第7話 メイドとドレス
色とりどりのドレスがかけられたカラフルな部屋の中に、何とも言えない微妙な沈黙が漂う。
「……はないちもんめみたいな状況になるの気まずいし面倒臭いし、それぞれ自分と同じ髪色のメイドで良くない?」
選ぶ方の立場に何とも言えない居心地の悪さを感じ、ソフィア達の方を見ながらそう提案する。
この決め方以外で気まずい思いをせずにさっさと決められる方法が思いつかない。
「ハナイチモンメ……?」
聞きなれない言葉はそのままの単語で伝わるのだろうか? アンナが呟く。
「子どもの遊びの一つで、2つのチームに分かれてジャンケンして、勝ったチームが相手のチームから好きな人が選んで引き抜いたり引き抜かれたりしていくの。負け続けると最後は一人になる気まずい遊び。優里は一度位やった事はあるでしょ?」
そう話を振ると、優里も小さく頷く。
「はい……私も髪色でいいんじゃないかなと思います。」
「その遊びの何が面倒なのかよく分からないけど……髪の色が同じなら誰が誰のメイドか分かりやすいし、私もそれでいいわ」
すごい。ソフィアは微妙に残る位置になった事とかないんだろうか?地球では常に<選ぶ側>だったのかもしれない。
「私も、それでいいです……残っちゃうの見るのは辛いので……」
ソフィアとは逆に、一人残された側の気持ちになってしまったのだろうか? 悲しそうな表情のアンナからも同意を得る事ができた。
「分かりました。私達を選ぶ事でツヴェルフ同士の仲が悪くなるのは避けたかったので気まずくならない方法で決めて頂けてこちらも助かります」
私達の話を聞いていたセリアさんが微笑む。それよりさっきからまた気になる単語が出はじめた。
「メアリー……さん、も言ってたけど、ツヴェルフって何ですか? 私達の事を指してるみたいですけど」
メアリーに聞いたらまた嫌な事を言われる気がして聞けなかったけど、特に敵意を感じないセリアさんになら聞いても大丈夫な気がした。
「ツヴェルフは魔力を持たぬ異世界人に与えられる称号です。気を悪くされたら申し訳ありませんがル・ティベルで魔力を持たぬ者は特定の星から召喚された方のみ……必然的にツヴェルフとはそれらの星から召喚された方を示す言葉になるのです」
今の説明に特に気を悪くするような要素は無かったけど、それはセリアさん自身が特にツヴェルフに対して暗い感情を持っていないからそう聞こえるだけなのかも知れない。
「さっきの女、かなり感じ悪かったんだけど。ツヴェルフって実は嫌われ者な訳?」
ソフィアの言う通り、先程会ったメアリーは明らかに私達に対して何か冷たい感情を持っているように感じ取れた。
「……メアリー様の事ですか?」
セリアさんは状況を察したようで少し困った表情を浮かべ、続ける。
「あの方はツヴェルフ嫌い……と言うよりは、何と言えばいいのでしょうか……上手く言い表せませんが、悪いお人ではありません。厳しい言葉はこれからもかけられるかと思いますが、けして皆様にとって不利益な行動を取る事は無いでしょう」
そう言われましても……な顔をしている私達に、セリアさんはなおも続ける。
「それにメアリー様を不快だと皇家に報告した所で、次に来られるのがメアリー様より優しい方が来られるとは限りません……メイドの身で僭越ながら進言させて頂きますが、私は本当のツヴェルフ嫌いが来られるよりメアリー様の方がずっと良いと思いますよ?」
セリアさんの微笑みに一同、沈黙する。そんな私達の態度にもう質問はなさそうだと判断したらしいセリアさんはメイド達の方に向き直った。
「それでは皆さん、決められた主と一緒にドレスを選びましょう!」
セリアの言葉を合図に、それぞれメイド達が自分と似た髪色の主の元へと近づく。私はそのままセリアさんに促されるようにドレスが並んでいる場所へ移動した。
「えっと、セリアさん……私は
軽くお辞儀すると、セリアさんも軽く頭を下げる。
「アスカ様、私どもに対して敬語もお辞儀も不要です。先程ツヴェルフの方とお話ししていたように気軽にお話しかけください。では、早速ドレスを選びましょうか」
セリアさ――セリアはそう言って優しく微笑むと、何もかかっていないキャスター付きのハンガーラックを片手に歩き出した。
ドレスはAライン、バルーン、マーメイド、エンパイア…色や種類は勿論、シンプルながらも気品あふれる物からキラキラ煌めくラメやフリル、リボンがふんだんに使われた物まで様々だ。
