第73話 慰謝料という名の、臨時収入。
「あ、ソフィア、えーっと……貴方って、素敵な歌歌ってたのね! 名前は聞き覚えあるなって思ってたんだけど、気づけなくてごめんなさい……!」
もっと他に言うべき言葉がある気がするけれど、真っ先に飛び出た言葉に呆れのため息が帰ってくる。
『……そう。別に気にしてないわ。むしろあの場所で歌姫だ何だって騒がれたり気を使われたら面倒臭いし。だから貴方も気にしないで。今貴方にとって私は突き落として地獄に叩き落とした悪女、それ以外の何者でもないわ』
「そうは言っても、あの時は迷った私も悪いし……結局こうして帰ってこれたんだもの、憎んでなんてないわよ」
ソフィアの言い方が少し拗ねているというか、自罰気味に感じて反射的に答える。
ソフィア自身罪悪感を感じてたからこそこんな言い方をするんだろうし、ソフィアが私を最後まで気にかけていたというリチャードの言葉を聞いた後じゃ、恨む気も憎む気もなくなる。
『そうは言ってもちょっとはムカついてるんでしょ?』
「……まあ、ね」
自業自得とは言えソフィアに突き落とされて相当酷い目にはあってしまったのも事実で、ちょっともムカついてないか? と追求されたらそりゃあ、ちょっとは――と言いたくなる。
『そう……私はせっかく戻って来れたのにル・ティベルに戻りたいって言ったらしい貴方に相当ムカついてるけど。ユーリが助けなくても幸せになれたんじゃない?』
「そんな事ないわよ! 戻ってこられた事自体には感謝してる。戻ってこれなかったら本当の意味で幸せになる事なんて出来なかった……助けてくれてありがとう、ソフィア」
あのまま――過去の自分の罪に向き合えないままル・ティベルで過ごして所で私はきっと心に影を落とし続けていた。
優里とソフィアには本当に感謝してもしきれない。
『べ、別に……貴方を助けたのはユーリだし……まあいいわ。慰謝料振り込むから銀行口座教えなさいよ』
「え……!? 別に慰謝料なんていらないけど……!?」
予想外の言葉に即断りを入れると更にソフィアの機嫌を損ねてしまったようで、ちょっと怒気を帯びた言葉を返される。
『貴方はよくても私の気がすまないのよ! 私は貴方の事一応友人だと思ってるし、貴方の中で私が悪女で終わってしまうのは寝覚めが悪いの! 別に悪い話じゃないでしょう? この3ヶ月間で貯金も大分減ってるでしょ? ル・ティベル帰る前に何処か旅行にでも行ってきなさいよ!』
半ば押し切られ、海外からの送金って何処でも大丈夫なのかなと思って食器を除けてパソコンを開き、色々調べながらソフィアからの質問に答えていく。
慰謝料の金額を聞くのは野暮なのかな、と思ってその辺はスルーしたけど流石に国際電話の料金についてはスルーできなくて「通話料金大丈夫なの?」と聞いたら『この程度の金も払えない程安い稼ぎじゃないわよ』と怒られてしまった。
私がどう過ごしていたのか、リチャードはどうしていたのか、ダグラスさんはずっとあんな感じなのか、ルクレツィアは元気か――含めて話し終えた頃にはかかってきてから30分以上過ぎていた。
『……ありがとう、半月以内に貴方の口座に振り込まれると思うわ。それにしても貴方、英語も堪能なのね?』
「ああ……実はクラウスも着いてきちゃってたのよ。今翻訳魔法かけてもらってるの」
oh、とアメリカ人が絶望の息を吐くような声が響いた後沈黙が漂う。
『……ル・ティベルから迎えが来たらすぐ帰りなさいよ? 地球でまで貴方の取り合いが始まって変な事になったら流石に恨むわ』
「分かってる。ただまだやり残してる事あるから優里には言わないでくれない? やる事やったら、ちゃんと連れて帰るから」
