第64話 おばあちゃんの日記


 2人の様子を確認する為に開いたドアをギリギリまで閉じて、声だけ聞きとる。


「突然この世界に召喚されて寂しい気持ちは分かりますが、あまり私の目の届かぬ場所で動かれると困ります」


 ユンに対する優里の声は聞こえない。


(……どうする? そんな事言われてる直後にこれを渡しに行くのは危険な気がするけど……)


「彼女達とはもうすぐ離れ離れになり滅多に会えなくなるのです。そろそろこの世界の人間と積極的に交友されたらいかがですか?」


 それ以降ユンの声も止まる。しばらくその状態で待ってみるも声はしない。恐らく去っていったのだろう。

 いや、去ったように見せかけて見張ってる可能性もある。


 ユンは優里に出歩くなと言っていた。それなら私が優里の部屋に行く分にはいいんじゃないかな――? いや、ユンにしてみたらそれも面白くは無いだろう。


 ユンがどういう意図でそういう発言をしたのか読めないけど、ツヴェルフがメイドがいない場所で勝手に動かれるのを嫌がるという事は、ツヴェルフが変な行動に出ないようメイドが監視の任務も担っている――とも取れる。


(でも、単に『夜中に出歩くツヴェルフのメイド』と思われるのが嫌なだけかもしれない……気にしすぎのような気がしないでもないんだけど……)


 一度疑うとどうにも疑問が捨てきれない。これも黒の魔力の影響なんだろうか?

 考えた末に、ノートを開き、ページを1枚破る。


 ネーヴェの所に行った際、優里が望んだ本を確認する前に2冊だけ回収した事。

 残りは回収できなかった事とさっきの会話が聞こえた事を破った紙に簡潔に記して本の上に乗せ、ストールで隠れるように持つ。本と一緒にこれを渡せば2分もかからないはずだ。


 体調不良起こした人間が『心配かけてごめんね』って謝りに行くついでに2分位会話する程度なら、そこまで不審に思われないだろう。


 静かにドアを開けて周囲を確認すると、ユンはいなかったけどアンナの部屋の前にジャンヌが立っている。一体何をしているんだろう?

 ドアの前でただただ壁を見つめているジャンヌが不気味で、このまま強行突破する気になれない。


(まだ20時過ぎだし……もうちょっと時間が経ってから動いてみるか……)


 静かにドアを閉め、机の引き出しにしまっておいた魔法教本を読みながら時間を潰す。

 状態異常の魔法や身体能力の低下の魔法等、(これが自由に使えたらなぁ)と思う興味深い魔法がいっぱいで、一通り読み終えた頃には22時近くなっていた。


(しまった、集中しすぎた!)


 改めて廊下を確認すると今度は誰もいない――ように見せかけて何処かで見張っている可能性は否定できないから油断はできない。

 恐る恐る優里の部屋をノックすると、ドアが開く。


「飛鳥さん……!? 体調は大丈夫ですか?」

「大丈夫。心配かけてごめんね……!」


 そう言いながら、通路から見えないように紙切れを上にした2つの本を差し出す。本当は涙を流してしまった事に言い訳の一つや二つ重ねたいのだけど。


 優里はそれを見てすぐ状況を察してくれたのか、紙切れを乗せた本を1冊だけ受け取る。

 その奇妙な行動に優里を見ると、優里はいつになく真剣な顔で囁く。


「……時間がありません、そちらは飛鳥さんにお願いしてもいいですか?」


 恐らく優里もユン、あるいはユンに依頼された誰かが近くにいるのではないかと警戒している。


「いいの?」


 小声で問いかけると優里は小さく頷くと、困ったような表情でいつもより少しだけ大きな声で話し始める。


「すみません、飛鳥さん……ユンさんからあまり夜中部屋から出歩かないように言われてしまって……部屋に入れる事は……」

「えっ、そうなの? 残念だわ……じゃあ、また明日ね」

「はい、お休みなさい」


 こちらはなるべく自然体を意識して再びストールの中に本を隠し、優里の笑顔を背に早々に部屋に戻る。

 そして机の上に本を置いて、一つため息をついた。


 これから夜に会いづらくなってしまった。朝は私がセリアと筋トレを始めてるから都合をつけづらい。

 教室の中で2人で話せる時間もそれ程無い。せいぜい本に手がかりがあったかどうか匂わせられる程度だ。


 ソフィアが戻って来た時位は何とか3人で話せる時間が欲しいけど、どうしたものか――頭を悩ませながら椅子に座り、改めて本を手に取る。


 少し埃臭い藍色の本の表紙には金色の文字でシンプルにdiary――日記である事が記されている。


 表紙をめくると記名がしてあり、やはりこの日記が優里のおばあちゃん――由美さんの物である事を確信する。


 孫の優里が目的を持って読むならまだしも、他人の私が読んでもいい物なんだろうか? と思ったけど優里の言う通り、人の人生を何年分も綴った日記は1冊目を通すだけでも大分時間がかかりそうだ。


(……深く考えずに、サラッと目を通す事を意識しよう)


 この世界で罪悪感を意識していたら身動きが取れなくなる。今日一日でそれがよく分かった。

 この世界の人間の意に反して地球に帰るという行動をとる以上、多少モラルに反する行いにも手を染めなければ。


 カレンダー部分に重要な事が書いてあるとは思えず、日記部分まで飛ばす。

 最初の日付は6年前。これは何年分の日記なのかと最後辺りの日付も確認すると、去年で終わっている――と思った時、最後の日付の日記の内容が目に入る。


<――優里が友達と険悪な状態になってしまっている。大丈夫だろうか? 美雪にしばらく学校を休ませてはどうかと伝えてみたけれど『無視位で大袈裟な』と聞く耳を持たない。酷いイジメに発展しないか心配だ>


 優里、という言葉と読みやすい綺麗な文字につられてつい目を通してしまい、何とも言えない気持ちになる。

 やっぱりこの日記は優里が読むべき物だったんじゃないだろうか? あるいは私がもう片方の日記を読むべきなんじゃないだろうか?


 知っている人間の暗い過去が記載されているかもしれない本をこのまま読み込んでしまっていい物なのか――思い悩んだ結果、静かに日記を閉じ、机の引き出しにしまい込む。


 今日はもう遅い。そして今日の私はついていない。このまま読み続けるとまた何か変な情報を引き寄せてしまいそうだ。読み続けるかはどうかは明日また考えよう。


 厄日に終わりを告げる為に、私はベッドの掛け布団の中にもぐりこんだ。


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