ハンガーラックいっぱいに収まっているドレスから気になったドレスを伝えると、セリアは慣れた手つきで器用にドレスを取り出し、自身が牽いている何もかかっていないハンガーラックにかけていく。
今自分が置かれてる状況は置いといて、こういうドレスが着られる機会などそうそう無い。
せっかくだし素敵なドレスを着てみたい――と思いつつ、ふと不安がよぎる。
「もしかして……パーティーで誰かと踊ったりする?」
貴族達のパーティーと聞いて想像する、ダンス。
もし踊るのなら少しでも動きやすい物の方が恥をかかずに済むかもしれない……なんて、異性と踊った経験なんて小学校の運動会のフォークダンス位しかないのだけど。
「ダンスタイムはありますがツヴェルフの方は踊れない方も多いので強制ではありませんよ。ダンスタイムや皆さんと歓談される前に皇帝へのご挨拶は必須ですが」
最初の言葉に心底ホッとした後、続けられる言葉にまた突き落とされる。
「皇帝……? あ、挨拶……?」
「あまり気負わないでください。今回のパーティーは私どもが傍に着く事が許されておりますので、私がフォローします。アスカ様は私が出す合図に合わせて頭を下げたり微笑んだりして頂ければ大丈夫です」
セリアが自信を持ってにこやかに微笑む。
「ちなみに、今回のパーティーは格式高い家柄の方が多く来られるので、足元が見えてしまうドレスや露出が多いドレスは事前に除かせて頂いています」
なるほど。言われてみれば何かの授賞式などで女優が着ているようなスリットが入っていたり背中が大きく空いたりしているドレスはない。
その後パーティーの流れを聞きながらドレスを選んでいると、落ち着いた藍色の袖の長いドレスが目に入ってきた。
ツヤのある生地で作られたそれは胸元からウエストにかけて美しい刺繍が施されたレースが縫い込まれ、所々に水色の小さなパールのような石がアクセントとして控えめに散りばめられている。
(少し肩が出るのが恥ずかしいけど……これ、着てみたいな)
「これにします」
「お似合いになるとは思いますが……アスカ様はお若いのですから、もう少し華やかな物を選ばれては?」
セリアから意外な答えが戻ってきた。メイドといっても、何でも賛同してくれるわけじゃないみたいだ。
思ってもない事を言われるよりは、思ってる事を素直に言って貰える方がありがたいけど――セリアの言葉にどう答えていいか悩む。
「人が着てるのを見てる分には私もそう思うんだけど、実際に自分が着るとなるとちょっと勇気がいるというか……」
ちら、と改めて見る自分のハンガーラックには落ち着いた色合いの大人しいドレスが並んでいる。まあ確かに無難を通り越して地味と言われても仕方ないのかも知れない。
ふと他の皆がどんなドレスを選んでいるのか気になり、こっそり様子をうかがう。
ソフィアのハンガーラックには私とは対照的に鮮やかな、体のラインが出るマーメイドやスレンダー系のドレスがズラリと並んでいる。肩を出す事1つに勇気を必要としている自分がちょっと恥ずかしくなる。
優里の所は温かみを感じる淡いパステルカラーの、装飾や露出が控えめなドレスが並んでいる。
アンナの所は――意外にも艶やかで華やかな装飾のついたドレスが並んでいるけど、本人はオロオロしている。どうやら自分で選べなくてメイドがチョイスしてるみたいだ。
それを見て『無難な物で』と希望を出した上でセリアに選んでもらう考えもよぎったけど、もし趣味に合わない物を選ばれたら結構辛い物がある。
皆のハンガーラックを一通り見終えてセリアがいる場所に戻り、もう一度推してみる。
「……このドレスは地味かも知れないけど、綺麗だと思うし、着たいなって思ったの」
「承知いたしました。出過ぎた真似をして申し訳ありません」
セリアは一言謝ると藍色のドレスを手に取ってハンガーを外し、入ってきたのとはまた別の扉の方に歩き出したので、私も後に続く。
扉を開くと8畳ほどの広さの部屋に大きな鏡台と椅子、少し離れた所に洗面台らしき物と、腰ぐらいの高さのタンス、そしてドアの近くには空のハンガーラックが置かれている。
(あ、ここで着替えたり化粧したりするのかな?)
更衣室と察して静かに扉を閉めると、セリアが洗面台の方を手で示した。
「まず今されている化粧を落としてください。洗面台にある緑色の小瓶にメイクを落とすクリームが入っています。その後にローブをお脱ぎください。その後コルセットを付けてドレスを着ます。その後化粧とヘアメイクをして、最後に装飾品を選んで頂きます。」
(下着、付けたままで本当良かった……!!)
