第60話 いなくなった鳥・4(※ダグラス視点)
公爵が三人、苦笑いを浮かべて私を凝視している。
何を言えば良いのか分からないが三人が私の言葉を待っているのは明らかだ。
「これは……一体……?」
「おお、意識も戻ったか……!」
無難な言葉を紡ぐと赤が大きな息をついた後、肩の力を抜いて苦味が抜けた笑顔に変わる。
「カルロス卿……何故そんなにボロボロに……?」
先程戦っていた時は右足こそ損傷させたが、衣服は魔法の余波で何箇所か裂けた程度だった。
それが今は右肩の肩章も外れてサッシュも緩んで胸元がはだけて見事な胸板がさらけ出ている。赤を基調にした衣服であるがゆえに目立たないが、それなり流血している事も分かる。
青と緑は流血こそないが髪が乱れ、衣服が所々切り裂かれ、焼け焦げている。
皇帝の間も建物としての形はしっかり保たれているが、窓からガラスが完全に無くなり、絨毯は跡形もない。奥に追いやられた玉座も無惨に破損している。
「いやー、シーザー卿がお主を眠らせようとした途端、お主が魔族化しだしてな……! いや、もうあれは魔王化と言っても過言ではないな。お主を殺す訳にもいかんし人目に晒すと厄介な事になるしと、とにかく3人で取り押さえてたら皇帝が到着してアスカ殿の音声が入った音石を念話で再生してな。アスカ殿の一声で急に落ち着いて、その後人間の姿に戻って今に至る、という流れよ!」
なるほど――飛鳥さんの声が聞こえたのはそういう理由か。
「……お三方も飛鳥さんの声を?」
助けられた以上口煩く言うつもりはないが、飛鳥さんが私の為に吹き込んでくれた告白を公爵達にまで聞かせるとはプライバシーの侵害ではないだろうか?
皇帝を睨むと何を言いたいのか察したのだろう、小さく首を横に振られる。
「セレンディバイト公……最初は貴公だけに送ろうとしたのだが、弾かれたのだ。通常の音声は戦闘音でかき消される。対象を絞らない広域念話を最大音量で聞かせるしかなかった」
あの悪魔め――ペイシュヴァルツが消したのか追い払ったのかわからないが、もし再び対峙する時があれば私がこの手で叩き潰してやらねば。
「何はともあれ、ダグラス卿がすぐに落ち着いてくれて良かったです。下手したらヴィガリスタの乱の二の舞い……第二次ツヴェルフ大戦が起きる所でしたから……」
「ああ……シェル・シェール、ルイーズ・パトリオット、ベイリディア・ヴィガリスタ……あのお嬢さんは本当に、お騒がせツヴェルフの集大成みたいな子だね……」
いつも袖を通さずに羽織っている厚手のコートを脱いで軽装になっている緑が両手に下げる、それぞれ濃緑と薄緑の輝きを放つ二刀――緑の双刃を宙に投げて指を鳴らし亜空間へと消した後、同時に出現した見慣れたコートをいつものように羽織り直す。
「……醜態を晒し、ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
ここはもう弁解のしようもない。深く頭を下げるとバンバンと背中を叩かれる。
「おお、ちゃんと謝れるのは偉いぞ! なに、ワシは気にしとらん! 久々に血湧き肉躍る感覚を味わえたし、お主も人間に戻った! ちゃんと反省しとるのならもう良いわ!! がっはっは!!」
至るところに流血が見られる赤が腰に手を当てて高笑いをする。
「カルロス卿、せめて怪我の治療費と衣服の弁償くらいは要求して頂かないと私がダグラス卿にスーツの弁償を要求しづらいです。それと足を怪我しているのですからそれが癒えるまでノース地方の魔物討伐を格安で請け負わせる位の事をさせては?」
若干呆れ気味の指摘を受けて赤が自身の髭を撫でながら考え始める。
「ああ、そう言われればそうだな……いや、待て! 強い魔物と戦うのはワシの楽しみの1つだからな……いったん衣服の弁償はするが、後は思いついた時に言わせてもらおう!」
「私もひとまずスーツの弁償さえして頂ければ後は貸しにしておきますよ」
何を言われるのかかなり気がかりではあるが、さして怒りの感情が見られない赤と青に関しては禍根は残らなそうだ。
残るは緑だが――再び緑の方に視線を向けると皇帝と対峙していた。
「スノウ陛下……一体どういう事か、色々説明してもらおうか?」
「……ツヴェルフ達を転送した後、ル・ターシュの女王から通信が入った」
皇帝が淡々と紡ぎ出す説明によると、転送陣でル・ターシュに飛んだツヴェルフ達が飛鳥さんを助けてほしいとル・ターシュの女王に嘆願し、それを聞き入れた女王達が光の船を使って飛鳥さんを地球に返した――という事らしい。
「……塔での転送はクラウス君の『協力しなければ死ぬ』という脅しがあった。彼を死なせる訳にはいかずにボクらを裏切ったのは理解できる。だが今回の件はそうじゃないだろう? これは我らに対する明確な裏切りだよ? 流石に同じ事を二度繰り返されるのは面白くないねぇ……」
「前回は前皇帝が全ての責は自分にあると言った事、彼の寿命がもう僅かな事や皇家に罪を問うリスクを
緑と青の冷たい視線が刺さる中、皇帝は無表情のまま真っ直ぐに二人を見据える。
