第72話 赤裸々な、理由。


 ザワザワと賑やかなスーパーで一人だけ透明化を解いてATMでお金を下ろした後、お弁当と数日分の食材を買い込む。


(コツコツ貯金してたおかげで預金にまだ余裕があったのは幸いだったわ……)


 食費がかかってなかった事もあって想定したより出費は少なく、まだ2ヶ月分の余裕はあった。ただ、これから私物の処分をしたりでお金かかってしまうから無駄遣い出来ないけど――と思いつつ食材をかごに入れていく。


 近くにいるクラウスからまた『あれは何?』、『これは何』とテレパシーが送られてくるのでテレパシーで答え……ようにも何処にいるのかハッキリ分からなくて下手にテレパシーを送る事も出来ず、小声で答える。


 お菓子コーナーで小学生と思われる子達にちょっと怪訝な目で見られて以降はクラウスのテレパシーに応えず、そのまま会計を済ませてお店を出た。


 そして人目の付かない場所に行くと、次の瞬間には転移魔法を使われたのか自分の部屋の玄関に戻っていた。本当、魔法って、便利。


 お菓子やカップラーメン、缶詰なんかの保存食はクラウス達には新鮮だったみたいで買ってきた荷物のあれこれをクラウスとラインヴァイスがマジマジと見ている間に冷蔵庫の中に食材を詰め込み、お湯を沸かしてカップラーメンとごまドレをかけたコーンサラダとツナマヨのおにぎりをテーブルに並べる。


 明日はお味噌汁作ろう――としみじみ食べていると、クラウスの食が進んでいない。

 ラーメンを少しずつ食べてはいるけれどおにぎりには手を付けていない。


(あ、海苔、黒いから……?)


 食わず嫌いは良くないって言いたい所だけど、ル・ティベル人に日本人の常識は通用しない。


「その黒いの、剥がしていいわよ」


 そう言うとクラウスはホッとしたように剥がしてもぐもぐ食べ始めた。

 特にコメントしてこないけど嫌いな味ではなさそう。良かったと思いながら私もおにぎりを一口齧る。


(ああ……これよ、これ……!!)


 懐かしいご飯粒――ル・ティベルでも米っぽいものを食べた事はあるけど、ちょっと固いと言うか食感が米じゃない感が強かった。

 このもっちりむっちり感、広がるほのかな甘み。これぞ、米……!! ツナマヨとの相性も抜群。


(これでオムライス作ってあげたらダグラスさん喜んでくれるかな? まああの米もどきで作ったオムライスだから好きって可能性もあるけど……あー、試したい。ル・ティベルに持って帰っちゃ駄目かな、お米……)


 種とか育て方とか、調べるだけ調べて持って帰ってみようかな?

 駄目って言われたら仕方ないけど、用意するだけなら大した手間じゃないし……稲が駄目ならせめてお米10kg持って帰りたい。


(あ、この際スーパーの隅っこに置いてある野菜の種とかも気になるの買っていこうかな? 育て方も調べて……あーでも、外来種って事になる訳だし嫌がられちゃうかな? え、でもブラックバスとかブルーギルみたいに生き物持っていく訳じゃないし……あ、でも、ミントはやめとこう……繁殖力超強いらしいし、猫にもリスク有るらしいし……)


 ル・ティベルの生態系に影響しないで持っていけそうな物はないかあれこれ考えながらお風呂に入った後、パジャマに着替える。


 その後クラウスもお風呂に入ってもらっている間に、寝場所をどうするか考えてないといけない――と思っていたらラインヴァイスが察したのか両翼をあげて


『クラウス、我の背中乗って寝る、大丈夫! 変な事させない!』


 とテレパシーで呼びかけてきた所で、クラウスが亜空間に収納していたんだろうシルク生地のようなツヤツヤの白いパジャマを着て戻ってきた。


 ほこほこどころかすっかりのぼせたのか、顔を真っ赤にしているクラウスに大丈夫かと問う前にクラウスは「おやすみ」と顔をそらしてラインヴァイスの背に乗って寝始める。


 ラインヴァイスの上なら私がそっちに寝ても良かったな――と思いつつ、いや自分のベッドに恋人以外の男を寝かせるのはいかがなものか、と思い直してその日は3ヶ月ぶりの自分のベッドの中で溶けるように眠った。




 翌日――3ヶ月ぶりで懐かしさすら覚える広いオフィスに顔を出すなり皆が驚いた顔で私を凝視してくる中、駆け寄ってきた上司に会議室に案内されて面談が始まった。


「ねえ水川さん、本当に何も覚えてないの……!?」


 昨日電話で伝えた事を上司も把握しているらしく、改めて記憶が無い事、何故か有名人になってるし三ヶ月経ってるしで混乱してる事、一度頭を整理したいし会社を辞めたい旨伝えるとすんなり了承され、ひとまず今日中に退職にあたっての手続きを終えて失業保険の説明を聞いた後、私物を整理する時間をもらう。


