第226話 黒の献身・4(※ダグラス視点)


 青や水色、白を基調にした大きな館とそれを囲む透き通った水が流れる水路と池、噴水などが綺麗に整備された水の庭園が広がる豪邸に着く。

 門番に至急青に会いたい事を告げるとすぐに応接間に通された。


 ラリマー邸の応接間は私の館の執務室を兼ねている応接間とは違い、広めの室内に来客を感嘆させる為だろう緻密な彫刻が施された調度品やオブジェが綺麗に配置されている。


(相変わらず見事だな……)


 黄はあくまでも民に安心感を与える為に騎士団の見目に金を使うが、青は騎士団の見目にはさして気を使わず、自分が見える範囲を飾り立て周囲を感嘆させる為に金を使う傾向がある。


 『私は私から見える世界が綺麗であればそれでいい。見えない世界で何が起きようとどうでもいい』と言って場を凍りつかせたのはいつの六会合だったか。


 そんな青が治めるウェスト地方は芸術や文学に熱を上げる上級市民が住む綺麗な街と、税を払うのがやっとで娯楽に投じる金のない下級市民が住む村にハッキリ別れている。

 住み分けが出来ている分、表立った格差トラブルが起きない点も青にとっては都合が良いのだろう。


 事が起きないように騎士団が民に寄り添う分税が少し重いイースト地方と、事が起きた後に公爵一人で解決する分税が軽く、持つ者の街と持たざる者の村がはっきりしているウェスト地方。


 一見相反しているように見えるがどちらも徹底した管理下の元、まともに税を払えない<貧民>の居場所が無いという共通点が有る。


 税を払う事すらできない民は貧民に手を差し伸べ仕事を与えようとする赤の治めるノース地方、あるいは基本的に来る者拒まずの緑が治めるサウス地方へ赴く。

 公侯爵の性格によって統治方針も傾向も変わってくるが、今は大体こんな感じだ。


 自分がもし金も力も持たぬ普通の民だったら、どの土地を選ぶだろうか――まで考えた所で部屋に入ってきた青と目が会い、一礼する。


「突然の来訪にも関わらずお通し頂き、ありがとうございます」

「いえいえ、私も先日貴方の館に突然お邪魔しましたからね。それで、用件は?」


 藍色のレザーソファに座った青の向かいに腰掛け、アーサーに話したのと同様に手短に話す。


「そうですか……キング級のツヴェルフが2人もいなくなるのは痛いですね……アスカさんがいなくなるのももったいない」


 もったいない――青は以前館に来た時もそんな事を言っていたような気がする。もったいない、という言い方はまだ利用価値がある物に対して使う言葉だ。

 青にとって飛鳥さんに何の利用価値があるというのだろうか?


「ああ、深い意味はありませんよ……娘の良い友達になってくれそうだなと思っていただけです」


 私の表情から何を考えているのかまで見抜かれたのか、青は軽く流した後テーブルに肘を着き首を小さく横に降った。


「すみませんが……私はその件に関しては貴方に協力する事はできません。貴方と敵対するつもりはありませんが皇家とも敵対したくないのです。見ての通り、気が弱いもので」


 本当に気が弱い人間なら呪神という名称と共に英雄の称号ツヴァイなど授与されない。

 黒い死神、赤い鬼神、黄の軍神、緑の魔神、青の呪神――色神と共に戦う我らにこの手の名称をつけるのは敵側で、国民は敵にそう嘆かれる我らを素直に讃えているに過ぎない。


 私の場合、死霊術を使いだしてから一部の貴族達から『邪神』と囁かれているようだが。それは近いうちに黙らせなければと思っている。


「そうですか……お時間を取らせてしまいすみません。失礼します」


 今粘って呪神の機嫌を損ねても仕方がない。協力を得られないのであれば次に行くしかない。


「ああ、待ってください。私は協力できませんが娘は協力すると思いますよ。今回召喚されたツヴェルフにいなくなられるとあの子は困るでしょうから。娘に渡したい物もありますから門まで見送りましょう」



 『娘の部屋に行く』のではなく『門まで見送る』という言い方をされた時点で嫌な予感がした。

 そして館を出て門に向かう途中、黒馬車の開いたドアから青色と水色を基調にしたワンピースが見えてその予感が的中した事を理解した。


「ルクレツィア」


 青が穏やかに呼びかけると、緩く波を描くアイスブルーの長髪と瞳を持つ青の娘が明るい顔をこちらに向ける。


「あら、ダグラス卿、お父様! お話は終わりましたの?」


 キラキラと輝やく目と嬉しそうな声――想い人に会えて至極ご満悦のようだ。


 アーサーも大分魔力を抑えていたと思うが2人の魔力探知力を甘く見ていた。黒馬車にかかっている防御壁の中の魔力まで探知するとは。

 