内心ガッツポーズをしながら、言われるがままにメイクを、落としローブを脱ぐ。セリアは私の体を一見した後、タンスから一つのコルセットを取り出してきた。
「楽な方がよろしいですか? ドレスのラインをできるだけ綺麗に見せたいですか?」
楽な方で、と伝えると慣れた手つきでコルセットを付けてくれた。慣れない締め付け感はあるものの、耐えられない物じゃない。
そして少々苦戦しつつ藍色のドレスを着て、壁に掛けられた全身鏡で自分を見てみた。
ドレス負け、とでも言ったらいいのだろうか? ドレスは綺麗なのに顔や髪が貧相に見える。
「想像してたのと何か違う……」
「まだ化粧をしてないからですよ。これから化粧して装飾品をつけたら大分変わります。ヘアメイクは装飾を決めてから考えましょう。ドレスが控えめな分、他でカバーしないと悪目立ちしてしまいますからね!」
私の呟きにセリアが笑顔で答え、鏡台の椅子を引いて手招きする。やる気がみなぎっているのがひしひしと伝わってくる。
「本日のパーティーは有力貴族の方々はもちろん、ツヴェルフを一目見ようと国中の貴族達が集まりますからね! 彼らを目当てにしている他の御令嬢に負けないようにしないと……!」
「うーん……そうなると、悪目立ちしないようセリアに全部お任せした方がいいのかな? セリアなら無難に纏めてくれそうだし……」
「アスカ様!」
鏡台の前に座りドレスを汚さない為の前掛けが付けられた矢先、耳元で大きな声で叫ばれて何事かと身が竦む。
「本日は十数年に一度のツヴェルフ歓迎の大きなパーティーなんです! 皆さんが気合入れて来られている中、主役が無難に、というのは失礼ですし、誰の印象にも残りませんよ!?」
確かに。どんな事情があるにせよ、やる気のない主賓なんて失礼かも。謝ろうとした所にセリアが畳み掛ける。
「このパーティーで公爵家……とまではいかずとも、せめて侯爵家の殿方に目をかけられるように頑張りましょう! 大丈夫です! 顔立ちやドレスが控えめでも、私がすごく良い感じにして差し上げますから!」
燃えている。セリアが燃えている。
どうしよう、この勢いの人に『誰の印象にも残らなくていい』とか、『早く帰る方法探すつもり』とか、絶対言えない。
返す言葉が無くなってしまい、笑顔のセリアのなすがまま、大人しく髪を櫛で梳かれる。
(……リヴィはパーティ終えてから進退決めれば? みたいな事言ってたけど、いざ実際自活する道選んだらこの人、発狂しそう……いや、冷めた反応だったとしても内心どう思われるか……)
鏡越しに笑顔のセリアが映る事に罪悪感を感じて鏡から視線を逸らすと、先程の空のハンガーラックに、塔で借りたローブが掛けられているのが見えた。
(そうだ、ローブ、リヴィに返さなきゃ……あれ? 何かもう一つ返さなきゃいけないものがあったような……あ!!)
「優里に借りたハンカチと濡れた服、馬車に忘れてきた……!」
濡れた服は最悪捨てられてしまっても諦めがつく。だけど優里から借りたハンカチはそうはいかない。
「大丈夫です。ヘアメイクのセットが終わったら私、馬車を確認してきますので安心してください」
セリアは丁寧にヘアネットを被せながら優しく言ってくれたけど、多分想像している馬車が違う。
「あ、あの、白い馬車じゃなくて、セレ……なんとかのダグラスさんの黒い馬車!」
そう伝えるとヘアネットをかけていたセリアの手が、不自然に止まった。
「セレ……もしかして、セレンディバイト家の黒馬車ですか?」
「そう、それ! 神官長も黒馬車って言ってたわ! 有名な馬車なの?」
私の質問にセリアは答えず、死んだ目で何か早口でブツブツ言っている。この至近距離で何言ってるのか聞き取れないのスゴい。
その状態が数秒続いた後、セリアの目に再び光が宿る。
「……確かに、アスカ様は目立たず無難に過ごされた方がよろしいかも知れませんね」
「え?」
さっき、物凄い気迫で目立つ事をプッシュしてたのに?
「……分かりました。このセリア・フォン・ゼクス・アウイナイト、全力をかけてアスカ様を悪目立ちする事も目立つ事もない、無難オブ無難の姫君に仕立て上げさせて頂きます……!」
青い小瓶とコットンらしき物を片手に、セリアは鏡越しに私に力強く宣言した。
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