第125話 自分の命の扱い方
ヨーゼフさんと別れて自室の布団に包まりボンヤリ考えていると、セリアが昼食を持って帰ってきた。ルドルフに買い出しを任されていたらしい。
この暴風雨の中でも全く濡れてない様子を見ると魔法って本当便利だなと思う。
昼食を食べながらダンビュライト邸で起きた一連の出来事を伝えるとセリアは深いため息をついて嘆いた。
「あの老……いえ、ヨーゼフ殿は本当に余計な事を言いますね。場が凍り付く事を厭わずに人の逆鱗を的確に突けるあの度胸……本当厄介です」
場が冷める事が分かり切っていながら涼しい顔で一石を投じてくるあの度胸はこの世界でも特殊なようだ。
「クラウスに謝りたいんだけど、どうしたらいいと思う?」
「そんな状況ですとダグラス様にお願いしてヨーゼフ殿の首を送って頂くしかないかと」
サラリと残酷な事を言われて飲んでいたスープが変な所に入り、むせる。
「お、重い……! そんな、命かかった謝罪じゃなくて……!」
何度か咳込んだ後に続けた言葉にセリアは小さく息をついた。
「アスカ様……普通の侯爵相手に対しての非礼であればその上にいる公爵を通して穏便に謝罪する事も可能ですが、クラウス様には上となる公爵がいません。公爵家に対する配下の非礼の謝罪は配下の命が添えられて初めて正式な物となります。ヨーゼフ殿もそれを覚悟の上で非礼を犯したとは思いますが」
殺される程度の罪――ヨーゼフさんも、エレンも、セリアもあまりに自分の命を軽んじている。何で皆、そんな死に急ぐような真似をするのか分からない。
「何でこの世界の人達って自分の命を大切にしないの?」
何十年も生きてるだろうヨーゼフさんならまだ理解もできるけど、エレンやセリアに関しては本当に理由が分からない。
「大切にしていない訳ではありません。ただ、大切にするにはあまりにも死が身近なのです。弱者は死を恐れ、強者は死を恐れない……たまたまアスカ様と出会う人達に後者が多いだけです」
これまで出会ってきた人達や皇城で私を避けてきた兵士達を思い返すと、確かにそんな印象は受ける。
「後は……死んだとしても魂は長い時を経てまた同じ色の魔力に宿ってこの世界に戻ってくる……そういう<輪廻転生>の言い伝えを信じてるから死を恐れない……そんな人も少なくないですね」
「輪廻転生……生まれ変わりって事?」
「そうです。実際に生まれ変わりが立証されている訳ではないのですが皇家や公侯爵家はずっと同じ色の魔力が引き継がれている訳ですから、ダグラス様ももしかしたらかつての黒の公爵の生まれ変わりなのかもしれません」
もしその生まれ変わり――転生が本当にあるのだとしたら無残な死を遂げてもまだ救いがあるのかもしれないけど、記憶も何もなくなった魂はまた同じように命を軽んじる人生を歩むんだろうか?
「……どちらにせよ、自分の命を軽んじてる姿は見てて気分が良い物じゃないわ」
「ふふ……アスカ様は個人の命がとても大切にされる世界で生きてきたのですね。私、アスカ様に命を助けられて初めて自分の命が人から大切に扱われる事の温かさを知りました。ですのでアスカ様が人の命や気持ちを思いやる事を悪いとは思いません」
眼を閉じ胸にそっと手を当てて微笑むセリアは、まるで慈愛の天使のように見える。
「そ、そんな風に言われると照れるんだけど……」
恥ずかしいような嬉しいような気持ちを抱きつつ改めてスープに口をつける。
「ですが……それはあくまでもアスカ様の正義。それをこの世界を適応させるにはアスカ様はあまりにか弱く、優しく……儚い」
見開いたセリアの眼は冷ややかで、やっぱり慈愛の天使とは違うなと心の中で訂正した。
食事を終えてセリアがサービスワゴンを片付けに行った後、数分経たずにノック音が響く。
戻って来るの早いなと思いながら開けると、ダグラスさんが立っていた。
「飛鳥さん……ヨーゼフから話は聞きました。クラウスに酷い言葉を吐かれたと聞いたので心配で……」
起きてまだ間もないのだろうか? 少し顔が青ざめている。そしてこの様子だとヨーゼフさんは本当にさっきの事は伝えてないみたいだ。
「ダグラスさんこそ顔色悪いですけど……大丈夫ですか?」
「ああ、私の事は気になさらず……少し休めば良くなりますので」
弱々しく微笑む様子から、この状況に慣れている事を感じさせる。
「私も、大丈夫です。ただ……」
「ただ……どうしました?」
セリアの言う通り、クラウスに謝ってほしいと言ったらダグラスさんはヨーゼフさんを殺すんだろうか?