言った後で(言わない方が良かったかな?)と後悔するのはどれだけ気をつけてもある事で、慌てて連れて帰る事を強調すると、ふぅ、と小さく息をつく音が聞こえた。
『……本当に戻る気なのね?』
「ええ。ダグラスさんにもそう言ってきたし……ソフィアこそ、いつかリチャードに会いに行くんでしょ? 優里に連絡取れば光の船でいつでもいけるものね」
優里がル・ターシュの王子様に気に入られて通信機まで持たせられてる、という幸運で向こうと行き来するハードルが下がっているのは本当予想外の出来事だった。
『いつでも行けるのは通信機持ってるユーリだけで、私は行ったらそれきりの片道切符よ。そうねぇ……せっかくだから貴方にリチャードへの伝言頼もうかしら。とりあえず10年位待ってなさいって言っておいてくれる?』
「うわ、ずいぶん長いのね」
あまりにも長い期間に思わず突っ込むと、スマホのの向こうでクスクスと笑う声が響く。
『だって私、こっちでやりたい事たくさんあるんだもの。その間に私を迎え入れられるよう、下衆な貴族の企みに利用されないように武勲立てておいてって言っておいて。大丈夫よ、私も向こう行って惨めな目にあうつもりはないわ。行く前にユーリに大丈夫そうか確認とってもらってから行くから。その時彼がもう他の人と結ばれてたらそれまでだけど、待っててくれてると分かったら……行くしかないじゃない?』
ソフィアらしいな――なんて思いながら、またいつかソフィアと会える日が来るかもしれないと思うと少しだけ欲が出る。
「それなら向こうで会えた時に生歌、聞かせてくれる?」
プロの歌を安易に聞かせて、なんて言うのは気を悪くするかもしれないなと思ったけど純粋な気持ちを述べると、
「しょうがないわね。貴方には借りがあるから、会えた時には特別に歌ってあげるわ」
苦笑いのような、でも、まんざらでもないような声が聞こえた。
借りって何だっけ――と聞き返す前に『じゃあ、またね』と言われて通話が切れた。
気が強くて、クールで、だけど優しい友人との今生の別れになるかもしれない別れに少し後ろ髪引かれるような思いがよぎりながらパソコンを畳の上におろして、もう一度お味噌汁を口に含む。
そこそこ長い間話していたのにもかかわらず、まだ温かさは失われていない。
「クラウス……ひょっとして私がソフィアと話してる間冷めないようにしてくれてたの?」
「……余計だった?」
「ううん。これは素直に嬉しいわ。ありがとう」
心配そうに見つめていた表情が私の言葉でホッと緩む。その表情に安堵しつつ随分と私の機嫌を気にするようになってしまったクラウスをどうにか元気にしてあげられないものだろうか? と思う。
元気に――前向きに。向こうに行って私とダグラスさんが結ばれる事でクラウスを深く傷つけたまま一切交友が無くなるのはあまりに寂しい。
(旅行、かぁ……)
用が済むまでにどれだけお金かかるか分からないけど、ソフィアが5万円位慰謝料くれるなら行ってみたかった観光地とかテーマパークで一泊するのもありかもしれない。
ラインヴァイスに乗れば交通費が一切かからず宿泊費と食べ歩きの食費しかかからない、というのは大きい。
(気になったら漫画とかアニメは漫画喫茶で一気見するとして……その間クラウス退屈しそうだし、私の好きな漫画紹介してあげよう……あ、ドリンクバーやアイスクリームバーとか、クラウスが見たら驚くかな?)
温かいご飯とお味噌汁を味わいながら、最後の地球生活――酷い事を言ってしまった相手に謝ったり、身辺整理して未練なく旅立つ為以外にもどう楽しく過ごすか、ソフィアのお陰で少しずつ前向きに考えられそうな気がした。
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