「ルクレツィア、これから私の代わりにダグラス卿とセン・チュールに向かってほしいのですが」

「えっ? アーサー様も行かれるのなら喜んで着いていきますけど……どうしてです?」


 話が全く読めなくてもアーサーがいれば行くと言うのだから、青の娘の情熱は本当にすごい。


「理由はダグラス卿が道中説明するでしょう。戦闘になると思われますからこれを渡しておきます」

「これは……青の鞭ではありませんか! 私に神器を託す程の大事なのですか!?」


 目を見開きながらも青の娘は差し出された青の鞭を受け取る。


「大事な娘に傷がついたら大変ですからね。さて……どれだけ偉いのか知りませんが館の主がこうして姿を表してるのに顔を出さないのは貴族として……いえ、人としてどうかと思いますよ? 礼節を重視するリビアングラスの属下にあるはずのコッパー家の令息は本当に礼儀を知らない」


 青が馬車の中に聞こえるように声量をあげて嫌味を言う。


「もう! お父様がそうやって逐一アーサー様を威圧なさるからアーサー様は私を敬遠するようになってしまったんですわ!! 本当、いい加減にしてくださいまし!! お見送りなんて不要ですからさっさとお戻りになって!!」


 激怒する青の娘がそのまま黒の馬車に押し入り窓から手を出してシッ、シッ、と己の父親を追い払う仕草をする。

 そんな公爵令嬢らしからぬ態度に1つため息を付いた後青がこちらに笑顔で向き直る。


「それではダグラス卿……ふつつかな娘ですがしばらくよろしくお願いします」


 軽く頭を下げた青にこちらも小さく頭を下げた後、黒馬車に乗り込んだ。




 憂鬱な表情で窓の向こうを見据えるアーサーとそんな彼をうっとりとした顔で見つめる青の娘を見ながら、成就する可能性が微塵もない片想いを少し気の毒に思う。


 青がここまでコッパー家を嫌う原因は青と橙――色の相性が悪いせいもあるが、14年前のラリマー家の懐妊パーティーの際にアーサーが主催者である青に恥をかかせてしまった事が原因である。


 当時4、5歳だった青の娘が癇癪を起こしてラリマー邸の一番高い木に上がって降りられなくなっている所をアーサーが助けた。それだけなら良かった。


 その後『何故自分の子どもが危ない場所にいる事を分かっているのに助けないのですか!?』とわざわざ会場のど真ん中で青にハッキリ言った事が問題だった。


 その場は青が己の非を認める事で穏便に済んだが数日後、当時アーサーが使っていた魔導学校の寮に差出人を偽ったアーサー宛ての禁術付きの封書が送りつけられ、それに気付かずに封を開けたアーサーに発声阻止ボイスレスの禁術がかかった。


 禁術、と一言に言ってもいくつか種類がある。今回は<命術めいじゅつ>と呼ばれ、魔力ではなく生命力を使って術を発動させる物で周囲に術および術者の魔力の色を悟らせない特性がある。私やアレにかかっている禁術と同じものだ。

 魔力による呪いではない為通常の解呪方法も通用しない。


 今ならともかく当時同じ12歳だった私もアーサーから相談されなければ呪いがかかってる事など全く気付かなかった。

 アーサーは皆に心配かけたくないし戦争を起こしたくない、と家族や他の友人に禁術がかけられた事を押し黙っている。


 そう、差出人を偽っても<声を奪う>理由を考えると大分犯人は限られてくる。公爵本人あるいは、あのパーティーにいた青系統の有力貴族の誰かだ。

 

 アーサーに同情はしていない。公爵に恥をかかせるというのはそういう事である。


 むしろいくらアーサーが子どもで侯爵家の跡取りとは言えよく生かしておいてくれたなと思うし、どちらかと言えば命術の犠牲となっただろう名も知らぬ者の方を哀れに思う。


 命術は準備さえ整えておけば命を削る対象を術者から変更する事ができる。

 命術を使った後口封じにそいつを殺してしまえば後に残るのは何十年にも渡る強力な呪いのみ。

 倫理観さえ気にしなければローリスクハイリターンの強力な術なのだが。


 『一時の感情に振り回されて命を削るなど愚かな事。ましてや他人の命を使ってそれを為すなど悪魔の所業』


 それが命術が禁術として扱われ、命術を構成する為に必要不可欠な生命力の術式が皇城の禁書室に封印されている理由である。


 父が死んでから私も皇城の禁書室へ出入りするようになって命術を使えるようになった際に、命術を使った<呪術解除ディスペル>でその呪いを解いてやろうかとアーサーに尋ねたら『そこまでして解いてもらう物ではない』と言われた。


 罪人や敵国の捕虜の命を使うのだから何も気に病む事はないのに何を気にしているのか分からない。呪いが解ける事で再び犯人の怒りを買う事を恐れているのだろうか? その割にはこれまで一度も青に己の非礼を侘びた様子がない。


