんか。実際アスカさんの声を聞いてダグラス卿の魔王化が止まったのです。音石を持つ事でダグラス卿が安定するなら私からも譲っていただくようお願いしたい」
「ヴィクトール……お主、ダグラスに対して甘すぎんか?」
「いえいえ、それだけの怪我を無罪放免にしようとした貴方にはかないませんよ」
背後に呆れた赤と穏やかな青の声を背負う中、ジリジリと距離を詰めていくと皇帝が諦めたように重い溜息をついて私を見据える。
「……これは向こうで吹き込まれた音石を再生した声を改めて込めた音石だ。私の私物で他にも色々と重要な音声も込められている……人に譲れるものではない。代わりに後日、転移場所から戻ってくる者が持っているミズカワ・アスカ本来の声を込めたオリジナルの音石を渡そう。そちらの方が音質もいい」
なるほど、音質――確かに音質は良い方がいい。声の抑揚や息遣いなども正確に把握したい。
今となっては幻となってしまったあの一夜の「好き……」と聴き比べのしがいもあるというものだ。
「……分かりました。それはいつ届きますか?」
「3日もあれば帰ってくるだろう」
3日――3日か。無理だな。だがここから3日となると転移先を確認して合流するとしても1日はかかる。
オリジナルの音石は勿論手に入れるとして、今すぐにでもあの告白を聞き直したい。
皇帝が持つ音石に込められた声は音質は悪くても、ちゃんと飛鳥さんの声として聞き取れる。
聞きたい。数十分前の飛鳥さんの心情を込めた告白を、私を許してくれた証である「好き」を邪魔者がいないこの場所で今すぐ聞きなおしたい。
すぐ聞ける言葉を3日も待てない。
しかし赤の言う通り、散々迷惑をかけているこの状況で更に皇帝の機嫌を損ねるのもマズいと言えばマズい。妥協点を見つけるとすれば――
「……ならば、一度その音石を貸して頂きたい。こちらの音石に声を込め直してオリジナルが届くまでそれで
大分譲歩したこちらの提案に皇帝は眉を顰める。
私はただ飛鳥さんの『好き』を聞き直したいだけなのに何故だ? 何故ここまで嫌がる?
(もしや、愛人侯とのいかがわしい音声でも込めているのか……?)
そんな物、聞こえたとして何をどうするつもりもない。
そもそも皇帝が大切にしている音声や機密事項など微塵も興味ないのだが、まあ単純に信頼されていないのだろう。それなら――
「分かりました、それなら陛下の手でもう一度音石を再生し」
言い終えかけた所で注視していた音石が緑の光に包まれて消えた。
「……何でもそっちの思い通りになられるのは面白くないからねぇ」
古代に消えた魔法の1つ、
皇帝が眉を顰めて睨む緑の表情は笑っているが、『これ以上隠し事をするな』と言わんばかりの圧を感じる。
先程よりは苛立ちがおさまっているようだが失伝魔法を使ってまで奪った辺り、相当機嫌が悪い事に変わりないようだ。
青が無言で一帯に防音障壁を張る中、飛鳥さんのいじらしい告白が響き渡る。
ああ、観客がいる事が気に障るがこれで飛鳥さんの心は私にあるのだというアピールになると思えば、どうという事はない――
『だから、その……人に迷惑かけずに待ってて! 私もこれ以上この世界の人に迷惑かけたくないし……ちゃんと、帰ってくるって約束するから!』
ああ、待てる。今しがた公爵達の許しも得られた。後は魔物討伐やら雑務処理やらで人一人傷つける事なく待――
『だから本当に皇家や公爵家の人達と喧嘩したりしないでよね!? 特にクラウスとは仲良くしろとは言わないけど、仲良く出来ないなら関わらないの! 分かった!? クラウス煽ったり喧嘩したりしたら、今言った事全部ナシだから!!』
プツッ、と音声がそこで切れた後、不思議な静寂に包まれる。
――ん?