「……セレンディバイト公の人工ツヴェルフの研究が成功すれば、私達が異世界人を召喚する必要はなくなり、私達が頂点に立たなければならない理由もなくなる……もう我らが皇族として生きる必要はなくなるでしょう。自分の罪も重々承知しています……私は逃げも隠れもしません。裁かれたいのであれば裁かれればよろしい」
皇帝の淡々と、かつ揺らがない言葉によって今度は赤と緑の視線がこちらに向けられる。
人工ツヴェルフについて説明し、既に2人のツヴェルフ化に成功した事を告げると緑は感心したように息をつき、赤は押し黙った。
「ヴィクトール……お主、それで良かったのか?」
「良かった訳ではありませんが、こればかりは駄目と言って聞くような子ではありませんからね……まあいくつか条件を飲ませましたし、私にとってそこまで悪い状況じゃありませんのでご心配なさらず」
青と直接話せばどういう態度を取られるか予測できず、青の娘に先に話しそちらから青を説得するように依頼したら翌日には承諾したと連れてくるから驚いた。
青の娘がツヴェルフ化する理由はたったひとつ。
もう少し難色を示すかと思っていたが――何を考えているのだろうかと思う前に言葉が続けられる。
「私は私に関係ない場所で何が起きても気になりませんが、私に関係ある場所でコソコソと動かれては非常に不愉快です。そんな家には形上でも仕えたくありません。人工ツヴェルフが完成したのなら、スノウ陛下の言う通りツヴェルフ召喚の必要はなくなる……これを機に皇国制を廃止しても良いのではないですか? あるいはラブラドライト家の代わりにシルバー家を立てるとか……」
「あの家は星の軌道を読めんし、色神の本質も知らん。それにいくら皇家が国家転覆するレベルの罪を犯したと言えど、代わりに濃くも薄くもない灰色という誰からも嫌われも好まれもしない無味無臭の色、というだけの家を国の頂点に据えては必ず反発する者が出て来よう」
「以前から思っていたけれど、君の家は随分と皇家の肩を持つねぇ……」
青を嗜めるように赤が口を挟むと間髪入れずに緑が横槍を入れる。その馬鹿にしたような嫌味に赤がギロリと緑を睨んだ。
「この様々な色が集う大国を千年以上まとめ続けてきた家に尽くす事がそれ程おかしいか? お主らとてラブラドライト家が滅亡するのは望まんだろうに」
「……まあ、あれこれ不満をぶつけても君が言う通り皇家がいなくなったら今の状況を維持できず国が分かれるのは目に見えている……王になったらおちおち昼寝もできず安心して物も食べれない、理由がないとフラリと出歩けもしない……そんな生活は御免被りたい……ボクはボクのそんな思考まで全てお見通しで動かれたみたいでイライラしているんだよ。ここまでイライラするのも久しぶりだ」
確かに、古の時代のように公爵を王として6つの王国に分かれていた時代に戻ればこの大陸あるいは世界まるごと戦乱の渦に飲まれかねない。
王が魔物討伐に赴いている間に侵略されてはかなわない事から人が戦争や魔物討伐に駆り出され、大地が様々な血に塗れていく。
そういう世界に興味はないが、緑が明らかにイラついている姿を見ているとどんどん溜飲が下がっていく。
「おや、イライラと言うなら私は貴方に常日頃からイライラさせられてますが……ああ、そう考えるとアスカさんはいい仕事をしてくれましたね。貴方が動揺する姿を初めて見ました」
青も私と同じ事を思ったのか、いつになく口元をあげて嬉しそうに微笑んでいる。そんな青に緑が眉間にシワを寄せて口を開いた所を赤の声が遮る。
「シーザー卿、悪い方向にばかり考えるからイライラするのだ。アスカ殿が地球でやり残した事済ませてこの世界に戻ってくるとなれば、今回の転送は我らにとって被害が生じるものではない。お主も愚痴愚痴言う割には髪と服が乱れてちょーっと痛い思いした程度で、ワシのような怪我もしておらんだろう? それに皇帝の間の修理費用や怪我人の治療や後の対処を思えば皇家も無傷という訳ではない。ダグラス卿も戻ってきた事だし、ツヴェルフ二人抜けた分は二人の人工ツヴェルフで補える……ひとまずこれで一件落着という事にしとかんか?」
「スーツも弁償してもらえる、面白い物も見られた……その上カルロス卿がそこまで言うのであれば私は折れますよ。三度目は絶対にない、と約束するのであれば今回の件は水に流します。ただ……ロベルト卿はどう対処します? 流石にここの状況や先程の黒の魔力の波動は誤魔化しきれないでしょう」
「ロベルトもワシが説得する。お主らにこれ以上煩わしい思いはさせんよ。陛下もそれでよろしいですな?」
赤の説明中にもだんまりを貫く皇帝の方に視線を向ける。皇帝は我らがどのような結論を下すのかただ眺めていたようで赤に促されて小さく頷く。
自分の処遇が問われるこの状況ですらそういう態度でいられる事に疑問を抱きつつ、彼が手に持っている物に気づく。
「……陛下、その音石、私に譲って頂きたい」
「あ……いや、これは……」
こちらの発言に一瞬動揺した皇帝はさっとそれを後ろに隠した。
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