 『お前が青に謝れば犯人も気が済むのではないか?』と言ってみたら『そこまでして解きたい物でもない』と言われたので私はもうその事を一切気にかけてやらない事にした。


 その後、アーサーは自身の魔力と得意の魔導工学を駆使して命術に反発し一時的に声を出す事が出来る首輪を作り、普段それを身につけている。

 しかしそれを使って喋ると酷く疲れるそうで、正義感と優しさに満ち溢れた少年は今やすっかり無愛想で無口な男になってしまった。


 この一連の流れで私が学んだ事は、大人は意外と大人げない、正論を振りかざす相手を間違えてはいけない、アーサーは変人、という事。


 改めて目の前の2人を見やる。事の発端は自分自身にある事を青の娘は知らない。  

 想い人に『女性に関わると酷い目にあう』という間違ったトラウマを植え付けた一因になっている事も。


 私から教えてやってもいいが言えば先程のように青に激高して攻撃を仕掛けて逆に殺される姿が容易に予測できる。その後『誰が教えたか』という追求が始まったら非常に面倒臭い。


『もしアレクシスが獣人達を全滅させられなければ、貴方から彼に痛み無き死を与えてください』


 条件付きとは言え、誘拐にかこつけて自分の息子を殺してほしいという青の本当の依頼が飛鳥さんに知られなくて本当に良かったと思う。


『元々弱い子だとは思っていましたが……獣人にさらわれるなんて彼はこの家で生きるにはあまりに弱すぎる』そう笑顔で語った青の心は本当に見えない。


 結局、想像以上に気弱で軟弱で貧弱な少年を殺す前にこの娘が来てアレクシスから青の鞭を奪い取り獣人達を全滅させて有耶無耶になったが。

 青は利用価値がないと判断すれば息子にも娘にも容赦がない。親子の縁とは、本当に人それぞれだ。



「ダグラス卿、宜しかったらこれお食べになります? アーサー様は今クッキーを食べる気分じゃないようですの」


 青の娘が手に持っていた香ばしい匂いが漂う袋を差し出してくる。この娘はいつもこうだ。アーサーに渡そうとした手土産はほぼ近くにいる私に辿り着く。


「私もいらん……今までは気の毒に思って受け取っていたが、これから手土産を私に押し付けるのはやめてくれ。女性から物をもらって飛鳥さんを妬かせたくない」


 私の言葉に青の娘はきょとんとした顔を向けた後、何故か哀れみの視線を向けてきた。


「それは全く心配しなくて良いと思いますけど……それより今までずっと気を使わせてしまっていたのですね。ごめんなさい、手土産を貴方に受け取ってもらわなくても私微塵も傷つきませんし、お父様に密告もしませんから安心なさって? ところで……これからセン・チュールに行くのではないのですか? 道が違うと思うのですが……」


 青の娘は父親譲りの慇懃無礼な饒舌を炸裂させる。


「リビアングラスにも立ち寄る。味方が多い方が良い」

 

 そう伝えた後、事のあらましを説明する。


「まぁ……ツヴェルフの転送にえらく大掛かりですのね。リアルガーとアイドクレースにも寄っていたら日が暮れてしまいませんか?」

「その2つには寄らない。リアルガーは確実に敵に回る。アイドクレースにこの事を伝えると邪魔される可能性がある」


 出来ればヒューイの協力を仰ぎたかったが緑にバレると厄介だ。あれは『面白くなりそうだから』という理由で向こう側につく可能性がある。


「それならリビアングラスにも寄らなくていいのでは? 私達3人と黒の色神の力があればセン・チュールの住民を皆人質にとる事ができますわ。皇家も1つの街の民を全滅させてまでツヴェルフ達を転送しようとはしないはずです」


 青の娘は華奢な見かけによらず過激な方法を思いつく。と思えばさして違和感のある方法ではないのだが。


『私はそんな野蛮な方法には協力しない。対抗してきた相手には剣を向けるが殺生は最低限に抑えるべきだ』


 反発するようにアーサーのテレパシーが響く。


 2人の提案はどちらも有効な方法では有る、が――


「……どちらの方法も駄目だ」


 どちらも飛鳥さんを追い詰めてしまう。自分達のせいで一人でも死者が出れば彼女の心は傷付く。

 いくらさらわれた身だとしても、私の助けを待ちわびていても、私が乱暴な手段を使う事を彼女は嫌がるだろう。


 ――人を傷つける事も、殺す事もお好きですよね? ――――そんな、決定的に価値観が合わない人とは一緒に生きたくないって言うか――


 いくら好きと言ってくれても、嫌だと言っているものを突きつけてしまったらその好きは潰えてしまうかも知れない。


 全てを合わせる事は出来なくても合わせる努力はしよう。

 飛鳥さんが嫌がるのなら、せめて無力な存在をいたぶるのはやめよう。


「……セン・チュールの民もそこに滞在している騎士団も誰一人殺す事無く、傷付ける事無く、ツヴェルフ達の転送を阻止したい……2人には悪いが、どうか私の我儘に付き合って欲しい」


 そう言って頭を下げると、馬車内に沈黙が漂った。



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