「……ひっっ……!!」
飛鳥さんの最後の言葉に強い違和感を覚えた所で音石から緑の顔に視線を移すと、緑の表情が歪み、引きつるような声を上げた途端腹を抱えて俯いて震えだした。
「おや……ダンビュライト侯も一緒に行った訳ではないのですか? アズーブラウはラインヴァイスがいなくなったと言っていますが……」
「……光の船が消えたタイミングでラインヴァイスの気配が消えた。彼がミズカワ・アスカについていったのは間違いありません」
「ならば……アスカさんはダンビュライト侯がついていった事を知らない、という事ですか?」
緑の声を皮切りに青が声を出すと皇帝が応える。続く青の問いかけに腹を抑えた緑が蹲って呻くような声を出す。
「ふ……魔力の扱いに慣れた者の
「クラウスが光の船に乗るのをラインヴァイスが止めなかったのが気にかかるが、ラインヴァイスがいなくなった以上そういう事じゃろうなぁ……本当にお主ら兄弟はどうしようもないのう……」
笑いを堪えながら声を紡ぎ出す緑と、盛大なため息をつく赤に再び苛立ちが込み上がっていくのを感じながら、状況を整理する。
ペイシュヴァルツがこの5日間眠っていたのだ。ラインヴァイスも同じ位眠ると考えれば、寝ている間にこっそり付いていく事は出来る。
元々計画していたのか直情的に動いたのかは分からないが、飛鳥さんの事が心配で着いていった心情も理解できる。
しかし、何故飛鳥さんに自分の存在を知らせていない?
皇家の見届人やル・ターシュの人間に気づかれたら乗れないと判断した? そもそも飛鳥さんに断られるから?
いくつか理由として納得できそうなものも思い当たるが、どうにも嫌な予感しかしない。
飛鳥さんの事はとりあえず信じている。信じたい。信じさせて欲しい。
しかし――飛鳥さんは割と人に絆されやすい。他人の危機には自らの状況を省みずに助けようとする傾向がある。
もし地球にいる間にアレが飛鳥さんのそういう弱さに漬け込――
「ダグラス、気を確かに持て。また魔王化されては困る。今はアスカ殿を信じて待つのだろう?」
「そうですよ。もし2節後に戻って来なかった場合はル・ターシュを脅してアスカさんを迎えに行けばいいだけの話です。最悪アスカさんがダンビュライト侯に魅了されていた場合、どれだけ強力な魅了でも私が解いてみせますからどうかお気を確かに。くれぐれも早まった行動は取らないでくださいね?」
「ああ、もしヴィクトール卿の力でも何とかならなかった時はボクも力を貸そう。だから魔王化は勘弁してほしい……世界が完全に壊れてしまうのはボクの本意じゃないからねぇ……ふふっ……」
三者三様に私が魔王化しないよう言葉を浴びせてくる。分かっている。私も飛鳥さんが帰ってくる世界を壊したくない。
私は2節、飛鳥さんが帰ってくるのを待つと決めた。
もしそれで帰ってこないようなら青の言う通り、迎えに行けばいいだけの話だ。
ああそうだ、帰ってくる前に飛鳥さんが喜びそうな物を用意して――
「……シーザー卿、先程から笑いを堪えていらっしゃるようですが一体今の流れの何がおかしいのですか?」
青の言葉に現実に引き戻される。確かに、緑は先程から何を震えているのか。
「いや……最後の言葉まで聞かせていたらダグラス卿は完全に魔に染まったのかなと思うと、都合が良い所まで聞かせて落ち着かせた陛下の手腕は見事だなぁと思ってねぇ……」
「ああ、確かに……あの状況で何処まで聞かせるかを冷静に判断した陛下の手腕はお見事です」
チラと皇帝に視線を向けると、緑に向けて手を差し出している。
「シーザー卿……音石を返して頂けますか?」
「……いいだろう。不愉快な思いをさせられたけれど愉快な思いもさせてもらったから、これ以上無粋な事をするのはやめておこう。これに懲りたら火遊びは程々にしておく事だね……スノウ君?」
意味深に呟いた緑から音石が手渡されると、皇帝はすぐに亜空間に収納した。