 喜んでいいのか悲しんでいいのか――私の仕事は特に専門的な知識がいる訳でもない営業事務。

 同じ業務をしてる人は何人もいるし、私だけにしかできない業務なんてなかった。


 そしてどうやらマスコミが張り付いていたり私がどんな人間だったのか取材しに来てウンザリしている面もあったと教えてくれた。

 改めて上司に謝ると「貴方に怒ってる訳じゃないから! これ飲んで元気だして!」と買ってきたらしい珈琲コーヒーをくれた。  


 荷物の整頓が終わると、上司が退職の挨拶をする時間をくれた。


 3ヶ月も無断欠勤状態の挙げ句退職する事になってすみません、と謝ったら「誰が見ても神隠しとしか思えない状況だから仕方ないわよ!」「記憶喪失って聞いたけど本当に大丈夫なの?」「体に気をつけてね!」と心配されたり励まされたりした上に先輩達から『突然だからこんな物しか用意できなかったけど!』と小さな花束と焼き菓子の詰め合わせまでもらった。


 皆色々聞きたい事あるだろうにそれを表に出さない人達ばかりで、いい職場で働いてたんだなぁとしみじみ思う。


 ただ、世の中良い人ばかり――という訳ではないのも事実で。

 『また変な人達が見張ってるかもしれないから』と裏口から出ていくように言われた。


 人目につかない場所で誰も見てない事を確認した上で透明化で身を隠しているクラウスに呼びかけ、自分の部屋へと戻る。



「あー……何だか山を越えて全身の力が抜けちゃった」



 でも、乗り越えなければならない山は後一つある。

 叔母さんからの手紙が入っていないかポストの中を確認すると、チラシやらダイレクトメールやらでごちゃごちゃになっていた。


 内容を確認していらない物は捨てていくと、いつ入れたのだろう? その中に一樹の手紙も入っていた。


 戻ってきたら連絡がほしい事、いかに私が大切な存在か思い知った事、好きな人にはあれから興味を持てずに上手くいかなかった事――別の人に心変わりしてしまったのは自分にまだ未経験の焦りがあったからだという事が綴られていた。


 周りの友達がそういう話をする中で自分が入れない事が惨めで、皆は大事にする事もいい事だと、どこか上から目線で言ってきて――せめて一度でいいから繋がりを持てたら、そういう経験ができたら――でも飛鳥は俺が大学卒業して就職するまでそういう事をしたくないって言うから――そんな聞かされても返答に困るような事が赤裸々に綴られていた。


 あの時、部屋に入ろうとしたのはそんな心情を吐露するつもりだったのかもしれない。

 流石にこんな事部屋の前で言うのは憚られる、という気持ちは私にも分かる。


 ふざけた理由だと思うけど昨夜一樹はちゃんと引き下がったし、謝ってきた。これ以上追い打ちを掛ける必要もない。

 友達の会話の中に入れない孤独さも、分からないでもないし。


 ただ、これを読んで私も悪かったとは微塵も思わない。

 まあ、一樹も一樹なりに事情があったんだな――程度に留めて、この手紙はビリビリに破り捨ててしまおう。それで全部、終わりにしよう。

 これ以上一樹との想い出を穢したくない。



 ゴミ箱に手紙を捨てた後、気分転換にと少し早めに作り出したお昼ご飯――ご飯と肉野菜炒めとお味噌汁を頂く。

 黒い汚れのない白いご飯が気に入ったのか、クラウスはお行儀よくかつパクパクと食べる。


「美味しい……」


 そうやって満面の笑みで笑うクラウスに作った甲斐があったなと思いつつ、ワカメと豆腐の味噌汁に舌鼓をうつ。

 出汁入りの味噌だし本当何でもない味なんだけど、凄く心に染み入る。


 ワカメは厳しいけど、大豆と豆腐と味噌については作り方とかネットで調べておこう――と思った所でスマホに着信が入った。


 画面に表示されるその独特の番号は海外からの着信だ――悪戯かと思ったけど数コール続いたのと海外からの着信に1つだけ心あたりがある事、難しい英語は話せないけど眼の前にいるクラウスに翻訳魔法をかけてもらえば相手が外国人でも話せるのでは? と思い、恐る恐る電話に出る。


『……アスカ? ソフィアだけど、分かる?』


 分かる。分かるけど――相手が有名な歌姫だと思うとどう答えれば良いのか分からなくて、言葉が詰まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る