ダグラスさんの事情を教えてもらったと言ったら、殺すんだろうか?
だとしたらどちらも――言えるはずがない。
「……ヨーゼフさんが、突然空気を悪くさせる事を言い出すのと、狡猾な精神攻撃繰り出してくるので穏便に注意してほしいです……」
とりあえず死に至る事はないだろう案件だけ伝える。まさかこの言い方で殺生に及ぶ事はないだろう。
「分かりました、注意しておきます。他には?」
「……エレンとは私が決着をつけるので、エレンや彼女の周囲には一切手を出さないでください」
「それは……」
彼の驚愕の表情の中にある憎悪が、全身に悪寒を走らせる。自然に視線が落ちた先のダグラスさんの手が、小さく震えている。
「……分かりました。手を出すのはやめます」
数秒の震えと沈黙の後に続いた言葉に、ほっと胸をなでおろす。
あの時のエレンは自身はともかく、自身の周囲まで巻き込んでしまう事を恐れていた。
恩着せがましく言うつもりはないけど、もし彼女が反省したなら今後は絡まれないはず――もし絡まれる事があっても、これを前面に押し出せば黙らせる事ができる。それで十分だ。
「他に何かありますか……? 何でも言ってください。私にできる事なら、何でも……」
この勢いだと『今すぐ地球に帰りたい』以外の事は本当に何でも聞いてくれそうだ。でも今私が困っている事は伝えた。他には――
「……休んでください。辛い時は無理、しないでください」
クラウスと同じだというなら、ダグラスさんも日常を過ごす中で今みたいに辛い時間もあるのだろう。
魔物狩りで、露店通りで、馬車の中で、辛そうにしていたクラウスの姿を思い返すと尚更無理しないでほしいと思う。
「飛鳥さん……」
頬に触れてこようとする手から反射的に後ずさる。この人が手袋をしていても触れられる事に恐怖を感じる。
この人が作り出す雰囲気に飲まれるのが怖い。そう思う事に罪悪感もある。
「すみません……」
「いいえ、謝る事はありません……今日で今月分の魔物討伐を終わらせて、明日からしばらく館でゆっくり体を休める事にします」
その言葉にチラ、と窓の向こうを確認する。雨は弱まるどころかその強さを増している。
外に出たら10秒と立たずしてずぶ濡れになりそうな雨風の勢いに、心配になる。
「こんな酷い天気の日でも討伐に行くんですか……?」
「雨風など防御壁で防げます。こういう天気だからこそ戦える魔物もいますのでついでに潰してきます」
「そうですか……気を付けてくださいね。何か起きるか分からないので……」
軽く答えられても不安が拭えず、出かける前の人間に気を付けてねと言うと事故にあう確率が10%減るとか――そんな話を思い出して付け足してみる。
「は、はい、気を付けます……私の体はもう飛鳥さんの物でもありますから……傷1つつけませ」
「気持ち悪い事言わないでください……」
「すみません……つい……」
私の言葉に顔を真っ赤にして俯く姿から、私を照れさせようとか下ネタ、という意識はなく気分が高揚した時に無意識で言ってしまっている様子が伝わる。
人前でまでこんな事言いだしたら彼の名誉にも関わるだろうし。言われるこっちも恥ずかしい。逐一言って分からせていくしかない。
「……それでは、行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
ちょっと驚いた顔の後、嬉しそうに笑う。その笑顔に心が少しだけ温まる。
人に拒絶された後に人に求められる感覚はとても甘く、温かく、優しい。
(だけど……それに甘える事は出来ない)
自分の中に好意に応じる選択肢が無い事が甘い感覚に無視できない苦みを伴わせる。
立ち去る彼の背中を少しだけ見送って、静かにドアを閉めた。
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