「こら! 陛下に対して失礼な言い方を」
「ああ、今日は久々に疲れた……それじゃあ、ボクはこれで失礼させてもらう」
赤の言葉に一切反応する事なく緑は
「まったく……あやつときたらいつもいつも……!! 陛下も陛下ですぞ! せめてワシにだけでも話して頂ければ良かったのに! もう少し信頼して頂きたい!!」
「すまない、信頼していない訳ではないが……貴公相手でも言えない事もある……」
「確かに、今回のような大事は迂闊に言えぬ事かも知れませんが……」
「……自分の立場は分かっている。迷惑をかけるような事はしない。だからどうかそれ以上は何も言わないで欲しい」
「……分かりました。陛下がそこまで言うのであれば、この件に関してはもう何も言いますまい」
微妙に話が噛み合っていない気がする赤と皇帝のやりとりを見ながら、チラと青に視線を向けると、丁度青もこちらを見たのか目が合うとニッコリ微笑まれた。
「それでは私も失礼します。ダグラス卿、しつこいようですが勝手な行動はせずに何かする時は一言相談してくださいね?」
これまでの様子を見る限り緑もだが、青も自分の知らない場所で勝手に動かれるのをかなり嫌うようだ。
勝手に青の娘をツヴェルフ化させなくて良かったとつくづく思う。
元々、人工ツヴェルフに興味を抱いたのはセン・チュールの塔の中で
言った以上は一応考えておかねばなるまいと心の隅にあった種があの魔導研究所に行き着いて狂科学者の手帳と死霊王の本、残されていた洗浄機、コッパー親子や凡人侯の頭脳、
そう、白の魔力――飛鳥さんは一節二節待ってほしいといった。だから二節の間私は手を出せない。
理性を失って直ぐ様ル・ターシュを脅して地球に行くような事がすれば、飛鳥さんは今度こそ私に失望してしまう。全部ナシにされてしまう。
飛鳥さんの甘い告白がもたらした幸せの感情に陰りが差していく。
アレがまだ従順で約束を守るような人間ならば、飛鳥さんを想っていなければ、ここまで不安にはならなかっただろうに――実に忌々しい。
飛鳥さんを信じていない訳じゃない。ただ相手があまりにも信じられないというか、そもそも信じていいような存在じゃない。
完全に向こうに心移りしてしまわないか、とぼけられたりしないか、二節待った後に迎えに行って冷たい言葉を浴びせかけられたりしないか――
心の内がゾワゾワするのを一つ息を吸って落ち着かせる。
(……きっとこれは神が私に与えた試練なのだろう)
塔では不安や怒りに飲まれて闇雲に感情をぶつけた結果、飛鳥さんとの仲が拗れてしまった。
あの時、飛鳥さんは私に対して想いを持っていたからこそ躊躇してくれていたのに、私はその想いを踏み躙ってしまった。
それでも飛鳥さんはその想いを持ち続けてくれた。その想いは強靭で大きな物というよりは、きっと私が踏み砕いてしまった想いの欠片のようなものなのだろう。
私が飛鳥さんを追いかけたりアレを煽ったら欠片を投げ捨てて全部ナシにできるような、そんな不安定で
そんな想いでも信じて待っていられるのかどうか――試されているような気がする。
だが、私はあの時の私とは違う。感情のままに動けばどうなるか痛感している。もう同じ過ちは犯さない。
想いの欠片を持ちづつけていてくれた飛鳥さんの気持ちを思えば、愛しさと感謝の念がこみ上げてくる。
飛鳥さんがその気持ちを大切にするなら、私もそれを大切にすれば想いの欠片は少しずつでも大きくなっていくはずだ。
だから私は耐えてみせる。例えどんな事が起きようと私を想う気持ちが飛鳥さんの中にある限り、私は二度と彼女の気持ちを踏み躙るような事はしない。
だからどうか、彼女がその想いを心から消してしまったりしないようにと青い空を見上げて強く願う。
この気持ちが空の向こう――次元の違う世界へと飛んだ鳥に届く事を信じて。
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